第241話 許されざる者
日向が北園やエヴァ・アンダーソンと共にアイスを食べていた、その一方。先日、シルフィードラゴニカを倒した廃マンションから、さらにもう少し離れた森林地帯に、日影がいた。
「おるぁッ!!」
「シャアアアアアッ!!」
日影は、巨大な白いカマキリのマモノと対峙している。”濃霧”の星の牙であるミストリッパーだ。振るわれる鎌を避けつつ、『太陽の牙』で斬りかかる。
前回の虫マンションのマモノたちを掃討した際、そのマモノたちの中に、ミストリッパーの幼体であるホワイトリッパーの姿が多く確認された。それを見た狭山は、あのマンションのどこか、あるいはその周辺に、親であるミストリッパーが出現しているかもしれないと予測した。
それから数日にわたる調査の末、見事にミストリッパーを捕捉してみせた。狭山の推測通り、やはりミストリッパーが出現していたのだ。
ミストリッパーが確認されたその次の日、すなわち今日、狭山は日影をミストリッパー討伐に派遣した。その際、日影は「腕試しがしたい」と言って、他の仲間たちを同行させず、こうして一人で討伐にやって来たのだ。
「コイツは以前、日向たちが倒したことがあるらしい。だったら今さら、お前なんぞに手こずっていられるかよ!」
そう叫びながら、日影はミストリッパーを斬りつける。
厚みのある、白光を反射する刀身が、ミストリッパーの腹部を切り裂いた。
「ギャアアアアッ!?」
絶叫を上げながら、ミストリッパーは反撃の鎌を振るう。
しかし日影は、剣の腹でそれを受け流しつつ、さらに反撃を加える。
日影は今、オーバードライヴを使っていない。
にもかかわらず、日影はミストリッパーと真正面から斬り結んでみせている。
(”再生の炎”の回復量は限られている。そしてオーバードライヴは、その限られた回復量を攻撃用の炎として転用する技だ。多用はできねぇ。オーバードライヴ無しでも戦えるだけの地力をつけなくちゃならねぇ)
「シャアアアアアッ!!」
ミストリッパーが、勢いよく左の鎌を振り下ろしてくる。
日影はそれに合わせて、『太陽の牙』を思いっきり振り抜く。
両者の剣と鎌が激突し、ミストリッパーの鎌が真っ二つにされた。
「ギャアアアアッ!?」
後転し、転げまわるミストリッパー。
すでに身体は傷だらけで、力尽きる寸前のように見える。
だが、マモノはその生命力の最後の一滴が尽きる瞬間まで、攻撃の勢いを落とさない。ミストリッパーはもはや隻腕の身だが、それでも完全に仕留めきるまで、油断はできないのだ。その証拠に、ミストリッパーが体中から白い霧を噴出させ、辺りを濃霧で包み込んだ。何かを仕掛けてくる気なのだろう。
「させるかよッ!」
それを見た日影は、すぐさまミストリッパーにトドメを刺すべく、斬りかかる……が、ミストリッパーも素早く飛び退き、霧の中に姿を消した。
「ちぃっ、どこ行きやがった、面倒くせぇ……!」
『太陽の牙』を構えながら、周囲を警戒する日影。
と、その時、真後ろに濃厚な殺気を感じ取った。
「そこだッ!!」
振り向きざまに『太陽の牙』を薙ぎ払う。
そこには確かにミストリッパーがいた。
……いたのだが、そのミストリッパーは、日影の一撃を受けると、文字通り霧散してしまった。
「何だと……!?」
予想外の出来事に、日影の動きが一瞬、硬直する。
そしてその隙に、日影の背後から何者かが斬りかかってきた。
「くっ!?」
慌てて前方に身を投げ出し、背後からの凶刃から身をかわす日影。
完全には避けきれず、背中に少し切り傷を受けてしまった。
しかし、あともう少し回避が遅れていれば、切り傷どころか身体を縦に裂かれていたところだ。
そして日影が振り返れば、そこには先ほど霧散したはずのミストリッパーが佇んでいた。
「シィィィィィ……!」
「こいつ……!」
ミストリッパーは、短く日影に威嚇すると、再び後退して濃霧の中に姿を消す。
そして一拍ほど間を置くと、今度は日影の周囲から三体のミストリッパーが姿を現し、日影を取り囲んでしまった。それを見た日影は、ニヤリと笑う。
「ははぁ、読めたぜ。つまり、これは”濃霧”の能力で作った、霧の幻覚だな。以前、キキ戦で松葉班の救出に行った時、鳥羽が言っていた『幻覚を見せる能力』だな。オレの周りにいる三体のうち、二体が霧の偽物。一体が本物ってことだ。ったく、姑息なマネしやがるぜ」
以前、日向たちがミストリッパーを倒した時は、このような能力は使ってこなかった。やはりシルフィードラゴニカ戦以来、マモノたちの力が更に強くなってきている。
日影は全身に力を込める動作をとる。オーバードライヴの発動準備だ。
「再生の炎……”力を此処に”ッ!!」
そして、日影の身体が一気に燃え上がった。
熱と共に、身体が力で満たされていくのが感じられる。
オーバードライヴを発動し、ここで一気に決着を付けようというつもりなのだろう。
「さぁて、この三体のうち、本物はどれか。見分けるにはどうすればいいか……」
「「「シャアアアアアッ!!!」」」
三体のミストリッパーが、同時に斬りかかってくる。
残った右腕の鎌が、三つ同時に振るわれる。
その鎌の軌道は日影を囲うようで、一見すると避けようにも逃げ場がないように見える。実際は迫る鎌のうちの二本が偽物で、一本が本物だ。回避の読みを外せば、身体が真っ二つにされてしまうだろう。
「……ま、避けるつもりなんて、ハナから無ぇんだけどな!!」
そう言うと、日影は炎を凝縮した左手で、足元の地面を思いっきり殴った。自身の足元に向けて”陽炎鉄槌”をぶちかましたのだ。
地面に叩きつけられた日影の拳は、日影を中心に大爆炎を巻き起こした。
ちょうど日影に斬りかかってきた三体のミストリッパーが、爆炎に巻き込まれて吹き飛ばされた。
「ギャアアアアッ!?」
三体のミストリッパーのうち、二体が霧散し、一体が地面に倒れた。
日影は、ミストリッパーの攻撃を引きつけ、まとめて反撃する手段を取ったのだ。
「お前、もう終わったぜ!!」
そして日影は、残った本物のミストリッパーに飛びかかり、その頭部に『太陽の牙』を突き立てた。
ミストリッパーは断末魔を上げ、二度と起き上がってくることはなかった。
◆ ◆ ◆
「戻ったぜー」
声と共に、日影がリビングへと入ってきた。
ここはマモノ対策室十字市支部。テーブルで狭山がタブレットを操作している。
「やぁ日影くん、おかえり。無事に帰って来てくれて嬉しいよ」
「おう。まぁ、なんてことはない相手だったぜ」
「もはや『星の牙』が相手でも、場合によっては一人で容易く倒せるまでになったかぁ。成長したねぇ」
「まだまだだ。もっと強くならねぇと。……ところでアンタ、さっきから忙しなくタブレットを操作してるが、何してるんだ? 心なしか、興奮気味にも見える」
「はは、分かっちゃうかい? 実はね、日向くんと北園さんが星の巫女と遭遇したらしい。それでいくつか新情報が手に入り、その整理をしているところだよ」
「星の巫女と……。日向は、どうしたんだ? 戦ったのか?」
「いや、一緒にアイスを食べたらしいよ。エヴァちゃんはアイスをたいそう気に入ったらしい」
「……けっ、なに日和ってんだか」
狭山の話を聞いた日影は、どうも楽しくなさそうだ。
表情があからさまに不満げである。
「日向くんがエヴァちゃんと戦わなかったのが、不満なのかい?」
「ああ、そうだ。オレは巫女を許さねぇ。アイツがマモノ災害なんぞ起こしたせいで、大勢の人が死んだんだ。松葉たちはもちろんだし、この間の中心街襲撃でも死んだ。フォゴールと戦った森の中で死体になってた奴らのことだって、忘れたことはねぇ。オレは記憶力だけは良いらしいからな」
「……つまり君は、エヴァ・アンダーソンを『裁くべき罪人』として見ているのか」
「そういうことだ。この先、アイツがどれだけ良い子ちゃんになろうと、オレはアイツを殺すぞ。アイツはもう引き返せねぇ。血を流し過ぎたんだ」
そう言い残すと、日影はリビングから出ていった。
「……死人に口なし。死人はもう、相手に恨みつらみをぶちまけることさえできない。そんな彼らの無念を背負って、君はあの子を断罪するというのか。たとえ万人があの子を許そうと、君だけは犠牲者の痛みを忘れず、その思いを伝え続けるというのか。それもまた、君なりの優しさなのかな」
静かに目を閉じ、しかし穏やかな表情で、狭山は独り、呟いた。




