第20話 本堂邸での攻防
「もらったぁぁぁ!!」
体内に囚われている舞を傷つけないように、日向はスライムの身体を横一文字に切り裂く。
スライムは水しぶきを上げながら真っ二つに割れ、本堂舞が転がり出てきた。
舞はそのまま、真下にいた北園の上に落下する。
「ぎゃふん!」
舞の身体に押しつぶされ、哀れっぽい悲鳴を上げる北園。
歳は北園の方が上だが、身体は舞の方が大きい。
切り裂かれたスライムは、そのまま二つに分かれると、本堂の家の中へと逃げていった。
「くそ、あいつ分裂するのか!」
日向は急いで追いかけようとするも、既にスライムたちの姿は見えない。それより目の前で倒れている女子二人を助けるのが先だと判断した。
「北園さん、大丈夫か!?」
「な、なんとか。それよりこの人を……」
「わ、分かった!」
日向は北園の上から舞をどかし、仰向けに寝かせる。
舞の顔色は酷いもので、意識はまだ回復しない。
「こ、これ大丈夫なのか……?」
日向は心配のあまり、思わず不安げに呟いてしまう。
「どいてくれ。俺が診てみる」
そういって本堂が妹の傍までやってきて、彼女の呼吸を確認する。
だが、本堂の表情が徐々に焦りを帯びていく。
「……ちぃ、なんてこった。呼吸をしてない……!」
「ちょ、どうするんですかそれ! あ、北園さんの治癒能力で……」
「む、無理だよ! 治せるのは外傷だけで、窒息とかは無理って説明したでしょ!?」
「落ち着け。心臓マッサージを始める」
そう言って、混乱する二人を後目に本堂は妹に心臓マッサージを開始。それは素人の二人が見ても分かるほど洗練されたものだった。
そして……。
「……ぅ、ゴホッゴホッ!」
「よし……上手くいったか……」
本堂が何度か心臓マッサージを繰り返すと、舞は水を吐き出した。
本堂は妹を横向きに寝かせ、自身が羽織っていたコートをかける。意識はまだ回復しないが、顔色が少しずつ良くなっているように見える。
「……助かったんですか? 妹さん」
日向が尋ねる。
「ああ。峠は越えたと言っていい。もう大丈夫だ」
「よ、良かったぁ……」
日向は安堵し、胸を撫で下ろす。
「よし! じゃあ逃げたスライムを倒しにいくよ、日向くん!」
北園が日向に声をかける。
「え!? ……と思ったけど、まあ放っておくワケにはいかないよな、あれは」
「お前たちだけでやるのか? 警察を呼ぶべきでは……」
「『殺人スライムが家にいるので退治しに来てください』って言って、来てくれるのならそうするんですけどね……」
日向の返しに、本堂も頭をかく。
先ほどまさに、彼らの話を自分が信じなかったことを思い出したかのように。
「まあ、北園さんは超能力使えますし、俺は死んでも復活しますし、何とかなると思いますよ」
「なに? 死んでも復活? お前たちは、一体……」
日向の言葉に目を丸くする本堂。
日向も苦笑いしながら彼に返答する。
「初めて会った時も言いましたけど、予知夢を見たから本気で世界を救おうとしている女の子と、それに付き合う馬鹿な男子、ってところです」
そう言って、日向と北園は本堂の家に入っていった。
◆ ◆ ◆
「なんだこれ。」
一階リビングの窓から家に入るなり、日向は思わず呟いた。
リビングの中に、人の頭ほどの大きさがあるクラゲが四匹、ふよふよと浮いている。
日向は試しに近づき、剣で叩き潰すと、クラゲはあっけなく絶命した。
続けて二匹目、三匹目と同様に葬っていく。
最後の四匹目は、北園が電気を浴びせて倒した。
「電気で死ぬってことは、電気クラゲではない、のかな?」
日向は床に落ちたクラゲたちの死骸を見ながら呟いた。
あまりの弱さ、あっけなく終わった戦闘に唖然とする二人。
「……とりあえず、コイツらの名前は『フーセンクラゲ』で」
「その心は?」
「浮くから。以上」
北園と会話しながら、日向は廊下へ続くドアを開ける。
その瞬間、開いたドアの先から触手が伸びてきた!
「う、うおおおお!?」
突然の襲撃に、慌てて剣を構え、防御を試みる。
しかし、細く柔らかい触手は剣の防御をスルリと抜けて、日向の首筋に絡みついた。そして……。
「い、痛ってええええ!?」
首筋に、刺すような痛みが走る。触手で刺されたのだ。
慌てて手を伸ばし、ドアの先にいたフーセンクラゲを捕まえて、首から引きはがす。そして床に叩きつけると、剣で思いっきり突き刺した。
「日向くん! 大丈夫!?」
北園が日向に駆け寄ってくる。
しかし……。
「……ちょっと、大丈夫じゃないかも……」
日向の身体から力が抜けていく。
肩が震え出し、足腰が震え出す。
まともに立つことすらできなくなってきた。
(くそ、これはまさか、毒か。あのクラゲは、電気クラゲじゃなくて麻痺毒クラゲだったのか)
朦朧とする意識の中、日向は己の迂闊さを呪っていた。
「日向くん! しっかりして!」
「う、ぐううううう……!」
日向の身体が熱を帯びてくる。
あまりの熱さに、思わずうめき声を上げてしまう。
(人間、毒を喰らうとこうなるのか……いや、待ってほしい。さすがにちょっと熱すぎる。筋肉が、血管が、熱すぎて焼き切れそうだ。これはまさか、あれか。再生の……)
「あつっ!?」
日向を助け起こそうとした北園が、慌てて日向から手を離す。
日向の体温が、驚くほど高くなっている。
それこそ、熱さのあまり手を引っ込めてしまうほどに。
「何この熱……!? 待ってて! 今、治癒能力を……!」
「……いや、大丈夫だよ、北園さん。もう治った」
そう言って、日向は北園の目の前ですっくと立ちあがってみせた。
「あ……良かったぁ。ほとんど怪我したように見えなかったのにいきなり倒れちゃうんだもん。びっくりしちゃったよ」
「ごめん。麻痺毒を受けてた」
「ど、毒!? ホントに大丈夫なの!?」
「うん。どうやら”再生の炎”は、毒まで焼き尽くすらしい」
麻痺毒を受けた直後、全身から火が出るかのような高熱に襲われた日向だが、それが収まると、身体は元通りに動くようになっていた。
日向の無事を確認し終えると、二人は再びスライム探索へ戻る。
「一応言っておくけど、発火能力はあまり使わないように。火事になったら大変だからね」
「りょーかい」
「スライムには、基本は冷気か電撃で。けど、至近距離まで接近されたら発火能力を発揮した手で直接殴る、っていうのは、できるかな?」
「うん。いけるとおもうよ」
「よし、じゃあそれでいこう」
やり取りを終え、廊下の階段に差し掛かる。
日向が先頭に立って階段を登ろうとすると、上からスライムが飛びかかってきた。
「うおお!?」
反射的に剣を縦に振り、スライムを両断する。
真っ二つになったスライムは、そのまま二つに分かれながら襲い掛かってくる。
「くっそ、コイツら、俺が斬っても分裂するだけか!」
分裂したスライムのうち、一体が壁に張り付き、そこから日向の顔面に体当たりをかます。
「ぶべぇ!?」
弾力のある身体を左頬に叩きつけられ、日向は床に倒される。
一方、北園はもう一体のスライムに向かって冷気を放出する。
「この! 凍っちゃえ!」
しかしスライムは壁に飛びついて冷気を避ける。
そしてそのまま北園の顔面に飛びかかって張り付いた。
「む!? むー!」
突然呼吸を封じられ、慌ててスライムを引きはがそうとする北園。
しかしスライムの身体はぐにゃりと伸びて力を逃がしてしまう。
「北園さん! 火!」
「……!」
日向の声を受け、北園は右手で火球を生成し、スライムの身体に押し当てる。
炎に焼かれたスライムはブルブルと震えた後、その身体を破裂させた。
爆散したスライムは、それっきり動かなくなった。
「ぷはぁ! ありがと、日向くん!」
「どういたしまして、っと!」
北園の礼に返事をしながら、日向は飛びかかってきたスライムを剣の腹で受け止める。
「うおおおお!」
そして、剣にへばりついたスライムを、家の壁と剣の腹でサンドイッチにする。
スライムの身体が、ジュウジュウと音を立てて焼かれていく。
「この剣は、俺以外の奴には熱くなって触れないらしいが、それならこういう使い方もありだよな!」
剣は、スライムを所有者と認めない。
スライムを拒絶するように熱を発し、その身体を焼いていく。
しばらくすると、スライムの身体は完全に液状になり、動かなくなった。
「やった! これで一件落着!」
「いや、多分もう一体いるぞ。最初の大きさを見るに、コイツは最初に分裂したうちの一体だ。もう一体、多分どこかにいる」
喜ぶ北園を冷静に諭す日向。
残り、一体。
最後のスライムを探すため、二人は二階に上がっていった。




