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第220話 怒り

「こっちだよ、日影くん!」


「ああ、分かってる!」


「後ろからは、一体もマモノは来ていない! このまま突っ切るぞ!」


 日向に助けられ、戦闘から離脱した北園は、近くで偶然にも日影と出会い、合流を果たした。さらに、日影と行動を共にしていた雨宮班もついて来ている。北園は彼らを連れて、キキと戦うために残った日向を援護しに行くつもりだ。


「あのクソ猿、必ずぶちのめしてやるぜ……!」


「松葉隊長たちの仇……必ず取る!」


 日影や雨宮にとって、キキは因縁の相手だ。

 必ず仕留めるべく、息まいている。

 そして、北園たちは日向とキキがいる場所の近くに到着した。

 

「着いた! ここだよ! あそこに日向くんがいる!」


「ここか。……あん? 日向アイツの横に倒れているのは、キキか? 前に比べると、ずいぶんデケェな……」


「それより、様子がおかしい。あのキキらしきマモノ、首が取れてないか?」


「いや待て、あそこを見ろ。もっとヤベェのがいるぞ」


「あれは……星の巫女ちゃん!? それに、その側にいるマモノたちは……!」


 と、その時だ。

 星の巫女が、チラリとこちらを見た気がした。


「も、もしかして、私たちのこと、バレてるのかな……?」


「かもしれねぇな。アイツ、『気配感知』とかいう能力が使えるんだろ? たとえこの地球上のどこに隠れようと、ヤツにはお見通しってワケだ」


「これは、我々はしばらくここで様子を見るべきかもしれないな」


「雨宮。念のため、いつでもライフルで狙撃できるようにしておいてくれ。いざという時は、日向を援護しろ」


「了解だ」


 北園たちは建物の陰に隠れ、様子見に徹することにした。



◆     ◆     ◆ 



 中心街で散々暴れまわったキキは、ヘヴンに首を斬り落され、息絶えた。


 そして現在、日向の目の前には、マモノ陣営の幹部格である赤鳥ヘヴンと白狼ゼムリア、そしてマモノ災害の元凶たる星の巫女が立っている。


「また会いましたね、日下部日向」


 先に口を開いたのは、星の巫女だ。

 日向は、険しい表情のまま、黙っている。


「まさか、あなたがキキを倒すとは思っていませんでした。あの子は、少量の星の力で『星の牙』の異能を二つ身に付けるほどの、高い素質がありました。たとえあなたがその剣……『太陽の牙』を持っていたとしても、勝つのはあの子だと……」


「…………まだ続けるのか?」


「え?」


「まだ続けるのかって聞いてるんだ! このマモノ災害を!」


 不意に日向が口を開き、星の巫女に対して怒鳴り声をぶつけた。

 予想外の反応に、巫女は驚いたような表情で、思わず押し黙ってしまう。


「大勢死んだぞ! 人も! マモノも! たくさんのモノが壊されて、たくさんの血が流された! それでも、まだ戦いを続けるのか!? こんな戦いを続けて何になる!?」


「うるせェよ」


 巫女の代わりに日向の言葉に返答したのは、ヘヴンだった。

 彼は鷹や鷲といった猛禽類ではないはずだが、それらさえをも凌ぐ鋭い目つきで日向を睨んでいる。


「『まだこの災害を続けるのか』だと? ナマ言ってんじゃねぇ。続けるに決まってるだろーがよ」


「なんでだよ! 敵味方ともに大勢傷つくだけだぞ!」


「そんなの決まってる。俺たちにゃあ、もうそれしか道がねぇからだ」


「それしか道が無い、だって?」


「ああそうだ。お前たちはこれからも、種の繁栄と技術の進歩とやらを目標に、どんどんこの星を侵していくんだろ? それによって、無数の自然や生き物たちを犠牲にすることになってもな。俺たちだって黙ってやられるワケにはいかねぇ。これは俺たちマモノと、お前たち人間の生存競争だ」


「ふざけるな! そんな身勝手で巻き込まれる人たちの身にもなってみろ!」


「ふざけてんのも身勝手なのも、お前たち人間の方じゃねぇのか? 生存競争なんざ、この星じゃあ、太古の昔より続けられてきた自然の摂理だ。テメーら人間は、生態系の頂点に立ち続けて、そんなことも忘れちまってるのか? 下の生態系を踏みにじるだけ踏みにじって、いざ噛みつかれるのはご勘弁ってか? ふざけんじゃねぇよ」


「もっと他の道を探せって言ってるんだ! 血を流さない方法を! 人間と和解したマモノたちだっているんだぞ! 彼らにできて、お前たちにできない筈がないだろ!」


「和解? 始めからこっちにそんなつもりなんてねぇよ。俺たちは俺たちの正義のために、テメーら人間を駆逐する」


「いくら正義のためでも、それがただ暴力で誰かを傷つけるだけなんて、それはもう正義なんかじゃないんだよっ!」


「ああ、うざってぇ。やっぱテメー、今ここで殺しとくか? 俺たち三匹がかりでな」


「くっ……」


 ヘヴンはすでに戦うそぶりを見せている。

『太陽の牙』の冷却時間クールタイムは、まだ完了していない。

 その状態であの一人と二匹に襲い掛かられては、まず無事では済まない。

 圧倒的に日向が不利だ。身構えながら、日向は相手の出方を窺う。



「ヘヴン、そこまでよ」


 いきり立っているヘヴンを、星の巫女が制した。

 ヘヴンは納得いかない様子であったが、それでもすぐに大人しくなった。


「私たちは、彼と戦いに来たワケじゃない。キキの始末をつけるため、そして今回の事情を彼に説明するために来たの。余計な争いは無用よ」


「チッ、分かったよ」


「……けど、あなたが彼に対して怒ったのはきっと、私が怒鳴られたからよね。私を守ってくれたんでしょう? そこは感謝するわ」


「ケッ」


 ヘヴンとのやり取りを終えると、星の巫女は改めて日向に向き直り、口を開いた。


「日下部日向。今回のキキの暴走は、私の落ち度です。あの子が過激派だと気づけず、あの子の勝手を許してしまった。以前も言いましたが、私としては、これほどの犠牲を出して人間たちと争うつもりはありません。あくまで追い払う程度に留めたいのです」


「悪いと思ってるなら、街や人々を元に戻せよ。神に等しい力を持っているなら、それぐらいやってみろよ」


「……残念ですが、死んだ人を復活させることも、人工物を修復することも、星の力ではどうにもできません」


「それじゃ駄目じゃないか……。謝罪一つで終われるほど、今回の戦いの爪痕は浅くないぞ」


「ええ、分かっています。とりあえず、やれるだけのことはやらせてもらいます。人工物であるビルなどを修復することはできませんが、大地の一部となった道路くらいなら、星の力でも何とかできるかもしれません」


 そう言うと星の巫女は、足元の道路に、持っていた大きな杖の石突をトン、と突いた。


 その瞬間、周囲で異変が起こり始めた。

 キキの拳を受けて砕けていた道路が、みるみるうちに塞がっていくのだ。散乱したアスファルトのかけらが、ひとりでに元の場所へと帰っていく。


 傍にあったキキの死体も、ジュウジュウと煙が噴き出して、やがて肉が溶けて骨だけになった。その骨も、まるで見えない何かに分解されるように消滅していった。死肉を分解するバクテリアを活性化でもさせたのだろうか。


 これらの超常現象は、この周辺だけでなく、街全体で同じことが起こっているようだ。

 これが、星の巫女の力なのだろう。今までとは段違いのスケールで繰り広げられる異能力に、日向は口をつぐむしかない。


 やがて周囲の道路とマモノが綺麗さっぱり片付くと、星の巫女は再び口を開いた。


「私にできるのはここまでです。残っていたマモノも、すでに退かせました。それと、迷惑料ついでにもう一つ、情報を与えます」


「情報……?」


「ええ。今回のキキは、以前あなたたちが戦った時とは、姿が違っていたでしょう? それは、キキが他の『星の牙』から力を奪ったからです」


「ああ。さっき、ヘヴンが言ってた」


「そして、そんな芸当は通常のマモノではできません。俗に言う『霊獣』と呼ばれる動物がマモノになった時、星の力をコントロールする能力を得るのです」


「霊獣……」


 星の巫女曰く。


 霊獣とは、はるか神代から続く血脈を、色濃く受け継ぐ動物のことらしい。日向たちがつい最近戦った”嵐”の三狐も、これに当たる。


 そして今回戦ったキキも、古代インドネシアのスマトラ島にて、呪術師たちから『悪魔の化身』と呼ばれ崇められた猿を祖先に持つ、由緒ある獣だったそうだ。


 つまり、”嵐”の三狐がやってみせた『星の力の譲渡』や、今回のキキの『星の力の簒奪さんだつ』は、霊獣と呼ばれる一部のマモノしかできない、ということだ。


 図らずして、真っ当な科学実験では絶対に手に入ることがなかったであろう新情報が手に入った。だが、日向の表情は相変わらず険しい。


「そんな情報はどうでもいい。お前たちがマモノ災害を止めてくれれば、そんな情報も必要なくなる」


「申し訳ありませんが、マモノ災害を止めることはできません。もう、止められないところまで来ているのです。両陣営ともに、犠牲になった者は多い。彼らのためにも、私たちは最後まで走り抜けるしかない。決着を付けるその時まで」


「じゃあやっぱり、この戦いを終わらせるには、お前を倒すしか方法は無いのか」


「そうかもしれませんね。……以前の私なら、『マモノたちが諦めるまで戦ってください』と言っていたでしょう。しかし、気が変わりました」


「気が変わった……?」


「あなたたちは、予知夢とやらに従って、私を倒そうとしているのでしょう? そのために、次元を跳躍する手段さえ作り上げようとしている」


「な、なんでそれを……!?」


 日向は驚きを隠せない。予知夢のことも、アメリカが開発中の次元跳躍装置のことも、彼女に話したことはない。マモノの前で口にした覚えさえも無い。なのに、なぜ彼女は知っているのか。


「マモノでない普通の動物でも、私に協力してくれる生物はいるということです。そのあたりに咲いている植物でも、目に見えないような小さな虫でも」


「そいつらが、俺たちの話を盗み聞きしてたってワケか。それをお前に伝えた、と」


「その通りです。……日下部日向。あなたには、可能性を感じる。少し前まで、ちょっと強い武器を手に入れただけの、弱々しかった人間が、キキをも倒す力を身に着けた。あなたならあるいは、私のいる『幻の大地』まで来れるかもしれない」


「そこで、決着を付けようっていうワケか」


「はい。あなたたちが『幻の大地』に来ても、私の『次元跳躍』で別の次元に逃げる、ということも可能でした。ですが、約束しましょう。あなたたちが『幻の大地』に辿り着いた暁には、私が直接、あなたたちの相手をします。そして、決着を付けましょう」


 言い終わると、星の巫女は、自身の背後に大きな空間の裂け目を作り出す。そしてヘヴンとゼムリアを引き連れて、その裂け目の中に入って行き、消えた。


 後には、日向だけがポツンと残された。

 日向はしばらくその場に立ち尽くすと、糸が切れた人形のように座り込んだ。



◆     ◆     ◆



 以上の一部始終を見ていた北園たち。


「日向くん、すごく怒ってた……。あんな風に怒ること、あるんだ……」


「しかもアイツ、キキを倒しやがったのか。ちっとは見直したぜ」


「とにかく、日下部くんのところに行ってあげたらどうだ? 周辺の生存者の捜索は、自分たちがしておくから」


「そ、そうですね、お願いします! それと、行ってきます!」


 雨宮の言葉に頷き、北園と日影、そして雨宮班の面々が日向の元へ駆け出した。



「日向くんっ!」


「あ、北園さん……」


 座り込んでいた日向の元へ駆け寄る北園。

 日向の隣にやってきて、心配そうに彼を見つめる。


「大丈夫っ!? 怪我は無い!?」


「あ、ああ。もう治ってるよ。(か、顔が近い……)」


「な、なんで顔をそらすの? やっぱりどこか悪いんじゃ……」


「い、いや! 大丈夫! ホントに大丈夫だから!」


 そんな調子でやり取りを交わす二人の元に、日影もやってきた。険しい表情で、日向を見つめている。

 

「よう、日向」


「日影……」


「キキを、倒したらしいな」


「ま、まぁ、一応。お前がトドメを刺したかっただろうに、横取りしてしまったみたいで、なんというか、悪い……」


「いや別に、まぁ、なんだ、その……ありがとうよ」


「……へ? お前いま、お礼言ったの? 俺に? お前からマトモにお礼を言われるなんて、俺が覚えてる限り、たぶん初めてだよ?」


「ちっ……。オレは別に、お前なんぞに礼なんか言いたくねぇんだがな。けど、もし松葉たちがここにいたとしたら、お前に礼を言っていたと思う。だから、もう口も利けないアイツらに代わってオレが言うしかねぇだろ……」


「なんというか、その……悪いものでも食べた? そんな急に心変わりしちゃって……」


「く、クソが! 黙れ! お前が相手でも我慢して、ちゃんと礼を言ってやったっていうのに、ああだこうだ言いやがって! それより、まずはここから移動するぞ。オラ立て」


「い、いや、そうしたいのはやまやまなんだけど……」


「あん? なんか問題があんのか?」


「そのー、立てないんだ。脚が震えて……」


「脚がぁ? なんで今さら……?」


 どうやら日向は、腰が抜けている状態らしい。

 先ほどの日向は、星の巫女たちに気圧されることなく張り合っていた。

 今さら恐怖で動けなくなることなど無いはずだが……。


「いや、さっきまで目の前に、星の巫女とヘヴンとゼムリアがいてさ」


 そして日向は、先ほどのやり取りを見られていると知らず、脚が震えている理由を説明し始める。心なしか、脚だけでなく声まで震えている。


「あの一人と二匹を相手に、俺一人でどうにも出来るワケないじゃん? 弱気になると即座に殺られそうだったし。だから、『普段大人しいヤツが怒ると、すごく怖い説』を信じて、ちょっと頑張って声を張ってみたの。あわよくば、それでアイツらを追い払えたらいいな、って。けど、アイツらがいなくなった瞬間、緊張が解けて脚がガックガクに……」


「……は?」

「……え?」


 日影と北園が、そろって気の抜けた声を発した。


「ヘヴンが殺気立った瞬間とか、完全に失敗したと思った。もう終わりだ、止めときゃ良かったって……」


「あれだけ大見得切っておいて、ただのやせ我慢だったのかよ、お前」


「さっきまでの威勢のいい日向くんはどこ行ったの……?」


「まったくだ。見直して損した」


「カッコ悪い」


「なんで二人そろって手の平ひっくり返してトドメとばかりに叩き潰しにかかるの? さっきまでの、俺を心配してくれた二人を返してくれ」


「どうせ死なねぇんだから、もっとシャキッと構えておきゃ良かったんだ」


「死ななくても、痛いものは痛いんですよーだ!」


「まぁ、日向くんらしいと言えば、日向くんらしいかもね」


「ったく、仕方ねぇ奴だ。おら、肩貸せ。とにかく、他の奴らと合流するぞ」


「め、面目ない……」



 日影の肩を借りて、何とか立ち上がる日向。

 その様子を、微笑ましく見守る北園。

 十字市中心街を巻き込んだ激闘は、ようやく終わりを告げた。

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