第260話 グンカンヤドカリ
十字市の隣の港町、その浜辺にて。
見上げるほどの巨大な殻を背負う『星の牙』、グンカンヤドカリ。その周りには、配下であるヘイタイヤドカリが多数。
日向たち五人は、海からやって来た砲術師の軍勢と真正面から向き合う。
グンカンヤドカリは、まだマモノ対策室も未確認のマモノだ。
日向たちは、手探りでこのマモノの攻略法を見出さなければならない。
「んで、どうするんだコイツら。さっきみたいにチマチマ倒していたら、あのデカいヤツに狙い撃ちされるだろ」
「あの殻についてる突起、全部キャノン砲なの!? 絶対ヤバいって! アイツ絶対ヤバいって! 殺意の塊みたいなヤツじゃん!!」
「どうするの? 私の”氷炎発破”で吹き飛ばす?」
「いや、せっかくだから、ここは俺がやるよ。アイツらが防御を固めたら、北園さんの水蒸気爆発にも耐え切りそうだ」
そう言って、日向が前に出た。
しかし、日向の”紅炎奔流”は、北園の”氷炎発破”と比べると、威力が一点に集中しており、攻撃範囲が劣っている。そのぶん火力も高いのだが、あのヤドカリの群れを一撃で一掃できるとは思えない。
オマケに、日向が”紅炎奔流”を放つと、およそ五分ほどの間『太陽の牙』から星の力に対する特効が失われ、攻撃力が格段に落ちてしまう。
周囲への被害、使用後の戦闘への影響、これらの二つの観点から、”紅炎奔流”はおいそれと放てる技ではないのだ。
「……というワケだが、何か考えがあるのか、日向?」
「まぁ、考えというよりは、『新技』です」
「何?」
「ではさっそく、『太陽の牙 ”点火”』!!」
日向の掛け声と共に、剣の刀身に紅蓮の炎が宿る。
刀身ごと焼き尽くさんとするその勢いは、さながら地獄の業火である。
そう。日向には今、新しい技がある。
今からしばらく前、九重老人とスイゲツが暮らす家に行ったあの日、その二日目、日向は狭山と共に、”紅炎奔流”を何度も試し撃ちした。その際に、撃ち方のバリエーションを増やしておいたのだ。
最も、特別なことはしておらず、ただ単に『縦斬りではなく、横斬りでも放てるかどうか』を試しただけなのだが。
「太陽の牙……”紅炎一薙”ッ!!」
声と共に、日向は剣を横一文字に一閃。
すると、纏っていた炎が、日向を始点に扇状に広がっていった。グンカンヤドカリが、ヘイタイヤドカリが、炎に飲まれて焼かれていく。
これが日向の新しい技。『太陽の牙 ”紅炎一薙”』。
ただ単に、”紅炎奔流”の横斬りバージョン。
ぶっちゃけ、新技というほど大したものではない。
しかし炎を横に広く飛ばすぶん、攻撃範囲は”紅炎奔流”の比ではない。
”紅炎奔流”が一点集中型なら、こちらは範囲攻撃型である。
グンカンヤドカリの周囲にいたヘイタイヤドカリは、一気に全滅した。しかし、その中央のグンカンヤドカリは依然として健在だ。殻にこもり、ハサミを盾にして、日向の炎を防ぎ切ったのだ。”紅炎一薙”は範囲に優れるぶん、敵一体あたりへの攻撃力は落ちている。
「だが、よくやった。これで邪魔な取り巻きは一掃できた」
「ここから俺の攻撃力は五分間ほどガタ落ちです。”紅炎奔流”が再度使えるようになるまで撤退するにしても、その間にグンカンヤドカリは町に砲撃を行うでしょう。というワケで皆さん、後は頑張ってください」
「そこはちょいと癪だが仕方ねぇか。せいぜい鍛えた思考力とやらで援護しやがれ」
未だ日向の炎が消えない中、日影、本堂、シャオランの前衛三人が一気呵成に畳みかける。日影はオーバードライヴを、本堂は”迅雷”を発揮し、シャオランは『地の練気法』で身体能力を底上げしている。
一方、グンカンヤドカリも黙って三人を接近させはしない。背中に背負った殻の砲塔から、砲弾を撃ち出してきた。複数のキャノン砲から同時に緋色のエネルギーが射出される。しかもヘイタイヤドカリのものより数段大きく、強力だ。
「うおっ!? 危ねぇ!」
「ひいっ!? け、消し飛ばされるぅぅ!?」
「固まっていたら、まとめて爆破されるな。散開しろ二人とも」
本堂の言葉を受け、日影はグンカンヤドカリの向かって右側に、シャオランは左側に回り込む。本堂は正面から突撃する。
しかし、グンカンヤドカリの背中の殻は、前だけでなく左右にも後ろにも砲筒がついている。回り込もうとお構いなしに砲撃を浴びせてくる。砲撃に晒された砂浜から、砂煙が巻き起こる。
「ったく! 無茶苦茶な野郎だ! なんでヤドカリが爆裂する砲弾なんか撃てるんだ!」
「恐らくは”溶岩”の熱エネルギーなんじゃないか? グンカンヤドカリは”溶岩”の星の牙なのだろう」
日影の愚痴に返事をしながら、本堂はグンカンヤドカリの砲撃を掻い潜り、真正面から高周波ナイフで斬りかかった。ナイフの刃にも電撃を流し、攻撃力をさらに底上げする。
振るったナイフの刃は、グンカンヤドカリの甲殻を切り裂いた。
しかし、まだまだ傷は浅い。グンカンヤドカリの巨躯に対して傷が小さすぎる。
「シュゴゴーッ」
「むっ!」
グンカンヤドカリは、巨大なハサミを叩きつけて本堂を攻撃する。丸みを帯びたハサミは、さながら巨大なハンマーのようでもある。
本堂は素早く後退して、ハサミの叩きつけを回避した。
誰もいなくなった砂浜にハサミが激突し、砂埃が舞い上がる。
「おるぁッ!!」
「せやぁッ!!」
そして、その攻撃の隙を突いて、日影とシャオランが両側面から攻撃を仕掛ける。日影の剣が甲殻に食い込み、シャオランの拳が甲殻を打ち砕いた。
「シギャーッ」
グンカンヤドカリは悲鳴を上げて、両のハサミを振り回す。
砂浜に叩きつけ、薙ぎ払い、前衛三人組を追い払う。
「クソ、あの野郎としては牽制のジャブのつもりなんだろうが、なにせあの巨大なハサミだ。こっちからしたらジャブでも必殺の威力だぜ。マトモに殴られたら交通事故みてぇなダメージを受けるぞ」
「しかし距離を取れば砲撃だ。こちらとしては、つかず離れず戦うしかない」
近距離にいても、遠距離にいても、強烈な攻撃が飛んでくる。
三人からしたら、やりにくいことこの上ない。
グンカンヤドカリは今も、ハサミを叩きつけて暴れ回っている。
「よーし、今だー!」
そこへ、北園がやって来た。
ハサミを叩きつけまくっている今なら、砲撃が疎かになっている。
だから、北園に砲撃が飛んでくる心配が無い。
そう判断した日向の指示を受け、攻撃を仕掛けるつもりだ。
「凍結能力、いっけぇー!」
北園は、グンカンヤドカリに向かって猛烈な吹雪を発射する。
グンカンヤドカリの背中の殻が、みるみるうちに凍っていく。
複数のキャノン砲が氷によって塞がれ、砲撃が封じられた。
「でかしたぜ北園!」
「えへへー! ありがと!」
「よし、この隙に攻め込むぞ」
「こ、怖いけど、砲撃が封じられた今なら……!」
グンカンヤドカリの攻撃手段を一つ潰した四人は、一気に攻勢に移る。
北園と本堂が、遠距離から電撃で援護する。
日影とシャオランはグンカンヤドカリに接近し、直接攻撃を仕掛ける。
振るわれるハサミをガードし、掻い潜り、巨大な身体を斬りつけ、殴る。
「シシーッ」
「くぅっ!?」
グンカンヤドカリがフックのように振るったハサミが、シャオランを殴りつけたが、シャオランも咄嗟に両腕でハサミをガードする。『地の練気法』によって身体を頑強にした彼は、素手でもグンカンヤドカリのハサミを受け止めることができる。
オマケに、それだけではない。
受け止めたグンカンヤドカリのハサミを、逆に掴んで放さない。
グンカンヤドカリのハサミが一つ封じられた。
「今だ、ヒカゲ!」
「おうっ! 喰らいやがれぇ!!」
シャオランによってハサミを一つ封じられ、ガードが緩んだ。その隙に日影がグンカンヤドカリの懐に潜り込み、”陽炎鉄槌”を叩き込んだ。甲殻に叩きつけられた日影の左拳から、大爆炎が炸裂する。
「シギャーッ」
悲鳴を上げて、砂浜に倒れるグンカンヤドカリ。
だが、まだ討伐には至っていない。
大ダメージに耐え兼ね、体勢を崩しただけだ。
「だが、この調子ならいけそうだな!」
「……あ、みんな、ちょっと待って!?」
その時、北園が声を上げた。グンカンヤドカリに何か異変が起こったようだ。見れば、グンカンヤドカリの背中から白い煙が吹き上がっている。そして同時に、背中の殻の氷が凄い勢いで溶け始めている。
北園が声を上げてから五秒もしないうちに、背中の氷は完全に溶けてしまった。
「い、今のは!?」
「まさか、”溶岩”の能力か!? 自身の体温を上昇させて、氷を溶かしやがったのか!」
「ま、マズいよみんな! 砲撃が来るよぉぉ!!」
氷を溶かしたグンカンヤドカリは、再び猛砲撃を開始した。
グンカンヤドカリの周囲360度、全方位に砲弾が撃ち込まれる。
砂浜は、すっかり穴だらけだ。
砲弾をばら撒きつつも、グンカンヤドカリは自由に動ける。
そして、砲撃から逃げ回っているシャオランに狙いを定めた。
両腕のハサミの中心に、水の塊を生み出している。
「シュゴーッ」
「えっ!?」
狙われていると気づいた時には、もう遅い。
グンカンヤドカリは、両のハサミから水流を撃ち出してきた。
極太の水のビームが二本同時にシャオランを襲う。
「ひやあああああああ!?」
慌てて両腕で水流をガードするシャオラン。
水の勢いに押され、身体が後ろに下がっていく。
それでもなんとか踏ん張り、水のビームに耐え切ってみせた。
シャオランの近くにいた日影が、びしょ濡れになった彼の元へと駆け寄る。
「大丈夫か、シャオラン!?」
「うう……」
「シャオラン、どうした?」
「う……うわあああああ熱かったぁぁぁぁぁぁああ!!」
「熱い? さっきの水、熱かったのか?」
「キタゾノぉぉぉぉ! 治癒能力かけてぇぇぇぇ!!」
悲鳴を上げるシャオラン。
日影が見てみれば、確かにシャオランの両腕から、そして先ほどの水流で濡れた砂浜から、白い湯気が立ち上っている。先ほどグンカンヤドカリが撃ち出した水は、熱湯だったのだ。
今の超能力じみた水の放射は、間違いなく『星の牙』としての異能だった。つまるところ、グンカンヤドカリは”溶岩”と”水害”の二重牙だ。




