第239話 ゆるふわは世界を救う
日向たちが中心街で星の巫女に遭遇していたころ。
マモノ対策室十字市支部では……。
「ふーんふーんふふーん♪」
と、狭山が鼻歌を奏でながら、テーブルの上で何かの機械を整備している。円盤のようなシルエット、四つのプロペラ、メタリックなデザイン……恐らくこれはドローンなのだろう。狭山は、見るからにハイテクそうなドローンを整備している。
「あら、狭山さん。どうしたんですか、最新鋭のドローンなんか引っ張り出して」
そこへ的井がやって来て、狭山がドローンで何をするつもりなのか尋ねた。
「ああ、的井さん。いやね、先ほど北園さんから精神感応を受信したんだ。日向くんとデートしに行くんだって」
「……もう読めました。つまりそのドローンで二人を尾行し、覗くつもりですか」
「尾行だなんて、ちょっと言い方が悪いなぁ。自分は二人が間違いを犯さないように見守るだけだよ。彼らはまだ若いし、何が起こってもおかしくないからねふっふっふ……!」
「最後の部分のあからさまに怪しい笑い声は何ですか」
「まぁまぁ、それより自慢させてくれ。なんと、今回のフライトに際し、このドローンに光学迷彩を搭載してみたよ!」
「また最先端の技術を、そんな下らないことに……」
「搭載したカメラにより、この十字市支部にいながら操縦ができる! 電波も非常に強力で、ここから中心街まで飛んでも余裕でコントロールの範囲内だ! いやぁ我ながら驚異的なドローンを開発してしまったね! 『デバガメ一号』と名付けよう」
「最っっ低な名前ですね……」
「よぅし、では早速! デバガメ一号、発進だ!」
そう言って狭山がコントローラーを操縦し、ドローンを飛ばそうとする。しかし、ドローンが飛び立つ前に、的井がドローンを捕まえてしまった。
「……あれ? 的井さん? なんでドローンを捕まえちゃうんです? 離してくれないかな?」
「狭山さん。スタンダップ」
「え? あ、はい」
的井に言われるままに、狭山は椅子から立ち上がる。
「……ところで的井さん。この流れ、なんか覚えがあるんだけど。具体的に言うと、そう、あれは五月の終わりごろ、自分が的井さんのカモミールティーを遠慮した時……」
「システマパンチ!」
「ぐっはぁやっぱりぃ!?」
叩きつけるように放たれた的井の拳をモロに食らい、狭山は床に倒れ込む。
「く……なぜだ、なぜ止めるんです的井さん! 自分はただ、二人を見守ろうとしているだけなのに!」
「よく言いますよ。それに、百歩譲って二人を見守るだけにしても、ドローン法の観点から、やっぱり無視できないんですよね、情報部の人間としては」
「……あー」
頭を掻きながら、狭山は唸る。
ドローン法とは、ドローンを扱う際に関する法律のことだ。
ドローンは、目視の範囲内で飛ばさなければならない。
ここから十字市中心街まで飛ばしたら、目視の範囲内など余裕で越える。
ドローンは、人家の集中地域で飛ばしてはいけない。
マモノ対策室十字市支部は人家の集中地域の中にあるため、中心街まで飛ぶには集中地域を横断する必要がある。
狭山がこのマモノ対策室十字市支部からドローンを飛ばせば、最低でも以上の二つのドローン法に抵触するということだ。
「……そういうワケで、このドローンは没収しますね」
「そんなぁー」
「このドローン、良い感じに円盤型ですね。私の実家では犬を飼ってるんですけど、フリスビーにしていいですか? ポピーって名前なんですけどね」
「いやいや、フリスビーって。高かったんだよソレの製作費。だいたい、フリスビーにしては大きすぎないかい、そのドローンは。ポピーちゃんって、名前から察するにコーギーとかチワワとかその辺の犬種だろう?」
「いえ、ドーベルマンですけど」
「おおぉう……」
◆ ◆ ◆
視点は戻り、十字市中心街。
日向と北園は、マモノ災害の元凶たる少女、星の巫女ことエヴァ・アンダーソンと遭遇していた。
「また会いましたね、お二方」
「で、出たなラスボス! 今度は何しに来たんだ!」
「ちょっとこの街の様子を見に来ただけです。どうぞお構いなく」
「構うわ! シンガポールでの暴挙を忘れたとは言わせないからな!」
「暴挙とは失敬な。私は、戦いを望む者に、望まれた力を貸し与えただけです」
「その結果、マモノが暴れてフラワードームがメチャクチャになっただろーが! よくもまぁお前、そんな涼しい顔して言えるなー!? 人の心が無いのかお前!」
「私は『星の巫女』。人と自然の行く末を見極める裁定者。裁定者に余計な感情は不要です。人としての心はとうの昔に捨てました」
「この冷血幼女め……! だいたいこの街だって、お前のせいでこんなにもボロボロになったのに、昨日の今日でひょっこり顔を出しやがってぇ……」
「街を破壊したのはキキの独断です」
「そもそもお前がマモノ災害なんて起こさなければ、そんなことにはならなかっただろーが!」
このままこの少女を放っておけば、またシンガポールの時のようにマモノを生み出すのではないか。日向は気が気でない。
だがその一方で。
北園はいつものゆるふわ調で、日向に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、日向くん」
「ん、な、なに、北園さん?」
「せっかくこうして街の中で会ったのに、いきなりケンカなんて良くないよー」
「え。あ、いや、言ってることはごもっともなんだけど……彼女はラスボスだよ?」
「知ってるよー」
「マモノ災害の元凶だよ?」
「もちろん知ってるよー」
「仮にもマモノと戦う立場の人間が、そんなふわふわとしたスタンスで良いの?」
「いいのいいの! 今はただの女子高生だもーん!」
「そうですか……」
北園のゆるふわオーラにあてられ、日向もすっかり怒気を抜かれてしまった。日向はそれ以上星の巫女に詰め寄ることはせず、代わりに北園が星の巫女と話を始める。
「巫女ちゃん。どうしてこの街に来たの?」
「先ほども言った通り、この街の様子を見に来たのです。私の力で、ちゃんと街は修復されたのか。他に私が修復できそうな場所は無いか、調べていました。……あの襲撃については、私も思うところがありましたので」
「そっかぁ! 巫女ちゃんは優しいね!」
「優しいなんて……そんなことはありません。私は、マモノと人間の戦争を始めた張本人なのですから」
「それでも、その戦争を始めたのは、もともと動物たちを想ってのことだったんでしょ? やっぱり巫女ちゃんは優しいよ」
「あ……呆れるほどに前向きですね……」
災害の元凶である星の巫女もまた、北園のゆるふわオーラに飲まれてしまった。かろうじて威厳ある言葉遣いは保っているものの、声色は完全に動揺している。
そんな星の巫女に、北園はさらに話を続ける。
「そうだ、巫女ちゃん! 今から私たち、アイスクリームを食べに行くんだけど、巫女ちゃんも一緒にどうかな?」
「き、北園さん!? 本気で言ってるの!? なんでラスボスをアイスクリーム食べに誘うの!? 正気なの!?」
北園の言葉を聞いた日向が、慌てて北園に声をかける。
「正気だよー。ほら、せっかく仲良くなれそうなんだし、ここで和平関係を結べれば、マモノ災害も終わってハッピーエンドでしょ?」
「それは……まぁ……一理あるか……」
「でしょー? どうかな、巫女ちゃん?」
「……私は、その『あいすくりーむ』とかいう物が何なのか、分からないのですが」
「あちゃー、そこからかー」
◆ ◆ ◆
日向と星の巫女は、北園に連れられてアイスクリーム店へとやって来た。幸いなことに、店は営業停止していなかった。
この店は、買ったその場でアイスを食べることができるテラス席も完備しており、日向たち三人もその一画に陣取った。
北園と星の巫女はバニラ味を、日向はクッキーアンドクリーム味のアイスを購入した。ちなみに、星の巫女のアイス代は日向が出した。彼女は人間のお金を所持していない。
「うーん、冷たくて甘くておいしー! 幸せー!」
「これが、あいすくりーむですか。甘い香りがします……」
「一応、小さい頃はちゃんとした街にいたんだろ? アイスクリームも知らなかったのか?」
「ええ。両親は、よく私にキャンディーを与えていましたから。それ以外の甘味を知る前に、『幻の大地』へと流されてしまいました。再び私がこの次元に戻ったのは、今から一年ほど前が初めてです」
そう言いながら、星の巫女は北園がやっているのを真似して、アイスクリームをスプーンですくい、小さな口でパクリと食べてみた。
「……美味しい」
「でしょでしょー! ほら、どんどん食べてね!」
「甘くて、美味しい。こんなもの、自然の中には全く無かった……。牛の乳を凍らせると、こんなに美味しくなるのですか。食べる手が止まりません。はむはむ」
「あ、待って巫女ちゃん、あんまり急いで食べすぎると……」
「……う。頭がキーンとします……毒を盛りましたね、日下部日向……」
「盛ってないから。悪質な言いがかりは止めてほしい」
「冷たいものを一気に食べるとそうなっちゃうんだよー」
「そ、そうなのですか。私は今まで、食べ物を極端に冷やして食べる機会があまり無かったもので……」
やがて星の巫女は、アイスを全部食べ終わってしまった。空になった容器を見つめるその表情は、どことなく悲しそうに見える。そして、星の巫女は日向に向かって口を開いた。
「日下部日向。もう一つです。私はこのあいすくりーむをもう一つ所望します」
「アイスクリームをねだってくるラスボスなんて、あらゆるゲーム探しても見たことねぇよ……」
青い空を仰ぎ見て、呆れながら呟く日向。
……しかしここで、日向は一つの考えを閃いた。
「……いいぞ、買ってやる。ただし、情報と引き換えだ。マモノ災害を攻略するのに有効な情報を教えてくれたら、アイスを奢ってやろう」
「そうきましたか。しかし、いいでしょう。だからあいす買ってください」
「……一応聞くけどさ、お前、本当にラスボスなんだよな……?」
「マモノたちの首魁ではありますね」
あっさりとアイスクリームに釣られるこの少女を見て、日向はもはや、呆れ果てるしかなかった。




