③ 朝日
どうして北園たちが復活したか、という話は終わった。
次は、なぜ日向に負けたはずの日影が今も存在しているかについて。
日影の話を聞きながら、日向は少しずつ思い出していく。
あの最後の勝負の後、自分が何をしたのか。
日影が消滅した後、日向はずっと同じ場所に両膝を突いて座り込んでいた。
喪失感もあるが、何より身体が限界だったのだ。
自分よりも先に日影が倒れたのは、本当に紙一重の差であった。
負傷がひどく、指一本さえ動かすのに難儀する。
このまま放っておけば、やがて日向もその命が尽きるだろう。
朝日が昇りつつあるが、日向の意識はだんだんと沈んでいく。
気が付けば、日向は真っ暗な空間の中に立っていた。
「ここは……」
真っ暗な空間を見回す日向。
いつの間にか、日向の前方で小さな火が燃えている。
「ここは……そうだ、思い出した。あの場所か」
日向がつぶやく。
彼は一度、ここに来たことがある。
あれは、本堂の受験合格のお祝いパーティの最中だった。
日向の身体に「存在のタイムリミットによる透過現象」が初めて発生し、それによって日向は意識を失って倒れてしまった。
その意識を失っている最中に、日向はここに来た。
恐らくここは、日向と『太陽の牙』の結びつきなのだ。彼と剣が最も密接にリンクしている場所。ここから日向は『太陽の牙』の能力を供給されている。
「あの時は、あの炎も見上げるくらいに大きく燃えていたけれど、それがまぁ随分と小さくなっちゃって」
以前、日向は、目の前で燃えている炎を「自分の存在のタイムリミットの残りを表している」と考えたが、それは厳密には誤りだったようだ。
正確には、日向の中で生きている『太陽の牙』の能力、あるいは機能を象徴している。あの炎が、今まで日向に”再生の炎”や”復讐火”など、剣にまつわる全ての能力を与えていた。
「そう考えないと、日影はもう消滅したのに、ギリギリとはいえ、あの炎がまだ俺の中に残っているのはおかしいもんな。タイムリミットはもう終わってるはずだ」
この炎は恐らく、日向と日影の「存在」に関する機能も持ち合わせている。炎が消えた時、日向と『太陽の牙』のリンクは完全に途切れ、剣にまつわる機能は日向の中から消滅する。
「『太陽の牙』はすでに消滅していたけど、その能力はもう少しだけ、俺の中に残ってたんだ。まぁそうじゃないと、剣が消えた瞬間に俺も消えただろうし、剣の能力で生まれた日影も消えずに存在し続けていたし」
それにしても、と日向は思う。
なぜ日向は再び、この場所に来ることができたのか。
一度目は、透過現象によって日向が倒れた時。
そして二度目である今回は、日向が死にかけている時。
日向が意識を失えば、彼の意識はここに来ることができるのだろうか。
「今までの戦いで、俺は何度か戦闘中に意識を失ったことがあるけれど、ここに来れたのは二回だけだった。たぶん、毎回来れるわけじゃないんだ。俺が意識を失った時、すごく低確率でここに来れるんだ。誰も発見できないような、テレビゲームのランダムで発生する隠しイベントみたいに」
そう予想づけると、日向は前方の小さな炎に向かって歩き始めた。
その足取りは疲労でふらふらとしているが、まっすぐ炎を目指している。まるで、何かに導かれるように。
「……『運命』か。マモノ災害も、”最後の災害”も、一見すると俺たちに何の影響も及ぼさないような小さな要素が、後々になって重要な意味を持ってくる、なんてことはしょっちゅうだった。それじゃあ、全てが終わった今この時になって、俺がもう一度ここに来た意味は何だ?」
やがて、日向は小さな炎の前までやって来た。
「狭山さんも、俺と日影の二人を助ける方法は分からないって言ってた。けれどあの人は『太陽の牙』を所持していただけで、俺たちみたいに使い込むことはしなかった。俺が初めて”紅炎奔流”を使った時だって、そんなものは知らないって感じで驚いてた。だからきっと、あるはずなんだ。あの人も知らない『方法』が……」
つぶやきながら、日向は両手で、小さな炎をそっとすくい上げる。
「ここは、俺と『太陽の牙』が最も密接につながっている場所。俺が初めて『太陽の牙』を手に取った時、この炎は俺に接続してきて、俺を『太陽の牙』の機構の一つに組み込んだ。俺と『太陽の牙』じゃ、当然ながら『太陽の牙』の方が強い。けど……これだけ能力も弱まっている今なら、俺が炎に逆接続できる……」
日向は、大きく息を吸って、そして吐いた。
これからやろうとしていることに対して、心身ともに覚悟を決める。
「これが……本当の本当に、俺の最後の戦いだ!」
そう宣言すると。
日向は、両手で持っていた小さな炎を握り潰した。
日向の目的。
それは、この弱体化した『太陽の牙』から、『日影の存在』に関する機能を奪い取ること。
迸る炎が、日向の腕全体に回る。
さらには胴体まで侵食してきて、あっという間に日向の全身が炎に包まれる。
このままでは、日向の精神が焼き尽くされてしまう。
しかし日向は歯を食いしばり、身を包む炎に耐えている。
「ぐっ……負けるか……! 今まで何回、お前に焼かれてきたって思ってるんだ! もう慣れてるんだよこっちは……!」
炎を握り潰す両手に、さらに力を込める日向。
迸る炎が、よりいっそう強くなる。
「日影は、乱暴だし、俺には当たりが強いし、いけ好かないところもたくさんあるけれど、それでも、ここまで一緒に戦ってきた仲間なんだよ! 友達なんだよ! 返しやがれぇぇぇぇっ!!」
炎を握り潰す力が、限界を超えた。
その瞬間、あの小さな炎から噴き出したとは思えないほどの猛火が、日向の両手の中から発生。
この真っ暗な空間を、炎一色に塗り潰した。
◆ ◆ ◆
「……何だ。ここは、どこだ……。オレは、たしか……」
木々が生い茂る裏山の中で、日影は目を開けた。
全身が死ぬほど痛み、おまけに重い。
立ち上がろうにも、立ち上がれなかった。
現在、日影は仰向けに倒れている。
そんな彼の視界に映っているのは、空を覆い隠す木々の緑と、そこからの木漏れ日。
それから日影は、現在の自分の身体が重いのは、自分の身体の上に日向が倒れているからだと気づいた。日向はうつ伏せになって、日影の腹部を枕にしている。
「なんでコイツがくっついて……って、そうだ!? なんでオレは消滅してねぇんだ!? 日向がいるってことは、オレの代わりに消滅したってワケじゃねぇだろうし……」
ようやく現状を理解した日影だが、どうしてこのような現状になっているのかはまったく分からなかった。日向が何かをしたのだろう、ということしか推測できなかった。
「マジで、いったい何をしやがったんだ……?」
……と、ここで、日影の全身の痛みが急に激しくなってきた。寝起きと驚愕の感情によって麻痺していた痛覚が戻ってきたようだ。
「ぐ……。ダメージはそのまんまか……。まいったな、オレはともかく、日向はさっさと治療してやらねぇと命に係わるぞ。コイツの家にでも運んでやりてぇが、この身体じゃかなり厳しいぜ……」
その時だった。
日影の横で、次元のゲートが発生。
その向こうから北園、本堂、シャオラン、そしてエヴァ。
いつもの仲間たちが姿を現した。
「あ、日影くん!? それに日向くんも!? まだ勝負の途中だった!?」
「き、北園!? 本堂と、シャオランまでいやがる!? お前ら死んだはずじゃねぇか!?」
「えっと、私たちは、狭山さんのおかげというか、話せば長いというか……」
「狭山が……? オレも、どうしてこんな状況になっているのか、まだ把握できてねぇんだが……」
「そ、それより、ひどい怪我だよ日影くん!? ”再生の炎”は……そっか、もう使えないんだっけ。私が”治癒能力”かけてあげる!」
「あ、ああ……いや、それよりもまずは日向だ。コイツの方が怪我がひどい。治してやれ北園」
「わかった、りょーかい!」
「手伝うよ、キタゾノ!」
シャオランが日向を抱え、日影から離して、仰向けに寝かせた。
まだ意識が戻らない血まみれの日向を、北園が右手の青い光で照らす。
その間、日影のもとには本堂とエヴァが寄ってきていた。
「あなたは私が回復させます、日影。左目が潰れているのですか? ”生命”の権能で新しい眼球を造りましょう」
「頼むエヴァ。クッソ、日向の野郎、本気で目を潰すとか、容赦ねぇにも程があるだろ。まぁ……こっちも人のこと言えた身分じゃねぇか」
そうつぶやいていると、今度は本堂が日影に声をかける。
「その様子だと……お前と日向の決着は、ついたようだな」
「……ああ。オレが負けた」
「そうなのか? こうして意識を保っているのはお前だから、勝利したのはお前だと思っていたが」
「オレは未来が恋しくて、今日を生き延びようとした。日向は今日勝つために、未来さえも捨てようとした。そりゃ向こうの方が強いに決まってる」
「覚悟の差、か。今まで『消極的』と言えば日向、『前のめり』と言えばお前という印象だったが、最後の最後で、それが逆転したか」
本堂にそう言われると、日影は視線を外すように右を見た。
気まずさから視線を逸らしたというより、あの日向との最後の勝負を思い出し、懐かしむような様子であった。
本堂から視線を外した日影だが、それによってちょうど目に入った光景は、木と木の間から見える山下の十字市。
雲一つない空。
朝日に照らされた街並み。
そして、その街の向こうに見える、輝く海。
日影は、つぶやく。
本堂とエヴァに聞かせるためではなく、言葉が自然と口を突いて出てきたように。
「……なぁ。朝ってのは、こんなに綺麗だったっけか……」
「……そうだな。普段から綺麗ではあるが、今日はまた格別なのだろう。何しろ、ようやく全てが終わった日の、最初の朝だ。俺達の新しい未来への第一歩だな」
「未来への、第一歩、か」
本堂の返事を受けて、日影は穏やかに微笑んだ。




