第203話 応戦する日向
十字市中心街にて。
日向の目の前では、多数のマモノがあちこちで暴れている。
人間を襲っているマモノもいれば、公共物を破壊しているマモノもいる。
走ってきた車に、一匹の巨大なカブトムシのようなマモノが、ものすごいスピードで正面から突っ込んだ。車は道路から逸れて、道路に飛び出し、その先の建物の壁に激突した。
このカブトムシのマモノの名前は『ダンガンオオカブト』。
獲物を見つけると、猛スピードで一直線に突進し、頭部の鋭い一本角を突き刺してくる危険なマモノだ。その角の突進の威力は、鉄板を容易くぶち抜き、アスファルトを抉ってしまうほどの貫通力がある。
さらに上空から、多数の緑色の翼竜が飛来してきて、人々に襲い掛かっている。
以前、アメリカとの合同演習にて見かけたワイバーンと同種だ。炎を吐く個体であるレッドワイバーンの姿もある。
逃げ惑う人々の行く手を阻むように、小柄な獣の群れが現れた。
その姿はウサギによく似ている。見た目は完全に茶色のウサギである。
しかし、その耳の先端が、まるで拳のように丸く固まっている。
ウサギのマモノたちは、その耳の拳を振るって、人々を攻撃し始めた。
このウサギのマモノの名前は『ラビパン』という。
耳の拳を使った攻撃を得意としており、その威力は侮れない。集団で一斉に殴りかかれば、普通自動車をあっという間にスクラップにしてしまうほどだ。
人々が悲鳴を上げて逃げ回っている。
至る所から破壊音が聞こえる。
中心街は大パニックだ。
そんな街の様子を見て、日向は思わず息を飲む。
(ど、どうする? 俺は一応、狭山さんから『マモノ退治は休んでいい』なんて言われている身ではあるけど……)
日向は少しばかり考え、そして……。
「……迷う余地があるか! 戦わないと!」
即座にマモノに向かって駆けだした。
手を掲げ『太陽の牙』を手元に呼び出す。
日向の接近に気付いたダンガンオオカブトが、羽根を羽ばたかせる。突進攻撃の合図だ。
「……この間、狭山さんがフウビ戦で教えてくれた時と同じだ。突っ込んでくるのが分かっているなら、待ち構えていればいい……!」
そう言って日向は『太陽の牙』を真っ直ぐ構える。
ダンガンオオカブトが猛スピードで突進してきた。
そのダンガンオオカブト目掛けて、日向は『太陽の牙』をフルスイング。
ダンガンオオカブトは、一撃で真っ二つになった。
「よし……! いける!」
その調子で、二匹目、三匹目のダンガンオオカブトも同様に屠っていく。
すると今度は、空からワイバーンが襲い掛かってきた。
炎を吐かない、緑色の個体だ。
「空を飛ぶのは厄介だけど、近づかなければ攻撃できないのはあちらも同じだ。なら、やっぱり待ち構えていればいい……」
日向は周りに目を配りつつ、滞空するワイバーンを警戒する。
すると、日向の目の前を跳んでいたワイバーンが一匹、足の爪で引っ掻いてきた。
その引っ搔き攻撃にカウンターを浴びせるように、剣を振るう日向。刀身は見事、ワイバーンの脚を捉えた。
斬られたワイバーンはバランスを崩し、地面に落ちる。それを逃さず、日向は落ちてきたワイバーンに剣を突き立て、トドメを刺した。
今度は二匹のワイバーンが、日向を取り囲む。
うち一匹は、炎を吐き出すレッドワイバーンだ。
レッドワイバーンが、滞空しながら大きく息を吸い込む。
日向の剣が届かないところから、炎を吐きつけてやろうという算段だろう。
「なめんな!」
日向は両腕で振りかぶるように『太陽の牙』を持ち上げ、それを思いっきり振り下ろすようにしてぶん投げた。
投げられた『太陽の牙』は、吐き出されたレッドワイバーンの炎を切り裂きながら、見事にレッドワイバーンの心臓に突き刺さった。
ちなみに、日向はとにかく投げることを優先したため、コントロールは度外視していた。よって、心臓にクリティカルヒットしたのは偶然である。
その日向の後ろから、三匹目のワイバーンが襲い掛かる。
日向は瞬時に『太陽の牙』を手元に呼び戻し、振り向きざまに横切りを放つ。
「おりゃっ!」
「ギャアア!?」
その一撃で、ワイバーンを撃墜した。
地面に落ちたところを、背中に『太陽の牙』を突き立ててトドメを刺す。
「よし、今度はラビパンだ!」
そう言って日向はラビパンの群れに駆け寄る。
ちょうど一人の、小太りのサラリーマンがラビパンの群れに捕まって、ボコボコにリンチにされているところだった。
「何やってるんだ!」
日向は『太陽の牙』を振るって、サラリーマンの周りからラビパンを追い払う。
ラビパンの群れに向かって『太陽の牙』を構える日向。
その間に小太りのサラリーマンは、這う這うの体で逃げていった。
「……改めてみると、数が多いな……」
日向が呟く。
目の前のラビパンの群れは、ざっと数えて十体はいる。
その内の一匹が、日向に向かって飛びかかってきた。
「このやろっ!」
真っ直ぐ『太陽の牙』を突き出す日向。
その切っ先に貫かれ、ラビパンが一匹、息絶えた。
しかし、その間に他のラビパンたちが日向を取り囲む。
そして、右側面から別のラビパンが日向に殴りかかってきた。
「ぶっ!?」
強烈な右耳ストレートを頬に受け、倒れる日向。
その日向に寄ってたかって、他のラビパンたちが拳を叩きつけてくる。
「痛だだだだだだだだだああ!?」
プロボクサーの一撃に匹敵するラビパンたちの拳が、容赦なく日向に振り下ろされる。まるで日向という太鼓をみんなで叩くかの如く、だ。
しかし日向は一瞬の隙を突いて、何とかラビパンたちの集団リンチから脱出した。ラビパンは小柄なため、体格差を活かして暴れれば、日向であっても押し切ることができる。
「ひええ……これはたまらん……逃げよう……!」
”再生の炎”の熱に、歯を食いしばって耐えながら、日向はラビパンから逃げ出した。その日向を追いかけるラビパンたち。
日向は、通りのすぐ近くにある狭い路地に入り込んだ。
人ひとり通るのがやっとな、とても横幅が狭い路地裏だ。
ラビパンたちも日向を追う為、一列になって路地に入る。
路地の途中まで逃げていた日向は、ラビパンたちが路地に入ってきたことを確認すると……。
「いらっしゃーい! ようこそ、わたしの路地裏へ!!」
そう言って、踵を返してラビパンたちに襲い掛かった。
ラビパンたちも日向を迎え撃とうとするが、なにせここは狭い路地裏。先ほどのように、数を利用して日向を取り囲むという戦い方ができない。
飛びかかってくるラビパンに向かって、日向がタイミングを合わせて剣を振り下ろすと、先頭のラビパンが一匹、また一匹と斬り伏せられていく。
「集団が相手の時は、狭い通路で迎え撃つ。不思議のダンジョンなら定石だ!」
ようやく自分たちの不利を悟ったラビパンたちは、我先にと路地から逃げようとする。……が、背中を見せれば、もう完全に日向のペースだ。
「ダンガンオオカブトのものまね、やりまーす!!」
そう言って日向は『太陽の牙』を真っ直ぐ構え、ついでに刀身に炎を宿し、体勢を低くしながら突進し始める。まるで突撃槍の突進のように、だ。
そしてそのまま、ラビパンたちの背中を、炎の切っ先で貫いていく。
貫いたラビパンの死骸を跳ね除け、踏み越え、突っ走る。
日向が路地裏から出てきたころには、日向を追って来たラビパンたちは全滅していた。さながら騎馬隊に蹂躙された歩兵部隊の如く、ラビパンたちの死骸が転がることとなった。
「……と、頑張ってはみたものの、全然数が減らないな……」
路地裏から出てきた日向は、改めて周囲を見回す。
マモノたちは、相変わらずあちこちで暴れている。
全く数が減ったように見えない。
これはもはや、日向一人でどうにかできる数ではない。
「……うん? あれは……」
日向の視界に、ふと入った光景。
それはマモノの群れがデパートの中になだれ込んでいる場面だった。
「あれは、放置するとヤバいよな……。何とかしないと……!」
そう言って、急いでマモノの後を追い始める日向。
そしてそのまま、大型デパート『十字コア』の中へと入っていった。
◆ ◆ ◆
日向が入ったデパートの一階にて。
「おりゃりゃりゃりゃりゃーっ!!」
マモノの群れに切り込んで、めったやたらに『太陽の牙』を振り回す日向。
ラージマウス、ビッグトード、マンハンターなど、見覚えのあるマモノたちが次々と倒されていく。
『太陽の牙』は、星の力に特効を持つ。そして、マモノたちは星の力をその身体に取り入れることで進化している。ゆえに『太陽の牙』はマモノに絶大な攻撃力を発揮する。
膨大な生命力を誇る『星の牙』でさえ無事では済まない『太陽の牙』の一太刀は、通常のマモノならばかすり傷一つでも即死級の威力がある。
「くそ、二階にも何体か上がっていったな……!」
日向は二階に向かったマモノたちを追うため、エスカレーターを駆け上がる。そして、エスカレーターを上がりきろうとした、まさにその瞬間。
「キーッ!」
「ぶげぇ!?」
突然、エスカレーターの上からラビパンが飛びかかってきて、日向の顔面を殴打した。
ラビパンに殴られた日向は、そのまま体勢を崩し、エスカレーターを転がり落ちる。……が、その途中で何とか受け身を取り、エスカレーターの真ん中あたりで素早く立ち上がった。とはいえ、全身のあちこちを打撲し、頭からは血が滴ってきた。
「痛っつ……!」
顔をしかめて身体中の痛みに耐える日向。
”再生の炎”がさっそく日向を焼き始める。
しかし、熱がっている暇はない。
先ほどのラビパンが、再び上から飛びかかってきたからだ。
「くっ!」
日向は取り落した『太陽の牙』を再び手に取り、両手で素早く斬り上げを放つ。
刀身はラビパンの正中線を捉え、その身体を真っ二つにした。
ラビパンを退けた日向は、改めてデパートの二階に上る。
そこにはやはりマモノの姿がある。
しかし、思ったより二階へと上がってきたマモノの数は少ないようだ。ざっと数えても五体くらいしかいない。
「けど、一体でも見逃すワケにはいかない……!」
呟くと、日向はマモノたちの元へと駆け寄る。
まずはこちらに気付いていないラージマウスを二体、一気に仕留めた。
日向の襲撃に気付いたラビパンが一体、飛びかかってくる。
ラビパンの拳が日向の頬を捉える前に、日向の『太陽の牙』がラビパンを叩き落とした。
日向が他のマモノに気を取られている間に、その足元に噛みつこうと、マンハンターが床を駆け抜ける。
「させるかっ!」
マンハンターが足元まで来た瞬間、足を振り上げてマンハンターを蹴り上げる。足はマンハンターのどてっ腹を捉え、真上にポーン、と打ち上げた。
そのマンハンターが落下してくるタイミングに合わせて、剣を振り抜く日向。落ちてきたマンハンターが真っ二つになった。
「おお……我ながら見事に決まったな……。けれど、あと一匹マモノがいたはず。どこだ……?」
そう言って日向が周囲を警戒していると、商品の服がかけられているパイプハンガーの向こう側から、ブブブブブという音が。
「……この音は!」
咄嗟に『太陽の牙』で防御の姿勢を取る日向。
瞬間、ハンガーにかかった服の向こう側から、ダンガンオオカブトが突っ込んできた。
「くぅっ!?」」
『太陽の牙』の腹を使って、なんとかダンガンオオカブトの突進を受け流す。それでも身体は吹っ飛ばされ、しかし素早く後転して受け身を取った。
「羽音が聞こえてなかったら、やられてた……!」
そして振り向けば、ダンガンオオカブトは第二撃の突進を繰り出そうとしている。
ダンガンオオカブトが再び突っ込んでくる。
しかし、日向もすでに体勢を整えている。
ダンガンオオカブトの突進に合わせて剣を振り抜く日向。
ダンガンオオカブトは真っ二つになって、日向の背後に墜落した。
「よし……上手くいった……」
立ち上がり、まだマモノが残っていないか確認して回る日向。
すると、空間の一角に生存者たちが集まっているところを見つけた。彼らの無事を確認しようと、日向は生存者たちに駆け寄ろうとする。
その時、近くの窓ガラスがバリンと割れて、ワイバーンが二匹侵入してきた。生存者たちは悲鳴を上げて、店の奥に逃げようとする。
日向は、侵入してきた二匹のワイバーンに目を向ける。
「……手前に緑のワイバーン。奥にレッドワイバーン。だったら……!」
手前のワイバーンが、日向に噛みついてくる。
それを日向はスライディングで躱し、突破する。
狙いは、その奥のレッドワイバーンだ。
「レッドワイバーンは炎を吐く。こんな建物の中で炎を吐かれたら大火事になってしまう!」
それが、日向がレッドワイバーンを優先した理由。
そして案の定、レッドワイバーンは大きく息を吸い込んでいる。
つまり、火炎ブレスの体勢だ。
「火気厳禁っ!」
そのレッドワイバーンの首元に、『太陽の牙』を突き立て、倒した。
すると日向の後ろから、先ほどのワイバーンが襲い掛かってくる。しかし天井が低く、周りに障害物が多いデパートの中では、ワイバーンは思うように動けないらしい。ノロノロとした動きで日向に噛みつきにかかる。
さすがの日向も、そんな攻撃には当たらない。
素早く後ろに跳んで、ワイバーンの噛みつきを避けると……。
「はっ! りゃっ! せいやぁっ!!」
袈裟斬り、横切り、振り下ろしの三連撃を叩き込み、侵入してきた窓からワイバーンを叩き落とした。
「はーっ、はーっ、くそ、疲れる……」
『太陽の牙』を杖代わりにして、息を整える日向。
”再生の炎”は、使ったスタミナまでは回復してくれない。
……と、そこへ先ほどの生存者の一団が戻ってきた。
その内の一人の女性が、日向の前へと歩み出る。
女性の面持ちはまるで、信じられないものを見た時の手本のような。
「…………日向……」
「え……母さん……? ……あ、そうか……ここは……」
この建物は『十字コア』。
今朝、日向と母が待ち合わせをした場所だった。
とうとう、バレてしまった。マモノと戦っていたことが。
もはや、この期に及んで隠し通すことなど不可能だ。




