第261話 優れた司令塔
「グンカンヤドカリは”溶岩”と”水害”の二重牙だったか……!」
四人が前で戦う中、後方にいる日向が呟いた。
彼の今の仕事は、グンカンヤドカリの攻略法を考えることだ。
グンカンヤドカリの一挙手一投足、その全てに目を光らせ、観察する。
グンカンヤドカリの弱点については、ある程度察しがついた。それは、脚だ。
グンカンヤドカリは、甲殻類特有の細い脚で、家ほどもある巨躯を支えている。つまりそれだけ、脚にかかる負荷が大きい。あの脚を崩すことができれば、グンカンヤドカリはしばらく動けなくなるだろう。
日向の”紅炎奔流”の冷却時間が完了するまで、残り三分ほど。それに合わせて脚を崩せば、まず確実に”紅炎奔流”を当てることができる。そうすれば、この戦いにも決着を付けることができるだろう。
だが目下の問題は、グンカンヤドカリの攻撃への対策だ。
ハサミの殴りつけに背中からの砲撃、そしてハサミからの熱湯ビームなど、グンカンヤドカリの攻撃の激しさは相当なものだ。これらを掻い潜らねば、脚を崩すどころではない。そしてこれらの攻撃への対抗策を考え、仲間たちをフォローするのが日向の大きな役目である。
(落ち着け、よく考えるんだ。なにも一発で形勢を逆転できるような上策を考え出す必要も無い。地道に、そして丁寧に対策するのも大事だ)
日向は、自分の中で、ある程度勝利への道を形作ると、通信機を使って前方の仲間たちに指示を飛ばした。
「本堂さん! なるべくグンカンヤドカリの正面に張り付いて、ハサミを避け続けてください! 至近距離なら本堂さんの攻撃を恐れて、グンカンヤドカリも水のビームを撃ちにくくなるはずです!」
『承知した』
「北園さんは、本堂さんの後ろでバリアーを張っておいて! 砲撃と水のビームを防御しつつ、グンカンヤドカリの注意を引くんだ!」
『りょーかいだよ!』
日向の指示を受けた本堂と北園が、グンカンヤドカリの正面に張り付いて攻撃を引きつける。日向の考えでは、この隙に日影とシャオランを使って、ガードが緩くなった脚へ大きな一撃を食らわせる予定である。
本堂と北園は、上手くグンカンヤドカリの攻撃を捌き続ける。
本堂が素早い身のこなしでハサミを回避し続ける。
北園はバリアーを張り続け、砲撃を防ぐ。
「シーッ」
グンカンヤドカリはしびれを切らし、素早く後退した。そして距離を取った本堂に向かってハサミを構え、その中心に水を集中させる。熱湯ビームの構えである。
「本堂さん! 北園さんのバリアーの後ろへ!」
『分かった』
日向の通信を受けた本堂は、迅雷状態の脚力を以て大ジャンプし、北園のバリアーの後ろへと着地した。そのままグンカンヤドカリの熱湯ビームが射出されるが、北園のバリアーはしっかりと熱湯を受け止める。
そして、熱湯を撃ち出している間はグンカンヤドカリの動きが止まる。つまり、今は懐がガラ空きだ。さらに同時に、日向の『太陽の牙』の冷却時間も残りわずかとなった。
「隙ができた! 日影、シャオラン、ヤツの脚にキツイのをぶちかませ!」
『おう、任せろっ!』
『あ、当たって砕けろーっ!!』
日向の指示を受け、日影とシャオランがグンカンヤドカリの懐へ潜り込む。日影は”陽炎鉄槌”を、シャオランは『火の練気法』を使うつもりだ。
『おるぁぁぁッ!!』
『せいやぁぁぁぁぁッ!!』
日向の通信機越しに、二人の掛け声が聞こえる。
その掛け声と共に、グンカンヤドカリの脚に目掛けて拳を突き出す二人。
しかし……。
「シュゴーッ」
『くおおっ!?』
『わぁぁっ!?』
「な、なんだ!? アイツ、何をしたんだ!?」
突如、グンカンヤドカリが全身から白煙を発生させた。
白煙は勢いよく噴射され、あっという間にグンカンヤドカリの全身を、そしてグンカンヤドカリの近くにいた日影とシャオランを巻き込んでしまう。
『ちっ、何だったんだ今の煙は……』
『うぎゃああああまた熱いいいいい!? もう熱いのやだぁぁぁぁ!!』
『あ? 熱かったのか今の?』
『ヒカゲはオーバードライヴ状態だから分からないんだよぉぉぉぉ!!』
白煙に巻き込まれた二人の声が、日向の耳元の通信機に響く。その声を分析するに、今しがたグンカンヤドカリが噴射した白煙は高熱の水蒸気らしい。
恐らくは、”溶岩”の能力で上昇させた体熱を”水害”の能力で一気に冷やすことで、水蒸気を発生させたのだろう。二属性の異能を使いこなす二重牙ならではの芸当だ。
「むやみに近づけば蒸気で反撃か……。どうしたものかな」
このまま前衛の三人には、蒸気を受け続けながら攻撃を仕掛けさせることもできるが、それはあまりにも忍びない。自分だけ安全圏にいながら、仲間たちに負担を強いるような作戦を強行できるほど、日向は非情にはなりきれない。
よって脚を崩す作戦はダメにされ、また対抗策を練り直さなければならない。しかし日向とて、一つの作戦で終わるような司令塔ではない。頭脳をフル回転させて、すぐさま次の対抗策を弾き出した。
「日影! シャオラン! そして本堂さん! あと一回だけでいい! ヤツの至近距離に張り付いて、さっきの蒸気攻撃を誘発させてくれないかな!?」
『異論は無い。承った』
『ったく、キツイ注文だぜ! 効果的な作戦なんだろうな!?』
『ぼ、ボクもなんとか頑張るから、しっかり成果を出してよね!?』
「努力する! 頼んだ!」
日向が考え出した第二の作戦では、最低でもあと一回は先ほどの蒸気攻撃を誘発させる必要がある。やはり仲間たちにはある程度の負担を強いる結果になってしまい、己の不甲斐無さを嫌悪しそうになる日向だったが、すぐさま目の前の戦闘に集中し直した。
「その代わり、次で確実に仕留める。それが俺にできる、皆へのせめてもの感謝の表明だ」
日向は、あともう少しで冷却時間が完了する『太陽の牙』を構え、呟いた。
◆ ◆ ◆
本堂と日影、そしてシャオランが目まぐるしく入れ替わり、グンカンヤドカリに攻撃を仕掛けていく。一人に気を取られれば残り二人が、二人に気を取られればフリーになった一人が反撃に転じる。
三人の狙いは、グンカンヤドカリの脚だ。
先ほどの日向の作戦を諦めきってはいない。
脚を殺し、グンカンヤドカリの体勢を崩すつもりだ。
三人を煩わしく感じたグンカンヤドカリは、周囲に向けて砲撃を放とうとするが、そこへ北園の凍結能力による吹雪が襲い掛かり、殻の砲塔が再び氷漬けにされた。
グンカンヤドカリは体温を上昇させ、氷の融解を試みる。
そのついでに、両のハサミに水を収縮させ、前方に熱湯を発射した。
熱湯が発射された本堂と日影がいるが、本堂は大ジャンプして熱湯を避ける。そして日影は、まだオーバードライヴ状態を維持している。つまり熱耐性が高い。よって、彼は逆に熱湯に突っ込み、無理やり突破してきた。
「おらおらおらおらぁッ!!」
「シギャーッ」
燃え盛る剣を片手で振るい、強烈な四連撃を叩き込んだ。
あまりのダメージに耐え兼ね、グンカンヤドカリは大きく怯む。
その隙に、再び本堂とシャオランがグンカンヤドカリを囲む。
四人の連携に翻弄され、グンカンヤドカリの怒りを体現するかのように体温が上昇していく。周囲の空気が熱によって歪み、ブレる。そして……。
「シュゴーッ」
「き、来やがった! 蒸気攻撃だ!」
「わーっ!? 逃げろーっ!?」
グンカンヤドカリが高熱の水蒸気を撒き散らした。
真っ白な煙がもうもうと立ち昇り、グンカンヤドカリを包み込む。
ちっぽけな人間たちが、悲鳴を上げて逃げていった。
圧倒的な力で小さい存在を蹴散らすのは、何とも気分が良いものだ。
つまるところ、グンカンヤドカリは油断していた。
日影たちを退けたことで、いい気になっていた。
この水蒸気を利用しようと企んでいる人間がいることに気付かなかった。
やがて、水蒸気が薄れてきた。
さぁ反撃だ、とグンカンヤドカリが動こうとした、その瞬間。
「”紅炎奔流”ッ!!」
白い蒸気の向こうから、炎の奔流が襲い掛かってきた。
これが日向の第二の作戦。
グンカンヤドカリ自身の水蒸気を目くらましとして使い、”紅炎奔流”を確実に直撃させる。そのためにも、グンカンヤドカリにはもう一度水蒸気を使ってもらう必要があった。
「シギャーッ」
日向の目論見通り、炎はグンカンヤドカリに命中し、その巨体を包み込んだ。巨大なグンカンヤドカリをも包み込む大爆炎が巻き上がる。
グンカンヤドカリの身体の至る所から炎が、黒煙が、上がっていく。
しばらく炎の熱に悶え苦しむと、やがてグンカンヤドカリは轟沈した。
◆ ◆ ◆
「お疲れ、日向くん!」
戦闘が終了すると、すぐに北園が日向に声をかけてきた。
日向も手を振って返事をする。
「お疲れ、北園さん。今日は大活躍だったね」
「えへへ~。誉められた」
「オレとしちゃあ、日向に良いところを持っていかれたみたいで釈然としねぇんだけどな」
「そこについては正直、俺も申し訳ないと思っている……」
「ぼ、ボクは戦闘が早く終わってくれれば何でもいいんだけどね……。その点で言えば、ヒューガの”紅炎奔流”は最高だよ。当たれば『星の牙』も一撃で沈むんだもん」
仲間たちも日向の元へと集まってきて、思い思いに言葉を口にする。
……と、その時、五人の通信機に通信が入った。狭山が指揮していた自衛隊員のチームが、残存していたヘイタイヤドカリたちを完全に撃退したという報告だった。
最初は押されていた自衛隊員たちが、狭山に指揮系統が移った瞬間、あっという間にヘイタイヤドカリたちを押し返してしまった。優れた司令塔というのは、己の指揮と策だけで、率いる部隊を何倍も強くするというが、まさにその通りだ。
「ホント、とんでもない人だよ、あの人は。俺なんかまだまだだって思い知らされる」
「何を言う。お前も負けていなかったぞ、日向」
「え?」
日向に励ましの声をかけたのは、本堂だった。
「先日、お前抜きでマモノ討伐に行った時……お前が九重さんの家に行っていた時だな。あの時と比べて、今回の戦いは随分と楽に感じた。後ろで戦況を見定める人間がいるだけで、こんなにも戦いは変わるのかと思い知らされた」
「……ま、そこは認めるしかねぇな。ぶっちゃけ、あともう少し戦闘が長引いていたら、オレのオーバードライヴはガス欠になっていた。正直、ギリギリだったぜ」
「ヒューガだって、十分に凄い司令塔だったよ!」
「そっか。これでも一応、役に立てたのか」
「いずれは、狭山さんも超えちゃうかもね!」
「いや、それは無いんじゃないかな……」
自分がチームの司令塔など、果たして務まるのかと不安を抱いていた日向だったが、「これならもう少し続けてもいいかな」とアッサリ納得してしまうのであった。




