第270話 ゾルフィレオス
「グアァァァァーッ!!」
おぞましい雄たけびを上げながら、空中に浮いていたサメのマモノが日向と北園目掛けて迫ってくる。サメは基本的に鳴き声を上げないのだが、あのサメのマモノはハッキリと咆哮を発している。見た目は割と普通のサメと大差ないが、やはりただのサメではないのだろう。
あのサメのマモノの名は『ゾルフィレオス』という。マモノ対策室のデータにも名前があるマモノだ。つまり、既存のマモノのデータを頭に叩き込んでいる日向からしたら、あのマモノは手の内が知れた相手である。
「太陽の牙 ”点火”!!」
向かってくるゾルフィレオスに対して、日向は己の剣に火を灯す。刀身すら焼き尽くさんとする紅蓮の炎が、『太陽の牙』を包み込む。
「そして喰らえ、”紅炎奔流”ッ!!」
叫び、日向はゾルフィレオスに向かって炎の奔流を撃ち出した。
ゾルフィレオスは炎を避けることができず、紅炎奔流は直撃。『星の牙』であるはずのゾルフィレオスは、あっけなく絶命した。恐るべきは紅炎奔流の火力である。
今の炎は、空から迫ってくるゾルフィレオスに向けて……つまり、日向の真上に向かって放った。よって、町の建物を巻き込むことはなかった。だからこそ日向も、遠慮なしにぶっ放したのだ。
「『星の牙』なんかいちいち相手にできるか! 雑に終わらせてもらうぞ!」
「ひ、日向くんっ! あれ見て!!」
「え? どれ…………はぁ!?」
北園が空を指差したので、日向もつられて空を見上げたその瞬間、日向は絶句……はせずに、思わず驚愕と絶望が入り混じった叫び声を上げた。
空からもう一つ、巨大な魚影が接近してきている。そのシルエットは、先ほどのゾルフィレオスと瓜二つ……というか、これはまさしく。
「グアァァァァーッ!!」
「に、二体目だとぉ!?」
現れたのは、先ほどとは別のゾルフィレオスだ。
仲間をやられた怒りか、それとも獲物を見つけた歓喜か、とにかく二体目のゾルフィレオスは、日向たちに牙を剥いて戦闘態勢を取っている。
これは日向たちにとってマズい展開になった。
なにせ日向は、たった今”紅炎奔流”を撃ったばかりだ。つまり、今から五分間、日向の『太陽の牙』は『星の牙』に対する特効を失ってしまう。
とはいえ、あのままでは二体のゾルフィレオスから挟撃を受けていた可能性もある。結果論だが、一体目のゾルフィレオスを速攻で片づけたのは正解だったかもしれない。とにかく、今の問題は二体目のゾルフィレオスだ。
「確実性を取るなら、五分の間身を隠して冷却時間が終わるのを待ってから、あのゾルフィレオスに”紅炎奔流”を食らわせるのが一番なんだろうけど……」
「五分もあのサメを放置してたら、町が大変なことになっちゃうよ!」
「その通りだ。だから、ここは北園さんに頑張ってもらうしかない。一気にカタを付けるにせよ、五分間耐え凌ぐにせよ、北園さんがカギになる」
「うん、わかったよ!」
「俺も一応、攻撃を仕掛けてみるよ。いくら『星の牙』でも、この両手剣で思いっきり斬られたら、かゆい程度では済まないだろ。それで少しでも北園さんから気を逸らせたら……」
「りょーかい! でも、無理はしないでね!」
「分かった!」
二人が声をかけあっている間に、二体目のゾルフィレオスも地上に降りてきた。
日向は真正面からゾルフィレオスに向かって行き、北園はその後ろで火球を生み出す。まずは日向がゾルフィレオスの頭部に、冷え切った『太陽の牙』を振り下ろした。
「はぁっ!!」
掛け声と共に、日向は渾身の力を込めて剣を縦に一閃。
刃は見事に、ゾルフィレオスの頭部を捉えた。
……だが、ガギンという岩でも殴ったかのような音と共に、日向の剣は弾き返されてしまった。
「くうっ!?」
攻撃を弾き返された衝撃で、日向の手がビリビリと痺れる。
その嫌な感覚に顔をしかめ、後ろに下がって距離を取る日向。
ゾルフィレオスを見てみると、先ほど日向が斬りかかった部位が、凍り付いている。
ゾルフィレオスが纏った氷は、なおも広がっていく。やがては頭部全体を包み込み、さらにその頭部の先端にのこぎり状の突起を作った。これではまるでノコギリザメだ。氷のノコギリを頭に戴くサメだ。
これがゾルフィレオスの能力。
氷を身に纏い、加工し、武装する能力。
ゾルフィレオスは、”吹雪”の星の牙だ。
「やぁ!!」
北園がゾルフィレオスに向かって火球を撃ち出した。
しかしゾルフィレオスは、空中に飛び上がって火球を避ける。
そしてそのまま、スクリュー回転しながら北園に突っ込んでいく。
その頭部の氷のノコギリで、北園をぶち抜くつもりなのだ。
「グアァァァァーッ!!」
「北園さん、危ないっ!」
「わかってるよー!」
北園は、念動力による空中浮遊も使って、その場から大きく、そして素早く飛び退いた。誰もいなくなった石畳に、ゾルフィレオスの氷のノコギリが突き刺さる。
「そして今度こそ! えいやーっ!!」
掛け声と共に、北園は再びゾルフィレオスに向かって火球をお見舞いする。火球は見事にゾルフィレオスに直撃。大爆炎を巻き起こした。
やがて発火能力による黒煙が晴れて、ゾルフィレオスの姿が見える。
……しかしゾルフィレオスは、大したダメージを負っていなかった。頭部に纏っていた氷が火球のダメージを軽減したのだ。身代わりとなった頭部の氷は、すでに溶けて剥がれている。
「グオォォォォ……!」
だがゾルフィレオスは、すぐに再び氷を纏い始める。
今度は左右の胸びれに、翼のような、あるいはブレードのような、薄くて長くて平べったい氷を装備した。
「北園さん、ヤツが氷を纏ったら電撃能力に切り替えよう! 氷は電気を通すから、ヤツの氷の鎧も無視できる!」
「なるほど、りょーかい!」
日向の指示を受けた北園は、さっそく電撃能力を行使する。両手に電気を集中させ、稲妻状のレーザーとして撃ち出した。
しかしゾルフィレオスは、北園が放った電撃を避けた。しかも、先ほどまでとは比べ物にならないほどのスピードだ。
今までは割とゆったり宙を泳いでいたゾルフィレオスが、今は直線的な軌道で猛スピードを出しながら宙を滑空している。
「グアァァァァーッ!!」
「きゃあっ!?」
「うわっと!?」
ゾルフィレオスは、その猛スピードを維持しつつ、二人に向かって突っ込んできた。北園には自慢の牙で噛みつきにかかり、日向にはブレード状の胸びれで斬りかかった。
北園は間一髪のところで頭を下げて噛みつきを回避。
日向は胸びれを剣の刀身でガードした。
「あ、あの子、いきなり早くなったよ、日向くん!?」
「たぶん、あのブレード状の胸びれが原因じゃないかな。アレが飛行機の翼みたいに、ゾルフィレオスを滑空させているんじゃ……」
「じゃあ、あの翼を破壊するために、また発火能力に切り替える?」
「そ、そうだな、そうしてもらおうかな……! あれこれ考えを変更しちゃって、頼りない司令塔でゴメン!」
「仕方ないよ、まだ司令塔になったばかりだもんね! とりあえず、状況に合わせて炎と電撃を使い分けていくよ!」
「了解! それで頼む!」
ゾルフィレオスが再び猛スピードで突っ込んでくる。
迫る鋭い牙に対して、二人は負けじと正面から立ちはだかった。
◆ ◆ ◆
一方、日向たちを尾行していた日影、本堂、シャオランの三人も、当然マモノの襲来に気付いている。今は広場の方を日向たちに任せ、彼らは町中のマモノを撃破しながら住人たちを助けているところだ。
「おるぁッ! これで十八体目っ!」
「怪我人を発見した。応急処置をするから援護してくれ」
「あっちにもこっちにもウジャウジャいるよぉ!?」
襲い来るシーバイトやエッジフィッシュ、その他の魚類のマモノたちを返り討ちにしながら、負傷した住人を手当てし、町を走り抜ける三人。気が付けば日向たちと別れた場所から、随分と遠くまで移動してしまった。
日向と北園は正面きっての戦闘を不得手としているが、それでも今まで多数のマモノと戦ってきたのだ。よほどの強敵が現れない限り、不覚を取ることはないだろう。
だがやはり、一抹の不安はぬぐい切れない。もし彼らに万が一のことがあっても、ここから助けに行くのは到底間に合わないだろう。
「チッ、日向たちと離れすぎたのは、やっぱりちょっとマズかったか……?」
「心配なら、お前だけでも戻るか?」
日影の呟きに本堂が応えた、その時だった。
本堂が、後ろに立っている日影とシャオランの方を振り返ってみれば、彼らの頭上から透明の触手のようなものがゆっくりと垂れ下がってきたのだ。
「ひ、日影! シャオラン! 上だ!」
「なんだと!?」
「えっ!?」
慌てて本堂が声を上げるが、もう遅い。
垂れ下がってきた触手の先端から、バチバチと稲妻が走る。
そして、三人を巻き込むほどの大放電を開始した。
「ぐああああああ!?」
「しびびびびびび!?」
「ぬ……ぐ……!」
日影とシャオランが放電に巻き込まれ、電気に焼かれる。
ガクガクと痙攣しながら、成す術無く電撃を受け続ける。
放電が終わると、二人は糸が切れた人形のように、力無く地面に倒れた。
本堂も放電に巻き込まれたが、彼には電気を吸収する能力がある。そのおかげで、ほとんどダメージを受けずに済んだ。
一体何が起こったのか。
それを確かめるべく本堂は空を見上げる。
すると、上空に無色透明の傘上の何かがフワフワと浮かんでいる。他の魚のマモノたちと同じく薄緑のオーラを纏っている。これで空に浮かんでいるのだろう。
傘の下からは、長い透明の触手が無数に垂れ下がっている。周りの家の屋根よりはるかに高い位置に浮かんでいるのに、触手の先端は地面につきそうだ。それほどの長さなのだ。
三人の頭上に現れたのは、巨大なクラゲのマモノだった。
「クソ……今の電撃はアイツの仕業か……!」
「ああ。ヤツの名はたしか『スペクター』。体感したとおり、”雷”の星の牙だ」




