第265話 ノーデッド
ノルウェー、オーレスンの住宅街にて、日向たちはノルウェー兵たちと連携を取りつつ、オオカミ型のマモノのマーシナリーウルフの群れを撃退している。ノルウェー兵が陣取る正面通りを軸に、右側から日向、左側から日影が、隠れているマーセナリーウルフを攻め立てる。
「せりゃっ!」
日向が『太陽の牙』を一薙ぎする。
跳びかかってきたマーシナリーウルフが一体、喉を切り裂かれて絶命した。
「ここの群れもやっつけたね、日向くん!」
「いや、油断しないで北園さん。なにせ、人間の銃撃をやり過ごす知能を持ったマモノだ。どんな手で奇襲を仕掛けてくるか分かったものじゃない」
声をかけてきた北園に、日向は改めて注意を促した。
……そして、その注意が功を奏することになる。
北園の側に建っている家、その屋根の上から、一匹のマーシナリーウルフが北園を狙っていたのだ。
「ガウウッ!!」
「わ、上!?」
「さ、させないっ!」
しかしここは、北園の護衛を任されていたシャオランがマーシナリーウルフの奇襲を上手く防いだ。屋根から急襲してきたマーシナリーウルフに体当たりを仕掛け、北園に触れさせないように叩き落したのだ。シャオラン自身の反射神経も見事なものだが、事前に日向が注意を促していたのも大きかった。
「もらった!」
「ギャンッ!?」
そして日向が、落下して転倒したマーシナリーウルフに剣を突き刺し、トドメを刺した。
「シャオラン、グッジョブ!」
「ありがとう、シャオランくん! 助かったよ!」
「ま、まぁ、ボクだってやる時はやるし!」
二人から称賛の言葉を浴びせられ、シャオランも嬉しそうだ。そのまま勢いに乗って、三人はさらにハイペースでマーシナリーウルフたちを攻撃し続けた。
「キャン、キャン!!」
「グルルルル……!!」
マーシナリーウルフたちは、圧倒的な形勢不利を悟り、とうとう尻尾を巻いて逃げ出した。だが、逃がすワケにはいかない。ここで逃がせば、恐らくこのマモノたちは再び個体数を増やして戻ってくるだろうから。
マーシナリーウルフたちの逃亡を見て、正面通りを挟んで右側に展開していた日向たちと、左側に展開していた日影たちが、正面通りで合流した。
「オオカミどもが逃げていくぜ! 追いかけねぇと!」
「分かってる。だけど、どうせ馬鹿正直に追いかけても、俺たち人間の脚じゃオオカミには敵わない。ここは衛星カメラのマッピングを使ってマーシナリーウルフたちの位置を割り出し、確実に追い詰めてから仕留めていくプランで……」
「……む? ちょっと待て。マーシナリーウルフたちがこちらに戻ってきているぞ。なにやら大きな反応を連れて、だ」
「大きな反応……『星の牙』か!」
そうだ。マーシナリーウルフたちは、なにも敗北を認めて逃走したワケではない。戦況をひっくり返すため、自分たちの雇い主を連れてきたのだ。
まず目につくのは、白っぽい外皮。
大きさは、ちょうどメタボ気味な成人男性と同じくらいだろうか。
むくみがあり、たゆみもあるその姿は、丸々と太った芋虫にも見える。
しかし芋虫と決定的に違うのは、脚だ。左右四本ずつ、計八本の短い脚をチョコチョトと動かし、ゆっくりと移動する。目は無く、口は円筒状。ワームの口、と言えば分かる人には分かるか。
このマモノこそがノーデッド。
圧倒的な再生能力で、あらゆる攻撃を押し切ってしまう、”生命”の星の牙だ。
「……実物で見ると、本っっ当に気持ち悪いな……」
「まだ虫は苦手なのか、日向? この間の虫マンションではあまり騒がなかったから、もう慣れてしまったものかと思っていたが」
「あの時の虫たちは、まだファンタジー味があったから耐え切れたといいますか。けど、あのノーデッドはファンタジー味もへったくれもない見た目ですもん。例えるなら、今までのマモノが世界樹やナナドラの世界観に合いそうな見た目だったのに、アイツだけバイオハザードですよ」
「そのたとえはよく分からんが、要は『今までのマモノとは毛色が違う』ということか」
「オブラートに包めば、そうなりますね」
「ふむ。ちなみに、オブラートに包まなかったら?」
「あんなキショいクリーチャー、生かしておけるか」
幸い、ノーデッドの歩行スピードは極めて遅い。周囲のマーシナリーウルフたちも、今はノーデッドに合わせて歩いている。
叶うならば、この遠距離から一気に”紅炎奔流”をぶちかまして焼き払ってしまいたいところだが、ここは住宅街だ。下手にあの技を使えば、周辺の被害も大変なことになる。街を守りにはるばる日本からここまで来たのに、そんなことをしたら本末転倒だ。
「とりあえず、まずは範囲攻撃でノーデッドを攻撃しつつ、周囲のマーシナリーウルフたちも一掃しよう。北園さんは発火能力、本堂さんは”指電”をお願いします」
「りょーかいだよ!」
「分かった」
日向の指示を受け、北園が火球を次々と投げつけ、本堂が指から電撃を連射する。さらには後ろからノルウェー兵たちも追いついてきて、アサルトライフルによる弾幕を張る。
マーシナリーウルフたちも一斉に動くが、先ほどよりも群れの数が減ったことで、上手く攻め込むことができないでいる。特に北園の発火能力が効いているようで、物陰に隠れても爆炎が届き、巻き込まれているようだ。
やがてしばらく攻撃を続けていると、とうとうマーシナリーウルフたちは全滅した。あちらこちらに死骸が横たわっている。
……が、そんな中、ノーデッドはやはり健在だ。傷一つ負っているようにさえ見えない。マーシナリーウルフたちと共に北園の炎や本堂の電撃、ノルウェー兵たちの銃弾を浴びせられたにも関わらず。
「うわぁ。情報に違わぬ不死身っぷりだな……」
「確かに私の炎はノーデッドに命中してたけど、命中したそばから火傷が治っていったよ……。この調子じゃ凍結能力も効果は無いよね」
「じ、じゃあ、後はヒューガとヒカゲに任せるってことで!」
「ああ、クソ、仕方ねぇなぁ……」
心底イヤそうな表情をしながら、日向と日影はノソノソと動いているノーデッドに向かって歩いていく。
そして、いざノーデッドの目の前まで来ると、二人して顔を見合わせた。
「……よし日影。手柄はお前に譲るぞ。さぁどうぞ」
「ざけんな。いらんわこんな奴の首なんざ。お前にやるよ」
「俺だっていらんわ。『太陽の牙』が汚れる」
「どうするんだこの状況。コイツを放置するワケにもいかねぇだろ」
「……本堂さんはこのマモノに耐性があるみたいだから、いっそ本堂さんに火傷覚悟で『太陽の牙』を持たせてトドメを刺してもらうとか……」
「この状況じゃ、それも名案に聞こえるな……」
ここまで来て、ノーデッドに手を出しあぐねる二人。
ノーデッドは相変わらずノソノソと動いているだけなので、目の前で雑談をするくらいの余裕はある……はずだった。
「ミィィィィィ……」
と、奇怪な鳴き声を上げ、ノーデッドが後ろの脚二本で立ち上がったのだ。
普通のクマムシはそんな芸当はできないのだが、ノーデッドの最後尾の脚は普通のクマムシよりも後ろの方についている。その脚で立ち上がると、やや猫背気味ながらも人間のようにバランスよく直立してみせた。オマケに、妙に背丈が大きい。180センチくらいはあるだろうか。165センチの日向と日影を見下ろしている。
「…………。」
「…………。」
予想外の行動に、呆気にとられる二人。
するとノーデッドは、鳴き声を上げながら二人に向かって走ってきた。
しかも、やたらとスピードが速い。
「ミィィィィィ!!」
「ひ、ひぎゃあああああ!?」
「うおぉぉ!?」
突然の奇行に、思わず悲鳴を上げる二人。日影はその場から大きく後退し、日向に至っては背中を向けて逃げ出した。
それを見たノーデッドは、日向を狙って追いかけまわす。
「ミィィィィィ!!」
「ぎゃああああああ助けて!!」
涙目になりながら逃げ惑う日向。全身全霊の全力疾走だが、それでもノーデッドは追いついてくる。残った六本の脚を大きく広げ、円筒状の口を伸ばして噛みつこうとしてくる。それが日向の恐怖心をさらに煽る。さながら、サバイバルホラーで化け物に襲われる民間人の様子そのものである。
「ミィィィィィ!!」
「ひええええ許して!! ホント許して!!」
「そらっ」
「ミッ!?」
すると、その様子を見かねた本堂が走り寄ってきて、日向を追いかけ回すノーデッドに足払いをしかけ、転ばせた。ノーデッドの巨体がドシンと倒れる。
「今だ日向。早くトドメを刺さねば、また起き上がって来るぞ」
「うおぉぉぉぉ”点火”ッ!!!」
本堂の声を受けた日向は、半狂乱になりながら”点火”を使い、燃え滾る刀身をノーデッドの脳天に突き刺した。
ノーデッドはビクンビクンと動いた後、全身が業火に包まれる。
そして、二度と動き出すことはなかった。
終わってみれば、これ以上無いほどに楽に終わった対『星の牙』戦闘だった。
しかし、日向だけは、今までに無いほどに疲れた顔をしていたのであった。




