第264話 美しい町並みを荒らす者
十時間以上の移動時間を乗り越えて、日向たちはノルウェーのオーレスンへとやって来た。ほとんど交通機関を使っての移動だが、なにしろ長時間だったので、ほとんどのメンバーは疲れた顔をしている。
「やぁ~っと着いた。海外っていうのは本当に移動時間が半端じゃない……。まぁ、ずっとゲームしてたから暇はしなかったけど」
「大昔は飛行機も電車も無く、人々は陸路を徒歩で移動し、国々を渡っていた時もあった。人間というのは、本当にたくましいよね」
「か、帰りも飛行機で十時間……ボクもうやだ……」
「ところで狭山さん、『星の牙』はどこにいるんですか?」
「あのあたりに、緑に覆われた小山が見えるだろう? あそこに取り巻きのマモノと共に隠れているらしいよ。今はノルウェー軍が小山周辺を封鎖し、マモノたちを封じ込めているはずだ」
オーレスンの街中を歩きながら、狭山が説明する。
これよりホテルに荷物を置いた後、さっそく日向たちはマモノたちが潜む小山へ出撃。『星の牙』と取り巻きのマモノたちを討伐し、街に安寧をもたらすのだ。
こうしている間にも、マモノたちは次なる襲撃作戦を企て、人々は怯えているかもしれない。一刻も早く危険なマモノたちを排除しなければならない。
「それが無事に終われば、待ちに待ったオーレスン観光だ。せっかくの夏休みなんだから、楽しみも入れないとね」
「夏休みに海外なんて、すごいよねー私たち」
「全体的に明るくてのどかな街並みだよね。ボク、こういう雰囲気は好きだなぁ」
「街並みも良いけどよ、早くマモノを倒しに行こうぜ。安心して観光できねぇし、なによりここまでの旅で身体が鈍っていけねぇや」
と、他愛もない会話をしながら街中を歩く六人。
傍から見れば、完全にアジア圏からの旅行客である。
街の人たちは誰も、彼らが自分たちの悩みの種を取り除きに来た兵士であるとは思っていない。
もうすぐホテルに到着するかと思った、その時だった。
狭山のスマホが着信を知らせた。
狭山は五人に断りを入れてから、電話に出る。なにやら英語とは少し違う聞き慣れない言語で会話をしているが、側で聞いていた本堂が言うには、これはノルウェー語らしい。
やがて狭山は電話を切ると、神妙な面持ちで五人に話しかけた。
「少々、マズいことになった。件のマモノたちが今現在、再び街を襲いに小山を降りてきたらしい。ノルウェー軍の封鎖網は突破され、街中にマモノが出てきてしまっている」
「ちょ、マズいじゃないですか! 急いで行かないと!」
「うん。ホテルに荷物を置く余裕さえ惜しい。君たちはここに荷物を置いていくといい。自分が見ておくから。自分はここでタブレットを使って、ノルウェー軍を指揮する。そちらの指揮は日向くんに任せるよ」
「分かりました!」
狭山の言葉に頷くと、日向たちはその場に荷物を置いて、走り出した。
◆ ◆ ◆
マモノたちが降りてきた小山のふもとまでは、そこそこの距離があった。それでも一刻も早く現地に駆け付けるため、五人は走るのを止めなかった。
到着する頃には、北園が息を切らせて死にかけていた。一方の前衛三人組、日影と本堂とシャオランは涼しい顔をしている。やはりこの三人のスタミナは凄まじいものがある。
そして日向はと言うと、少し息を切らせているものの、まだまだ余裕の表情を見せていた。今までの彼なら、北園と一緒に、あるいは北園以上に死にかけていただろうに、今回は体力を余らせている。トレーニングによるスタミナ強化の成果だ。
「す、すごいね、日向くん、私、もうダメ……」
「しっかり、北園さん。休ませてあげたいところだけど、マモノが待ってくれない」
「ひ、治癒能力で、スタミナも回復、できたらなぁ……」
「それはちょっと強すぎる」
とにもかくにも、目的地に到着した五人。
そこは住宅街となっているが、住人たちはすでに非難し、閑散としている。そんな住宅街の中で、武装した軍人と茶色の毛並みを持ったオオカミ型のマモノの群れが戦っていた。
オオカミ型のマモノの名前は『マーシナリーウルフ』。
マーシナリーとは傭兵の意で、このマモノは、自分より強力なマモノ……『星の牙』などを見ると、群れ単位でそのマモノに取り入ろうとする習性がある。こうして強力なマモノのおこぼれに与りつつ、自分たちもそのマモノを守って生き永らえさせる、共生関係を作り上げる。とはいえ、なにぶん勝手に傘下に入ろうとするので、別種のマモノからしてみれば傭兵の押し売りのようにも見える。
ノルウェー兵は、隊列を組んでマーシナリーウルフに一斉射撃を仕掛ける。しかしマーシナリーウルフは、路地に隠れて銃撃をやり過ごす。銃撃が止むと、壁の向こうから顔を覗かせて注意深く様子を窺う。
しかも、それだけではない。ノルウェー兵が一方の群れに気を取られれば、もう一方の群れが素早く接近し、路地に身を隠す。接近してきた群れに気を取られれば、また別の群れが接近してくる。敵ながら鮮やかな撹乱だ。このマモノたちは、銃を持った相手との戦い方を熟知している。
「マズいな、押されてる。このままいくと攻め込まれるぞ」
銃撃戦に精通している日向が呟いた。
一度でもマーシナリーウルフの接近を許してしまったら最後、ノルウェー兵は一気に切り崩されてしまうだろう。乱闘に持ち込まれれば、銃を扱うノルウェー兵は同士討ちを誘われる。あのマーシナリーウルフたちが真に銃撃戦に精通しているのであれば、可能性はゼロではない。
「そんじゃあ、オレたちも一気に攻め込んでぶっ潰すか!」
「いや待て日影。下手に真正面から攻めたら、ノルウェー兵さんたちの射線を妨害することになる。ここは回り込みを進言するぞ。ノルウェー兵さんたちが正面を抑えている間に、側面からマーシナリーウルフたちを叩くんだ」
「確かに、誤射で背中を撃たれるのは勘弁だな。いいぜ、乗った」
「俺たち五人を二グループに分けて、右側と左側を同時に叩くぞ。右側は俺と北園さんとシャオラン。左側は日影と本堂さんで。そっちは二人いれば十分だろ?」
「おう。この二人なら負ける気はしねぇな」
「異論は無い。承った」
「シャオランは、こっちのグループの近接戦の主力を担ってもらう。特に北園さんをしっかり護衛してほしい」
「に、人数が多いグループだから安心かと思ったら、盾役にされてるぅぅ!? ボクあっちのグループがいいよぉぉぉ!!」
「そ、そう言わないで。俺も頑張って前に出るから……」
ともかく、これで作戦は決まった。マーシナリーウルフたちを攻撃し、物陰から正面道路に追い出せば、後はノルウェー兵たちが一斉射撃で蜂の巣にしてくれるだろう。さっそく日向たちはマーシナリーウルフたちの背後を取るべく、二手に散開する。
それを見たノルウェー兵たちは一瞬、民間人が紛れ込んできたかと思って動揺したものの、すぐさま日向たちの援護を開始した。彼らもまた、狭山から予知夢の五人の情報を前もって聞いている。
まずは日向たちのグループ。
前線に出てきているマーシナリーウルフたちの背後にこっそりと忍び寄る。
「……いた! 北園さん、尻に火を点けてやれ!」
「りょーかい! 発火能力、いっくよー!」
日向の指示に返事をすると、北園は両手で火球を生み出し、マーシナリーウルフたちに向けて発射する。
火球はマーシナリーウルフたちの背後に着弾すると、爆炎を撒き散らす。六匹のうち三匹が炎に巻き込まれ、残り三匹は驚いて火球から飛び退いた。
だが、三匹が飛び退いた先は、ノルウェー兵たちが見張る正面通り。ノルウェー兵たちの一斉射撃が開始され、三匹のマーシナリーウルフたちは射殺された。
そして火球を受けたマーシナリーウルフたちは、一匹が絶命し、残り二匹が身体に炎を残したまま突撃してくる。
「グルルルッ!!」
「ガウウッ!!」
「わ、わぁぁぁ!!」
「このっ!」
シャオランは悲鳴を上げるも、”地の気質”を纏った拳で、飛びかかってきたマーシナリーウルフを正確に迎撃し、トドメを刺した。
日向もまた、正面から襲い掛かってきたマーシナリーウルフに向かって剣を突き出し、迎え撃とうとする。
しかし、マーシナリーウルフはこれを左に跳んで回避。住宅の外壁に着地すると、そのまま壁を蹴って日向に跳びかかってきた。
「バウッ!!」
「させるかっ!」
日向は、素早く剣を戻してマーシナリーウルフの跳びかかりを防御。
以前の日向なら、ガードが間に合わなかったかもしれない。
しかし、日向もまた己の身体をしっかり鍛え抜いてきた。
今までよりもずっと『太陽の牙』を軽々と振るってみせる。
攻撃を防がれたマーシナリーウルフの隙を突いて、シャオランが横から拳を叩きつけ、マーシナリーウルフにトドメを刺した。
「ナイス、シャオラン! よし、次に行こう!」
「ひ、ヒューガって、こんなに戦闘に積極的だったっけ……?」
「きっと、強くなったのが嬉しいんじゃないかな」
一方、こちらは日影と本堂のグループ。
前線に陣取っていたマーシナリーウルフたちを、正面通りに追い出すまでもなく全滅させていた。
「片付いたな」
「おう」
「次に行くぞ」
「よっしゃ」
最低限のやり取りを済ませ、二人は次なる獲物を求めてその場を後にする。互いに近接戦を得意とし、切り込み役をよく任される二人は、下手に連携を取るよりも、相方に背中を守ってもらいつつ好きに暴れるやり方が向いているらしい。
右側からは日向たちが攻めてくる。
左側からは日影たちが攻めてくる。
正面はノルウェー兵が陣取っている。
戦いは始まったばかりだが、マーシナリーウルフたちは早くも旗色の悪さを感じ取っていた。




