第146話 デカいワニが攻めてくる
『みんな、間違っても正面から突っ込まないように! あんなデカい口で噛みつかれたら、北園さんが回復させる前に即死しかねない!』
「分かりました!」
「了解」
「わ、わかってるよー!?」
「グオオオオオオオッ!!」
狭山が指示を飛ばすと同時に、ギロチン・ジョーが大口を開けて迫ってくる。バシャバシャと水音を立てながら突進してくるその様は、恐竜映画もかくやという迫力である。
日向と本堂が右に、日影とシャオランが左に、北園が空中に飛び上がって噛みつきを避けた。
「発火能力、喰らえー!」
北園が空中から火球を撃ち出す。
三発、四発と撃ち込まれた火球は、次々とギロチン・ジョーの背中に命中し、爆発した。
「グオオオオオオオッ!?」
『いいぞ、北園さん! ワニは変温動物だから、高熱には弱いはずだ!』
北園は空中を飛べるため、安全圏から一方的にギロチン・ジョーを攻撃できる。
しかし、先ほども言った通り、北園の空中浮遊はスタミナを消耗する。延々と飛び続けることはできない。隙を見て着地し、身体を休める必要がある。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
「グオオオオオオオッ!!」
しかし、まだ北園のスタミナは尽きていない。
引き続き左手で空中浮遊を制御しながら、右手で火球を放つ。
片手で撃つ分、火球の威力は落ちているが、それでも着実にダメージを与え、ギロチン・ジョーの注意を引いている。
「はぁ!!」
「グオアアアアアアアアッ!?」
そして、空中の北園に気を取られている隙に、日向がギロチン・ジョーの身体を、燃え盛る『太陽の牙』で斬りつけた。ギロチン・ジョーは今までで一番の悲鳴を上げる。
「はっ!」
「おるぁ!!」
「……ふッ!!」
他の三人も畳みかける。
本堂がギロチン・ジョーの脚を高周波ナイフで切り裂く。
逆側では、日影がギロチン・ジョーの脚を斬りつけ、シャオランが脇腹を殴りつける。
「グオオオッ!!」
「うおっ!?」
「ひゃあっ!?」
ギロチン・ジョーも黙ってやられてはいない。その巨体からは想像もつかないようなスピードで素早く身を翻し、日影とシャオランに向き直った。そして口を開き、噛みつきにかかる。
しかしそこは近接戦に長けた二人。
素早く後ろに跳び、噛みつきを避ける。
空を噛むギロチン・ジョーの牙が、ガチンと大きな音を立てた。
「あっぶねぇ! だが、隙アリだッ!」
少しでもダメージを稼ごうと、日影がギロチン・ジョーに斬りかかる。
刀身はギロチン・ジョーの口先を狙う。
ギロチン・ジョーの横から大波が来た。
ギロチン・ジョーが、やってきた大波に乗る。
波は、自然では有り得ないうねりを見せて、ギロチン・ジョーごと日影の左側面に回り込む。
水しぶきと共に、ギロチン・ジョーが日影の左側に着地した。
「な……!?」
日影が驚きで目を見開く。
今のギロチン・ジョーの一連の動きをまとめると、波に乗って日影の攻撃を回避し、同時に日影の死角に回り込む、という行動だった。
波を利用するのにも衝撃を受けたが、市営バスをも超える体格のギロチン・ジョーが、斬撃を避けるほどのスピードで動いたことに度肝を抜かれた。
(今のはヤツの、『水を操る能力』……!)
日影たちの脛までの高さとはいえ、調整池には水が溜まっている。
それらを寄せてかき集め、大きな波に仕立て上げてみせた。
さらには、不自然なまでの、うねるような波の流れ。
それに乗って、高機動力を見せつけたギロチン・ジョー。
やはり異能の生物たる『星の牙』に、人間の常識は通用しない。
「グオオオオオオオッ!!」
ギロチン・ジョーが頭を傾け、大口を横に開きながら日影に噛みつきにかかる。
とんでもない攻撃範囲、もはや避けようがない。
「ヒカゲッ!!」
だがその窮地をシャオランが救った。
素早くギロチン・ジョーに接近し、左後ろ脚に、赤色のオーラを纏った強烈な肘を叩き込む。
「グオオオッ!?」
脚に強打を受けたギロチン・ジョーは、体勢を崩して派手にこけた。
「悪ぃシャオラン! 助かった! それにしても、広い場所が得意なのは向こうも同じだったってワケか……!」
急いでギロチン・ジョーの顎の射程圏内から逃れる日影。
すぐさま体勢を立て直し、日影を追おうとするギロチン・ジョー。
そして、そのギロチン・ジョーの行く手を阻むように、北園の火球が撃ち込まれた。
「させないよっ!」
「グオオオオオオオッ!!」
ギロチン・ジョーはすごすごと後退し、巨大な柱を背にした。
甲殻に包まれた太く、刺々しい尻尾が、これ見よがしにゆらゆらと揺れている。
「あの尻尾の動き……まさか!? 北園さん、あぶな――――」
「グオオオオオオオッ!!」
日向が北園に注意を飛ばすより早く、ギロチン・ジョーの尻尾が動いた。
背後の柱を尻尾で殴打し、北園に瓦礫を飛ばしたのだ。
「えっ!? あ、きゃあっ!?」
飛来する瓦礫の散弾に反応できず、北園は左肩を撃ち抜かれた。
その衝撃で空中浮遊が解除され、真っ逆さまに落下していく。
「嫌ぁぁぁぁぁ!?」
「グオオオオオオオッ!!」
ギロチン・ジョーが声を上げると、再び波が彼の背後に渦巻く。
そして、波はギロチン・ジョーの身体を押し流し、猛スピードで前方へと運ぶ。
ギロチン・ジョーは、落ちてくる北園を狙って、バクリと行く気だ。
「させるかぁ!!」
ギロチン・ジョーの進行方向には日向がいる。
日向は『太陽の牙』を振りかぶり、迫ってくるギロチン・ジョーの右脚目掛けてフルスイングをお見舞いした。
「グオアアアアアアアアッ!?」
日向の攻撃は見事に命中。
ギロチン・ジョーは体勢を崩して横転した。
「おーらい、おーらい、っとぉ!」
そして、落ちた北園はシャオランが真下で受け止めた。
身体全体をクッションのように使い、北園を抱き止めると同時に背中から倒れ込んだ。おかげで、北園は地面に叩きつけられることなく、落下のダメージも軽傷で済んだ。
「ありがと、シャオランくん!」
「どういたしまして! それより、早く怪我の治療を!」
シャオランの言葉に頷き、北園は戦線から一時離脱する。
ギロチン・ジョーの瞳は、逃げる北園を見据えているが、日向と日影と本堂の三人が行く手を阻み、追撃することは叶わなかった。
「せやぁ!!」
「おるぁッ!!」
日向と日影が、それぞれギロチン・ジョーの脇腹に斬りかかる。
正面から行けば噛みつかれる。それを避けるため、二人は側面からギロチン・ジョーを攻め立てる。
「グオオオッ!!」
ギロチン・ジョーが素早く日向に向き直り、噛みつきにかかる。
日向はそれを後ろに跳んで避ける。
「うわっと!? 本当に速いな!? 日影たちが避けるのを見てなったら危なかった……」
しかしギロチン・ジョーは攻めの手を緩めない。
ガチンガチンと歯を鳴らしながら、連続で日向に噛みついて来る。
「ひええっ!? ひええええっ!? 俺なんか食べたらお腹壊すぞー!?」
ギロチン・ジョーに背を向けて、必死に逃げる日向。
獲物が背中を見せれば、一気に追い立てるのが獣の流儀。
……しかし今回はそれが功を奏して、結果的に他の仲間たちから注意が逸れた。
「もらったぞ!」
本堂がギロチン・ジョーの脇腹に潜り込み、日向たちがつけた切り傷を狙ってナイフを突き立てる。そしてそのまま、ナイフから電撃を発した。
「グオアアアアアアアアッ!?」
これにはギロチン・ジョーもたまらない。
身体をUの字に折り曲げて悶え苦しむ。
「だるぁぁぁッ!!」
その隙を狙って、日影が『太陽の牙』で斬りかかる。
燃える刀身を大きく縦に振り下ろし、白い腹を切り裂いた。
「グオオオオオオオッ!!」
「ぐっ!?」
「ちっ……」
ギロチン・ジョーは力を振り絞り、大きく暴れる。
その巨体でがむしゃらに暴れまわれば、小さな人間は蹂躙されるより他ない。
日影は尻尾に叩き飛ばされ、本堂は巻き込まれる前に離脱した。
「隙ありっ! 真上がお留守だ!!」
その暴れまわるギロチン・ジョーの背中に、シャオランが跳びかかる。
巨大なギロチン・ジョーよりもさらに高くジャンプし、真上から背中を狙う。
「はぁぁぁぁ……ッ」
空中でシャオランが荒々しい呼吸を行う。『火の練気法』だ。
彼の右脚に、赤色のオーラが灯る。
「……せやぁぁぁぁッ!!」
「グオオオッ!?」
そして、右脚で真下の背中を思いっきり踏みつけた。
赤いオーラの衝撃波が周囲を駆け巡る。
背中の甲殻にヒビが入り、ギロチン・ジョーの動きが止まる。
「グ……グオオオオオオオッ!!」
「わ、わわわわぁ!?」
しかしギロチン・ジョーはまだ倒れない。
なんとか身体を起き上がらせると、その巨体で横に転がりまわった。
ワニは獲物に食らいつくと、横転して肉を食いちぎる習性を持つ。ゴロゴロ転がるなどお手の物である。
シャオランはギロチン・ジョーの横転に巻き込まれ、地面に落とされたあげく背中で押し潰されてしまった。
「うわぁ!? シャオラーン!?」
並の人間ならまず圧死するであろう一撃。
オマケに、シャオランは先ほど『火の練気法』を使っていた。
それはつまり、身体全体を頑強にする『地の練気法』を解いていたということ。
日向は心配のあまりシャオランの名を叫ぶ。
「あ、危なかったぁぁぁぁ……!!」
しかしシャオランは無事だった。
頭から血を流しているものの、自力で起き上がってみせた。
恐らくは、咄嗟に『地の練気法』を行うことで、かろうじて押し潰しを防御したのだろう。
……だが、シャオランの危機はまだ去っていない。
ギロチン・ジョーの瞳が、立ち上がったシャオランを見据えているのだ。
「グルルルルル……!!」
「い、イヤああああああああ助けてええええええ!?」
「させるか! うおおおおっ!」
シャオランを守るため、『太陽の牙』を手に、日向はギロチン・ジョー目掛けて、バシャバシャと水音を立てて走る。
……だが、彼の後ろから突然、波が押し寄せてきて、その身体を押し流してしまった。
「うおわあああ!? あ、アイツの能力か……!?」
成す術無く押し流されてしまう日向。
そして流れ着いた先は、ギロチン・ジョーの口の中。
「……あ、やば……」
逃げる間もなく、ギロチン・ジョーの顎がバグン、と閉じた。




