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第210話 日向VSロードキラー

 オフィスビルが立ち並ぶ大通りにて、日向が戦っている。相対するマモノは、再生機能を持った太く鋭いトゲを全身に生やす、アルマジロ型のマモノ、ロードキラーだ。


「グオオオオオッ!!」

「うひゃあっ!?」


 ロードキラーが身体を丸めて、物凄い勢いで転がってくる。

 トゲ付きの巨大な鉄球が突進してくるようなものだ。

 日向は全力疾走でロードキラーの進路上から退避する。

 ロードキラーは日向の側を通り過ぎ、無事に転がり攻撃をやり過ごした。


「あ、危なかっ――――」


 危なかった、と言おうとする日向。だがロードキラーは途中でギャリギャリと道路を削りながら折り返し、再びこちらへと戻ってきた。


 日向は驚きで目を丸くする。

 危機は、まだ全然去っていなかった。


「あばばばばばばばば」


 言語にならない悲鳴を上げながら、再び全力疾走で、転がり攻撃を回避する。

 日向の側を通り過ぎたロードキラーは、その先の二階建てビルに激突し、ようやく突進は止まった。


 ロードキラーの巨体を叩きつけられたビルが、グシャリと崩れる。

 窓ガラスが破裂したかのように飛び散り、人間が長い工事作業の末に建てた汗と努力の結晶が、無残に崩壊していった。


「おりゃっ!」


 ロードキラーが突進後の隙を晒している間に、日向が背後から斬りかかる。振るわれた『太陽の牙』は、ロードキラーの背中のトゲを一本、破壊した。


「グオオオオオッ!!」


 ロードキラーは、背後の日向を押し潰すべく、背中から倒れ掛かってきた。鋭いトゲが生え揃った背中が、日向目掛けて迫ってくる。


「ひええっ!?」


 慌ててロードキラーの背中の下から逃げる日向。その直後にロードキラーの背中が落ちてきて、その下の道路はヒビと穴だらけの無残な姿に成り果てた。


「こっちは死んでも蘇るとはいえ、ホント容赦の無い……!」


 ロードキラーが倒れている間に、日向はロードキラーの首の後ろに生えているトゲを二本、破壊した。


 ロードキラーもすぐさま起き上がり、日向に向き直る。

 道路に叩きつけ、欠けていたトゲは、ロードキラーの能力によってすぐに再生した。……だが、日向の『太陽の牙』によってへし折られたトゲは再生していない。


「やっぱり……『太陽の牙』で破壊したトゲは、再生できないみたいだな……。『太陽の牙』には、星の力による再生能力を阻害する力も持っているのか?」


 そう呟きながらも、日向はロードキラーへの警戒を緩めない。背後に別のビルを背負いながら、ロードキラーと少し離れて相対する。


 そんな日向に向かって、ロードキラーは転がり攻撃を仕掛けてきた。ガリガリと、アスファルトがトゲによって削られる音がする。


 ロードキラーが通った後の道路は、無残にも穴だらけになる。

 これが、このマモノが『公道殺し(ロードキラー)』と呼ばれる所以ゆえんである。


「うおおお逃げろ逃げろ」


 この攻撃も全力疾走で避ける日向。

 日向の狙い通り、ロードキラーはその先のビルに激突して、止まった。


「マモノを倒すためとはいえ、こんなにビルを破壊しちゃって、後で賠償とか請求されたりしないかな……?」


 そしてその攻撃後の隙を突いて、再びロードキラーの背中のトゲを破壊する。ロードキラーが日向に向き直れば、すぐさまロードキラーから距離を取る。


 先ほどから、日向はこればかりを繰り返している。ただひたすらに、ロードキラーの背中のトゲを破壊しているのだ。おかげでロードキラーの刺々しい背中は、だいぶツルツルになってしまった。


 そして、これには当然、狙いがある。


「もうそろそろいけるかな……?」


 そう呟くと、日向は再びロードキラーから少し離れた場所で構える。


 日向が立つその場所は、大通りのど真ん中。

 ど真ん中ということは、当然、彼の背後にビルは無い。

 これでは一度転がり攻撃を避けても、ロードキラーは先ほどのように、すぐさまUターンして攻撃を継続してくるだろう。


 やはりと言うか、ロードキラーは転がり攻撃を仕掛けてきた。

 それを、これまでと同じく全力疾走で回避する日向。


(よし……逃げちゃダメだ、気合を入れろっ!)


 そして日向は、今度は通り過ぎたロードキラーに向かって全力で駆け出した。ロードキラーは、やはり今までと同じように折り返し、再度突進を仕掛けようとする。


 ……だが、ロードキラーは折り返す瞬間、思いっきりスリップした。その結果、ロードキラーは自身のコントロールを失い、並んで立っていたビルに激突した。


「グオアアアアアアッ!?」


 ロードキラーは、何が起こったのか分からない、と言ったように困惑の声を上げ、みじめに転倒した。日向に向かって横向けに倒れ、柔らかそうな腹部が露わになる。


(よっしゃ、してやったり!)


 狙い通りに事が運び、心の中でガッツポーズを取る日向。


 ロードキラーの背中のトゲは、強力な武器であると同時に、転がり攻撃をコントロールする重要なスパイクの役目も果たしていた。背中のトゲを地面に食い込ませることで、猛スピードを出しながらも勢いのあるUターンを繰り出すことができたのだ。


 だが、そのスパイクは日向によってほとんど破壊されてしまった。ツルツルになった背中は、勢いのあるUターンを繰り出すことができず、転がり攻撃の軌道は大きく逸れてしまったのだ。


 転がり攻撃のコントロールを失い、ビルに激突したら、ロードキラーは体勢を崩すのではないか。

 そう読んでいた日向は、転倒後の隙を逃さない為にも、Uターンしようとするロードキラーに向かって駆け出したのだ。


「もらった! 燃えろ、『太陽の牙』っ!!」


 ロードキラーに肉薄した日向は、『太陽の牙』に炎を纏わせる。

 そして、ロードキラーの腹部を、灼熱の剣で刺し貫いた。


「グガアアアアアアッ!?」


 ロードキラーが、大きな悲鳴を上げて転げまわる。

 それに巻き込まれないよう、日向は距離を取る。

『太陽の牙』は、ロードキラーに刺したままだ。

 いまだに燃え続ける刀身が、ロードキラーの体力を奪っていく。


「グルルルルル……!」

「っと、まだ倒れてはくれないか……!」


 ロードキラーは、腹部から大量の血を流しながらも、立ち上がった。怒りと憎悪を込めた眼で、日向を睨みつける。


 日向は『太陽の牙』を呼び戻し、構えなおす。


「グオオオオオオ……ッ!!」


 こちらの臓腑にまで鳴り響くような、重低音の咆哮を上げるロードキラー。そしてそのまま、両腕を振り上げながら日向に接近してくる。いまだにトゲに覆われているその腕を、日向に叩きつけようというのだろう。


「おっと!」


 ロードキラーの叩きつけ攻撃を、日向は後ろに下がって回避する。


 ロードキラーはさらに腕を振り回すが、日向はその腕の攻撃範囲に入らないようにして、ロードキラーの攻撃をやり過ごす。


 下手に転がり攻撃を出せば、また先ほどのように隙を晒す羽目になる。恐らくロードキラーはそう考えて、腕を振り回す攻撃に切り替えたのだろう。


 しかしロードキラーの攻撃は大振りで、動きを予測しやすい。そして、そういう相手こそ日向の領分である。ロードキラーの攻撃をことごとく先読みし、回避する。


 得意の転がり攻撃を封じられ、腹部に深手を負い、ロードキラーの機動力は大きく削られた。後は、一気にカタをつけるのみ。


「うおおおお!!」


 ロードキラーが腕を振るったその一瞬の隙を突いて、日向がロードキラーの懐に潜り込む。そして、炎を纏う『太陽の牙』を、もう一度ロードキラーの腹部に突き刺した。


「グギャアアアアアアアッ!?」


 ロードキラーの悲鳴が響き渡る。

 激痛に耐え切れず、腹部を押さえ、うずくまる。

 そうして下がった頭部に、日向が掴みかかり……。


「ぶっ飛べっ!!」

「グガアアアアアアッ!?」


 ロードキラーの頭部に、思いっきり『太陽の牙』を叩きつけた。

 ロードキラーは思わず仰け反り、そのまま後方へと転がっていき、背後のビルに激突した。


『星の牙』を問答無用で殺す『太陽の牙』。その一撃を急所に三度も叩き込まれ、すでにロードキラーは虫の息だ。ロードキラーにトドメを刺すべく、日向はロードキラーに歩み寄る。




 だがその時である。


「ギギィィィィィィィッ!!」

「っ!?」


 ロードキラーが激突したビルの真上から、巨大な何かが落ちてきた。


 それは、漆黒の身体に黄金の毛が混じったような、巨大な人型のマモノだ。

 そしてその乱入者は、あろうことかロードキラーの腹部に跳び乗り、思いっきり踏みつけた。


「グギャアアアアアッ!?」

「ギギッ! ギギィィィッ!!」


 その乱入者は、今度はロードキラーの腹部に噛みつきにかかった。暴れるロードキラーを両腕で押さえつける乱入者。

 そして乱入者は、ロードキラーの柔らかい腹を、食いちぎってしまった。鮮血が噴水のように飛び散り、近くの道路が、ビルが、赤く染まる。


「グガアアアアアアア……ア……」


 そしてとうとう、ロードキラーは息絶えてしまった。

 それでも人型の乱入者は、ロードキラーへの攻撃を止めない。

 すでに屍となったロードキラーをむさぼり食らい、血みどろの狂宴を繰り広げている。



 ……が、不意に日向の方を見て、ニタリと笑ってきた。


「グギギィィィ」

「こ……コイツ……!」


 その人型のマモノを観察して、日向は驚きの声を上げた。

 そのマモノには、どことなく見覚えがあった。

 漆黒の身体に長い手足。悪魔の微笑が張り付いたような顔。

 そして何より、吸血鬼を思わせる四本の長い牙。



「まさか……キキなのか……?」



 さすがの日向とて、忘れるはずもない。

 そのマモノは以前、松葉班を蹂躙し、まんまと逃げおおせてしまったマモノ。


 そのマモノは、星の巫女の側近。

 ”小悪魔”の異名を持つ、恐怖の魔猿。


 そのマモノの名はキキ。

 日向と日影にとっては、怨敵とも呼べる存在だ。


「け、けど、あの時と全然姿が違う……。なんだ、その大きさは……」


 今のキキは、身長が3メートルほどもあり、漆黒の身体にはところどころ黄金の体毛が混じっている。頭部にも、トサカのような黄金の毛が生え揃っている。以前よりも、よほど悪魔的な見た目になったと言えるだろう。



「グギギギィ……。オマエ、ヒカゲジャ、ナイ」


「っ!?」


 キキが、喋った。

 予想だにしなかった行動に、日向は思わず固まってしまう。


「オマエ、ヒカゲジャナイ。

 ヨワイホウ。ヨワイホウ! ギギギギギッ!!」


 歯茎を剥き出しにして、キキがわらう。

 神経を逆撫でする笑い声が、街中に響く。

 キキは今、日向という存在そのものを、コケにしている。


「コイツ……!」


 日向もまた、キキの言葉を受けて怒りの表情を見せる。

 ……だがここで日向は、一度大きく深呼吸。


(……冷静になれ。ここで怒りに任せて真正面から挑みかかったところで、不利になるのはこちらの方だ。だったらいっそ挑発し返して、キキの攻撃の単調化を誘う……!)


 そう判断した日向は、大きく吸った息をふぅと吐き出すと、呆れた目でキキを睨み返しつつ口を開いた。


「……はぁ。見え透いた挑発だなぁ。お前って、もっと狡猾な奴だと思ってたんだけど、そうでもなかったのかな」


「ギ?」


「たとえば、俺がお前に気付いていない隙に、後ろから不意打ちを仕掛けるとか、お前が喰らったロードキラーと協力して俺を追い詰めるとか、そんなこと考えなかったの? 身体ばかり大きくなって、脳ミソは逆に縮んだの? それって類人猿としては、むしろ退化してるんじゃない?」


「……ギギギギィッ」


 冷静に言葉を返す日向に、キキは忌々しそうに歯ぎしりする。

 ……しかし、そう言う日向の眼光は鋭く、射抜くようにキキを見据えている。


「……けど、腹が立ったから、さっきの挑発には乗ってやる。

 それと一つ、教えておくよ、キキ。

 俺はこう見えてもな……怒ると一気に燃え上がる性質タチなんだッ!!」


「ムッギャアアアアアアアアアアッ!!!」


 

 荒れ果てた十字市の中心街にて、日向とキキ、両者の怒号がこだまする。

 ついに、この因縁の敵に決着を付ける時がやって来たのだ。

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