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第218話 太陽の牙 点火

 十字市中心街のオフィス街にて、日向とキキが相対する。キキに狙われていた北園は、キキの隙を突いて戦闘から離脱したようだ。今頃は怪我の回復に努めているだろう。


 日向は、手に持つ『太陽の牙』に意識を集中させる。

 先ほどの火炎の射出によってか、もう一度炎を生み出すことができない。今までの、弱い方の炎も同様だ。


(とはいえ、熱が戻っているような感覚は感じる。再使用までおよそ五分くらいかな……。けれど、日影のオーバードライヴには再使用までの冷却時間クールタイムとか無いのに……ずるいぞ日影)


 つまり、五分間キキの攻撃に耐えきれれば、再びあの炎を撃ち出すことができるというワケだ。あの炎をキキに直撃させることが出来れば、一気に勝負を決められる。


 だが、あのキキの素早く強烈な攻撃を、五分間凌がなければならないというのは、相当酷な話だろう。実際、さっきまでの日向は良いようにやられていた。


(大丈夫。アイツの動きは、だいたい掴めてきた。いけるはずだ……!)


 表情を引き締め、構える日向。

 そして、キキが動き出すよりも早く、剣を振りかぶって走り出した。


「うおおおおっ!」

「ギッ!」


 向かってくる日向を迎撃するように、キキが右の拳を振り抜いた。

 だが、日向はスライディングで、キキの拳をくぐった。


「ギッ!?」


 自慢の拳を避けられ、戸惑うキキ。

 日向はキキの足元に滑り込み、素早く立ち上がる。


「ギィーッ!!」


 その日向を叩き潰さんと、キキが拳を振り下ろす。

 しかし日向は、キキの股の間を抜けるようにして、拳の叩きつけから逃れた。


「せやっ!」

「ギッ!?」


 そして、キキの背後を取った日向は、キキのかかとを突き刺した。

『星の牙』に特効を持つ『太陽の牙』が、アキレス腱に深く食い込む。


「ギギィィィ!!」


 しかし、キキは健在だ。それどころか、ほとんどダメージを受けていないようにも見える。今までの『星の牙』なら、『太陽の牙』によるダメージは、かすり傷程度でも相当堪えていたというのに。


 とはいえ、これは日向にとっても、予想の範囲内だ。


(思った通りだ。今、『太陽の牙』はエネルギーを失っているような状態だ。その影響なのか、『星の牙』に対する特効が失われている。ここから先は、回避に専念した方がいいな!)


 すると日向は、『太陽の牙』をキキの踵に突き刺したまま、キキの攻撃に備えて、身構えた。

『太陽の牙』は重い。だから、どうせ攻撃に使えないなら、いったん捨ててしまって身軽になろう、というワケだ。


「ギギィ……ッ!!」


 一方、キキは踵に突き刺さった『太陽の牙』を、抜いて捨てた。ダメージが小さいとはいえ、身体に刺さったトゲというものは、巨大猿となったキキにとっても煩わしいのだろう。


 そして、自分を傷つけた日向に向かって、怒りの右ストレートを放った。


「ムッギャアアアアアアッ!!」


 大きく振りかぶってからの渾身の一撃が、日向を襲う。

 だが日向は、横に大きく動いて回避した。


 続いてキキは、左の手の平を叩きつける。

 しかし日向は、逆にキキに接近するようにして、叩きつけを避けてみせる。


「ムッギイイイイッ!!」


 キキはその場でジャンプして、足元に来た日向を踏み潰そうとする。

 それを見た日向は後ろに下がり、またもキキの攻撃を回避する。


「ギギギギギ……ッ!!」


 攻撃をことごとく回避され、苛立ちを見せるキキ。

 そんなキキに向かって、日向は挑発するように声をかける。


「どうしたどうした! 俺が知ってるゲームのゴリラたちは、どいつもそんなにノロマじゃないぞ! やーいゴリラ族最弱! ……あ、ごめんチンパンジーだったな。ゴリラに謝らないとな。お前なんかと一緒にされたら、ゴリラもさぞ迷惑だろうし! チンパンジーだって迷惑か! このアホザルめ!」


「……ムッギャアアアアアアッ!!」


 人間の分際で、いい気になるな。

 そんな怒りを込めて、キキが両拳を組んで振り下ろす。


 だが、その両拳が振り下ろされるより早く、日向はキキの懐に潜り込む。誰もいなくなった場所にアームハンマーが叩きつけられ、道路が陥没した。


 その後も、日向はキキの攻撃を避け続ける。

 先ほどとは打って変わって、キキの攻撃が全く当たらない。


(見える……いや、キキの動きが()()()……! あらかじめどんな攻撃を繰り出しているかが分かるなら、ある程度速い攻撃だろうと、前もって回避に移ることで避けきれる……!)


 日向は、キキに好き放題にやられている間もしっかりとキキの動きを見ていた。どれだけ激しく攻撃されようとしっかりとキキを見据えて、目を離さなかった。その結果、キキの動きのクセを完全に読み切ってみせた。


(キキは、自分の力に絶対の自信を持っている。言い換えれば、自分の力を過信しているんだ。だから攻撃はパワー任せの大振りなものになり、小手先のテクニックを軽視している。さっきの挑発が効いてくれたのか、攻撃はさらに大振りになりつつある……)


 ”再生の炎”を利用して、何度もキキの攻撃を受けることで、動きを見切った。それはさながら、アクションゲームにおいて、強大なボス敵に何度もゲームオーバーにされ、その度に攻撃パターンを覚え、戦闘経験を積んでいく過程そのものだ。


(キキの攻撃で一番ヤバいのは、飛びかかり攻撃だ。あの巨体で体当たりを仕掛けられたら、回避に全力を注がないといけない。その結果、先に体勢を立て直すのはキキの方だ。攻撃を避けるだけでこちらが不利になってしまう。飛びかかり攻撃だけは、させないようにしないと!)


 そのために、先ほどから日向は、キキの足元に張り付いているのだ。キキは、日向が遠距離にいるときに飛びかかり攻撃を積極的に使ってくる。


 幸いなのは、キキが自身の飛びかかり攻撃に、それほどの価値があることを認識していないことだ。日向が足元に潜り込んできても、距離を取ることなく、拳や踏み潰しで撃退しようとする。


 やがて、キキの攻撃を回避し続けて、とうとう五分が経過した。


 日向が『太陽の牙』を呼び戻す。

 剣に意識を集中させると、炎を生み出すに足る、確かな熱量を感じる。


 日向は剣を構え、呟いた。


「太陽の牙……”点火イグニッション”!!」


 瞬間、強烈な炎が『太陽の牙』を包み込む。

 今までの炎とは訳が違う、刀身そのものまで焼き尽くさんとする勢いの炎だ。


『太陽の牙 ”点火イグニッション”』。

 今までよりも何倍も強力な炎を、『太陽の牙』に纏わせる。

 これは、先ほどの炎の射出の予備動作にもなる技だ。

 今までの炎と区別するために、日向が今考えた名前だ。


 日向は、猛炎を纏う『太陽の牙』を軽く振るってみる。

 炎は先ほどのように飛ばず、刀身に宿ったままだ。


 先のように炎を撃ち出すか撃ち出さないかは、日向の意思で決められるらしい。つまり、今までよりも何倍も強烈なこの炎を、このまま直接攻撃にも使えるということだ。


「けど、日影のオーバードライヴみたいに、身体を強化する能力は無いのな……」


 自分の身体の調子を確かめる日向だが、特別強くなったような感じはしない。だが、『太陽の牙』に纏う炎は、日影のオーバードライヴよりも遥かに強力だ。

 恐らく、この炎を纏った一撃だけで、日影の”陽炎鉄槌ソルスマッシャー”に匹敵する威力がある。さらに、その何倍も強力な炎を撃ち出すこともできる。


 イグニッション。日向だけの技。

 日影のオーバードライヴにだって、全く見劣りはしない。

 日向は、自信に満ちたような、嬉しそうな微笑みを浮かべた。


「うおおおおおおっ!!」


 日向が、燃え盛る『太陽の牙』を構えながら走る。

 キキに向かって、真っ直ぐと。


「ギッ!?」


 キキもまた、日向の接近を受け、身構える。あの炎を纏った刀身で斬りつけられれば、さしものキキも致命的なダメージを受けることになるだろう。


「ギーッ!!」


 キキが、右の拳を振るう。


「はぁっ!!」


 その拳を迎え撃つように、日向が『太陽の牙』を振るう。


「ギッ!?」


 しかしキキは、素早く拳を引き戻して、下がった。

 日向の反撃を嫌ったのだ。


 今の『太陽の牙』で真っ向から拳を斬られたら、一撃で拳が使いものにならなくされる恐れがある。そして日向には”再生の炎”がある。相討ちでは採算が合わない。


「逃がすかっ!」

「ギギッ!?」


 下がったキキに対して、日向は走って距離を詰める。

 業火を宿す剣を振るって、キキを追い詰めていく。


 今、日向は炎を撃ち出す予備動作として、『太陽の牙』に強い炎を纏わせている。つまり、キキからしたら、日向が間もなく先ほどの炎を撃ち出すことが分かっている状態だ。素早いキキに対して、あれほどの大技を直撃させるのは至難の業だ。


(……けど、考えはある)


 その『考え』のために、日向はとにかくキキに攻撃を仕掛ける。

 最高の一撃を叩き込めるチャンスを、虎視眈々と狙っている。

 一撃だ。一撃当てれば、事足りる。


「ムッギャアアアアアアッ!!」


 キキもとうとうしびれを切らし、猛反撃を仕掛けてきた。

 やたらめったらに拳を振るい、日向を迎え撃つ。


「このっ!!」


 日向は冷静に、自分に向かって飛んできた一撃に対して、『太陽の牙』を叩きつけた。同時に日向にもキキの拳が直撃し、両者相討ちとなる。


「ぐっ!?」

「ギャアアアッ!?」


 日向は、キキの拳にどつかれるようにして、転倒した。

 傷は浅い。

 ”再生の炎”の回復もすぐに終わり、立ち上がった。


 一方のキキも、一見すると浅いダメージにように見える。

 だがしかし、斬られた小指の切り傷が、緋色に輝いて炎を吹いている。

 切り傷が溶解しているのだ。異常な熱さがキキをさいなむ。


「ギギーッ!!」


 キキは、たまらず日向から距離を取った。

 そして牽制とばかりに、背後にあった自動車を投げつけてくる。


「うわっと!?」


 日向は、大慌てで頭を下げて、飛んできた自動車を回避する。

 自動車は背後に墜落し、派手な音を立てて横転した。


「今だ!」


 日向が、『太陽の牙』を大きく振りかぶる。

 距離を離したキキに、あの炎を撃ち出すつもりだ。

 そして、キキ目掛けて『太陽の牙』を振り下ろす。


「ギーッ!!」


 しかしキキは、大きく跳んだ。

 日向に向かって、周りのビルをも越えるような勢いで。


 日向の炎はあっけなく回避される。

 そしてキキは、その先にいた日向を踏み潰してしまった。





 そのはずだった。




「引っかかったな……!」

「ギッ!?」


 日向は『太陽の牙』を振り下ろしたものの、刀身には、まだ炎が残っている。


 日向は、炎を飛ばしていない。

 つまり、先ほどの振り下ろしは、ただのフェイントだ。

 その瞬間、キキは己の失敗を悟った。


 いくら素早く動けるキキでも、跳んでしまえば、後は落ちるだけ。羽でも生えない限り、跳躍の軌道を変えるなど不可能だ。そして日向は、落ちてくるキキに向かって炎を撃ち出すだけでいい。


 キキは、飛びかかり攻撃をするように、誘導されたのだ。

 これこそが、日向の『考え』だ。


「もう逃がさないぞ、キキ!!」


 空中のキキに向かって、日向が再び『太陽の牙』を振りかぶる。

 炎を撃ち出し、キキにトドメを刺すために。


「ムッギャアアアアアアッ!!」


 一方、キキも黙ってやられはしない。

 日向に向かって、雷のビームを吐き出してきた。

 人間など一瞬で消し飛ばしてしまいそうな、極太の光線が日向を襲う。


 だが、日向もすでに攻撃態勢を整えている。

 そして……。


「太陽の牙、”紅炎奔流ヒートウェイブ”ッ!!」


 巨大なキキをも包み込んでしまいそうな、火炎の奔流を発射した。


 黄金色の雷と、紅蓮の炎が激突する。

 しかしキキの雷は、一瞬で日向の炎に焼き尽くされた。


「ギッ!?」


 狼狽えるキキ。

 だが、考えてみればこれは当然の結果だ。


 キキのビームでは、日向が盾にした『太陽の牙』すら突破できなかったのだ。『太陽の牙』は、マモノたちに宿る『星の力』に絶対的な優位を持っている。


 その『太陽の牙』の最強火力と真っ向から撃ち合えばどうなるか。

 勝てるはずがない。

 そもそも、勝負になど、なるはずがない。


「ギ……ギ……!?」


 炎の奔流が飛んでくる。

 キキに向かって、真っ直ぐと。

 そして。



「ギギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 炎がキキに直撃し、特大規模の爆炎が巻き起こされた。

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