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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第8章 先を生きる者 その生にならう者
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第250話 太陽の勇者のお話

「ぜー……ぜー……疲れた……」


 日向は九重の庭の地面に座り込み、息を切らせていた。


 スイゲツとの特訓を開始して、そろそろ一時間になるだろうか。小休止を挟みつつではあったものの、これだけの時間動き続ければ、息も絶え絶えになるのは致し方無い。


 ちなみに、目標であった『一分間、スイゲツの攻撃を避け続ける』は、ここまで一度も成功できなかった。最高記録は40秒である。


 日向が疲れ果てて動けなくなっているところに、狭山が声をかけてきた。


「お疲れー、日向くん。そろそろいい時間だし、ここで休憩にしよう。九重さんがいなり寿司を作ってくれたよ」


「いなり寿司……やっぱりスイゲツがいるから?」


「はは、そうかもね。……それと、スイゲツもお疲れ様。付き合ってくれてありがとう」


 そう言って狭山はスイゲツの顔へと手を伸ばし、彼女を撫でようとする……が、スイゲツは、狭山が撫でるより早く、彼の頭を前脚で叩き伏せてしまった。


「コンッ!!」

「おうっ!?」


 狭山は潰れたカエルのように、スイゲツの脚の下でのびてしまう。


「す、スイゲツが狭山さんを殴った!?」


「痛ててて……もしかしてアレかい? 前に君と戦った時、自分が君の脚を撃ち抜いたことを、まだ怒ってるのかい……?」


「コン。」(首を縦に振る)


「ま、参ったなぁ……」


 困ったような笑顔で頭を掻く狭山。

 まだ若い雌の狐であるスイゲツは、性格に少々トゲとクセがある。


 それから日向と狭山と九重、そしてスイゲツの三人と一匹は、九重の家の縁側で昼食をとる。人間組はいなり寿司を。そしてスイゲツには油揚げだ。


「うおお、美味しい……。このいなり寿司、九重さんが作ったんですよね? 料理上手いですね……」


「ふふ、なにせ独り暮らしが長いからの。自炊する機会も多いんじゃよ」


「自分も自炊する機会が多かったから、ドリンク作りが上手くなったよ!」


「狭山さん、シャラップ」


「ひどくない?」


 狭山は、いじけるフリをしてタブレットを操作し始める。フリだと分かっているので、日向は気にせず九重に話しかけた。


「それにしても九重さん、あれからスイゲツとまた一緒に暮らしてるんですね。聞いてはいたので知ってましたけど、なんか感慨深いなぁ」


「ああ。君たちのおかげじゃよ。君たちがあの時、ライコとフウビ、そしてスイゲツを止めてくれたから、こうして儂らは再び一緒になれたのじゃ」


「い、いやいや、俺たちは特別なことなんて何も……」


「ふふ、謙虚な子じゃの。今どき珍しいわい。……しかしまぁ、このスイゲツを孫が見たら、いったいどう言うじゃろうなあ」


「たぶん、大はしゃぎするか悲鳴を上げるかの二択でしょうね……お孫さんの性格によるかと」


 スイゲツが九重と一緒に暮らしているという話を知っている人間は、あまり多くない。日向たちのような、マモノに関わる人間や、九重の身内のごく一部くらいである。これは、スイゲツの存在を知った人々がここに押しかけないように、この山を自然なままにしておくためである。


 この山に人の手を加えようとした結果、スイゲツの親であるライコとフウビは強硬策に出てしまった。もう二度と、そのような悲劇を繰り返さない為にも、マモノ対策室と九重の双方の意見のもと、スイゲツの情報は秘匿することに決定したのだ。


「……そうじゃ、日下部くん。君に話したいことがあったのじゃ」


 と、不意に九重が話を切り替えてきた。


「話したいこと?」


「うむ。実はな、儂は今、物語を一つ書いておるのじゃ。この山がこれ以上荒らされないように、その戒めになれればと思って、あの時の君たちとスイゲツたちの戦いをえがいたお話を作っておる」


「えーと、それってつまり、俺たちが主役の物語……?」


「そういうことじゃな。この地に伝わるお狐様の伝説の、その続きと言ってもいいかもしれん。脚色もそこそこ多いのじゃが、聞いてくれるかな?」


 その物語はまだ完成していないが、九重は既に出来上がっている構想を語り始めた。



 かつてこの山には、雨を降らせて人々を干ばつから救ったお狐様がいた。この山に住む人々は、お狐様のことを代々語り継いでいった。


 時は流れ、現代。


 山の人々が住んでいた集落は、ダムの完成によって水に沈んだ。お狐様の伝承を知る人々の多くは、下の町へと移ってしまった。


 お狐様の伝承は忘れ去られ、外の町の人々は、この山を開発し始めた。木々は伐採され、山に暮らす動物たちもまた、余所の山へと追いやられた。


 そして、これを良しとしないものたちがいた。

 かつてこの地を救ったお狐様の、その子孫たちである。


 彼らが一声鳴くと雷が鳴り響き、風は吹き荒れ、大雨が降り注いだ。彼らが力を合わせると、あらゆるものを吹き飛ばす嵐が生まれた。


 この力を使って、お狐様の子孫たちは人間と戦いを始めてしまった。厚い雲で空を覆い、この地に嵐を呼び起こしてしまった。


 かつてこの地を救ってくださったお狐様。

 その子孫たちが、今度は人間に牙を剥いてしまったのだ。


 これを止めるべく立ち上がったのは、五人の少年少女たち。彼らもまた、特別な力を使って、お狐様の子孫たちと戦った。


 剣を振るうと炎を巻き起こし、祈りと共に氷が生まれる。目にも留まらぬ速さで子孫たちの攻撃をかわし、岩をも砕く拳を叩きつけた。


 戦いは熾烈を極めたが、勝利したのは少年少女たちだった。


 大将の少年……『太陽の勇者』が剣を振るうと、お狐様の子孫たちが生み出した嵐は、空を覆う雲と共に切り裂かれ、再び太陽が顔を出した。人々の暮らしに、太陽が戻ってきたのだ。


 お狐様の子孫たちのうち、一匹は少年少女たちと和解して生き残った。しかし、その一匹の両親、残りの二匹は死んでしまった。


 もう二度と、このような悲劇を繰り返さない為にも、我々はこの物語を語り継いでいかねばならない。今度こそ、このお話が忘れ去られないように……。



「……というお話なんじゃよ。どこまで細かく構成していくかは、これから決めるところなのじゃがね」


「ほ、ほお、なるほど……」


「うむ? 何やら反応が芳しくないような……もしかして気に入らなかったかな、日下部くん?」


「い、いえとんでもない! ただ……自分たちが主役の物語を聞かされるとか、なんかすごくこっずかしい……」


 照れくさそうに両手で顔を覆ってしまう日向。自分たちが主役の物語を作られるなど、考えたことは無かった。

 オマケに、この物語の最後の方を聞くに、九重はこの物語を末代まで語り継ぐ気満々である。日向たちの活躍が、九重一族の歴史に刻まれてしまった。


 すると、隣の狭山がニヤニヤしながら日向に声をかけた。


「やったじゃないか日向くん。正義のヒーローを目指す君が、ついに物語の主人公だよ」


「その物語の主人公は、実際の戦いでは大して活躍していませんでしたけどね……。後ろで皆を応援してばかりで、三匹のキツネには良いように翻弄されて……」


 苦笑いしながら返答する日向。

 しかし狭山は首を振り、話を続ける。


「そんなことはないよ。君はあの戦いでもしっかり活躍していた。現場にて仲間たちに細かい指示を出し、皆の動きをカバーしていた。あれは戦闘における観察眼に長けた君だからこそできた役割だよ」


「そ、そうですか?」


「うん。君たち五人は、日影くんとシャオランくんが前衛を張り、本堂くんは機動力を生かした撹乱役、そして北園さんが後方火力を担当し、それを勇者たる日向くんがまとめ上げる。なかなかバランスの取れている一党パーティーじゃないか」


「たしかに……そうかもですね。肝心の勇者が一番弱そうなのが最大の問題点ですけどね……。俺の中では、勇者は最前線で敵に切り込むイメージなので」


「まぁそこは、良いじゃないか。仲間に頼ってばかりの勇者が一人くらい居たって。前に出るばかりが勇者の役目ではないということを、君が知らしめてやればいいさ」


「そう……ですね。俺は、俺ができる役目を、俺なりにこなすだけです」


「よしよし、その意気だ」



 自分に何ができるか知ることができた日向の表情は、彼のこれから先を暗示するかのように明るい。そんな事を思い、狭山は満足げに微笑んだ。

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