第267話 ただの観光のつもりらしい
ノルウェーはオーレスンの明るい町並みの中を歩く日向と北園。北園の予知夢により、二人はこの海外の町で、二人っきりで観光を楽しまなければならない。……いや、楽しむ機会を得たと言うべきか。
オーレスンは港町だ。町の左右にはノルウェー海から続く大きな河が流れており、まさしく水に囲まれた町である。ユーゲント・シュティール建築の町としても知られ、並び立つ建物はどれもこれも色鮮やかで芸術的だ。町そのものが巨大な観光施設と言っても過言ではなく、歩き回るだけでも大いに楽しむことができる。
「きれいな町だねー、日向くん」
「うん、本当に。この町をマモノから守れてよかった」
「本当にね。私たちが守ったんだと思うと、感慨深いよねー」
日向も北園も、町のあちこちを眺めては目を輝かせている。
普段は家に籠ってゲームばかりしている日向だが、彼にだって美麗な景色を楽しむ程度の感性はある。ゲームのプレイ中に絶景を見かければ、操作を止めてしばらく見物する程度には。
「ところで北園さん、行きたい場所とかはある?」
「えーとね、この町には展望台があるらしくて、そこからの眺めが凄くキレイなんだって。私、そこで絵を描きたいな。日向くんはどこか行きたい場所はあるの?」
「いや、実は全然下調べとかしてなくて、なにも思いついてないんだよね。北園さんについて行くよ」
「りょーかい! でも、気になる場所があったら遠慮なく言ってね!」
「うん。ありがとう」
すると北園は、目の前にアパートメントの建築群を見つけ、その威容に興奮しながら走り寄って行った。日向もまた、早歩きで彼女の背中を追いかける。
一時はどうなることかと思った二人きりの観光だが、デートだの何だのと意識しなければ、日向も自然体で北園に接することができるようだ。大はしゃぎで自分を呼ぶ北園に、日向は子を見守る父親のような目線を投げかける。
「……というか、ちょっと男女が二人で出かけるだけでデートとか、短絡的すぎるんだよ。別にそんな恋人同士な雰囲気も出していないし、それを言ったら、いつもリンファさんと一緒に学校に行っているシャオランなんて毎朝デートじゃないか」
ブツブツと呟きながら、日向は自身を呼ぶ北園の元へと歩いていった。
そして、その様子を背後の建物の陰から見つめる人影が四人。
「いやぁ、良い雰囲気だねぇ。眼福」
「あの二人って、特別仲が良い感じがするよね」
「さっさといやらしい展開になれ」
「自重しやがれエロメガネ」
日向たちと別行動を取った……ということにしている狭山、シャオラン、本堂、日影の四人だ。二人の後を尾行し、彼らが発する甘ったるい空気を傍受している。つまるところ、二人の観光をのぞき見しているのだ。
「ふっふっふ、前回は的井さんに邪魔されてしまったが、今回は自分を止める者は誰もいない! この三人は既に味方に引き込んでしまったしね。思う存分堪能させてもらいますとも!」
「ったく、仕事の時と非常時以外は本当にロクな性格してねぇなコイツ」
「本当にね……。ヒューガも言ってたけど、サヤマは秩序を重んじるように見えて、本質は自由な人だよね……」
「この分じゃ、お前とリンファが仲良くしてるところものぞいてるんじゃねぇか?」
「うぇぇぇ!? な、なんかヤダなぁ、気持ち悪い……!」
「あ、シャオランくんたちは別にのぞいてないよ。なんというか、食指が動かない。北園さんたちについては応援したくなる」
「……それはそれで、なんか悔しい……」
「さっさといやらしい展開になれ」
「まだ言ってんのかお前」
視点は戻って、日向と北園。
二人が明るい町並みを堪能しながら歩いていると、向こうからこの町の子供たちが数人、ワイワイ騒ぎながらやって来た。なにやら興奮している様子であり、身体全体を使って大きなジェスチャーを取りながら話をしている。
そんな子供たちの様子がふと気になって、聞き耳を立てる日向。
とはいえ、ここはノルウェーの町。子供たちが発する言語も、もちろんノルウェー語だ。というワケで、日向は耳を澄まさず、翻訳アプリを起動したスマホを子供たちに向ける。
『ラジエラさんのマジックショー、凄かったなぁ!』
『あんなマジックがタダで見れるんだもん! お得だよね!』
『タダだからか、ちょっとレパートリー少ないけどね』
『それにさ! すごい美人よねーラジエラさん! あたしもああいう大人の女性になりたいなー!』
『お前が? ……ふっ』
『なに鼻で笑ってるのよアンター!!』
……以上が、子供たちの会話の内容であった。
「ふーん、マジックショーかぁ……」
「日向くんは、マジックに興味あるの?」
「いや、あんまり……。最近はもう、本物の超能力をしょっちゅう見てるからなぁ」
「あはは、なるほど……。けど、私はちょっと興味あるかなー」
「超能力者がマジックに興味あるのか……」
「だって、ああいうのって結局は何らかの技術なワケでしょ? 特別な能力じゃなくて。能力に頼らないと超常現象を起こせない私と違って、マジシャンは自分自身の技術で超能力さながらの現象を見せるんだから凄いよ。どっちが超能力者か分からなくなっちゃうよ」
「なるほど、そういう考え方なのか……」
「まぁ、他の超能力者がみんな私と同じ考え方をしてはいないと思うけどね。……えーと、そういうワケで、私はそのマジックショーに興味があります」
「分かった分かった。行ってみようか」
「やったー!」
先ほどの子供たちのようにはしゃぎ、大喜びする北園。
そんな北園を見ていると、日向も微笑ましい気持ちになる。
翻訳アプリを駆使して町の人たちに聞き込みをしてみると、件のマジックショーの場所はすぐに判明した。この町の中心の広場で、小ぢんまりと開催しているようだ。どうやらマジシャンはこの国の人間ではないようで、それが町で少し話題になっているらしい。
日向と北園が中心広場までやって来ると、その広場の片隅に腰かけ、旅行カバンを傍らに置いて、一人の女の子にトランプを見せている赤髪ロングの女性がいた。
「じゃあお嬢ちゃん、このトランプの山から好きなカードを取ってね。何枚でもいいよー。取ったらワタシには見せないでね」
「はーい! じゃあ……五枚とった!」
「じゃあ、そのカードをワタシに見せないようにね。そのまま、カードの絵柄を当てていくよー。キミの右手から……スペードの5、ハートのQ、ダイヤの1、スペードの8、クローバーの10。どうかな?」
「わ……すごい! 全部あたってる!」
「ふふふ、すごいだろう。透視能力だよー。さぁお嬢ちゃん、お気に召して頂けたなら、ワタシにおひねりをくださいな」
「あ、ママが来た! ラジエラお姉さん、またねー!」
「あ、ちょっと…………一銭もくれないとは、ケチんぼめ……」
女の子からラジエラと呼ばれた女性は、女の子がおひねりをくれなかったことへの不満を隠そうともせず、口先をツンと曲げて拗ねている。なかなか大人げない女性のようである。
……だが日向たちは、その女性に見覚えがあった。
忘れもしない。霧の森で出会った、不思議な女性。
相手の心を読み取る『読心能力』の超能力の使い手。
だが、あの時の彼女は『ラジエラ』などという名前ではなかったはずだ。
「……スピカさん、何してるんですか、こんなところで」
「スピカさん! スピカさんですよね! お久しぶりです!」
日向と北園は、スピカに近づいて声をかけた。
二人の声に気付いたスピカは一瞬、二人のことが分からなかったのかキョトンとした表情をしたものの、すぐに笑みを浮かべて返事をしてきた。
「……おや、キミたちはいつぞやの若者たち! こんなところで出会うとは、これも星と運命のお導きなのかなぁー?」




