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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第8章 先を生きる者 その生にならう者
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第253話 パンチングマシーン

 7月半ばの水曜日。夕方。


 学校は終わり、日向はいつものようにマモノ対策室十字市支部のトレーニングルームに来ていた。普通のトレーニングルームには無いであろう、ある機械を前にしながら。


 その機械は、かなりの大型だ。サンドバッグのような筒状の装置が、今は横になって機械に収納されている。その機械の側面にはボクシンググローブが備え付けられていて、これでサンドバッグ型の装置を殴るワケだ。


 つまるところ、この大型の機械はパンチングマシーンだ。日向の影、日影がこのトレーニングルームを設計する際、もともと設置する予定が無かったところに追加したのだという。表示されているランキングを見てみれば、最高記録は235キロなどと出ている。間違いなく日影の仕業だ。

 

 そのパンチングマシーンの前で、日向は複雑そうな表情を浮かべていた。


「うーむ……初めて見た時から興味はあったけど、現実を見るのが怖い……」


 日向の心境をまとめると、彼はこのパンチングマシーンで、自分のパンチ力がどれほどの数値を出せるのか興味を持っている。しかし一方で、予想以上に低い数値を出してしまうのではないかと恐れている。今までのトレーニングは無駄だったと証明されてしまうのではないか、と尻込みしているのだ。


「ゲームセンターとかでコレを見かけても、興味はあれどプレイしたことは無かったなぁ。周りの人に、自分のパンチ力の弱さが露呈してしまうのが恥ずかしくて。……けど、ここはゲームセンターじゃない。ここにいるのは俺一人。だったら、どんなに悲劇的な数値を出しても恥をかくことは……」


「やっほー、日向くん」


「ぎゃあああ北園さん」


 日向があれやこれやと悩んでいる間に、北園がやって来てしまった。


 ちなみに今、このマモノ対策室十字市支部には、予知夢の五人が全員集結している。北園は、先日行われた期末試験の復習のために狭山に勉強を教わりに。本堂はいつもの受験勉強に。シャオランは、予定以上に家に留まり続けている師匠、ミオンから逃げてきたらしい。


「それ、パンチングマシーンだよね? やるの、日向くん?」


「い、いやー、どうしようかなー。今日はちょっと調子が……」


「えー、やってよー。やってやってー」


「父親にゲームをプレイさせたがる子供か」


「私、日向くんのカッコいいところが見たいなー」


「じゃあこのパンチングマシーンは止めとこう? 間違いなく見られないから」


「とか言って、グローブつけ始めてるじゃん。やる気満々だねー」


「まぁ、こうも『やってやって』ってせがまれたら、もう仕方ないかなって……」


 観念して、日向はグローブを装着した。パンチングマシーンを起動し、サンドバッグが音を立てて立ち上がる。


 日向は一つ深呼吸をすると、渾身の右ストレートをサンドバッグに叩きつけた。バスン、という音と共にサンドバッグが倒された。


 表示されたスコアは、63キロだった。

 参考までに、日影の最高記録は先述の通り235キロである。

 さらに言うと、日影の握力は65キロほどある。

 つまるところ、日向の腕力は日影の握力以下。


「ふはははは、なんだこのカスみたいな数字は。笑ってくれ北園さん」


「あははははー」


「はははははは…………ハァ」


 悲しいため息が、トレーニングルームに響き渡った。

 やはり日向の今までのトレーニングは無駄だったのだろうか。



「いや、これはパンチの打ち方が悪かったね」


「あ、狭山さん」


 日向と北園の後ろから声をかけてきたのは、マモノ対策室の室長、狭山誠だ。日向のトレーニングの様子見と、北園の勉強の休憩時間終了を告げに来たのだが、そのついでに面白そうな光景を発見したようである。


「パンチを打つ時は、いわゆる『腰の入ったパンチ』ができると、一気に威力が跳ね上がる……というのは、まぁ日向くんなら言わずとも分かってるかな?」


「まぁそれくらいは。けっこう意識しているつもりなんですけどね」


「ところがどっこい、この『腰の入ったパンチ』というのは、かなりコツが必要で難しいんだ。……だがしかし、パンチが得意でない素人さんでも、簡単に『腰の入ったパンチ』が打てる方法があるんだ」


「え? どうやるんです?」


「ふふふ……それは『正拳突き』さ」


「正拳突き……あの空手の? 腰を深く落として、真っ直ぐ相手を突くアレ?」


「そうそう、アレだよ。正拳突きなら、ボクシングのストレートパンチよりもずっと簡単に『腰の入ったパンチ』が打てる。見よう見まねで構わないから、正拳突きでもう一度チャレンジしてみるといい。きっと、君の本当の力が測れるよ」


 狭山に促され、日向はもう一度グローブを握りしめる。


 再び、サンドバッグが音を立てて立ち上がる。

 腰を落とし、左の手の平でサンドバッグに狙いを付ける。


 そして、引き絞った右腕を一気に突き出し、サンドバッグを打ち抜いた。


「せりゃあっ!!」


 ズドン、と先ほどとは比べ物にならない音を立ててサンドバッグが倒される。表示されたスコアは、なんと151キロだった。


「う、うわ、本当に数字が跳ね上がった……」


「ね? 言った通りだったろう?」


「日向くん、すごい! カッコよかったよ!」


「そ、そうかなぁ。照れるなぁ」


 北園からも賞賛され、日向は嬉しそうな表情を隠せなかった。



 ……と、そこへまた別の人物がやって来た。

 予知夢の五人の最年長、本堂仁だ。

 なかなかトレーニングルームから戻ってこない狭山の様子を見に来たようだ。


「む、なにやら盛り上がってるな」


「あ、本堂さん! 本堂さんもパンチングマシーンやってー」


「ふむ……」


 北園の言葉を受けた本堂は、マシーンに表示されている日向の記録、151キロという数字をまじまじと見つめている。そしておもむろに日向からグローブを取り上げ、自身の右手に装着する。


「ふんっ!!」


 そして立ち上がってきたサンドバッグに、勢いのある右ストレートを叩き込んだ。サンドバッグが倒された時の音は、日向の時とは比較にならない大きさだった。


 表示されたスコアは、209キロだった。

 本堂は日向に向かってゆっくりと振り向くと、口を開いた。


「勝った」


「…………。」


「すまんな。せっかく北園に良いところを見せていたのにな」


「いえ、いいんですよ。さすが本堂さんです」


「いやー申し訳ないなー。151キロを出していたお前の表情、とても幸せそうだったのになー」


「……あの、本堂さん。もしかして挑発してます?」


「そんなことは無いぞ? いやーやってしまったなー」


「もしかして、この間の挑発訓練の件、まだ根に持ってます?」


「日向じゃあるまいし、そんなことは無いぞー」


「絶対根に持ってやがるぞこの人……」


 わざとらしく、間延びした口調で日向を煽ってくる本堂。そんな本堂の挑発に、日向もついつい乗っかってしまう。


「ま、まぁ大丈夫ですよ。さっきのはしょせん、本気の10分の1でしたし?」


「そうか。ちなみに俺は100分の1だった」


「…………。」


「…………。」


「……ああすみません。俺としたことが、ゼロを付け間違えていましたよ」


「ふむ。つまり本気の1分の1だったワケか」


「勝手に減らすなー!! 本気の1分の1って、それただの全力でしょーが!」


「おっとスマン。つまり本気の10分の100だったか」


「分子を増やすなー!! 本気の10分の100って、それもう限界突破の全力全開でしょーが!」


 もうすっかり、日向は本堂のペースに乗せられている。

 今回の挑発合戦は、どうやら本堂に軍配が上がったようだ。



 ……と、そこへさらに新顔がやって来る。日影とシャオランの二人が、トレーニングルームにやって来た。二人して筋トレをしようとしていたところで、パンチングマシーンに皆が群がっているのを発見したようだ。


「お? どうしたんだ皆で集まって」


「あ、パンチングマシーンだ。そういえばボク、これまだやったことないんだよね」


「……へぇ、本堂は209キロか。やるじゃねぇか」


「バスケの現役時代なら、もう少しいけたかもしれんな」


「日向は……151キロか。思ったより高いな。オレはてっきり、63キロくらいがせいぜいかと思ってたが」


「なんで一回目の数値をピッタシで当てられるんだお前」


「よっしゃ、じゃあシャオラン、ついでに挑戦してみろよ。マモノと素手で戦うお前の拳がどれほどのものか、見てみてぇ」


「ぼ、ボクが? ……まぁ、これならまさか反撃が飛んでくるワケもないし、危険は無いよね……?」


「全力でやってみてくれよ。なんなら『火の練気法』も使っちまえ」


「え。」


 短い悲鳴ともとれるような「え。」という声を発したのは、狭山だ。正気を疑うような目で日影を見ている。


「ま、待ちなさい日影くん。シャオランくんの『火の練気法』は、異常な威力を叩き出す。いくら殴られるのが仕事のパンチングマシーンといえど、彼の全身全霊の一撃を受け止められるような設計は……」


「いいじゃねぇか別に! どれくらいの数字を叩き出すか、お前もちょっとは興味あるだろ? ……ほれ、今だやれシャオラン。狭山はオレが抑えておく」


「う、うん、わかった…………はぁぁぁぁぁッ!!」


「あ、ちょっと……」


 狭山の静止を無視して、シャオランは『火の練気法』を使い始めた。彼もまた、心のどこかで、自分の拳がどれほどの数字を出せるのか、興味を持っていたのだろう。


「せやぁぁぁぁぁッ!!!」


 そして、”火の気質”を纏った拳が、サンドバッグに叩きつけられた。


 瞬間、サンドバッグは有り得ない音を立てて叩きつけられ、パンチングマシーンがクラッシュした。スコア表示は消し飛び、ところどころから火花が散っている。もはや疑いようも無く故障した。


「…………。」


「…………。」


「…………。」



 気まずい沈黙が流れる。


 狭山の顔を見れば、かろうじて笑みは保っているものの、何とも言えない重圧プレッシャーを放っている。無言の圧力、というやつだ。



「……ぼ、ボク、師匠が呼んでるから帰るね……」


「お、オレもちょっとランニング行ってくるぜ……」


「じゃあ、俺は受験勉強を再開しよう」


「わ、私も勉強を始めないと……」


「お、俺は、えーと、どうしよう、とりあえず死んだフリしとこ……」


 そう言って、四人は退出してしまった。

 日向だけは、なぜかその場に倒れ込んで死んだフリを始めた。



「……こんなことで国の予算を使うワケにもいかないし、修理費は自分持ちになるんだろうなぁ……。いや、これはもう新しいの買った方が早いかな……。やんちゃな子供を持つと苦労するよ……」


 残された狭山は、悲しげな声でそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日向、カッコいいー! って思ったら本堂さん……貴方はさばぬかでも食ってなさい……。 シャオランのとこは笑いました。 爆笑しました。 狭山さん、最近痛手ばっかおってますね(笑)
[良い点] コン、コン、コン♪(*´▽`*) 再びのスイゲツ登場に、興奮してしまい全く進まなかった現実www 「コンッ」とか、もう可愛いしかないじゃないですかっ。油揚げを食べてる所とか可愛いに決まっ…
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