第1582話 おせっかいな救世主
エドゥを押し潰していたロストエデンの親指を、日向が”点火”で斬り飛ばした。
”天女の羽衣”で空を舞う日向を、ロストエデンの手が捕まえようとする。六つのうちの三つを日向に差し向けてきた。
そのロストエデンの手を、引き続きイグニッション状態の『太陽の牙』で切り裂きながら回避する日向。再生能力が封じられた今、もう日向に斬りつけられたロストエデンの手は回復しない。緋色に焼けた斬撃痕が残ったままだ。
「なんだか、『太陽の牙』の炎の充填速度がまた一段と上がった気がする! もう”点火”を使えるまで回復した! この調子なら”最大火力”もいけるんじゃないか? まだパワーアップの余地があったのか!」
嬉しそうにつぶやきつつ、ロストエデンの手に自ら斬りかかっていく日向。
そんな、先ほど自分を助けてくれた日向を、エドゥはロストエデンの背の上でニヤリと微笑みながら眺めていた。
「けッ……。あの火力でクソッたれの指を斬り落としてくれねぇかなんて考えてたが、本当に来てくれるたぁナ。タイミングの良いヤツ」
つぶやきながら、エドゥは、初めて日向と出会った時のことを思い出していた。
あのアジトにしていた政府市庁舎に日向たちが乗り込んできて、初めて顔を合わせた時。
一目見て思った。
コイツは気に入らない、と。
それは、性格が合わないとか、善人ぶってるのが気持ち悪いとか、そういった感情ではなかった。あの時、日向に向かって吐いた「苦労を知らなそうな温室育ち」という印象も、嘘ではなかったが、それが気に入らない理由の全てではなかった。
直感したのだ。
彼は、自分が持っていない全てを持っていると。
頼れる仲間。強い能力。高い志。立派な使命。
そして、どこまでもまっすぐな正義感。
奪いたい、とまでは思わずとも。
ただ、同じになりたかった。
人生の流れに翻弄された果てに皆をまとめる立場に就いたのではなく、日向のように確かな使命感と正義感を持って、それに裏付けされた能力と、互いに支え合える仲間がいれば、ただ生きるために皆をまとめていた自分の人生もまだ実りあるものになったのではないか。そう思ったのだ。
それは、嫉妬とは少し違う……嫉妬よりも陽に向いた感情かもしれない。
あえて区別し、言い表すのならば、羨望だろうか。
自分が持たないモノに対して妬み、ただ負の感情のままに相手を傷つけようとするのではなく。
羨み、憧れながらも、自分が持たないそのモノを、自分なりの方法で、自分の力で手に入れようと、がむしゃらにひた走った。
ただ、羨望と嫉妬は紙一重。
だからエドゥは、日向が羨ましく、そして憎かった。
エドゥにとって、今でも日向のことは気に入らない。
しかし不思議と、以前ほど刺々しい感情は湧いてこない。
嫉妬の悪徳に対する美徳は労りである。
それを知ることができたからだろうか。
「……お前がここに来るまでどんな経験をしてきたか、俺はこれっぽっちも知らねェ。ただ、相当な苦労はしてきたんだろうってことは察しが付ク。だからこそ、今のお前が在るんだろうナ」
誰に聞かせるでもなく、エドゥはそう小さくつぶやいた。
その一方で、日向が空中、ロストエデンの真上で”最大火力”を発動。熱波がまき散らされ、長大な緋色の光剣と化した『太陽の牙』を振り上げる。ロストエデンへのトドメの用意だ。
戦闘の終わりの気配を察知し、エドゥも再び口を開く。
「やっちまえ、ヒュウガ。おせっかいな救世主さんヨ。
そして……ロストエデン。永遠に俺たちの街から出て行けッ!!」
そのエドゥの言葉にちょうど合わさるように、日向が正面からロストエデンに急降下し、斬りかかった。
「太陽の牙……”最大火力”ッ!!」
ロストエデンも日向の攻撃の気配を察知し、真上にいる日向を見上げる。
そのロストエデンの鼻面に、『太陽の牙』の灼刃が食い込んだ。
「うおおおおおっ!!」
そのまま日向は落下の勢いに任せて、ロストエデンの鼻面から首、首から胸、腹部、腰、尾の付け根まで一刀両断。
ロストエデンの巨大な身体が、二つに裂けた。
そして同時に、ロストエデンの身体が大炎上。
腕や尾を振り回して暴れることもせず、ただ上から来た日向を見上げた体勢のまま、ロストエデンは真っ二つになって左右に倒れた。
ロストエデンを包み込む炎は、やがてロストエデンの翅や尾の先端まで到達。そう長い時間も経たないうちに、炎の中のロストエデンは塵一つ残さず消滅した。後に残ったのは、破壊された地表に焼き付いた大きな焦げ跡くらいのもの。
「勝っ……たぁぁ……!」
日向は地面に仰向けに倒れ、全身でガッツポーズしながら、そう声を上げた。
ロストエデンの外殻は完全に滅び去り、ロストエデンの本体であるレオネ祭司長もすでに死亡。これでようやく、ロストエデンは討伐されたのだ。
ボロボロになったリオデジャネイロの街。
もはやこの周囲は、無事な建造物など一つもないほどに破壊し尽くされた。
長い戦いで、日向も精魂共に尽き果てた。
大の字になって、ひんやりした地べたで身体の熱を冷ます。
そこへ北園がボディープレス。
仰向けになっていた日向の上に落下してきた。
「日向くんー! おつかれさまー!」
「どふぅっ!? う……うん、北園さんもお疲れ様……」
のしかかってきて抱きつき、離れない北園。
そんな彼女を、日向は優しくなでる。
そして、そんな二人を、他の皆が周りで眺めていた。
本堂や日影、エヴァやコーネリアスは真顔で。
それ以外の皆はおおむねニヤニヤしている。
「日向。遂にいやらしい展開か」
「遂に、じゃないんですよ本堂さん。見世物じゃないんですから。ほら散った散った」
日向がシッシッと手を払い、本堂を追い払おうとするが、彼は微動だにしない。
また、ジャックも日向に声をかけてきた。
彼は意地の悪そうな笑みを浮かべながら。
「お熱いねーお二人! オーケー、そのままイチャイチャしてろ? ちょいとここにスマホがあるから待ち受け画面の刑に処してやるぜ」
「おいよせやめろ」
「心配すんなって! あとで画像送ってやっから!」
「そういう問題じゃないー! ほら北園さんも、そろそろ離れてくれないとギャラリーがね?」
「やだー! 離れないー!」
「ええ……」
どうしようもなくなり、途方に暮れる日向。
……すると、先ほどまで無邪気な様子だった北園が、急に真面目なトーンで再び言葉を発した。
「それに……ね。ほら、これが最後だろうからさ……」
「…………そっか。それも、そうだね」
その言葉を聞いて、日向も、先ほどまで茶化していた皆も、静まり返った。
最後。
今の北園の命と、ロストエデンの命はつながっている。
そのロストエデンが滅びた以上、もう北園もここまでだ。
まだ北園は動けているようだが、それも時間の問題だろう。
ほどなくして、彼女にも最後が訪れるはずだ。
つらい空気が満ちる。
そんな場の雰囲気を変えようと、シャオランが口を開いた。
「え、えっと! ところでエドゥはどこにいったの? 姿が見えないけど」
「あら。そういえばいないわね。まさか、日向くんの”最大火力”の巻き添えになったとか……?」
気まずそうにミオンがそうつぶやくが、それをコーネリアスが首を横に振って否定した。
「彼は日向ノ最後の攻撃の直前、ロストエデンの背中から飛び降りて離脱していタ。巻き込まれてはいなイ。その後、どこに行ったのかは俺も分からないガ」
「よかった、巻き込まれてはいないのね。でも、顔も見せず姿を消しちゃうなんて。探す?」
そうミオンが尋ねたが、これに対して否を唱えたのは日影。
「いや、そっとしておいてやろうぜ。ここまでオレたちと色々あったんだ。今さら頭下げながら顔を出しに来るようなヤツじゃねぇだろうよ」
「それもそうね」
日影の言葉に、ミオンも納得した。
そして、こちらはスピカとエヴァ。
「それじゃあエヴァちゃん。今度こそ、『星の力』の回収お願いねー」
「はい。お任せを」
エヴァは地面に手をついて、このブラジルの大地に宿る『星の力』の回収を始める。これまでロストエデンが所有権を握っていたので取り返せなかったが、そのロストエデンを倒したので、これでエヴァも最後の『星の力』を取り戻すことができる。
しばらく地面に手をついていたエヴァ。
そして一度手を上げて、もう一回地面に手をつく。
その動作を、何度も繰り返すエヴァ。
心なしか、彼女の表情がどんどん焦燥に駆られているように見える。
日向が、エヴァに声をかけた。
……ひどい動揺を必死に押し殺したような、震える声で、務めて明るく。
「なぁ、エヴァ? あのー、冗談だよな? え、演技なんだよな? ちょっとしたイタズラなんだよな? なぁ?」
「冗談でも演技でもありません……! 『星の力』が回収できません! まだ、ロストエデンは終わっていません!」




