第245話 残る二つの練気法
「ボクがまだ習得していない、残り二つの練気法を……?」
ミオンの言葉を反芻するように、シャオランは呟いた。
これからミオンは、まだシャオランが習得していない練気法の基礎を教えてくれるのだという。つまり、『水の練気法』と『風の練気法』だ。
「……と言っても、恐らくこの鍛錬では、シャオランくんはまだ残りの練気法を習得できないと思うけどね~」
「ええー……なんで……?」
「相性の問題なのよ~。あらゆる生き物には、生来から地水火風の属性の気質が備わっているの。練気法っていうのは、その備わっている気質を自発的に強化・コントロールして、己の身体の機能すら書き換える技術。当然、自分の気質に合った練気法ほど習得しやすいわ~」
シャオランの場合、備わっていた気質が『地』だったから、最初に『地の練気法』を教えたのだとミオンは言う。
ちなみにシャオランは、”火の気質”もある程度強く、そのために『火の練気法』も一足早く習得できたのかもしれない、とのことだ。
「そのボクと相性が悪いのが『水』と『風』なの?」
「そういうことね~。本来、『水』と『地』は相性は良いんだけどね。土は水を吸収するから。けど、シャオランくんに備わっているもう一方、”火の気質”が邪魔をして、相性の良さが落ちちゃってるの~」
「土は水を吸収する、かぁ……なるほど……」
「もう一方の風はさらに深刻ね~。『火』と『風』は相性が良いんだけど、『地』と『風』は相性が悪いの。火は風を受けて強く燃え上がるけど、風は大地を風化させる。そしてシャオランくんは『火』より『地』が強い。シャオランくんにとって習得の難易度が最も高いのは、間違いなく『風の練気法』よ~」
「師匠の指導をもってしても、ここで習得するのは難しいの?」
「難しいと思うわよ~。練気法っていうのはつまり『魂の操作』みたいなものだからね~。つまり練気法を鍛えるには、心を強くするのが一番手っ取り早いの。そして、心を一気に強くする方法といえば……」
「……強者との戦闘?」
「そういうこと~! だから、来たるべき強者との戦いに備えて、ここで基礎を教えておくのよ~! 実戦の中で、残る練気法を身に着けることができるかもしれないからね~!」
「も、もっと楽な方法はないの……? ボク、戦うのやだ……」
「残念だけど、無理な注文よ~。万里の長城を一日で建てろって言うくらいに無理な注文よ~。じゃあ、さっそく始めましょうか! 構えて、シャオランくん。まずは『水の練気法』よ~!」
「い、痛いのは嫌だよ!?」
怖がりながら構えるシャオラン。
しかしミオンは、そのシャオランの言葉を聞いて優しく笑った。
「大丈夫よ~。『水の練気法』は、ほとんど攻撃には使わないの。だから、まずはシャオランくんがわたしを攻撃してみて?」
「え、ボクが? ……わ、分かった!」
ミオンの言葉を聞いて安心したのか、シャオランは先ほどより力強く、拳を構えなおす。
一方のミオンも、大きく息を吸って、そして吐いた。
すると、彼女の身体から青いオーラが湧き始める。
海のように深い青のオーラだ。これが”水の気質”なのだろう。
「準備オッケーよ~。さぁ、かかってきなさい!」
「よーし……せやぁッ!!」
シャオランがミオンに向かって突きを繰り出した。
その突きに向かって右の手のひらを構えるミオン。
……するとミオンは、シャオランの突きをやんわりと受け止め、引いて押すようにシャオランを押し返してしまった。
「うわぁっ!?」
大きく仰け反り、尻もちをついて倒れてしまうシャオラン。
今のミオンの動作は、余計な力など一切加わっていないような流麗な動きだった。
「このぉ……!」
シャオランは立ち上がり、再びミオンに攻撃を仕掛ける。
拳を突き出し、肘を振り抜き、掌底を振り下ろす。
しかしミオンには、一切の攻撃が当たらない。全て、先ほどの突きのように受け流され、押し返されてしまう。ミオンが攻撃を捌く動作は、組手の時よりも華麗で洗練されているように見える。
ミオンは、振り下ろされるシャオランの掌底に手を添え、その勢いを利用してシャオランの腕を取り、投げ飛ばしてしまった。
「わぁぁ!?」
一回転して、背中から叩きつけられるシャオラン。
顔を上げれば、ミオンが柔らかく微笑んでいる。余裕の表情だ。
「ま、まだまだぁ!」
シャオランは立ち上がると、今度はミオンに向かって飛びかかり、左右の蹴り上げを放った。
だが、これもミオンには通じなかった。
ミオンは、繰り出されたシャオランの蹴りを捌き、その踵に手を添えると、シャオラン自身の蹴り上げの勢いを利用して、彼を放り投げてしまった。
「あぁぁぁぁ……」
空中で二回転、三回転しつつ、シャオランは顔面から地面に落ちた。
「ぶっ!? 痛ったぁ~い……話が違うよぉ……」
「これが『水の練気法』よ~。寄せては引く波のように、激流を制する静水のように、相手の攻撃を受け流し、押し返す。さらに『水の練気法』の呼吸には、使用者の自然回復力を高める効果があるのよ~。つまり『水の練気法』を使っているだけで傷が回復し、時間をかければ毒なども治せるわ~」
「それ、口で教えるだけじゃダメだったの……? なにも顔面から叩きつけることないでしょ……」
「やっぱりこういうのは、口で聞くより体験するのが一番よ~」
と、ミオンは言うが、シャオランは不服そうだ。不当な暴力を受けたことに腹を立てている。それはともかく、回復と防御を両立させる絶対防護圏、それが『水の練気法』というワケだ。
「だからほら! 戦いの傷も拳の腫れも『水の練気法』でばっちりケアするから、わたし武闘家なのに指キレイでしょ~?」
「ソーデスネ……」
「じゃあ次は『風の練気法』に行きましょ~。シャオランくんはこの『風の練気法』とは相性が悪いんだけど、わたし自身はこの練気法が一番相性が良いのよ~」
「ボクが師匠のこと苦手な理由って、気質の属性も関係あるのかな……」
「それと先に謝っておくわね~。これはシャオランくんにより深く知ってもらうためにも、ちょっと痛くするわよ~」
「え!? やだ! 絶対やだ!!」
必死にミオンに訴えるシャオラン。
しかしミオンは聞く耳持たず、すでに練気法の呼吸を開始している。
すると、彼女の身体から、爽やかな風を思わせる明るい緑色のオーラが湧き上がった。これが”風の気質”なのだろう。
「さぁ、シャオランくんも”地の気質”を練り直してね~! 行くわよ~!」
「やだって言ってるのにぃぃぃ!!」
そんなシャオランの泣き言もやはり聞かず、ミオンは攻撃を開始する。緑のオーラを纏った手刀を、シャオラン目掛けて振り抜いた。
「うわっと!?」
慌てて『地の練気法』を使い、ミオンの手刀をガードするシャオラン。
砂色のオーラを纏った腕と、緑色のオーラを纏った手刀がぶつかり合う。
その時、ぶつかり合った両者の腕から、なんと金属音が響いたのだ。
「えぇ!? なに今の!?」
「これが『鎌風の手刀』よ~! ”地の気質”を解かないでねシャオランくん! 解いた瞬間、あなたは真っ二つよ~!」
「い、いやぁぁぁぁ遂に死刑宣告だぁぁぁぁ!?」
ミオンの攻撃は続く。
先ほどのような手刀だけでなく、拳による殴打も飛んでくる。
握りしめた拳でも、シャオランの腕とぶつかり合うと、やはり先ほどのような金属音が鳴り響いた。
ミオンはシャオランの足元目掛けて手刀を繰り出す。
その動きを捉え、咄嗟にジャンプして手刀を避けるシャオラン。
ミオンの手刀は、地面に横一文字の切れ込みを入れた。
「ちょっ!? ちょちょちょ!?」
大慌てで後ろに下がるシャオラン。
このまま続ければ、本格的に命が危ないと感じた。
それを見たミオンは、右の手の平に緑のオーラを集中させ、シャオランに向かって突き出した。
「これが『吹きつける烈風の掌』!」
「わぷっ!?」
まだミオンとは間合いが離れていたにもかかわらず、シャオランは、自身の身体に風の塊のような何かが叩きつけられたのを感じた。その無色透明の何かに吹っ飛ばされるかのように、地面に倒れ込んでしまう。
シャオランは急いで起き上がるも、目の前にはすでにミオンがいた。まるで地面を滑るかのような動きで、あっという間にシャオランとの距離を詰めてきた。そして……。
「せいっ!」
「うっ!?」
シャオランの身体に、”風の気質”を纏った拳を叩きつけた。
先ほどのような金属音は響かず、普通の欧打音が鳴り響く。
だが、シャオランは腹部を押さえ、地面に倒れ込んでしまった。
彼は今、”地の気質”を身に纏い、身体を固めているというのに、それが嘘のように悶絶してしまった。
「な、なにこれ……? ”地の気質”が全然効かなかったの……? お、お腹が気持ち悪い……」
「風は、もっとも自由な気質なのよ~。故に、その形は千差万別。相手を切り裂く鎌風にもなるし、相手を吹き飛ばす烈風にもなる。そして、相手を突き抜ける突風にもなるわ~。中でも今の『突き抜ける風の拳』は、相手の筋肉などを無視して、内臓を直接揺さぶることができるのよ~。シャオランくんの”地の気質”も貫通しちゃったわ~」
「そ、そういうのやる時は先に言ってよぉ……せめて心の準備をさせてよぉ……」
「ごめんなさいね~。……さて、一通りさわりの部分は教えちゃったし、ここで小休止にしましょうか~」
実際、そろそろ小休止を挟むのにいい時間になってきた。
ここからは五人で縁側に並び、仲良くお茶でも飲もうという話になった。




