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第201話 日下部日向

 日下部日向は、幼い頃から『ヒーロー』という存在に憧れていた。


 悪い奴をこらしめて、人々を助けて、感謝される。

 そんな人間になりたいと、心の底から願っていた。


 日向がそう思うようになったのは、彼が四歳の頃。

 日下部一家がまだ東京に住んでいた頃の、とある出来事が関係している。


 日向は父親の日下部陽介くさかべようすけと共に、都内のデパートに来ていた。新しいオモチャを買ってもらうんだと、日向は息を巻いていた。そんな息子を微笑ましく思いながら、父の陽介は息子の手を引いて歩く。


 日向の父の陽介は、海上自衛隊に所属している。まだ若いながらも、その圧倒的な海上自衛隊への愛により、あらゆる知識をあっという間に吸収し、ぐんぐん出世を重ねていた。当人曰く、「仕事が好きすぎて新しい仕事をどんどん覚えていった結果、ついでに出世してただけ」とのこと。


 そんな親子がデパート内を歩いていると、ふと父親の携帯が鳴った。仕事場からの電話である。陽介はいったん日向から手を離し、電話に出る。


 その間に、幼い日向は父の元を離れてしまった。

 退屈になって、近くを探検しようと思ってしまったのだ。


 そして日向が近くの洋服店に入った瞬間、その店内から悲鳴。

 そこには、ナイフを振り回して暴れる青年の姿が。


 このナイフを振り回す青年は、強盗ではない。

 人を刺してみたくなった、という理由でこの店に押し入った、言うなれば通り魔だ。


 店の人間たちは悲鳴を上げて、我先にと店から逃げる。

 その時、通り魔と日向の目が合ってしまった。

 通り魔の目は、人のものとは思えない異様な目つきだった。


 危険を察知し、すぐさま逃げようとする日向。

 しかし、追ってきた通り魔に捕まってしまう。

 通り魔がナイフを振りかぶり、刃がギラリと白く光った。


 その瞬間。

 横から父・陽介が、通り魔に飛び膝蹴りを喰らわせて蹴っ飛ばした。

 日向はまだ刺されていない。無事だった。


 通り魔は商品棚に激突。

 さらに陽介は追撃を仕掛け、通り魔を殴って弱らせる。

 トドメに、ナイフを持っている腕に十字固めを極めて、通り魔の動きを封じた。


 その後、駆けつけた警察により通り魔は逮捕。

 結果的に怪我人はゼロとなり、事件は無事に解決。

 息子を守り、市民を守った陽介は、一躍ヒーローとなった。


「いやいや~! 人として当然のことをしたまでですよ~!」


 インタビューにて、陽介が語った言葉である。


 この一件以来、父によって助けられた日向は、ヒーローに憧れるようになった。プロスポーツ選手の一流のプレーを見て、子供が同じスポーツに憧れるように。父の活躍を見た日向は、父みたいなヒーローになることが夢となった。


 小学生になると、日向はテレビゲームにハマる。

 現実とは違う舞台が用意され、そこでプレイヤーは勇者にも兵士にも格闘家にもヒーローにもなれる。日向にとってゲームとは、自分の憧れを叶えてくれるツールだった。


 魔王を倒し、人々から感謝されるRPGの勇者を見て、日向はその勇者の姿に、自分を助けてくれた父の姿を重ね合わせた。自分が最終的に目指すのはここなんだと、本気で思うようになった。


 以来、ゲームに出てくる勇者が、日向の中で最大の憧れになった。悪しきを打ち倒し、人々から感謝される勇者になりたいと思った。


 正義のヒーローを志す日向は、真面目で良い子に育った。

 性格は明るく、困っている友達は見過ごさない。



 ……だがしかし、現実は非情である。


 強くて頭も良い父・陽介と違って、日向はひたすらに勉強が苦手で、身体能力も平均的、下手すると平均以下だった。現在に限った話ではない。小学生の頃からそうだった。


 それでも日向は、愚直に「ヒーローになりたい」という夢を抱き続けた。


 そんなある日。

 日向が小学五年生くらいのころ。

 日向のクラスで、いじめが発生した。


 五人くらいの男子のグループが、一人の女子に対して嫌がらせをしたり、暴力をふるったりしていた。周囲の生徒は誰も止めず、いじめられていた女子も先生などに相談しなかった。


 誰かが止めなければならない。

 日向はそう思った。


 ゲームやマンガ、学校の道徳の授業で習ったことがある。

 いじめは、弱いものを一方的に嬲る、悪の行為であると。

 時として、いじめの対象を死なせることがある、最低の行いであると。


 ならば、このいじめっ子たちは『悪』。

 正義の味方たる自分が、やっつけなければならない。

 悪者退治だ。正義の行いだ。


 しかし日向は、力ではガキ大将のグループに劣っている。

 おまけに相手は五人もいる。どうやって勝てばいいか。

 正義は決して、悪に屈してはならない。


 その日、日向は、父が自宅にてコレクションしていたエアガンを数丁ほど隠し持って、学校へ登校する。


 教室に入ると、いつも通りガキ大将のグループがいじめの対象の女子をを取り囲んでいた。ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながら。


 そんなガキ大将のグループに向かって、無造作に近づく日向。

 いきなり近づいてきた日向を、怪訝な表情で見つめるガキ大将のグループ。


 そして日向は素早く、持ってきたエアガンを構え、ガキ大将のグループに発砲。


「い、痛いっ!?」

「痛でぇぇぇえ!?」


 父親から拝借したエアガンは、全て18歳以上対象。

 その威力は、物によってはアルミ缶を貫通するほど。服の上から命中しても、被弾した相手に激痛を与える。


 相手は五人。手動でスライドを引くタイプでは、攻撃の手が足りなくなる可能性もある。

 日向はさらに電動連射タイプのエアガンも取り出し、いじめっ子五人に向かって掃射。


 自分たちはコイツに何もしてないのに、なぜ日向は撃ってくるのか。

 訳が分からず、撃たれた痛みもひどく、グループのうちの四人はもう戦意を喪失し、床にうずくまって泣いていた。


 しかし、首魁たるガキ大将は意地を見せて、日向に向かって突っ込んできた。


「てめぇ、何しやがるんだよぉぉぉぉ!!」


 これに対して、日向はいやに冷静だった。

 ガキ大将の動きを確実に止めるため、ガキ大将の目を狙って引き金を引いた。


「ぎゃあああああああああああああっ!?」


 目から血飛沫を上げて、ガキ大将は床に倒れた。

 正義が悪に勝ったのだ。


「これに懲りたら、もう二度と悪さはしないように!」




 ……そして日向は、先生に呼び出された。

 日向だけではない。親も一緒に呼び出された。


 学校は大騒ぎだった。

 何やらマスコミの取材まで来ていた。

 撃たれたガキ大将のグループは、みな病院に搬送された。


 先生からは「どうしてあんなにひどいことをしたんだ」とひどく怒られた。

 日向の両親はただひたすらに頭を下げて謝っていた。


 しかし、日向は理解できなかった。

 自分はただ、悪者をやっつけただけだ。

 そして、いじめられていた子を助けたのだ。


 この先、彼らが他の人たちに迷惑をかける可能性もある。

 そんな奴らを成敗して、なぜ自分が怒られなければならないのか。


 幸い、目を撃たれたガキ大将は、失明まではしなかったらしい。

 しかし、視力はひどく落ちたと聞かされた。

 日向はこれに対して「仕留め損ねた」と思った。


 後日、日向は両親に連れられて、怪我をさせたいじめっ子たちとその両親に謝罪。

 どの親も、日向たちに対してひどくきつく当たった。

「悪いのは向こうなのに、なぜ自分たちが謝らないといけないのだろう」と、日向は心の底から疑問に思った。


 助けられた女子も、日向には礼の一つも言わなかった。

 彼女が日向を見る時の目は、なにか、怪物を見るような目だった。


 この一件からしばらくして、日下部一家は現在の十字市に引っ越す。

 父の異動のためとのことだが、本当にそれだけだったのだろうか。

 父も母も、何も教えてくれなかった。 


 十字市に移住してから、日向はしばらく、何事もなかったように過ごした。

 母からは「あの一件について周りには黙っておくように」と言われ、日向もその言いつけを守っていた。

 だが内心では相変わらず「決して自分は間違っていなかった」と思っていた。


 しかし、小学校を卒業して、中学生になり。

 心身ともに成長した日向は、ようやく己の罪を自覚した。


「馬鹿! 俺の馬鹿! そりゃあ、あっちにも非はあったかもしれないけど、だからってアレはやり過ぎだっただろ……!」


 あの時、もっと違う方法で、いじめっ子たちを止めることができていたなら。


 あの時、もっと日向の頭が良かったら。

 あんな方法は間違いだったと、事前に気づけたかもしれない。


 あの時、もっと日向の力が強かったら。

 エアガンなどに頼らず、怪我をさせない方法で、いじめっ子を抑えることができたかもしれない。


 あの時、もっと日向に人望があったら。

 いじめっ子といじめられていた子の間に割って入って、仲裁ができたかもしれない。


 あの時……。

 あの時……。


「……あの時。

 父さんに頼らず自力で通り魔を返り討ちにできていたら……。

 父さんに憧れて、正義のヒーローなんて夢見なければ……。

 いや、それこそ夢物語か……。

 俺は……どこで間違えたんだろうな……」



◆     ◆     ◆



「……事の起こりとしちゃあ、以上だな。たしかに、日向(アイツ)がやったことは間違ってる。だがそれでも、アイツの心の中にあったのは、いつだって『父親への憧れ』と『優しさ』だったんだ」


 そう言って、日影が話を締めた。

 北園も狭山も、真剣な表情で聞いていた。

 そして北園が、日影に向かって話しかける。


「……もしかして、日影くんが強さを求めるのって、日向くんの後悔が原因なの?」


「だろうな。オレ自身、あまり意識してはいないが、一因として確かにあると思ってる」


 そして、日影の話を聞き終えた狭山は深く頷いて、口を開いた。


「……ありがとう、日影くん。貴重な話が聞けた」


「おう。……んで、日向アイツを何とかするアテはあるのかよ、狭山?」


「正直、抱えている悩みが悩みだけに、なかなかに難しい問題だ。自分も手は尽くすけれど、最後は日向くん次第だろうね。彼自身の中で上手く折り合いを付けられれば良いのだけれど」


「ま、それしかねぇか」


 その後、日も暮れてきたので、北園はここで家に帰ることに。

 狭山に言われて、日影が北園を玄関まで見送る。


「それじゃあ、今日はありがとうね、日影くん」


「おう」


 日影の返事を聞いて、北園は去ろうとする。

 ……が、ここで日影が北園を呼び止めた。


「なぁ、北園」


「ん? なぁに?」


「あー……まぁ、なんだ、その……」


「どうしたの?」


「まぁ、アレだ。日向だって、お前を傷付けたくてひどいことを言ったワケじゃねぇと思う。自分の味方をされることで、お前まで悪者にしたくなかったんだろうさ」


 その日影の言葉を聞いて、北園は日向から遠ざけられた時のことを思い出す。


 日向はあの時、「気持ちはありがたいんだけど、なぜかイライラしてくるんだ」と言っていた。恐らくそのイライラは、北園ではなく、日向に向けられたものだったのだろう。


 北園は日向を元気づけるため「日向くんは悪くない」と言ったが、理由はどうあれ、エアガンで他人の目を潰したなど、許されるわけがない。


 そんなことを北園に言わせてしまった自分自身に、日向は腹を立てていたのだ。


 日影が言ったとおり、日向は北園に、自分のせいで悪者になってほしくなかったのだろう。彼はやはり、その根底にあるのは優しさなのだ。


 あの言葉は、日向なりに北園を気遣ったものだった。

 それが分かると、北園はなんだか、少し嬉しくなった。


「……えへへ。ありがとう、日影くん」


「ん、お、おう。それじゃ、気を付けて帰れよ」


「うんっ。りょーかいです!」


 元気が復活した北園を見て、日影は少し照れくさそうにしていた。

 



 すっかり暗くなった空の下。

 十字市付近の山の上から、人里を見下ろす、無数の異形の影がある。


「……ギギッ。ギギッ!」


 予知夢の五人は、まだ知らない。

 過去最大の試練が、この街に忍び寄っていることを。

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