第216話 ”怨魔”キキ
「さぁ、かかって来いよ、キキ!」
「グギギギギギ……ッ」
十字市中心街の大通りでは、『太陽の牙』を構える日向と、黄金の大猿と化したキキが対峙していた。日向の挑発を受け、キキは歯ぎしりし、敵意を剥き出しにしている。
(……と、大見得を切ったものの、俺自身はキキとまともに戦うつもりなんて無いんだけどね)
日向は心の中で、肩をすくめてカミングアウトする。
今のキキは、明らかにパワーアップしている。日向が真っ向から今のキキに立ち向かっても、まず太刀打ちできないだろう。だが、だからと言ってキキを放置するワケにもいかない。
きっとこの街には、まだたくさんの生存者が残っているはずだ。そこに、今のキキを野放しにしたら、いったいどれほどの被害が出るか。キキは凶悪な猿だ。人殺しを愉しんでいる節さえある。
これ以上被害を拡大させない為にも、ここでキキを引き付けておく必要がある。つまり、”再生の炎”の回復力を頼りにして、仲間が来るまで耐え切る作戦だ。
(皆がこの中心街に来ているかは分からない。けど、これだけの騒ぎなんだ。絶対に他の皆も来てくれているはずだ。五人そろって戦えば、まだ勝機はあるかもしれない……!)
剣を真っ直ぐ構え、日向はキキの出方を窺う。
一方のキキは、大きく拳を振りかぶって……。
「ムッギャアアアアアッ!!」
「っ!?」
一気に日向に飛びかかってきた。
キキのあまりのスピードに、日向は反応が遅れてしまう。
気が付いた時には、もう回避が間に合わない。
日向は咄嗟に『太陽の牙』の刀身を盾にするが……。
「あっぐあっ!?」
全く、防ぎきれなかった。
そもそも、人間が防御できるような威力ではなかった。
叩きつけられたキキの拳は、電車でも衝突したかと思うほどの衝撃だった。
キキの拳を受けた日向は、地面と平行に、真っ直ぐ吹っ飛ばされる。
そして、十数メートル先の建物の壁に背中から激突した。
「がはっ……!?」
壁に叩きつけられた日向は、そのまま背中からずり落ちるように倒れる。ギリギリのところで意識は保っているが、死んだも同然の重傷だ。
「あ……ぐ……」
”再生の炎”が日向の身体を焼き始める。
痛烈な熱さが日向を襲うが、受けたダメージが大きすぎて熱がるどころではない。
「ムッギャアアアアアッ!!」
「ぐっ!?」
だが、日向が回復するより早く、キキが駆け寄ってきて再び拳で殴りつけてきた。強烈な右ストレートは、日向と一緒に背後の壁まで破壊。建物の中に背中から叩き込まれ、今度こそ日向は死亡した。
「う……ぐ……」
しかし、”再生の炎”は日向の死を許さない。
死に体の日向に火が灯り、再び生命活動を再開させる。
(くぅ……嘘だろ……? あの巨体であのスピードは反則だ。強すぎる。皆が来るまで耐えるどころの話じゃないぞ……!?)
キキの力を分析しながら、日向は震える腕でなんとか立ち上がろうとする。
「ギギィッ!!」
「うっ……!?」
だが、キキが建物の中に腕を伸ばし、日向を捕まえてしまった。そのまま、日向を握りつぶさんと力を込める。
「あ、うあああああ……!?」
「ギギギィ……」
凄まじい力に圧迫され、苦しそうな声を上げる日向。
そんな日向を見て、キキは恍惚とした笑みを浮かべる。
悪魔のような、邪悪な笑みだ。
「ギギャーッ!!」
そして、最後は日向を思いっきり地面に叩きつけた。
人間の身体が、まるでボールのように弾んで飛んだ。
地面に落ちた日向は、キキを見据えつつ、再びゆっくりと立ち上がろうとする。だが、またもやキキが駆け寄ってきて、日向を殴り飛ばしてしまった。
「ギギィ!!」
「あぐっ!?」
キキは、日向が回復するより早く攻撃を仕掛けてくる。
おかげで日向は、まともに傷を再生する暇が無い。
残酷な戦術だが、正しくもある。
相手がいくら殺しても死なないのなら、生きているのが嫌になるくらい殺し続けようということだ。
それに、”再生の炎”には、回復量の限界がある。一定時間経てば、また復活するのは変わらないが、それでも再起不能に追い込めるのは間違いない。日向の再生がストップした後に、上から巨大な瓦礫などで押し潰してしまえば、それだけで詰みだ。
ボロボロになった日向をキキが掴み上げる。そして……。
「ギギィーッ!!」
思いっきり道路に叩きつけ、押し潰した。
日向が叩きつけられた衝撃で、道路がひび割れる。
当然、こんなえげつない一撃を受けて、日向も生きているはずがない。
「……は……ぐ……」
だがそれでもやはり、日向は生き返る。
”再生の炎”が、勝手に日向を生き返らせる。
砕けた骨が炎と共に修復され、止まった心臓に熱を宿す。
だが生き返ったところで、再びキキに殺されるのは目に見えている。
殴り飛ばされ、押し潰され。
身体を焼かれながら再生し、また殺される。
もはや、地獄の責め苦とでも言い表すしかない、あまりに惨い光景だ。
「はっ……はっ……」
苦しそうに呼吸しながら、仰向けに倒れる日向。
目は見開き、自分を見下ろすキキを見つめている。
「ギギギッ! ヨワイ! ザコイ! オモチャ! オモチャ!」
一方、キキは日向を殺すことに、愉しみを見出しているようだ。ニタリと笑うその貌は、内に潜める残虐性を隠そうともしない。
「ギギギーッ!!」
そして、倒れる日向に向かって、拳を振り下ろして潰そうとする。
……だがその時。
プロペラが回転する音と共に、甲高い銃声が連続して聞こえた。
「ギッ!?」
『巨大なマモノを発見! 攻撃を開始する!』
プロペラ音の正体は、自衛隊の武装ヘリだ。
キキに向かって、両翼に取りつけられたガトリング銃を発射している。
キキはその集中砲火を、腕で防ぎつつ引き下がる。
「い、今のうちに……!」
キキが武装ヘリに気を取られている間に、日向はキキの足元から脱出する。反撃は考えない。傷の回復に専念する。
「ギギギィ……!」
一方のキキは、せっかくの愉しみを邪魔されてか、表情が怒りで染まっていく。そして、口を開き、その奥から黄金色の光が漏れ始める。
(あれは……!?)
そのキキの様子を観察する日向。
キキは口を開いたまま、滞空する武装ヘリに顔を向ける。そして……。
「ムッギャアアアアアアッ!!」
『う、うわっ!?』
キキの口から、極太の雷の光線が放たれた。
光線は武装ヘリに直撃し、吹き飛ばしてしまう。
吹き飛ばされた武装ヘリは、投げ捨てられたゴミのように落下し、大爆発を起こした。
「あ、ああっ!? なんてことを……!?」
悲痛な声を上げる日向。
あれではもう、ヘリの搭乗員たちは生きてはいまい。
「今の雷のビームは、以前キキと戦った時は使ってこなかった……。姿が変わったことで、新しい能力を手に入れたのか!? つまり、今のキキは『三重牙』っていうことか!?」
これまで、キキは”濃霧”と”生命”の能力を見せてきた。そして今の雷のビームは”雷”の能力だろう。計三つの異能を持つ『星の牙』など、これまでのどんな戦闘記録でも見たことが無い。
「まったく、つい最近になって『二重牙』が確認されたっていうのに、どこまで反則なんだ、このサル野郎!」
思わずといった様子で悪態をつく日向。
「ギギギィ……」
そして、ヘリを撃墜したキキは、ニタリと笑いながら日向の方へ振り返る。
キキは再び口を開き、その中から黄金色の光が漏れ始める。
日向に向かって雷の光線を吐くつもりだ。
「じょ、冗談じゃない……!」
大慌てでビームの射線から逃れる日向。
それと同時に。
「ムッギャアアアアアアッ!!」
キキの口から、極太の雷ビームが発射された。
足元から天に向かって、縦方向にビームを薙ぎ払う。
日向の後ろに立っていたビルがビームに焼かれ、大爆発を起こした。
「ギャアアアアアアッ!!」
さらに今度は、左から右へとビームを薙ぎ払う。
並び立っていたビルがまとめて焼かれ、爆発で窓ガラスが吹き飛んだ。
「め、メチャクチャだ……!? 怪獣でも相手にしている気分だ……!」
ビームの余波から逃れながら、日向が叫ぶ。
『太陽の牙』の刀身を傘にして、上から降ってくる窓ガラスの破片を防ぐ。
「ムギャアアアアアアッ!!」
「やばっ……!?」
その隙を狙って、再びキキが殴りかかってきた。素早く、そして大きく振り抜かれる拳には、回避する余裕など無い。日向は咄嗟に後ろに跳ぶが、身体を引っかけられてしまった。
「ぐっ!?」
身体を引っかけられただけだというのに、今まで受けた攻撃の中でもトップクラスの衝撃だった。大きく吹っ飛ばされ、痛みで肩が動かせなくなる。
攻撃を受けて倒れた日向に、再びキキが殴りかかろうとする。このままでは、また先ほどの、生き返っては殺されての残虐ショーが再開される。
「さ、再生の炎、高速回復!」
その流れを断ち切るため、日向は自身の”再生の炎”をフル回転させた。
痛覚が溶解するのではないかと思うほどの熱が、日向の身体を襲った。
「あ、ぐああああああっ!?」
日向は悲鳴を上げながらも、身体を投げ出すようにしてキキの攻撃を回避。思いのほか力強く跳躍できたこともあり、無事にキキの攻撃を避けることができた。
(はぁ……はぁ……本当にキツイな、この高速回復は……。今まで何度か使ってみて分かったけど、この能力を使うと、再生能力の打ち止めが一気に近づいてくる感覚がある。使い過ぎると、気を失うのも早くなってしまうのか……?)
思えば、洗脳されたシャオランと戦った時もそうだった。あの戦闘では、日向は高速回復を何度も使用した。その結果、意識を失う一歩手前まで追い込まれてしまった。
あの時はなんとか意識をつなぎとめることができたが、次も上手くいくとは限らない。やはり高速回復は、多用できない。
起き上がった日向は、再びキキに向かって真っ直ぐ構える。
キキは、不気味な笑みを浮かべながら日向を見やっている。
日向は血まみれのボロボロだというのに、キキは傷一つ負っていない。戦力差は絶望的だ。
「とにかく今は、耐えないと。焦らず、勝機を窺うんだ」
それでも日向は、なおもキキをしっかりと見据えたまま、呟いた。




