第208話 北園VSアグニスモルフォ
艶のある、巨大な黒い羽を持つ怪物チョウ、アグニスモルフォと対峙する北園。
戦闘の舞台は、十字駅の正面広場。
広々としたスペースに、花壇や木、歩道橋などの遮蔽物が存在する。
北園はまず、自身の手の中に火球を生成し始める。
「蟲のマモノなら、火が効くはずだよね! 速攻で決めちゃうよ!」
対するアグニスモルフォは、真っ黒な鱗粉を散布しながら、ゆったりと飛び回っている。飛行高度は、ビルの四階か五階くらいの高さだろうか。
「あの粉、毒かな……? 何にせよ、鱗粉があのマモノの武器なのは間違いないよね……!」
そう言いながら、ばら撒かれる鱗粉から距離を取る北園。
手の中の火球も、十分な大きさになってきた。
「それじゃあ、いっくよー……発火能力!」
掛け声とともに、手から火球を撃ち出す北園。
火球は真っ直ぐアグニスモルフォに向かって飛んでいき、その身体に直撃した。
「やったぁ!」
火球の命中を見て、跳び跳ねて喜ぶ北園。
……しかし、アグニスモルフォは依然として健在だ。
それどころか、炎に苦しんでいる様子さえない。
「あ、あれぇ!? 効いてない!? だったら、もう一発……!」
そう言って、北園が再び火球をアグニスモルフォにぶつける。
……だが、やはりアグニスモルフォに火球はあまり効いていない。
「ううー……どうなってるの!? まさかあのチョウチョ、火に強いの!?」
まさか火に強いチョウチョがいるなんて、と動揺する北園。
と、ここで今度はアグニスモルフォが攻勢に打って出る。
北園に向かって大きく羽ばたき、黒い鱗粉を振りまいてきた。
「わわわ……」
慌てて歩道橋の支柱の後ろに隠れ、鱗粉をやり過ごす北園。
鱗粉を凌ぐと、再び顔を出してアグニスモルフォと対峙する。
「空を飛んでいるなら、有効なのは電気かな? だったら、電撃能……」
両腕に電気を纏わせ始める北園。
だがそれよりも早く……。
「フィィィィィイン……」
突然、アグニスモルフォが、鳴き声のような音を発し始めた。
瞬間、ゴウッ、という音と共に、北園の目の前が一面、緋色に染まる。
「う、うわぁ!? 熱っつい!? な、なにこれ!?」
北園は自分の目を疑った。まるでアグニスモルフォの鳴き声に反応するかのように、辺り一面が火の海になったのだ。歩道も、木々も、花壇も、漏れなく炎に包まれる。
「あ、あのマモノ、一体何をしたの……!?」
「フィィィィィイン……」
アグニスモルフォが、羽をせわしなく羽ばたかせながら飛び回る。
黒い鱗粉が、容赦なく地上にばら撒かれる。
北園の目の前にも鱗粉が落ちてきた。
「フィィィィィイン……」
再びアグニスモルフォが鳴き声を発する。
瞬間、再び北園の目の前に火の海が発生した。
「きゃあ!? あ、危ない……!」
北園は慌てて飛び退いた。
あともう少し前にいたら、突然湧いて出た火の海に巻き込まれていたかもしれない。
「……けど、火の海の近くにいたおかげで、今ハッキリと見えた! 発火したのは、あのチョウチョの鱗粉だ……!」
そう。北園の言う通りである。
アグニスモルフォの黒い鱗粉は、発火能力を秘めている。
アグニスモルフォの意思次第で、任意のタイミングで発火させられるのだ。
それはまるで、鱗粉という名の火薬をばら撒いているかのよう。
アグニスモルフォは、”溶岩”の星の牙だ。
「け、けど、相手が何の『星の牙』か分かったなら、弱点も分かる!」
そう言うと、北園は手から冷気を放出し始める。凍結能力だ。そして、あっという間に巨大な氷柱を一本、生成した。
「これを念動力で持ち上げて、撃ち出す! いっけぇー!」
北園の声と共に、大人一人分ほどもありそうな氷柱がミサイルのように射出される。狙いは当然、アグニスモルフォだ。
だが、アグニスモルフォは飛んできた氷柱をひらりと回避する。
そしてそのまま羽を羽ばたかせ、鱗粉をばら撒いて反撃してきた。
「あ、あれが身体にかかったら焼かれちゃう! 吸い込んだりした日には大変なことになっちゃう! しっかり避けないと!」
そう言って北園は急いでその場から退避し、鱗粉から逃れる。
それを見てか、アグニスモルフォは鱗粉を発火させなかった。
鱗粉の発火タイミングは、完全にアグニスモルフォの意思次第で決めることができる。
「このっ! このっ!」
北園は続けて氷柱のミサイルを発射する。
今日は雨は降っていない上に、アグニスモルフォの発火能力によって、辺り一面が熱気に包まれている。よって、先日の”嵐”の三狐の時ほど、凍結能力の威力が発揮できない。
アグニスモルフォは、放たれた氷柱を全て回避し、すぐさま鱗粉で反撃する。発火させずに留まっている鱗粉も、随分と地上に溜まってきた。
「うう……どんどん逃げ場が無くなっていく……」
最悪、空中浮遊で逃げるしかない。
そう北園が考えた、その瞬間。
偶然にも一陣の風が、北園に向かって吹きつけた。
それにつられて、歩道に溜まっていた鱗粉も北園の元へと飛んでくる。
「……あ、やば……!?」
「フィィィィィイン……」
アグニスモルフォが鳴き声を発する。
それと同時に、北園に迫っていた鱗粉が、炎の壁となって押し寄せてきた。
「わ、わわわっ!? ば、バリアーっ!」
慌てて念動力のバリアーを張り、炎の壁をやり過ごす北園。
……だが、その北園の頭上にアグニスモルフォが飛来してくる。
羽を激しく羽ばたかせ、黒い鱗粉を散布しながら、だ。
「これって、ちょっとマズいかも……!」
急いでその場から離れる北園。
だが、運が悪いことに、上着のカーディガンに鱗粉がかかってしまった。
「あっ!? やだ! やだっ!」
「フィィィィィイン……」
急いで鱗粉を振り払おうと、必死に右手で鱗粉をはたき落とす北園。
しかし、間に合わなかった。
アグニスモルフォの鳴き声を受け、鱗粉が激しく炎上し始めた。
「あ、いやぁぁぁぁ!?」
カーディガンの左の袖が、そして鱗粉を落としていた右の手の平が燃え上がる。
北園は、急いで燃え上がったカーディガンを脱ぎ捨てる。そして、燃え上がる右の手の平に、左の手の平から冷気を放出し、鎮火した。
全身火だるまの惨劇は回避できたが、北園の左腕と、右の手の平に、ひどい火傷跡ができた。
「うう……ひどい……今この時ほど治癒能力を持ってて良かったと思ったことはないよ……」
言いながら、北園は治癒能力で火傷を治していく。燃え上がったカーディガンは、すでに黒焦げの消し炭になってしまった。Tシャツ姿となった北園が、再びアグニスモルフォと対峙する。
「もう! 気に入ってたんだからね、あのカーディガン!」
「フィィィィィイン……」
『だから何?』と言わんばかりにアグニスモルフォは優雅に飛び続ける。一方の北園は、両手を丸めて冷気を集中させ始める。吹雪を放出する構えだ。
「要はあれでしょ! フレアマイトドラグの時と同じで、あなたの鱗粉も湿気ったら使い物にならなくなっちゃうんでしょ! 吹雪で思い知らせてあげるから!」
そして、北園が吹雪を放出した。
先ほどの氷柱のミサイルとは違う、点ではなく面による制圧。
さすがのアグニスモルフォも、これを優雅に躱すことはできないらしい。羽の先端に吹雪を受けた。
「フィィィィィイン……」
「やった! 命中!」
この調子で第二波を。
そう北園が思った、その瞬間。
「フィィィィィイン!!」
アグニスモルフォが、ひと際甲高い鳴き声を上げた。
その瞬間、アグニスモルフォが炎に包まれた。
「え!? なに!? 自爆!?」
突如として燃え上がったアグニスモルフォを、慌てて観察する北園。
アグニスモルフォはどうやら、自身の羽を燃やしているらしい。先ほどまでの艶めかしい真っ黒な羽が、今は紅蓮の炎一色に染まっている。羽が燃え上がりながらも優雅に飛び回るアグニスモルフォは、恐ろしくもどこか美しい姿である。
「わ、私が吹雪で羽を湿気らせようとしたから、戦法を変えてきたの……!? 確かにあれなら吹雪を浴びせても、湿気るも何もあったものじゃないけど、あんなメチャクチャな……!」
「フィィィィィイン……!」
パタパタと炎の羽を羽ばたかせるアグニスモルフォ。
羽ばたくたびに、塊のような火の粉が落下し、地上を焼き尽くしていく。
灼熱のバトルフィールドにその身を置く北園は、冷や汗をかく余裕すら無かった。




