第140話 よいどれきたぞの
引き続き、犯罪組織やビッグフットと戦った、その日の夜。
「ふにゃ~……」
北園が、ベッドで目を回して横になっている。
アルコールにやられて倒れてしまったのだ。
彼女の様子を見守る日向たちとロシア組の二人。
「北園さーん……大丈夫かー……」
「深刻な中毒ではないようだ。慣れないアルコールでショックを受けたのだろう」
「うーむ……まさかこんなことになるとはな……」
「うむ。日影は反省するように」
「本堂テメェ、お前だってノリノリで酒を注いだだろうが! 一人で逃げんな!」
「俺は『日向に食らわせる』と聞いたから協力したんだが」
「なんで俺なら協力するんですか。ねぇなんでですか」
こうなったワケを語るには、まず今日のディナーまで時間を遡らなければならない。
◆ ◆ ◆
ヤクーツクの高級ホテルの食堂にて。
ここのディナーはバイキングビュッフェ形式で、好きな料理を好きなだけ食べることができる。
八人は二つのテーブルに分かれて座っている。
一つが日向、北園、シャオラン、日影の未成年組。
もう一つが本堂、狭山、オリガ、ズィークフリドの大人組である。
さて、このディナーはバイキング形式と言ったが、そんな中にあの二人を投入したらどうなるか。
「いやー、やっぱバイキングって最高だわ。腹いっぱいになるまで好きなだけ食べていいんだもんな。mgmg」
「オレぁこのポークカツレツが気に入ったぜ。肉汁とチーズとバターが絡まり合って、ジューシー極まってやがる。今日はこればっかり食ってやるぜ」
こうなる。
日向と日影のテーブルの前には、大量の皿が積み上げられている。
傍を通る人たちが、驚愕の目を二人に向けて歩いていく。
「またこの二人はこんなに食べて……」
「日影くんなんて、日に日に食べる量が増えていってない?」
「鍛えてるからな。食べる量も増えるってもんだ」
そんな二人を、北園とシャオランはもはや呆れ半分で見つめていた。
一方、こちらは大人組のテーブル。
本堂が料理を取って戻ってくると、そこにはグラスで透明の酒をかっ食らう狭山とズィークフリドの姿が。ここのバイキングは別料金を払うことで酒を注文できる。
「ゴクゴクゴク……くぅーっ! 効くねぇ! よし、もう一杯いっちゃおう」
「…………。(ゴクゴク)」
「ズィーク、あまり飲み過ぎないでよ。明日、二日酔いしたあなたを本部まで運ぶとか、嫌だからね」
「料理、取ってきましたよ。……っと、お二人が飲んでいるソレは、ウォッカですか?」
「おや、おかえり本堂くん。お察しの通り、これはウォッカだよ。アルコール40度のプレミア品さ」
「40度……それは強烈ですね……」
余談だが、参考までにビールのアルコール度数は5度。
日本酒が15度くらいである。
「ああ、効くよ。……そうだ、君も20歳はいってるだろう? 一杯、どうだい?」
「では、せっかくなのでいただきましょう。それと、俺は21歳ですよ。4月8日が俺の誕生日です」
「そうだったのかい!? 水臭いなぁ言ってくれればお祝いしたのに」
そう言いながら、狭山は新しいグラスに本堂の分のウォッカを注いだ。加えて自身とズィークフリドのグラスにもウォッカを注ぐ。
ちなみにオリガは、ウォッカは強烈すぎるので苦手としている。代わりにオレンジジュースを入れたコップを手に持った。
「ささ、ストレートでどうぞ本堂くん。本場ロシアでは、それが主流だ」
「なるほど。嫌な予感しかしませんが、主流なら仕方ないですね」
「なに、これも良い経験だよ。……では、今日の仕事の成功と、本堂くんの21歳を祝って、乾杯!」
狭山の音頭とともに、三杯のウォッカと一杯のオレンジジュースがカチン、と組み交わされる。そして本堂は、グラスに入ったウォッカを一気にあおった。
「……ぐ!? やはり強烈……! ですが、なるほど美味しいですね。思ったより飲み応えにクセが無い」
「そうだろうそうだろう。……さて、自分もそろそろ新しい料理を取ってくるよ。失礼」
「あら、じゃあ私も行こうかしら。ズィークも着いてきなさいな」
「…………。(席を立つ)」
次なる料理、もといおつまみを求めて席を立つ三人。
残された本堂は、二杯目のウォッカをグラスに注いでいた。
それから一分ほど経って。
「よお本堂。酒飲んでるのか?」
本堂の席に、日影がやってきた。
狭山たちはまだ戻っていない。
「おお、日影か。何か用か?」
「ああ。ちょっと提案があるんだが」
「提案? 何だ?」
「お前が持ってるその無色透明の酒をだな、日向のところに持って行って、『水だ』って言って飲ませたら、果たしてどうなるのかなって」
「……絶対面白いやつやん」
「お、なんだ乗り気じゃねぇか。酒飲んだ影響か?」
「そうかもな。良い感じに酔いが回って、少し悪ノリしたい気分なのかもしれん。よし待ってろ、今コイツを注いでやる」
そう言って本堂は、空いているグラスになみなみと度数40のウォッカを注ぐ。そしてそれを日影に手渡した。傍から見ればただの水にしか見えない。
「よっしゃ、そんじゃ早速、アイツに一服盛ってくるぜ」
「ああ、頑張れよ。さて、俺も別の料理を貰いに行くか」
グラスを受け取った日影は、そのまま日向の席へと向かう。
北園とシャオランは料理を取りに席を立っており、テーブルには日向しかいない。
「よお日向。水を注いで来たぜ」
「お、珍しく気が利くな。ありがとう」
日向はグラスを受け取り、さっそくそれを飲もうとする。
しかし、口にする直前でその手を止めた。
「…………ん? この水、なんか変なにおいしないか?」
「……いやぁ、そんなことはねぇんじゃないかなぁ。ほれ、気にせず一気に」
「いや絶対おかしいってこれ。何だこれ。酒か? 酒だろこれ?」
「チッ、バレたか」
「バレるに決まってんだろ馬鹿! しかもかなり強烈なヤツじゃないかこれ!?」
「度数40のウォッカだってさ」
「アホか! それを一気に……って、殺す気か! 俺に死ねと言うんだな!? 急性アルコール中毒と未成年飲酒禁止法違反のダブルパンチ食らわせるつもりだな!?」
「死んでも復活するだろどうせ」
「社会的には死んでも復活できないっつーの!」
「あーあー、水と信じて飲んでくれれば面白かったんだけどなぁ」
「これを水と思うヤツは、よほど鈍くさいヤツだけだと思うぞ……。とにかく、この酒は大人組に飲んでもらおう。それで大人組はどこに……」
「全員料理を取りに行ってるみたいだな」
「うーん、仕方ない。とりあえずウォッカはここに置いといて、俺も新しい料理を取りに行きたいな」
「おっと、オレも行きたいと思ってたんだ。どうせ貴重品も何も無いだろ? 全員席を立っても問題ねぇぜ?」
「それもそうか。じゃ、行くか」
日向と日影も新しい料理を取りに、席を立つ。
誰もいなくなったテーブルに、北園が一人、戻ってきた。
「ただいまーっ。……あれ? 誰もいないや。まぁいいか。さっそく持ってきたこの熱々シチューを食べちゃおっと。……うわぁ熱い!?」
想像以上のシチューの熱さに、北園はたまらず水を求める。
しかし、自身のグラスに水を注ぎ忘れており、現在の北園の手元には水が無い。
「しまったー! さっき料理を取りに行ったときに注いでおくんだったー! 他に水はないかな!? ……あ、日向くんのところに水がある! 飲みかけかもだけど、まぁいっか! 後で新しいの持ってきてあげたら問題ないよね!」
そう言って、北園は日向の席のグラスを手に取る。
……お察しの通り、それは先ほど日影が持ってきたウォッカである。
そうとも知らず、北園はウォッカを一気に飲んだ。
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「ぎやあああああああああああ!?」
喉が焼けるような感覚に襲われ、身体がどんどん火照ってくる。自身の胃から発せられる酒気で、脳ミソが吊り上がるような感覚に襲われる。オマケに北園は、これを水と思って飲んだのだから、精神的なダメージも大きい。
「はれひれほれ……」
そしてそのまま、自身のテーブルでぐったりとしてしまった。
……と、そこへ日向と日影が席へ戻ってきた。
「ただいまー……って、北園さーん!? どうしたの、顔が真っ赤だぞ!?」
「コイツぁ……まさか、さっきの酒を飲んじまったのか……?」
「と、とにかく狭山さんを呼べーっ!」
◆ ◆ ◆
そして今に至る。
「……確か、『これを水と思うヤツは、よほど鈍くさいヤツだけだと思う』だったか、日向?」
「お前、それを北園さんに言ってみろ。あの酒はお前の仕込みだったって密告ってやるからな」
強烈なアルコールを受けて卒倒してしまった北園だが、安静にしていれば問題なく快復するとのことだった。今もなお目を回しながらベッドに横になっている。
「……ふにゃ?」
だがここで、北園が突如、ベッドから身を起こした。
その瞳はぼんやりとしており、焦点が定まっていない。
「あ、北園さん、大丈夫? しっかり寝ていないと駄目だよ」
「…………。」
「北園さん?」
「……えへへ~」
北園が、日向の顔を見てにへらっと笑う。
そして、いきなり日向に抱き着いてきた。
日向の頬に、北園の柔らかいほっぺが押し付けられる。
「わ、ちょ、北園さん!?」
「日向くん、好きーっ!!」
「!??!?!!?」(バタンッ)
日向、卒倒。
目を見開いたまま、床に倒れてしまった。
しかし、なおも北園は日向から離れず抱き着いている。
オーバーキルもいいところである。
「好きーっ! 大好きーっ!」
「あわわわわ……キタゾノがおかしくなっちゃった!?」
「アルコールの影響で、泥酔時に見られる錯乱状態にあるのかもしれないね。日影くん、北園さんをベッドに戻してあげなさい」
「ああ、分かった。……ほれ、北園。それ以上やると日向が心臓ショックで死ぬぞ」
そう言いながら、日影が北園を日向から切り離そうとする。
しかし北園は、今度は日影の顔を見てにしゃりと笑う。
「……えへへ~」
「お、おい。なんだ。どうしたんだ、こっちをジッと見て……」
「日影くん、好きーっ!!」(抱き着く)
「!??!?!!?」(バタンッ)
日影、卒倒。
目を見開いたまま、床に倒れてしまった。
しかし、なおも北園は日影から離れず抱き着いている。
オーバーキルもいいところである。
「ああっ、ヒカゲもやられた!?」
「本当に北園さんに弱いなこの二人は。……ほら北園さん、ちゃんと寝ないと風邪を引くよ?」
そう言って狭山は北園を日影から切り離そうとする。
しかし今度は狭山に向かって抱き着いてきた。
「狭山さん、好きーっ!!」
「ま、待ちなさい。自分と君とでは年の差やら何やらと問題がありすぎる……」
北園は止まらない。
その場にいるものたちに、手当たり次第にハグを仕掛けていく。
「本堂さん、好きーっ!!」
「そうか。お前がもう少し巨きければ危なかった」
「シャオランくん、好きーっ!!」
「待って待って。ボクにはほら、リンファがいるから……」
「ズィークさん、好きーっ!!」
「…………。」(困惑の表情)
「ちょっと!? ズィークを取らないでよ!?」
「オリガさんも好きーっ!!」
「あ、こら!? 抱き着かないでよ! ちょっと誰か、この子を引きはがして!」
「う、うーん……。なんか、北園さんが抱き着いてきた夢を見た気が……」
「日向くん、好きーっ!!」
「!??!?!!?」(バタンッ)
「ああっ、ヒューガがまた死んだ!?」
「みんな好きーっ!! 大好き―っ!!」
どうやら、北園は酔いが回るとハグ魔になってしまうらしい。
結局、彼女が落ち着くまで一時間近くかかったそうな。
◆ ◆ ◆
そして、夜が明け、帰国の時がやってきた。
「じゃ、縁があったらまた会いましょ」
「…………。(『さよなら! またね!』と書かれたプラカードを持って立つズィークフリド)」
ロシア組の二人に見送られ、日向たちは日本へと帰っていった。
ちなみに、北園は朝からひどい頭痛に悩まされたそうな。
一つ、また一つと歯車が集まっていく。
それら全てが噛み合い、大きな一つとなって連動していく。
運命というオルゴールが、静かに奏でられる。
ある者には、その音色は澄んだものに聞こえるだろう。
そして、ある者には。
その音色は、残酷なものに聞こえるだろう。
どうか、この先にどれほど惨い出来事が待ち受けていたとしても。
オルゴールが奏でる曲の終わりまで、彼らが折れませんように。




