第29話 ミストリッパー
「……あ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
右腕が、肩から斬り落された。
痛みより先に、驚愕と恐怖が日向の全身を駆け抜ける。
見上げれば、巨大なカマキリが一体、日向を見下ろしていた。先ほどのホワイトリッパーと同じような姿だが、発達した白い甲殻に身を包み、より強靭な印象を与える。
「こいつは『ミストリッパー』! やはり、『星の牙』がいたか!」
そういいながら、倉間がミストリッパーと呼んだ巨大カマキリに向かって引き金を引く。
「シャアアアアア!!」
ミストリッパーは鳴き声をあげながら身を屈め、銃弾を躱す。
辺りを包む霧はさらに濃くなり、その中にミストリッパーは消えていった。
「日向くん! 大丈夫!?」
「しっかりしろ、日向!」
北園と本堂が日向に駆け寄って、助け起こす。
日向は呆然としながら、斬り落された腕を見つめていた。
(……そういえば、肉体が欠損すると、俺はどうなるんだろう……。ちゃんと回復するのだろうか……? 自分でくっつける必要はあるだろうか……)
腕が斬り落されたというのに、なぜか冷静に、しかしボーッとする頭で、日向は考えていた。そして、その答えは今から身を以て知ることになる。
「う……腕が、右腕が、熱い……」
「幻肢痛か……! しっかりしろ日向! 意識を強く持て!」
本堂が日向に呼びかける。
しかし日向は……。
「いや、違うんです本堂さん……。腕が、無い腕が本当に、あ、熱……」
その時、日向の腕の付け根が火を噴き始めた。
「うわぁぁぁぁ!? あつ、熱いぃぃぃぃぃ!?」
「日向くん!?」
「日向!?」
二人の声が遠くに聞こえる。
痛みで、脳髄が焼き切れそうになる。
日向の傷口から噴き出した炎は、徐々に何かの形を作っていく。
火が消えると、彼の右腕が元通りに治っていた。
ご丁寧に、来ていた服の袖までしっかりと。
「な……治った……」
「お前、どうなってるんだ……」
日向を含む三人は、そろって唖然とする。
ミストリッパーを警戒しながら、傍で見ていた倉間も唖然とする。
その瞬間、ミストリッパーが霧の中から飛び出し、斬りかかってきた。
「む! させんぞ!」
腕から電気を放出して、ミストリッパーを足止めする本堂。
「俺が何とかヤツを引き付ける。落ち着いたら手伝ってくれ」
そう言って本堂はミストリッパーに向かって駆け出した。
倉間も銃を撃って本堂を援護してくれている。
「日向くん、大丈夫……?」
北園が心配そうに日向に尋ねる。
「だ、大丈夫だよ……。もう痛みも引いてる」
「そっか、良かったぁ……」
日向の返事を受けると、北園はへなへなと座り込んでしまった。
(そういえば、腕は元通りに治ったが、斬り落された方の腕はどうなったのだろう)
そう思って見てみると、落ちた腕は炎に包まれており、数秒後には跡形もなく燃え尽きた。どうやら、古い腕はああやって片付けられるらしい。
色々と思うところはある。しかし今は戦線に復帰して、ミストリッパーの注意を引いてくれている二人を援護しなければならない。
「北園さん。俺はもう大丈夫だから。それより、二人を手伝おう!」
「そ、そうだね。よし、行こう!」
二人は立ち上がり、本堂と倉間の元に走り寄る。
本堂は上手くホワイトリッパーの攻撃を避け、足止めをしてくれていた。しかし無傷とはいかず、身体のあちこちを切り裂かれている。
とはいえ、大の大人ほどもある大鎌が、目にも留まらぬスピードで振り抜かれているのだ。その程度の傷で済んでいるのも、彼の反射神経の良さを物語っている。
「さっきはよくもやったなこの野郎ぉぉぉぉ!!」
叫びながら、日向は横からミストリッパーに剣を突き刺す。
「シャアアアアアアア!?」
ミストリッパーは、驚きの声を上げながら飛び退く。
「北園さん! 本堂さんに治癒能力を!」
「分かった!」
北園に指示を出し、日向はミストリッパーと向き合う。
その日向の隣に、倉間も並んできた。
「兄ちゃん、もう大丈夫なのか?」
「はい。ご心配をおかけしました。……えーと」
「倉間だ。倉間慎吾」
「倉間さん。自分は日下部日向です」
「そっか。日向、お前とは後でゆっくり話がしたい」
「こちらもです。色々聞きたいことができました。だからまずはその前に、アイツを何とかしましょう」
二人が、ミストリッパーに向き直る。
日向の腕を斬り落とした鎌が、血に濡れている。
感情が読み取れない複眼は、底知れない不気味さを醸し出す。
(か、叶うならば、今すぐ逃げ出したいな……)
己の腕を斬り落としたマモノ。
大嫌いな虫。
二重の恐怖が日向を包み込み、彼の顔色を青くする。
だが、このマモノが町に降りようものなら、たくさんの人が危険に晒される。そして日向は、このマモノと戦う力がある。
であれば、逃げるワケにはいかない。
日向は、なけなしの勇気を振り絞る。
その身に宿る正義感で、どうにか自身の背中を押す。
そんな日向に、日向はまだ名も知らぬ中年の男性、倉間が声をかけた。
「無理すんなよ、少年。俺もついてるからな」
「……はい!」
日向もその言葉に力強く頷く。
「さぁて、第二ラウンドと行こうか、カマキリ野郎!!」
倉間が叫ぶ。
それに合わせて、日向も剣を構えなおす。
ミストリッパーも、鎌を振り上げ威嚇する。
濃霧の暗殺者との戦いは、いよいよ大詰めに差し掛かろうとしていた。




