第235話 電光石火 対 音速飛行
廃マンションの個室のリビングにて。
立ち向かうは、予知夢の五人の中でも屈指のスピードを誇る、本堂仁。身体に流れる電気信号を強化する能力”迅雷”を使い、身体全体が蒼く発光し、稲妻が迸っている。
相対するは、トンボ型のマモノ、シルフィードラゴニカ。相手が動くことにより発生する気流の乱れを読み取ることで、攻撃を先読みして回避する、”暴風”の星の牙。その回避能力は、まさしく驚異的の一言に尽きる。
日影と北園は、この部屋に迫るマモノたちを食い止めるため、すでに部屋を出ている。この場にいるのは、完全にこの一人と一匹だけである。
「さて……」
本堂は、高周波ナイフを取り出しながら、ゆっくりと動く。
シルフィードラゴニカの様子を窺うように、反時計回りに歩き始める。
「ブゥゥゥゥン……」
シルフィードラゴニカも、本堂から目を放さない。部屋の中央に滞空しながら、周囲をゆっくりと歩く本堂に、身体ごと向き直る。
羽には薄緑色のエネルギーを纏わせる。”暴風”の斬撃エネルギーだ。シルフィードラゴニカもまた、戦闘態勢を取っている。
両者、互いに相手の出方を窺い続ける。
そして、先に動いたのは……。
「……はっ!!」
本堂だ。
本堂は、ちょうどシルフィードラゴニカの周りを半周ほどしたあたりで、一気にナイフで斬りかかった。小ぶりの刃が蒼雷の剣閃を描いてシルフィードラゴニカに迫る。
「ブゥゥン」
しかし、シルフィードラゴニカは難なくこの攻撃を避ける。
だが、本堂もすかさず二撃目、三撃目を繰り出した。
ナイフで突き、切り払い、右の逆回し蹴り、左の手で”指電”を放つ。
「……ちっ、全然当たらん」
それでも、シルフィードラゴニカはやはり速かった。
残像をも伴うスピードで、本堂の攻撃を悉く避ける。
「ブゥゥゥゥン……」
今度はシルフィードラゴニカが反撃に転じる。本堂の目の前でカクカクと上下左右に飛び回ると、いきなりエネルギーを纏った羽で斬りつけてきた。
シルフィードラゴニカの攻撃もまた、恐るべきスピードだ。本堂に羽をかすらせるように体当たりを仕掛けてくるのだが、それがあまりにも速いので、傍から見れば本堂の目の前から背後へと瞬間移動したようにしか見えないほどだ。
「ぬっ!」
しかし本堂は、これを防ぎ切った。体当たりに合わせて身体を逸らし、高周波ナイフの刀身で羽をガードした。ナイフの刃と斬撃エネルギーがぶつかり合い、金属音がこだまする。
「ブゥゥゥゥン……」
攻撃が防がれたシルフィードラゴニカは、追撃を試みる。
再び本堂に向かって真っ直ぐ突進し、羽で斬りつけてくる。
本堂の脇を抜けて背後に回ると、そこからさらにもう一度突進。
さらにそこから、本堂の側面に回り込んで再度突進。
シルフィードラゴニカは、本堂の周りを飛び回る。
飛び回りながら、斬撃の嵐を浴びせてくる。
その度に、薄緑の閃光が残滓となって留まる。
細い一本の線が次々と現れては消えて、牢獄のように中心の本堂を囲う。
「く……!」
だが本堂は、この音速の連撃に食らいついてみせた。上体を逸らし、迫る羽をナイフで防ぎ、凌ぎ切る。
時々、完全には防げず腕や肩を切り裂かれたが、傷は大して深くない。並の人間なら既に三枚におろされているところを、本堂はかすり傷程度で抑えてみせた。
流石の本堂も、シルフィードラゴニカの突進そのものは捉えきれない。しかし、攻撃の直前、僅かな隙や予備動作なら、なんとなく分かる。
それらを見切ることによって、シルフィードラゴニカの超スピードの攻撃に対応してみせた。これは本堂の並外れた反射神経、動体視力が為せる絶技だと言えよう。
「うおおおっ!!」
そして本堂が、突っ込んでくるシルフィードラゴニカに向かって、逆手に握りしめたナイフで斬りかかった。向かってくるシルフィードラゴニカを、完全に捉えてみせた。
だがシルフィードラゴニカは、本堂のナイフを躱すように脇を通り抜けると、背後から風の刃を放ってきた。このままでは、本堂が背中から真っ二つだ。
「くっ!」
反射的に前方にローリングし、風の刃を避ける本堂。
板張りの床が悲鳴を上げ、大きな切れ込みが入った。
そしてシルフィードラゴニカは、ローリング後の隙を突いて、本堂の背中に斬りかかる。
「はぁぁっ!!」
だがその動きも、本堂は既に見切っている。
本堂は目の前の壁に走り寄ると、右足でその壁を蹴って跳び上がる。
そして空中で宙返りするように、向かってくるシルフィードラゴニカに電撃を纏う左足を振り下ろした。
しかしその攻撃を感知したシルフィードラゴニカは、本堂の足に叩き落される前に急ブレーキ、そのまま本堂から距離を取り、向かい側の壁に張り付いた。
本堂もまた、振り下ろした左足で着地し、シルフィードラゴニカに向き直る。仕切り直しの形だ。
『や、やっぱり本堂さんすげぇ……。俺じゃ予備動作までは分かっても、身体が追いつきませんよ』
耳に装着した通信機から、日向の賛辞の声が聞こえる。
あれほどの動き、今の日向では到底マネできるものではない。
本堂もまた、壁に留まるシルフィードラゴニカから目を放さずに、応える。
「はー……はー……まぁ運動に関しては、お前たちとは経験値が違うからな。……だが、一つ問題発生だ」
『問題!? ど、どうしたんですか!?』
「はー……この”迅雷”だがな。たった今、弱点を見つけてしまった。俺はこの能力を使うことで、限界以上のスピードで動けるが、俺自身のスタミナが上昇するワケではない。つまり、息切れするのが早くなる。はー……はー……」
『あー、さっきからはーはー言ってるのはソレですか』
本堂は、バスケのトッププレイヤーとして、凄まじい体力を誇っている。そのスタミナのおかげで、今までは”迅雷”による疲労も誤魔化すことができた。
だが、このシルフィードラゴニカとの戦闘は非常に激しく、そして展開が早い。本堂もまた、この短時間で息をつく暇も無いほど動く羽目になってしまい、もう息があがりそうになってきていた。このままでは、シルフィードラゴニカの動きに追いつけなくなるのも時間の問題だ。
『……けど大丈夫です。そこもちゃんと織り込み済みですから』
「……何?」
『始めから、こちらの狙いは短期決着です。ここから一気に楽になりますよ』
日向の言葉を聞いた本堂は、驚きで一瞬固まってしまった。
日向の、勝利を確信した一言に……ではない。
”迅雷”の弱点について『織り込み済み』だと言った点だ。
本堂は、この”迅雷”の弱点、長期戦に不向きな点に、たった今気付いたのだ。
よって、日向には今まで、この弱点について教えたことはない。
だが日向は、その弱点についても最初から織り込み済み、だと言った。
それはつまり……。
(つまり日向は、使い手である俺より先に”迅雷”の弱点に気付いていたのか……。やはりアイツの観察力、侮れんな……)
表情は変えず、しかし本堂は確かな衝撃を受けていた。
……と、その時だ。
(本堂さん! 壁から離れてー!)
(今のは……北園の精神感応か!)
頭の中で声が響いたのを感じた本堂。
それが北園の精神感応だと気付いたのは、ほんの一瞬。
そして、次の瞬間。
「再生の炎……”陽炎鉄槌”ッ!!!」
聞き覚えのある声と共に、シルフィードラゴニカが張り付いていた壁が、爆破された。
「ブゥゥゥゥン……!?」
シルフィードラゴニカも爆風に巻き込まれ、瓦礫と共に吹っ飛ばされていく。体勢を立て直せず、空中でジタバタしながら飛んでいく。そして、その飛んでいった先には本堂が。
「ぬんっ!!」
本堂は、飛んできたシルフィードラゴニカにナイフで一閃。
シルフィードラゴニカの首が、宙に飛んだ。
◆ ◆ ◆
今回、日向が立てた作戦は、こうだ。
日向は、三人とシルフィードラゴニカの戦いを通して見て、あることに気付いた。それは、シルフィードラゴニカが壁や天井に張り付く頻度だ。三人と攻防を交わす度に、張り付いていたように見えた。
あの張り付きが、もしも『飛び疲れて、羽を休めるため』だとしたら。
迅雷状態の本堂と同じく、シルフィードラゴニカもまた、スタミナは少なかったのだ。だから日向は、本堂をシルフィードラゴニカにぶつけて、疲弊させた。
そして、シルフィードラゴニカが壁に張り付いたところを日影の”陽炎鉄槌”で吹っ飛ばした。いくらシルフィードラゴニカが神がかった回避能力を持っていても、壁の向こうからという死角からの一撃は防ぎようが無いだろう。
また、シルフィードラゴニカは身体が小さいぶん、『星の牙』としては生命力が極端に弱い。だから、壁越しに日影の炎を受けても、大ダメージが与えられると踏んでいた。
だが、あからさまに日影を隣の部屋に待機させても、シルフィードラゴニカに作戦を感づかれる可能性があった。
そこで日向は、途中にあったマモノの集結を利用した。日影にマモノの集結を食い止めさせ、それが終わると隣の部屋に待機させたのだ。こうすることで、自然に日影を部屋から出し、隣の部屋に待機させることができた。
そして最後に嬉しい誤算が起こった。
日向の作戦では、さすがに日影の”陽炎鉄槌”でも、壁越しにシルフィードラゴニカを仕留めきるのは難しいだろうと考えていた。だから、その後は弱ったところを三人で総攻撃してもらうつもりだった。
しかし、本堂が優れた反射神経で、飛んできたシルフィードラゴニカにトドメを刺してしまった。そのおかげで最後の一工程が省かれたのだ。




