第23話 Dr.ライトニング(医者)
日向と本堂は、麻痺している北園をうつ伏せにベッドへ寝かせる。最後のスライムを倒したこの部屋は、本堂の寝室だったようだ。
「よし、俺は下でちょっと作ってくるものがある。お前は彼女を見ていろ。汗が噴き出てきたなら拭いてやれ」
そう言って、本堂は部屋を出て行ってしまった。
部屋には日向と、麻痺して動けない北園が取り残される。
「……ごめん、北園さん。あのフーセンクラゲの危険性に、もっと早く気づくべきだった」
日向は、ベッドに倒れている北園に声をかけてみる。
北園はロクに口を動かすこともできず、ヒューヒューと息をしているだけだった。
(気にしないで。私は、何とか大丈夫だから)
「うわ!? 何だ!?」
突然、日向の頭の中で声がした。
驚き慌てる日向だったが、冷静に考えると、これは北園の精神感応だと思い出した。
「その状態でも精神感応は使えるんだね……」
(うん。もっとも、腕を動かせないから治癒能力は使えないし、使えたとしても麻痺毒は治せないんだけどね……)
「そ、そうか……」
(あ、動けないからって、ヘンなことしないでね?)
「し、しないから!?」
慌てふためく日向。
そこへ……。
「何一人で騒いでるんだ?」
本堂が怪訝そうな顔をして部屋に戻ってきた。どうやら北園の精神感応によるやり取りは本堂には聞こえてなかったらしく、傍から見れば今の日向は、一人で喋って騒いでいる異常者そのものだっただろう。
「あ、いや、違うんです。彼女がね、ちょっとからかってきて……」
「……ああ、テレパシーでも使っていたのか」
「そうそう……って、もう普通に信じてるんですね……?」
「まあ、もう信じないワケにはいかんだろう」
そう言うと本堂は、北園の腫れあがった首筋に、手に持っていた水っぽい液体をかけ始めた。
「何してるんです?」
「海水に近い塩水を作ってきて、それをかけている。クラゲに刺されたら、まずは海水を使って刺された場所を洗ってやる必要がある」
「へ、へぇ……」
次に本堂は机からルーペ付きの眼鏡とピンセットを持ってくると、その眼鏡をかけて北園の首を観察し始める。
「そ、それは一体何をしてるんです?」
「今から彼女の首に刺さっている毒針を抜く」
「そんなことできるんですか!? それってもう医者の仕事じゃ……」
「俺は医者志望だ」
「あ、そうなんですね……って、それってまだ正式な医者じゃないってことでしょ。いいんですか医者の仕事して」
北園の容態を……というより、本堂の手腕を心配しながら治療の様子を眺める日向。しかし本堂の腕前は見事なもので、瞬く間に北園の首に刺さっていた毒針を取り除いた。
「よし、最後の仕上げだ」
そういうと、本堂は注射器を取り出し、北園の血を抜き取った。
そして、机の上の顕微鏡の皿の上に血を垂らし、レンズを覗く。
どうやら、北園に打ち込まれた毒の分析をしているようだ。
「……CqTX-Aだな。確か、ハブクラゲと同じ毒だったか」
「そ、それなら病院に連れていけば治せますよね? 良かったぁ……」
日向はホッと胸を撫で下ろした。既存の毒ならば、しかるべき場所に行けば治療薬が手に入るはずだ。これが未知の毒だと言われていれば、きっと病院もお手上げだっただろう。
しかし、本堂は日向を呼び止める。
「いや、俺が趣味で作った血清がある。それを使おう」
「趣味で!?」
「医者志望だからな」
「そう言っていれば全部片付くと思ってませんか!?」
「安心しろ。薬事法上は問題ない、はずだ」
「『はず』って言った! 『はず』って!」
本堂は血清を取りに部屋を出ていき、間もなく戻ってきた。なんでも、彼の父親が医者であり、血清を作る装置もこの家にあるのだとか。
本堂謹製の血清は素晴らしい効き目を発揮し、程なくして北園は動けるようになった。そして動けるようになった北園は治癒能力を使って、自力で腫れあがった首を治療したのだった。
「いやー、ホント助かりました! 本堂さん、ありがとうございます!」
北園が本堂に礼を言い、勢いよく頭を下げる。
「いや、此方も妹を助けてもらった。礼を言うのは此方の方だ。ありがとう」
本堂も頭を下げる。
「いえいえ! お安い御用ですよ! ……で、ですね? こうなったのも何かの縁ってことで……」
北園が上目遣いで本堂さんに話しかける。
恐らくは、この期に世界を救う仲間に引き込もうという算段だろう。
それに対し、本堂は……。
「ああ。君の言いたいことは薄々分かる。今度は、真剣に話を聞かせてもらおう」
と返してくれたのだった。
◆ ◆ ◆
一階のリビングのフーセンクラゲの死骸を片付け、日向と北園は本堂兄妹に、北園の予知夢について説明する。今度は、日向の剣のことや、今まで戦ったマモノのことなども合わせて、更に詳しく。
二人の話を聞く本堂の表情は、最初と違って至極真剣なものだった。
「……改めて聞いても、現実とは思えんな……」
話を聞き終えた本堂は、唖然としながらそう答えた。
「……だが、現にマモノは現れた。お前たちはそのマモノと戦ってみせた。そして、妹を救ってくれた。実際のところ、信じるとか信じないとかではない。妹を助けてくれた。借りができた。だから返す」
そう言うと本堂は、北園を真っ直ぐ見つめ、告げた。
「俺が何の役に立つかは分からんが、お前たちが必要だと言うのなら、俺も力を貸そう」
「ほ、本当ですか!? やったー!!」
両手を振り上げ喜ぶ北園。
その様子を見て、日向も「一緒に頑張って良かった」と思うのであった。
しかし、日向にはまだ気になることがあった。
本堂の、あの電撃能力についてだ。
喜ぶ北園を置いて、日向は本堂に質問する。
「本堂さん。あなたの、その、身体から出した電気は一体……? 超がつくほどの帯電体質って……?」
「……まあ、気になるだろうな。それを説明するには、少し俺の昔話に付き合ってもらうことになる」
そう言うと本堂は、自身の幼少期の思い出を語り出した。




