第165話 戦線復帰
「グモオオオオオオオオ!!」
バオーバッシャーの巨大な右枝が、田中と小柳目掛けて振り下ろされた。
田中は脚を怪我しており、小柳も彼を助け起こそうとしている最中だった。もはや退避は間に合わず、二人はバオーバッシャーの右枝に押し潰された。
……かと思われたが。
「う……あれ? 俺たち生きてる?」
田中が恐る恐る目を開くと、バオーバッシャーの枝が田中たちの真上で止まっている。そして、その枝を持ち上げて支えている一人の少年がいた。
「こ……怖かったぁぁぁぁぁ……」
「し、シャオラン!?」
田中たちを守ったのは、シャオランだ。
ランシーバの群れを突破して、ここにやって来たシャオランは、バオーバッシャーに潰されそうになっていた二人を見て、二人を守るために急いで駆け付けたのだ。その身体は”地の気質”を纏っている。
「お、おま、力持ちなのは知ってたけど、ここまでパワーがあるのか……!?」
普段の学校生活において、シャオランは練気法を使っていない。
そのため、田中が知っているシャオランの筋力と、実際のシャオランの筋力には相当な差異があった。
「そ、それより早く逃げてぇぇ! ボクまで潰れちゃううううう!! ただでさえ小さい身長がもっと縮んじゃうからあああああ!!」
「わ、分かった!」
シャオランの言葉を受けて、二人はバオーバッシャーの右枝の下から這い出る。田中はまだ脚を引きずっているが、痛みは多少落ち着いたようだ。……いや、シャオランの馬鹿力に衝撃を受け過ぎて、痛みを忘れているだけかもしれない。
「さ、こっちよ! 二人とも早く!」
「リンファ!? わ、分かった!」
田中と小柳にリンファが声をかけ、二人の護衛を買って出る。
シャオランがバオーバッシャーの気を引いている内に、三人は出口に向かって逃げ出した。
田中たちが避難したのを確認すると、シャオランもバオーバッシャーの右枝を離し、その下から脱出した。そして一気にバオーバッシャーへと接近し……。
「はッ!! やッ!! せいやぁ!!」
肘、鉄山靠、双掌打の連撃をお見舞いした。
その一撃一撃がバオーバッシャーの身体に亀裂を入れる。
しかしバオーバッシャーもさすがの巨体だ、全く堪えていないように見える。
「ぜ、全然効いてなくなくない!? かなり全力で打ち込んだんだよ!?」
己の拳のあまりの効き目の悪さに、涙目になってしまうシャオラン。
そんな彼の元へと駆け付けてきた人物が一人。北園だ。
「お待たせ! 花のマモノはあらかた片付けたと思うよ!」
「ま、待ってました! じゃあ今度はあのデカいマモノを燃やしちゃって!」
「りょーかい!」
返事と共に、北園はバオーバッシャーに向かって火炎放射をお見舞いした。猛烈な炎が容赦なくバオーバッシャーへと吹きつけられる。木の焦げる匂いが三人の鼻を突いた。
驚異的な生命力を誇る『星の牙』だが、弱点となる攻撃を与えれば特大のダメージを与えられる。そしてバオーバッシャーは植物のマモノ。北園の発火能力はよく効くはずだ。
「どーだ、参ったかー!」
北園がバオーバッシャーに向かって、得意げに笑ってみせた。
「グモモモモモモモ……」
……しかしバオーバッシャーは、大して堪えた様子が無い。
体の表面は、少し焦げ付いているのみ。
北園の火炎放射をマトモに浴びておきながら、いまだ健在であった。
「むぅ……今のを耐えるなんて……! よっぽど生命力が強いのかな……」
「グモオオオオオオオオ!!」
バオーバッシャーが叫び声を上げると、足元の根っこを床に突き刺す。
すると、先ほどと同じ大きさの地震が再び発生した。
三人はあまりの揺れに、体勢を崩してしまう。
「わわわわ!? やっぱりこのマモノが地震を引き起こしてるの!?」
「ああああああああああ地震いやだああああああああ」
地震が止むと、バオーバッシャーが先に動き出す。
右枝に地震の振動エネルギーを集め、目の前の床に思いっきり叩きつけた。
「グモオオオオオオオオ!!」
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
バオーバッシャーが右枝を地面に叩きつけると、そこを中心として強烈な衝撃波が二人を襲い、二人は堪らず吹き飛ばされてしまう。
バオーバッシャーが殴った床を見ると半径5メートル以上にわたって大きくひび割れている。まるで隕石か何かが落下してきたかのような、壮絶な破壊の跡だ。
バオーバッシャーは二人を蹴散らすと、フラワードームの外に向かってゆっくりと歩き出した。
「く……、だ、大丈夫、キタゾノ……?」
「な、何とか。床に叩きつけられる前に、バリアーで身体を守ったよ。シャオランくんは?」
「大丈夫だよ、いちおう鍛えてるし。……しかしアイツ、なんてパワーだ。キタゾノの炎でもビクともしないし、ボクたちじゃ勝てないかもしれない」
「けどあのマモノ、外に向かってるよ。きっと街で大地震を引き起こすつもりなのかも」
バオーバッシャーの地震は、本物の地震と比べると範囲がそこまで広くない。せいぜいフラワードームの敷地内くらいだ。
しかしそれでも、地震それ自体の威力は極めて高い。マグニチュードで言えば、恐らく6くらいに相当するだろう。
本来、地震がほとんど起きないとはいえ、シンガポールの耐震基準も決して緩いワケではない。だが、それほどの大地震を連発された日にはどうなるか、語るまでもないだろう。
「あれをどうにかするには、もう日向くんの『太陽の牙』しかないのかも……!」
「そ、そのヒューガは今どこに!?」
「分からない! 星の巫女ちゃんとどこかに行ったっきり、会ってないから! けどいま、精神感応を送ってる! ちゃんと聞いてくれているなら、ここに来てくれるはずだよ! それまで私たちであのマモノを止めるよ!」
「うう……し、しょうがないなぁもぉー!!」
二人は再び立ち上がり、バオーバッシャーへ攻撃を仕掛ける。
たとえ自分たちでは敵わないのだとしても、やるしかないのだ。
◆ ◆ ◆
その頃、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの敷地外にて。
一台のタクシーが猛スピードで正面ゲートへとやってきて、ドリフトと共に停車した。
「よし、着いた!」
タクシーの後部座席から降りてきたのは、日向だ。
バオーバッシャーにホームランされた後、日向はやはり”再生の炎”によって復活した。しかし、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイからはかなり離れた場所に飛ばされたため、近くのタクシーを捕まえて、超特急でここまで送ってもらったのだ。
「ありがと、運転手さん! はいこれ乗車賃! 急いでいるからお釣りはいらないや、取っといて! それじゃ!」
「あい毎度~。……って、兄ちゃん! これじゃ2ドル足りないよ! おーい!」
……しかし、日向の耳に運転手の声は入らない。
先ほどから、北園の精神感応が頭で鳴り響いている。
バオーバッシャーがフラワードームの外を目指している、と。
急いで戦闘に復帰しなければ、大惨事になるかもしれない。
「くそ! ビッグフットといい、ギロチン・ジョーといい、そして今回のアイツといい、どいつもこいつも俺を吹っ飛ばしてくれちゃって! マモノたちの界隈では『日下部日向でホームランコンテスト』でも流行ってるのか!? 今回が一番飛んだぞこの野郎!」
愚痴をこぼしながら、日向は全力疾走でフラワードームへと向かった。
◆ ◆ ◆
場面は戻り、フラワードームにて。
田中は小柳に肩を貸してもらいながら、どうにか出口を目指しているところだ。
リンファが二人を先導し、ランシーバの生き残りがいないか警戒する。フラワードームの出口は目前だ。
「く……悪い、カナリア。それにリンファ。無事に日本に帰れたら寿司を奢らせてくれ」
「田中くん、そういう台詞を今言うのは縁起が悪いのです!」
「おおっと、そうだな。悪い悪い。……しかしカナリア。見たか、さっきの?」
「……はいです。シャオランくんが物凄いパワーを持ってて、北園さんが手から炎を出してましたです」
二人はあの場から逃げる間際に目撃してしまった。
北園とシャオランが恐るべき力を発揮しているところを。
「……リンファさん。やっぱりあの二人はマモノ討伐の……」
「その話は後! 今は――――」
言いながらリンファが後ろの二人を見た瞬間。
二人に襲い掛からんとするランシーバを発見した。
「っ!! 伏せて!!」
「え!? あ、ああ!」
咄嗟に叫ぶリンファ。そして田中もさすがの反射神経だ。
素早くリンファの声に反応し、小柳の頭を押さえながら共に屈んだ。
ランシーバが二人目掛けて触手を振り下ろしてくる。
迫るランシーバの触手に向かって、リンファは鋭い蹴りを放った。
しゃがみ込んだ田中たちの頭上で、互いの攻撃が相殺した。
「せいやぁ!!」
攻撃を防いだ隙を突いて、リンファが両手の長包丁でランシーバを切り刻んだ。
三人を襲ったランシーバは息絶えたが、再び周囲から続々とランシーバが集まってくる。
「ちょ、まだ結構残ってるじゃないの!? 北園ったら撃ち漏らし多すぎよ!」
否、そうではないのだ。
ランシーバたちは北園の発火能力を見て、旗色の悪さを感じ取った。そこで群れのうちの数体が、北園がその場を去るまで隠れてやり過ごすことにしたのだ。
「けど、コイツらなら私でも何とかできる……!」
そう言ってリンファは、手に持つ二本の刃物で目の前のランシーバに斬りかかる。
右の刃で、左の刃で、再び右で、今度は両方で。
舞踏のような剣筋がランシーバを切り裂いていく。
「二人とも、今のうちに!」
「ああ、分かった!」
リンファの声に返事をし、田中は小柳の肩を借りながら出口へ向かう。
が、その瞬間、正面から別のランシーバの触手が、風を薙ぎながら迫ってきた。
「や、やば……!」
このままでは隣にいる小柳まで打ち据えられてしまう。
反射的に田中は前へ出て、小柳を庇う形で、どてっ腹に触手を打ち込まれた。
「がはっ!?」
「きゃあ!?」
田中は吹っ飛ばされ、それに小柳も巻き込まれる。
田中は背中から床へ転倒し、小柳もその下敷きになってしまった。
「た、田中くん……しっかりして……!」
「ぐ……げほっ……!」
ランシーバのパワーは相当なものだ。
いくら田中が剣道部員として鍛えこんでいるとはいえ、そのダメージは大きい。
触手で殴られたあばらが軋む。
肺の空気が全て叩き出され、呼吸もままならない。
ランシーバが迫ってくる。
二人にトドメを刺すために。
リンファが救出に駆け付けようとしているが、間に合いそうにない。
「シャーッ!!」
「くそ、もうダメだ……!」
「させるかぁ!!」
声と同時に、何者かがランシーバの背後へ駆け寄り、持っている剣を袈裟斬りに振るうと、ランシーバの胴体がいともたやすく真っ二つにされ、ずり落ちた。
「はーっ、はーっ、だ、大丈夫か、田中……」
「ひ……日向……!?」
「嘘……日下部くん……!?」
二人を助けたのは、二人が死んだと思い込んでいた日下部日向だった。
……いや、彼の事情を知らない者があのホームランを見れば、彼が死んだと思うのは無理もないことだが。
「お、おま、なんで……!? 吹っ飛ばされて死んだはずじゃ……!?」
「残念だったな、トリックだよ。……いや、死んだのは本当なんだけどね……」
「日下部くん! やっぱりあなたは、マモノ討伐チームなのですか!?」
「む……」
一瞬、日向は苦い顔をするが、またすぐに口を開いた。
「……ああそうですよ! 俺はマモノ討伐チームの一員として、マモノと戦ってる! 二人の予想通りだよ!」
「や、やっぱり! 日下部くんはマモノ討伐チームだったのです!」
「お前……マジなのか、その話?」
「ああ、本当だ! けどその話はまた後で! 今は逃げろ!」
「わ、分かった……!」
「リンファさんも、二人を頼む!」
「頼まれたわ! あなたも気を付けてね、日向!」
残りのランシーバは、すでにリンファが片付けている。
日向の声を受けて、三人はフラワードームの外へと出た。
これにて田中と小柳の避難は完了だ。
……と、同時にドームの奥で轟音が鳴り響き、土煙が上がる。
そしてその中から、シャオランがこちらに向かって飛んできた。
10メートルほど吹っ飛ばされたように見えたシャオランは、しかしズザザザザ、と後ずさりしながら足でブレーキをかけ、無事に着地した。
「うひゃあ!? 着地成功!?」
「シャオラン……なんか今、アクションバトル漫画ばりの着地を決めたけど、足は大丈夫?」
「足は平気だけど、心は平気じゃない。怖かった……。それよりヒューガ、やっと来てくれたんだね!」
「なんとかね。なけなしの小遣いを犠牲にして、ね」
やり取りを交わす日向とシャオラン。
その二人の元へ、北園も合流した。
念動力の空中浮遊で、二人がいる場所へと飛んでくる。
「日向くん!」
「北園さん。状況はどうなってる?」
「あの『星の牙』は街へ向かおうとしているみたい。ここを脱出されて、街で地震を起こされたら大変なことになっちゃう!」
「なるほどね。じゃあ、俺たちのすぐ後ろの、この出口が事実上の最終防衛線ってワケか……!」
そして、シャオランと北園を追ってバオーバッシャーもやって来た。
身構える三人を視認すると、雄たけびを上げる。
「グモオオオオオオオオ!!」
「さあて、決着だ……!」
日向が剣を構え、それを見た二人も戦闘態勢を取る。
この怪物を街へ出すわけにはいかない。
何としてもここで食い止めるのだ。




