第1623話 ここにいるよ
日向の頭の中で、死んだはずの北園の声が聞こえた。
驚けばいいのか、喜べばいいのか、信じていいのかどうかさえ分からない。そんな様子で日向は周囲を見回し、北園の姿を探す。
日向の周囲に、北園の姿は無かった。
しかし、また日向の頭の中で同じ声が響く。
(日向くん)
「幻聴じゃない……今度はハッキリと聞こえた……!」
その時、日向は自分の隣に、何か暖かな気配を感じた。
日向は霊感だとか、他者の気配を察知するだとか、そういった能力は持たないのだが、それでもこの時はハッキリと感じたのだ。
気配の方向を振り向いても、やはり何もないし、誰もいない。
それでも日向は、その暖かな気配に向かって右手を伸ばしてみた。
北園の霊体が、日向の右手に向かって左手を伸ばす。
二人の手のひらがピタリと重なり合った。
「そこにいるのか……北園さん……?」
日向は、北園に呼び掛けてみる。
相変わらず姿は見えないのだが、確信があった。
北園は確かに、自分の隣にいるのだと。
(ここにいるよ、日向くん)
返事があった。
二度と聞けないと思っていた声で、返事がきた。
伸ばしていた日向の右手が、思わず打ち震える。
するとここで、日向に殴り飛ばされていた狭山が歩いて戻ってきた。日向に殴られた左頬を痛そうに左手でさすりながら。
「やっぱり気づいていなかったのかい。彼女は最初から君の隣にいたよ。エヴァちゃんの次元のゲートをくぐって、君たち五人と一緒にここへやって来たんだ。ブラジルで死亡した時からずっとついて来たんだろうね」
「なんで俺は……今になって北園さんの気配が感じられるようになったんでしょうか……?」
「生者が霊体を感じられるようになる条件というのは色々ある。霊感が強ければ、弱い霊体でもハッキリと見えるようになる。逆に霊体そのもの強力であれば、霊感が弱い人間でも視認が可能になる。あとは……その生者と霊体の間における絆とか想いとか、魂のシンクロ率とかかな」
「魂の、シンクロ率……」
「先ほど君が表明した意志は、北園さんの予知夢に対する決意を正しく受け継いだと評するに相応しいものだった。加えて、あの力強く、そして熱い心の励起。それらが北園さんとの魂のシンクロ率を引き上げたんだろうね」
狭山の言葉を受けて、日向はもう一度、暖かな気配の方を……北園の方を振り向き、見つめる。
やはり、北園の姿は見えない。
それでも、今度は分かった。
北園は、確かにそこにいる。
頭の中で、北園の声が響く。
(日向くん! 私と心を一つにして! 一緒に狭山さんを止めよう!)
「ああ……分かった。一緒に戦おう、北園さん……!」
その時、日向が纏う気配が明確に変化したのを、狭山は感じた。元々の日向の気配に、何か新しい気配が混じったような。
日向が左の手のひらを見つめている。
その左手の上で、火球が生成された。
「行きますよ、狭山さん……。”発火能力”!!」
日向が狭山に向かって、その左手の火球を発射した。
放たれた火球はあっという間に大きくなり、狭山を丸ごと呑み込む勢いで迫る。
「日向くんが北園さんの魂を認識したことで、二人の魂が完全に合一したか」
狭山は大きく飛び上がって、これを回避。
その飛び上がった狭山を追って、日向も飛ぶ。
北園の得意技である、超能力による空中飛行だ。
「超能力は、精神……つまり魂に由来する異能。人にもよるが、魂の状態でも超能力を発揮すること自体は可能。そして今、北園さんの魂を日向くんが取り込んだことで、彼女の能力を日向くんが引き継いでいる……!」
「太陽の牙、”最大火力”ッ!!」
空中で狭山との間合いを詰めて、日向が『太陽の牙』を振りかぶる。それと同時に剣から暴虐的なまでの熱波を放ち、見上げるほどに長大な緋色の光剣を生成。
普通の生物なら一瞬で消し飛ぶであろう熱波を正面から受けても狭山は耐え切り、日向が剣を振り上げたタイミングを狙って、彼の腹部を殴り飛ばそうとする。
「”電撃能力”!!」
日向が叫んだ。
それと同時に、狭山の脳髄を電撃が焼いた。
「む……!?」
狭山の動きが一瞬フリーズする。
その隙に、日向は予定通り『太陽の牙』を振り下ろす。
「はぁぁっ!!」
振り下ろす瞬間も、日向は”電撃能力”を発動し続け、狭山の脳髄を焼いていた。狭山の動きを封じて、逃がさないように。
にもかかわらず狭山は動き、バリアーを展開。
さらにバリアー内で”怨気”の腕を複数生成して、日向の攻撃に対して防御を試みる。
日向の光剣と、狭山のバリアーがぶつかり合う。
灼光のスパークと、赤黒いスパークが周囲に発散される。
「うおおおおおおっ!!」
叫び声と共に、日向が『太陽の牙』を振り抜いた。
そして、狭山のバリアーが破壊された。
バリアーの破壊と共に、狭山は地上へ吹っ飛び、激突。
”最大火力”の刀身が”怨気”の腕に命中した感覚はあったが、狭山本人に届いたかどうかは分からない。
狭山が落下して舞い上がった土煙の向こうから、赤黒く巨大なビームが猛スピードで飛んできた。
「あぶなっ!?」
日向は急降下して、ビームを回避。
空を覆う赤黒い雲の一部をビームが貫き、風穴が空いた。
土煙が晴れて、狭山が姿を現す。
狭山自身は”最大火力”の刀身をうまく回避したらしく、熱波による火傷こそ負っているものの、刀傷は見当たらない。
ただ、狭山が放出する”怨気”から生えている赤黒い腕には、黒煙を噴き上げて緋色に燃える刀傷がしっかりと刻まれていた。熱と痛みを感じているのか、”怨気”の腕がわなわなと震えている。あるいは、痛烈なダメージを受けたことによる怒りを抑えきれない様子なのかもしれない。
「いやはや、厄介なことになった。作戦立案能力と火力はあるものの、直接的な戦闘能力は低い……というのが日向くんの特徴だったのに、これでもう戦闘能力も飛躍的に高まった。北園さんよりうまく使いこなしているように見えるよ」
「俺もそう思います。空を飛べる、そして手軽に遠距離攻撃ができる。今までの俺の戦い方に、この二つが加わるだけで、こんなに動きやすくなるんですね。それにしても狭山さん、言葉のわりには嬉しそうな様子ですね?」
「それはもちろん。君たちが成長し、強くなるというのは、祝福すべきことだから」
「本当にこの人は……悪性も善性も、両方持ってるんだな……」
……と、ここで、日影とシャオランとエヴァがダメージから復帰して、日向のもとへ集まってきた。三人とも、ダメージを回復している間に、先ほどの日向と狭山の攻防を見ていたらしく、驚いている様子である。
「ヒューガ! さっきのあの動き、いったい何だったの!? 今まで手から炎は出せなかったよね!? それに、空も飛んでたし……!」
「私の”天女の羽衣”は解除されていたはず。あの戦い方は、まさか良乃の?」
「その通りだよエヴァ。北園さんが力を貸してくれている」
「何だと……? 北園は死んでなかったのか?」
「残念だけど、死んでるよ日影。けれど、魂は今も俺たちと一緒だったんだ」
やり取りを交わしていると、日向たちから少し離れたところで本堂も立ち上がった。一瞬だけ日向たちの方をチラリと見ると、これまでのように狭山に向けて咆哮を上げる。
「グオオオオッ!!」
「本堂さんも準備オーケーみたいだ。皆も、行けそうか?」
「ああ、バッチリだぜ」
「これでまた、六人一緒に戦えるってことだね!」
「この場合、良乃の予知夢とやらはどうなるのでしょうか。私たちは五人ではなく六人でここに来たから、予知夢には従わなかった? けれど……あるいはそれも、運命とやらなのかもしれませんね」
そして、日向たちは改めて、狭山に向かって構えを取る。
対する狭山は、複数の”怨気”の腕に加えて、シャープで不気味な”怨気”の翼も四枚生成し、日向たちを迎え撃つ態勢を整えていた。
「良いね……良いよ、そうこなくては! ははは、いよいよ面白いことになってきた!」




