第178話 激突 日影VSキキ
「キキィィィィィィッ!!」
「おるぁぁぁぁぁぁッ!!」
キキが拳を突き出し、日影は真正面から左肩でぶつかっていく。
両者の攻撃が激突し、押し負けたのは……。
「キィィィィッ!?」
……キキだ。
日影の体当たりに弾き飛ばされ、床に転げ落ちた。
「ギギギギ……!」
それだけではない。
日影を殴りつけた右手に、さらに大きな火傷を負っている。
今の日影は”再生の炎”をオーラのように身に纏っている。
そのため、近づくだけでも凄まじい熱が吹きつけられる。
それに直接触れようものならどうなるか。
今度はキキの方が、日影に対する有効打が無くなった。
当然、炎を纏っている日影自身も熱を感じている。
それこそ普通に火傷しそうな熱さだ。
しかし身体が焼ける度に、纏っている炎がその火傷を治す。
ともすればそれは、まるで延々と続く火炙り刑のようでもある。
だが日影は気にしない。
彼の心は今、それより熱い闘争心で燃えている。
「おぉぉぉぉッ!!」
日影の攻撃は止まらない。
左足で蹴りを繰り出す。
キキはそれを真上に跳んで避けた。
自分の顔の前まで跳んできたキキに頭突きを繰り出す。
キキはそれをガードし、再び吹っ飛ばされた。
キキが背後の壁に着地する。
日影が身体ごと回転させるように、逆袈裟に『太陽の牙』を振るった。
「キィッ!!」
キキは、素早くそこから飛び退いた。
『太陽の牙』の刀身が、壁を削って切り込みを入れた。
攻撃が避けられたことを察知すると、日影はすぐさまキキに追撃を仕掛ける。
「うおぉぉぉッ!!」
「キキーッ!?」
日影が、燃え盛る『太陽の牙』でキキに斬りかかる。
しかしその斬撃は今までとは一味違う。
日影は『太陽の牙』を、片手で振るっているのだ。
「オラオラオラァッ!!」
日影は、わずか二秒と経たないうちに、四回もの斬撃を繰り出した。
『太陽の牙』は両手剣だ。刀身に長さも厚みもある分、重量は相当なものになる。半端な腕力では、大人でさえ満足に振るうのは難しいだろう。
しかし今の日影はどうだ。
片手で『太陽の牙』を振り回しているにもかかわらず、先ほど両手で振るっていた時よりさらに剣速が増している。まるで棒きれか何かを振り回しているかのようだ。
これが日影の新しい力。
極限まで活性化させた”再生の炎”を直接その身に纏い、己の力を高める能力。
『再生の炎 ”力を此処に”』。
「はぁぁぁぁッ!!」
剣を振るえば振るうほど、日影も新しい力に慣れていく。
それにつれて、斬撃のスピードもどんどん増していく。
しかしキキもやはり強い。
紙一重で日影の攻撃を避け続け、一瞬の隙を突いて日影に殴りかかった。
「ムキャアアアアア!!」
キキの攻撃のタイミングは完璧だった。
日影は、まず間違いなく避けきれない。
「おっとぉ!」
「キッ!?」
……しかし、日影はキキの攻撃を避けるのではなく、素早く受け止めた。
剣を片手で振るうことによって空いた、左手を使って、だ。
「おるぁぁッ!!」
「ギャッ!?」
日影はキキの拳を払い除けると、鋭いソバットを繰り出した。
体勢を崩されたキキは、日影の蹴りを避けきれず、吹っ飛ばされた。
そのまま背後の壁に叩きつけられる。
「うるぁぁぁぁッ!!」
壁に叩きつけられたキキに向かって、日影が飛び蹴りを仕掛けた。
蹴りは見事にキキを捉え、背後の壁ごとキキを吹っ飛ばしてしまった。
石造りの壁を破壊してしまうほどのキックを、日影は繰り出してみせたのだ。
轟音と共に壁が崩れ落ちる。
壁ごと蹴り飛ばされたキキは、その先の小部屋の床に叩きつけられた。
「グギギギギ……ッ!」
身体の上の石を払いながら、キキが立ち上がる。
だが、顔を上げた瞬間、すでに日影は追撃を仕掛けてきていた。
「逃がすかよッ!!」
その左の拳には炎が集中している。
見るからに強烈な熱量だ。あれを受け止めるのは間違いなく危険だ。
そう判断したキキは、急いでその場から飛び退く。
「おるぁぁぁぁッ!!」
「キキーッ!?」
先ほどまでキキがいた場所を、炎が集中した左の拳で殴りつけた日影。
その殴りつけた場所を中心に、大爆炎が巻き起こされた。
キキもそれに巻き込まれ、再び吹き飛ばされる。
例えるなら、隕石が着弾したかのような衝撃だった。
煙が晴れると、その中から日影が姿を現す。
その身体も、手に握る『太陽の牙』も、爛々と燃えている。
その姿はまさに、キキを裁くために遣わされた、地獄からの使者だ。
「キキーッ!?」
キキは、踵を返して逃げ出した。
これ以上ないほどの旗色の悪さを感じ取ったからだ。
「野郎ッ! 今さら逃がすかッ!!」
日影がキキの後を追いかける。
一歩一歩、足が床を蹴る度に炎が噴き出て、ジェットの如く日影を加速させる。
物凄いスピードだ。キキの俊敏性をもってしても振り切れない。
真っ直ぐな通路に差し掛かった。
ここを一直線に逃げれば、建物の出口だ。
一直線の通路ということもあり、日影もさらにスピードを上げてきた。
だが、建物の外まで逃げきれれば、生い茂る木々を利用することができる。
木を登っての立体的な逃走劇ならば、類人猿たるキキに分がある。
「おるぁッ!!」
「キィッ!?」
だがキキの背後から、日影が『太陽の牙』を投げつけてきた。
風をぶった切るかのような音を上げつつ、『太陽の牙』が回転しながらキキの背中に迫る。
キキはジャンプしてこれを避けるが、その隙に日影に追いつかれてしまった。
至近距離で相対する両者。
日影がキキを、鬼のような形相で見下ろしている。
「グギギギギ……ッ!」
キキは悟った。
もはや自分が逃げられないことを。
ここで再び逃げようとしたら、この男は即座に自分の頭を潰しにかかるだろう。
今の日影にはそれだけの瞬発力とパワー、そして火力がある。
両雄、睨み合ったまま動かない。
まるで西部劇のガンマンだ。
わずかでも動けば、それが戦いの合図となりそうな空気。
限界ギリギリまで、相手の出方を窺い続ける。
「…………ムッキャアアアアアアアッ!!!」
そして先に動いたのはキキだ。
日影の首筋目掛けて噛みつきにかかる。
「おらぁッ!!」
「ギッ!?」
しかし日影はこれを左のアッパーで迎撃した。
キキは高く打ち上げられ、天井に激突する。
その間に日影は、空いた右の拳に炎を集中させる。
「喰らいやがれ、コイツがオレの、”陽炎鉄槌”だぁッ!!」
そして日影は、炎を纏った拳を、落ちてきたキキに叩きつけた。
「ギャアアアアアアアッ!?」
爆音と共に大爆炎が撒き散らされ、キキは燃え上がりながら吹っ飛ばされた。
背後にあった出口から飛び出て、その先の大木に激突し、地面に落ちた。
陽炎鉄槌。
身体に纏った”再生の炎”を、拳の一点に集中させ、敵に叩き込む。
オーバードライヴ状態となった日影の、必殺の一撃だ。
即席で考えた技だったが、どうやら上手く機能してくれたようだ。
「キキィ……ゴホッ」
”再生の炎”もまた『太陽の牙』の一部であり『星の牙』に対する特効を有している。
その炎を一点に集中させ、叩きつけたのだ。
キキはもう完全に戦闘不能だ。
這う這うの体になりながらも、キキは立ち上がろうとする。
しかし、まだ立ち上がり切れないその間に、すでに日影がキキの目前まで来ていた。
「キィ!?」
キキは慌てて後ずさる。
しかし背後の大木が邪魔して逃げられない。
キキは、もはや完全に追い詰められた。
燃え盛る日影の足が、腐葉土を踏みにじる。
炎の足跡が、一歩、また一歩とキキに近づいてくる。
「……終わりだぜ、キキ」
「キキィィィィィ……!!」
キキが怯えたような声と表情を日影に向ける。
しかし日影はそれを意に介さず、『太陽の牙』を振りかぶった。
「この一撃で、地獄に落ちろぉッ!!」
そしてキキ目掛けて、『太陽の牙』を振り下ろした。
……はずだった。
「う……?」
何かが、トスン、と日影の首の後ろに当たった気がした。
次いで、首に痛みが走り、呼吸が乱れてきた。
気管に何かが詰まったように、妙に息苦しい。
「何だ……? 一体、何が……?」
日影は怪訝な表情を浮かべながら、首の後ろを触ってみる。
すると、触った左の手の平に、大量の血が付着していたのだ。
「は……?」
その瞬間、日影の視界がグラリと揺れた。
身体はまだ立っているのに、視界だけが自分の意思と無関係に動く。
それで日影は悟った。
自分は、首を斬り落されたのだ。
(一体……どこのどいつが……)
それを確認することは叶わず、日影の首がボトリと落ちた。
そして日影の目前の木もまた、横方向に真っ二つとなって、ズルリと倒れた。
それは例えるなら、まさに『死神の鎌』。
見えない何かが日影の首ごと、一抱えもありそうな太い木を切断してしまった。
大木が倒れる地鳴りの音が、閑静な森の中に鳴り響いた。
「キキィ……?」
キキは、不思議そうな表情で周囲を見回す。
一体何が起こったのか。自分は助かったのか。
そうこうしているうちに、彼の前に一羽の鮮やかな赤色の鳥が下りてきた。星の巫女の側近の一体、ヘヴンだ。
「ここにいやがったか、エテ公」
「キキ~ッ! キキ~ッ!」
キキが飛び跳ねて喜びを体現している。
それを見たヘヴンは、しかし険しい表情を崩さない。
「いったい、こんなところで何してやがった。巫女の意思に反するような真似をしていたようなら……」
「キキー! キキ―!」
「『ここを散歩していたら、いきなりその男に襲われた』だぁ? どうだか。ソイツの眼は煮えたぎるような感情を含んでいたように見えたがな。俺と同じ、己を焦がすほどの怒りに満ちた目だ。勝手に襲ってくる奴が、どうしてそんな目をする必要があるんだ? あぁ?」
「キキィ~……キキィ~……」
「……ケッ、まぁいい。今回は不問に処してやる。……だがしかし、次また勝手なことをするようであれば、テメェが巫女のお気に入りであろうと、その首を斬り落してやるからな」
と、その時、首が斬り落されたまま燃え盛る日影の身体が、ピクリと動いた。オーバードライヴ状態の日影は、再生のスピードも早くなるのだろうか。
「相手をするのは面倒だ。さっさと行くぞ。……巫女がお前を探しに来てる。着いてこい」
そういってヘヴンは飛び去って行った。
キキもすぐさま後を追おうとするが、その前に。
「…………キッ」
日影に向かって、舌打ちするように一声鳴いて、去っていった。




