第142話 史上最強のマモノ?
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突然の下水の濁流によって押し流される日向たち。
流された先はT字路になっており、日向と北園が左に、残りの三人が右に流されてしまう。
「や、やばい! 分断された!」
しかし濁流の勢いはまだ止まらない。
日向と北園が流されていると、再びT字路に差し掛かる。
そして今度は日向が左に、北園が右に流された。
「ひ、日向くーん!?」
「北園さーん!?」
それでも濁流の勢いは止まらない。不思議なくらいに止まらない。
日向と北園も分断され、二人はさらに下水道の奥へと押し流されてしまった。
日向たちが押し流されてから一分ほど経過。
日向はようやく下水の濁流から解放されたところだ。
「うっげぇ……ひどい目にあった……」
立ち上がり、持ち物などを確認する日向。
通信機やコンタクトカメラなど、取り落してしまったものは無いようだ。とはいえ、すでに身体中は下水まみれ。酷い有様である。
「今日という日ほど、スマホや財布を車の中に置いてきて良かったと思った日は無いな。……さて、皆は無事だろうか……?」
呟きながら、日向は耳元の通信機のダイヤルをいじり、一斉通信にチャンネルを切り替える。するとさっそく狭山の声が聞こえてきた。
『こちら狭山! 日向くん、無事かい!?』
「ええ何とか。他の皆は大丈夫ですか?」
『こちら北園……。下水まみれです……もうダメ……』
「あかん。北園さんが死にそうだ」
『こちら本堂。シャオランと日影も一緒にいる。全員無事だ』
『日向くんと北園さんが孤立し、本堂くんたちは三人でまとまっているのか。分かった。みんなの位置はマップには表示できないけど、流された方向と周囲の構造から、君たちの現在位置は大体把握できた。自分が誘導するから、まずは再集合を目指そう』
「分かりました。それにしても、さっきのような水流って、下水道じゃ日常茶飯事なんですか?」
『いや、明らかに異常だ。もしかするとあれが今回の『星の牙』の能力かもしれないね。シンプルに『水の流れを操る能力』。その能力を使って、ここら一帯の水をせき止めているのかもしれない』
「なるほど。疑問が解消したところでさっそく出発…………いや、何か来た」
日向が下水道の先をヘルメットのライトで照らす。
その先には、ずんぐりむっくりした、人間の膝ほどの大きさがある、灰色の毛をした、四つ足の獣の姿がある。その数、三体。いずれも日向に牙を剥いている。戦闘態勢だ。
「あれは……ネズミだな?」
『ラージラットだ。下水道など、劣悪な環境下で活動するマモノだよ。牙は鋭く、不衛生なため噛まれると破傷風を喰らう恐れもある。とはいえ、それ以上特別な能力は無い。日向くんなら遅れは取らないだろう』
「分かりませんよ? 俺なんかよりネズミの方がよっぽど運動神経が良いのは明白ですから。まぁ、タダでやられる気もありませんけどね……!」
言って、日向は『太陽の牙』を構えた。
さっそく三匹のラージラットのうち、一匹が日向に襲い掛かる。
「シャーッ!」
「ふっ!」
真っ直ぐ飛びかかってきた一匹を、日向は真っ直ぐ刺し貫いた。
膨大な生命力を誇る『星の牙』をも瞬殺しうる『太陽の牙』の力は、並のマモノなら軽く斬りつけるだけで即死する。これで残り二匹だ。
「チューッ!」
鳴き声を上げ、二匹目が猛スピードで走り寄ってくる。
体の半分は下水に浸かっているというのに、かなりの速さだ。水しぶきを上げて迫ってくる。
「おりゃっ!」
「ギャッ」
しかしいくら速かろうと、動きが直線的で分かりやすければ、迎撃はしやすい。
日向は突っ込んできた二匹目に真っ直ぐ剣を振り下ろし、斬り潰した。
「よし、残り一匹! さぁかかってこい!」
剣を構えなおし、最後の一匹となったラージラットを見据える日向。
最後のラージラットは体勢を低くして……。
「チューッ!」
「おわぁ!?」
ラージラットは、大ジャンプを繰り出した。
体が水に浸かっているにも関わらず、日向の頭を飛び越しそうなほどの跳躍だ。
そしてそのまま、鋭い前歯で日向に噛みつきにかかる。
「く、来るな!」
「ギャッ!」
しかし、ラージラットの前歯は届かなかった。
反射的に振り下ろした『太陽の牙』が、ラージラットを撃墜したのだ。
「ふぅ……なんとか片付いた……」
『お疲れ様、日向くん。一息ついたら移動を開始してくれ。君の位置だと、北園さんと合流するのが一番近い』
「分かりました。北園さんが一人だと心配ですし、今すぐにでも移動しますよ」
そう返事をすると、日向は北園との合流を目指して歩き出した。
◆ ◆ ◆
「くさい……きたない……帰りたい……」
涙目になりながらトボトボと下水道を歩く北園。
とはいえ、その足はしっかり、日向と合流するためのルートを歩んでいる。
『堪えてくれ、北園さん。君の超能力は様々な場面で応用が利く、このチームになくてはならない能力だ』
「分かってますよぉ…………おや? 前方に何かいますね」
前方を見ると、北園の頭より高い位置をパタパタと飛んでいる生き物が。
体はかなり小さく、羽は薄い。体色は赤みがかった黒、といったところか。十数匹の群れとなって、ひと固まりに飛んでいる。
『ブラッドバッドだ。吸血コウモリだよ。ああいった群体のマモノは、日向くんの『太陽の牙』やシャオランくんの八極拳とは相性が悪いだろうね。でも、君の超能力なら……』
「はい! あんなの相手じゃありませんよ!」
北園は両手を合わせ、前方に向かって真っ直ぐ開き、火炎放射を撃ち出した。
炎の奔流が下水道を流れていく。
その火力は、今までよりさらに上昇しているように見える。
ブラッドバッドの群れは、黒焦げになって下水に落ちた。
「わーい楽勝! さぁ、早く日向くんと合流しないと!」
マモノに勝利した喜びで、北園の足取りは軽くなる。
ルンルン気分で下水道を歩いていると……。
「……うん? 何だろ、あれ」
疑問の呟きと共に、北園は足を止めた。
前方の下水道の右の壁が、何やら黒く変色している。その黒色には光沢があるようにも見える。……いや、それだけではない。よく見ると壁が蠢いているようにさえ見える。
「んんんー?」
正体を確かめるため、黒い壁に近寄る北園。
「……ひっ!?」
ソレの正体を確認した瞬間、北園は短い悲鳴を上げた。
◆ ◆ ◆
一方、こちらは本堂、シャオラン、日影の三人組。
ラージラットやブラッドバッドの群れと戦闘中だ。
「……ふッ!!」
「ギャッ」
シャオランが、飛びかかってきたラージラットに正拳をお見舞いする。
身に纏う気質は”地の気質”。
ラージラットは血を吐いて、下水に沈んだ。
「おるぁッ!!」
「ヂューッ!?」
日影がラージラットの群れに飛び込み、『太陽の牙』を振り回す。
まず二匹の首が飛び、次に一匹が叩き切られた。
背後から飛びかかった一匹は、振り向きざまにフルスイングをお見舞いする。
ラージラットは『太陽の牙』と壁に思いっきり挟まれ、絶命した。
「ふっ。ふっ。ふっ」
「キィッ」
「ギャッ」
「キーッ」
本堂は高周波ナイフを二本取り出し、ブラッドバッドの群れを切り裂いていく。
刃は何の抵抗も無くブラットバッドを真っ二つにする。
さながら豆腐でも切っているかのような手応えである。
「よし、全滅させたか」
「ああ。先を急ごうぜ。北園も、ついでに日向の野郎も、一人にしておくのは心配だ。色々と」
「つ、ついでに帰り道も探そう……? 一刻も早く帰りたいよぉ……」
マモノの全滅を確認すると、三人は他のメンバーとの合流を目指して歩き出す。三人は日向たちとは逆方向に流されたため、合流のための距離は長い。
急いで行こうと三人が足を速めた、その矢先。
「……ねぇちょっと待ってぇ。向こうの通路、なんか変じゃない?」
「あん? どこがだ?」
シャオランが怪訝な表情で前方の通路を指差し、頭のライトで照らす。
見てみれば、なるほど確かに、周りが白っぽいコンクリートの壁なのに対して、その怪しい部分は艶のある真っ黒である。
『そ、そいつらは……』
と、ここで通信機から狭山の呟きが聞こえた。
「なんだ狭山。何か分かったのか?」
『うん。三人とも、今すぐそこから逃げるんだ』
「あん? なんでだ? マモノなのか、あれ?」
『ああ。ソイツは……あ、ちょっと、日影くん!?』
狭山が説明するより早く、日影は真っ黒な壁の正体を確かめるため、その壁に近づく。
「……いいっ!?」
黒い壁に近づいた日影は、驚愕と恐怖が入り混じった声を上げた。
その真っ黒な壁は、蟲の群れだ。一匹一匹が黒い蟲なのだ。大量の蟲が壁一面にびっしりと張り付いている。
しかもその蟲は、艶のある黒、二つに分かれた細長い触覚、そして大人の手首から指先くらいまでの、薄っぺらく縦に長い体と、これでもかというくらい人間の生理的嫌悪感に訴えかけてくる容姿だ。もはやその姿カタチだけで、対人類における最強の生物と言っても過言ではない。
「ま、ま、まさか!? コイツらっ!?」
『ソイツらは『ビッグローチ』! お察しの通り、あれのマモノだ!』




