第24話 本堂仁
――その日は、生まれてこの方初めてみるような大雨だった。
本堂が7歳の頃、ここ十字市で観測史上屈指の大雨が発生。
雷まで鳴り響き、冠水した地域もあった。
当時、好奇心旺盛だった本堂少年は、初めて目にする凄まじい大雨に興味を惹かれ、レインコートを着用して外に出た。
光り物大好きだった本堂少年は、母のアクセサリーをしょっちゅう漁っては身に着けていた。この日も、お気に入りの母のネックレスを身に着け、大雨の中に飛び出した。
辺り一面水浸しの公園で遊んでいると、雷が響き渡った。
今まで体感したことがないほどの閃光と轟音。
それらにますます興奮していると。
轟音と共に、本堂は意識を失った。
気が付けば本堂少年は病院のベッドに横たわっていた。
周りを見ると、両親と妹が心配そうに自分を見つめていた。
聞いたところによると、あの時、不幸にも自分に落雷が直撃したらしい。
落雷の威力は本来、到底子どもに耐えられるようなものではないが、偶然にも身に着けていた母のネックレスが落雷を心臓から逸らし、本堂の身体の表面を焼くだけで済んだのだという。
こうして一命を取り留めた本堂少年だったが、その時から自身の身体に異常を感じるようになった。
身体にどんどん熱が溜まっていくような感覚。どれだけ身体を冷やそうとその熱は逃げない。
身体の神経に意識を集中し、熱を逃がすようなイメージを思い浮かべ、実行すると、自身の身体から稲妻が迸った。
勿論、もともとそういう能力があったワケではない。ただ、何となく今の自分ならできると思い、やってみたら、できたのだ。
――超帯電体質。
雷をその身に受けたことで手に入れた、後天的異能。
現代にも「電気アレルギー」とでも言うべき、静電気を大量にため込む体質の人間は存在する。しかし本堂のそれは、そういった人たちとも比較にならないほど強力だった。本気で電撃を流せば、人ひとりは殺傷できる威力があるとまで言われた。
最初は、その異能を治そうとした。
しかしあまりにも特異な症状で、医者であった両親も揃って匙を投げた。
それからしばらく、本堂少年は苦悩続きだった。ため込む電気が強すぎてコントロールが効かなかったのだ。他人に触れれば、意識せずに強烈な静電気を流してしまい、ショックで気絶させてしまったこともあった。
電機製品に触れれば、無意識に静電気を流してしまい、一撃で故障させてしまうことも何十回とあった。
意図せず機械を壊してしまう自分を見て、「両親と同じ、医者になる」という夢を諦めようと決意した。現代医療の世界は必然と、精密機械との付き合いが必須になるからだ。
周りはそんな自分を恐れ、距離を置くようになっていった。
友人も、親戚も、父親さえも、自分から離れていった。
母と妹は、そんな自分に対しても、以前と同じように接してくれたが、それでも時々、意図せず電気を流してしまい傷つけてしまったこともあった。
やがて本堂は、一切すべてを自身から遠ざけ、孤独に生きるようになった。
そんな中、母が死んだ。
がんが潜伏していて、気づいた時には末期だったという。
母は最期に、自分に言った。
「あなたは雷に撃たれても生き延び、特殊な能力まで身に着けた奇跡の子。だから、諦めないで。私の分まで、人生を強く、楽しく生きて。電気の力をコントロールできないなら、できるように頑張ればいいじゃない。あなたは奇跡を起こした、私の自慢の子。今さら二度目、三度目の奇跡くらい、きっと起こせるわ」
その言葉を受け、本堂は必死になって、自身の異能を制御するために訓練した。最後まで自分から離れずにいてくれた、母の言いつけを守るために。母の分まで、人並みの幸せを生きていくために。一度は諦めた、「両親と同じ、医者になる」という夢を目指して。
そして、母の死から三年が経った。
三年かけて、ようやく本堂は自身の異能を制御できるまでに至ったのだ。
「―――まあ、医学部受験の方は、現在二連敗中だがな」
目を閉じながら、本堂は言った。
なんとなく、悔しそうな感情が滲み出ている。
「そんなことがあったんですね。医者志望の理由も、そういうワケだったんですか」
「ああ。このネックレスも、当時、俺が雷に撃たれた時のものだ。これからも俺を守ってくれるようにと、母がお守り代わりにくれた」
そう言いながら、本堂が首にかけているネックレスを指差す。
北園の予知夢にも登場していたというネックレスだ。
「……良いお母さんだったんですね」
「ああ。自慢の母親だった」
日向の言葉に、本堂も頷く。
表情は相変わらずの無であるが、その声色は暖かいものであった。
……と、ここで北園が何かを思い出したかのように声を上げた。
「あ! そういえば、夕方、私が電気を流しても本堂さんが無反応だったのって……」
「ああ、あれか。電撃自体はしっかり流れていたぞ。だが俺は、ある程度の電気なら吸収して無効化できる」
「やっぱり! 絶対流れてたはずなのに本堂さん無反応なんだもん! びっくりしましたよ!」
「俺だったから良かったものの、他の人にはやるんじゃないぞ」
(あ、本堂さん、その忠告もう遅いです。俺がとっくの昔に喰らいました)
◆ ◆ ◆
「それで、これからどうするのだ?」
本堂が尋ねてくる。
きっと、これから世界を救うためにどうするか、ということを聞きたいのだろう。
二人は本堂に、予知夢が実現する時が来るまで待つことを伝える。
「そうか。その予知夢が実現するのはだいぶ先のこと、ということか。好都合だ。その間、此方も受験に集中できる。無事に合格できれば、お前たちへの協力に一層力を入れられるだろうな」
「合格は、できそうですか?」
日向が尋ねる。
「自信はある。この三年間で一番、頭が冴えているように感じるからな」
「いけるといいですね」
「いってやるとも。必ずな」
本堂は、僅かながらに口角を上げた。
本当にほんの僅かであったが、今までが全くの無表情だったので、逆に分かりやすい表情の変化であった。
……と、ここで本堂の妹、舞が声をかけてきた。
「皆さん、もうだいぶ遅くなりましたけど、時間は大丈夫ですか?」
言われて日向たちが時計を見てみれば、時刻は22時をまわっている。もう真夜中だ。
「いい加減、そろそろ帰らないと。ウチの母さん絶対心配してるだろうなぁ……」
「私は大丈夫だけど、あまり遅くまで居るのも迷惑だよね。今日はここで失礼しましょー」
「もう遅いから気を付けてな。それと改めて……今日は助かった。ありがとうな」
そう言って本堂と舞は日向と北園を見送った。
帰り際、本堂の家の片づけをするために、二人はまた明日、この家を訪ねる約束をした。マモノを倒す為だったとはいえ、二人がさんざん暴れて本堂の家をあちこちボロボロにしてしまったからだ。
「じゃあ、また明日ね。日向くん」
「うん。また明日」
「最後は、マモノ退治デートになっちゃったね」
「まだ言うか」




