第209話 日影VSフレスベルグ
十字市でもひときわ高い商業ビルの屋上にて。
ちょっとした戦闘機ほどの大きさがあるのではないかという蒼き大鷲、フレスベルグが日影に襲い掛かる。半年前に取り逃がした獲物を、今度こそ仕留めようという執念が感じられる。
「ケェェェェェン!!」
「おるぁッ!!」
対する日影はオーバードライヴ状態だ。身体に紅蓮の炎を纏っている。
日影が右腕で『太陽の牙』を振るう。
刀身は、迫ってきたフレスベルグの蹴爪に命中する。
……だが、フレスベルグはダメージを受けない。
代わりに、フレスベルグが蹴爪に纏っていた氷が粉々に砕け散った。
身代わりとなった氷が、フレスベルグを『太陽の牙』から守る。
「蹴爪に氷……! あの野郎、”吹雪”の星の牙か!」
「ケェェェェェンッ!!」
フレスベルグが飛び上がり、蒼い翼を目いっぱいに広げる。
そして、日影に向かって大きく一回、羽ばたいた。
すると、輝く冷気が奔流となって日影に襲い掛かる。
「ちっ!?」
すぐさま冷気の奔流から逃れる日影。
日影がいなくなった場所を、凍てつく風が吹き抜ける。
風を受けたパイプ群が、室外機が、ビッシリと氷で覆われた。
いったい、どれほどの超低温なのだろうか。
冷気の残滓は、陽光を反射して眩く点滅している。
「……っぶねぇな!」
怒り声と共に、日影は凍り付いた室外機に跳び乗る。
そして一気にジャンプし、空中に留まるフレスベルグに斬りかかった。
「おるぁッ!!」
フレスベルグに向かって、横薙ぎに剣を振り抜く日影。
……しかしフレスベルグは、後方に退いてこれを避けた。
「……マヌケッ!!」
だが日影は、剣を振り抜いた勢いを利用して、空中で反時計回りに一回転。後ろに下がったフレスベルグに向かって、『太陽の牙』を投げつけた。剣は刀身に炎を宿しながら、巨鳥に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
「ケェンッ!!」
……しかし、フレスベルグはこれも防いでしまった。
氷を纏わせた蹴爪を使って、『太陽の牙』を叩き落してしまったのだ。
「クソッ。対策室のデータのとおり、手強いヤロウだぜ……!」
忌々しそうに日影が呟く。
フレスベルグはマモノ対策室のデータに情報があるマモノの中でも、極めて強力なマモノだとされている。白兵戦での討伐記録は『ARMOURED』によるものしか存在しない。その強さから、北欧神話に登場する凶鳥の名で呼ばれ、マモノ対策室からも恐れられている。
予知夢の五人が現在進行形で戦っている『星の牙』の中でも、フレスベルグは頭一つ抜きん出た実力を持っているのだ。
「クルァァァァッ!!」
フレスベルグが日影の頭上に移動し、蹴爪に冷気を集中させる。
冷気が集中した蹴爪が、真っ白に輝く。
そしてそのまま、日影目掛けて踏み潰してきた。
「っと!」
その場から跳び下がって、踏みつけを回避する日影。
しかしフレスベルグの攻撃は終わらない。
冷気を集中させた蹴爪が床に激突すると、そこを起点として円状に氷が押し寄せてきた。
しかし日影は、強化された脚力で大ジャンプを繰り出し、迫る氷を跳び越える。そしてそのまま、フレスベルグに向かって真っ直ぐ剣を振り下ろす。
「どるぁぁぁぁッ!!」
「クルァッ!」
……しかし、これもまた回避された。
フレスベルグは後ろに飛び退くと、再び空中に逃げてしまう。
そして再び大きく羽ばたき、日影に冷気の奔流を吹きつけてくる。
日影もまた、素早くその場から離れて冷気を避ける。
誰もいなくなった場所に冷気が叩きつけられ、蒼い氷で覆われた。
冷気を避けた日影は、ビル屋上の四角に追い詰められる。
地上数十メートルの高低差を背負う形で、フレスベルグと相対する。
対するフレスベルグは、仕上げとばかりに更なる攻撃を仕掛けてきた。輝く冷気を身に纏い、きりもみ回転しながら日影に向かって突っ込んでくる。
「くっ!?」
日影は、突っ込んできたフレスベルグの真下を潜り抜けるようにして回避する。
いくら日影がオーバードライヴ状態で、身体能力が強化されているとはいえ、フレスベルグほどの大質量が、強烈なパワーと共に突撃して来たら無事では済まない。迎え撃つことなど考えず、攻撃を避けることを選択した。
フレスベルグが、先ほど日影が立っていたビルの端に激突する。
粉砕されたのはビルの方だ。ビルの四角のうちの一か所が、欠けて無くなってしまった。
ビルの一部を破壊したフレスベルグは、すぐさま舞い戻ってきて日影に攻撃を再開する。氷を纏わせた蹴爪で、日影を引き裂きにかかった。
「野郎ッ!」
日影も『太陽の牙』を振るって応戦する。
三、四度ほど、剣と蹴爪が交錯し、金属音が鳴り響く。
日影の剣が叩きつけられるたびに、フレスベルグの氷が剥がされていく。
そして、フレスベルグの蹴爪から、ほとんどの氷が除去された。
「今だッ!」
その機を逃すまい、と一気に攻め立てる日影。
「クルァッ!!」
「ぐっ!?」
……だが、フレスベルグが一枚上手だった。
突っ込んできた日影を迎撃するように、逆に蹴爪の一撃を食らわせて、日影の左目を潰してきた。
「う……ぐ……!」
身に纏う”再生の炎”が、潰された左目を焼く。
眼球内の水分が沸騰するかのような熱を感じる。
さすがの日影も、痛みのあまり左目を手で押さえずにはいられなかった。
だがそれでも日影は、残った右目でしっかりとフレスベルグを見据えていた。
(分かっちゃいたが、やはりオレとフレスベルグじゃあ、ヤツの方が圧倒的に有利だ。空に逃げられたら、こっちはほとんど手が出せねぇ)
猛禽類のマモノであるフレスベルグは、自由自在に空を飛び回ることができる。言わずもがな、『空を飛べる』というのは戦闘において非常に大きなアドバンテージである。
対する日影は、これといった遠距離攻撃の手段を持たない。
せいぜいが『太陽の牙』を投げつけるくらいか。
オーバードライヴ状態によって強化された膂力によって、戦車の主砲のような勢いで投げ放たれる『太陽の牙』は、下手な銃弾よりよっぽど威力が高い。
だがその一撃だけでは、先ほどのように氷の蹴爪で叩き落されてしまうだろう。氷は割れても、その先のフレスベルグの身体に届かない。
(幸い、こっちにゃ再生能力がある。もう相討ち覚悟で食らいつくしかねぇ)
日影が選択した戦法は、多少の反撃を受けてでもフレスベルグを捉えて、一気に仕留める作戦だった。
(そのためには、『ヤツのどの攻撃にこちらの攻撃を合わせるか』が重要になってくる。一応、考えがあるにはあるが……)
後は、その攻撃を上手く誘発させることができるかどうか。そして、一度捉えたら一気に決着に持って行かなければならない。二度目は無い。相手は同じ攻撃が二度も通じるような手合いではないからだ。
蹴爪やきりもみ突進を避け続け、目当ての攻撃が来るのを待ち続ける日影。
そして、空を飛ぶフレスベルグが大きく翼を広げた。
輝く冷気の奔流を撃ち出す合図だ。
「……その攻撃を待ってたぜ!」
フレスベルグが羽ばたき、冷気を発射すると同時に、日影は真正面から輝く冷気に突っ込んだ。
「ぐ……!」
一瞬だけだったが、”再生の炎”を身に纏っていてもなお、冷気は日影の身体を凍えさせた。身が切れるような冷たさが日影を襲う。
だがすぐに、纏う炎が身体を温めた。
そのまま冷気を突っ切り、日影はフレスベルグに肉薄した。
「おるぁッ!!」
「ギャアアアッ!?」
日影の攻撃は、命中した。
フレスベルグの胸に、『太陽の牙』が深々と突き刺さった。
「まだまだぁ!!」
両手が空いた日影は、燃え盛る体でフレスベルグに掴みかかる。そしてそのまま数発、右の拳で殴りつける。
「どりゃあッ!!」
「クェェェェッ!?」
さらに今度は、首投げの要領でフレスベルグを地に引きずり下ろした。凍り付いたビルの屋上に、背中から叩きつけられるフレスベルグ。
「これで終わりだぁッ!!」
そして最後に日影は、右腕に炎を集中させ、眼下のフレスベルグに”陽炎鉄槌”を叩きつけ、大爆炎が巻き起こった。
……が、フレスベルグにトドメを刺すことは叶わなかった。
「な……!?」
「クェェェェッ……!」
フレスベルグは、仰向けに倒れたまま、氷を纏った蹴爪で日影の一撃を受け止めたのだ。
”陽炎鉄槌”の爆炎に巻き込まれ、フレスベルグも無傷とはいかない。大ダメージを受けている。だがそれでも、日影の渾身の一撃を凌いでみせたのだ。
「クルァァァッ!!」
「ぐっ!?」
今度はフレスベルグが反撃を開始する。
日影を押し返す勢いで、彼を上空に向かって蹴り上げる。
空中に打ち上げられ、成す術無く宙を舞う日影。
その日影のさらに上空に、フレスベルグが飛び上がった。
そして身体に輝く冷気を纏い、きりもみ回転しながら突っ込んできた。
「がはぁっ!?」
フレスベルグの鋭い嘴が日影の身体に突き刺さる。
そしてそのまま日影ごと、フレスベルグはビルの屋上に突っ込んだ。
きりもみ突進の勢いはなおも止まらず、屋上をぶち抜き、その下の階までぶち抜き、さらにその下の下の下までぶち抜いた。
計五階ぶんのフロアを破壊して、ようやくフレスベルグの突進は止まった。再び真上に飛び上がり、ビルから脱出するフレスベルグ。
一方、ビル内の崩れた瓦礫の中に、日影が力なく倒れている。
身に纏っていた炎は、なぜか消えていた。
「ぐ……はっ……」
口からおびただしい量の血を吐く日影。
腹部はフレスベルグの嘴を受け、無残に抉られている。
頭部からの出血も激しい。身体中の骨や内臓も傷ついている。
そんな日影を、”再生の炎”が焼き始める。
傷ついた体が、再び小さな炎に包まれる。
しかし……。
(これは……傷の治りが、いつもより遅い……?)
日影を焼く”再生の炎”は、いつもより小さく、勢いも弱い。
チリチリと、地味な熱さが日影を蝕む。
傷は焼かれているのに回復が遅いので、ただ余計に熱いだけだ。
試しに『再生の炎の高速回復』も使ってみたが、やはり発揮されない。
考えられる原因は、やはりオーバードライヴだろう。
恐らくこれは、オーバードライヴを使ったことによる反動なのだ。
思えば前回の”嵐”の三狐戦においても、オーバードライヴを長時間使用したことで体調の悪さを感じていた場面があった。
「チッ……うまい話だけじゃなかった、っつーワケか……」
血ヘドを吐きながらも、皮肉な笑みを浮かべる日影。
自身が落ちてきた天井の穴を見上げれば、蒼き大鷲が鋭い瞳でこちらを見据えていた。




