第137話 共同戦線
「ウガアアアアアッ!!」
「やべぇ、北園が!」
ビッグフットが、地面に倒れた北園にトドメを刺すべく、巨大な氷の棍棒を振り上げる。それを見た日影が、すかさず北園のもとに駆け寄っていく。北園を庇うつもりだ。
(……だが、オレが北園を庇ったところで、もろとも潰されるのがオチじゃねぇか……? かと言って北園を引っ張って逃がす余裕はねぇし、だからって諦めるなんざもってのほかだ! クソ……やるしかねぇ!)
日影が北園のもとに到着。
同時にビッグフットの棍棒が無慈悲に振り下ろされた。
ズガン、と氷塊が激突する音が鳴り響いた。
「……く……なんだ……痛くねぇ……?」
日影が覚悟していた棍棒の衝撃は、いつまで経ってもやって来なかった。その代わりに、彼の目の前に黒い人影が立っている。
「…………ッ!」
「あ……アンタは……!」
日影の目の前に立っていたのは、ズィークフリドだ。
彼が、たった一人で棍棒を受け止めたのだ。
両腕のガードで、棍棒を食い止めている。
(あ、あのデカい棍棒を、たった一人で受け止めるって、どういうパワーしてるんだコイツ!? そりゃオレよりずっと鍛えてるんだろうけどよ、何の能力も無い生身の人間だろ!?)
だが、まだ危機は去っていない。ビッグフットはズィークフリドを押し潰すべく棍棒に力を込め、ズィークフリドもそれに対抗する。膠着状態が続いている。
「ウガアアアアアアアッ!!」
「…………ッ!!」
ビッグフットが全体重をかけてズィークフリドを潰しにかかる。さすがのズィークフリドも、これだけの超重量を相手にするのは分が悪いらしく、膝が少し折れ始めてきた。
「……ちっ、オレもゆっくりしてる場合じゃねぇぜ。このままじゃ北園が危ねぇから、とりあえず北園だけでも逃がして……」
「ワンッ」
……と、ここへオリガに操られたユキオオカミがやってきた。
ユキオオカミは北園の襟首を咥えると、棍棒の下から引っ張り出していった。
「……仕事を取られちまったな。だったら、今度はビッグフットを攻撃して隙を作る……!」
「いや、それは俺に任せてもらおう」
そう言ったのは、本堂だ。日影とズィークフリドの隣を迅雷状態で走り抜け、ビッグフットへと駆け寄る。そして、右足を踏み込み、ビッグフットの顔面目掛けて大ジャンプ。4メートル近くあるビッグフットの顔へと肉薄し、両手に持った二本の高周波ナイフでビッグフットの右眼を十字に切り裂いた。
「おぉぉぉっ!!」
「ガアアアアアッ!?」
ビッグフットはたまらず仰け反り、斬られた目玉を左手で押さえる。
ズィークフリドがこの隙に、ビッグフットから距離を取る。
それに倣って、日影もまたビッグフットの前から後退した。
「っと、また仕事取られちまった。だが、ナイスだぜ本堂。すげぇジャンプだったな」
「ああ、俺も驚いた。あれだけ跳べるとはな。……おっと、とにかく今はここを離れた方がいい」
そう言って、本堂はビッグフットをチラリと見やる。
手負いとなったビッグフットは、やたらめったらに暴れている。
左手で右眼を庇いながら、右手の棍棒で周囲を破壊する。
「ウガアアアアアッ!!」
「あの野郎、メチャクチャしやがるぜ。工場が潰れちまう」
「あれでは近づけんな。どうすれば……」
日影と本堂がビッグフットの様子を窺っていると、どこからかパパン、パパン、と銃声が聞こえた。そして、ビッグフットの身体から少量の血が流れる。
「ウ!?」
ビッグフットが怒りの目を向けると、そこには銃を構えたテロリストたちの姿があった。
◆ ◆ ◆
テロリストたちがビッグフットに発砲する少し前のこと。
「痛ったぁ~……」
身体を”再生の炎”に包まれながら日向が起き上がる。
ビッグフットの腕に吹き飛ばされて、倒れていた。
ギリギリ死んではいなかったが、意識を失っていた。
「熱つつつつ……くそ、ひどい目にあった。状況はどうなって……」
呟きつつ、日向が顔を上げる。
すると、正面にいた二人のテロリストと目が合ってしまった。
ニット帽を被った男と、顎の骨のイラストが描かれたスカーフで顔を覆っている男だ。
この二人は、ビッグフットから逃げ遅れ、仲間たちからも置いていかれ、この場所に隠れていたところ、吹っ飛んできた日向の再生シーンを目撃してしまったのだ。
見れば、彼らの他にも、周りに何人かの仲間たちがいるようだ。いずれも物陰に身を隠し、日向の様子を窺っている。怪我をしている者もいるようだ。
「…………あ、どうも……」
『テ、テメェなんなんだ!? 身体が燃えて……化け物か!?』
『マモノか! マモノなんだろお前!』
「ちょ、待って、銃を突きつけないで!?」
先ほどは拳銃で見事な立ち回りを演じてみせた日向だが、こうやって一方的に銃を突きつけられてしまえば形無しである。
男たちはロシア語で日向をまくし立てるが、日向にはロシア語が分からない。それでも並々ならぬ敵愾心は伝わったので、ダメもとで英語での説得を試みる。
「ほ、ほら! 今はマモノが暴れまわっていますよ!? 人間同士で戦っている場合じゃないと思うんですよ!」
『何言ってるか分からねぇぞ! ロシアならロシアの言葉で喋れよ!』
『動くなよ! 動いたら撃つぞ!』
「ああダメだ……。今日は言語の壁で死にそうだ……」
日向が諦めの表情を見せる。
だがここで、彼の耳の通信機から通信が入った。狭山だ。
『やぁ日向くん。彼らを説得したいなら、自分に任せてはくれないだろうか』
「あぁそうか! 狭山さんならロシア語ペラッペラだ! お願いします!」
『任せてくれ。まずは、彼らに君の通信機を渡してほしい』
「分かりました……けど、受け取ってくれるかなぁ?」
日向は自分の耳から通信機を外し、テロリストの二人に手渡す。
警戒の手を緩めない二人であったが、日向が「とりあえずこれを受け取ってください!」と必死にジェスチャーした甲斐あってか、やがてスカルスカーフの男が通信機を受け取り、自身の耳に当てた。今は通信機越しに狭山と話をしているのだろう、何やら話し込みながら、ウンウンと頷いている。
そして二人は日向に通信機を返すと、コクンと頷き、銃を手にビッグフットの方へと向かった。周りの仲間たちも彼に続いている。
「これは……」
『説得成功だ。その代わり、戦いが終われば彼らを見逃すよう条件をつけられたが、まぁ再び傷つけあうよりは良いだろう?』
「そうですね。よしゃー、俺もそろそろ復帰しないと!」
そう言うと日向は、落としていた『太陽の牙』を拾い、ビッグフット目掛けて走っていった。
◆ ◆ ◆
「ウガアアアアアッ!!」
周囲からテロリストたちの銃弾を受け、ビッグフットが煩わしそうに棍棒を振るう。しかし右眼が潰され、周囲にいるテロリストたちを上手く捉えられない。
『星の牙』は途方もない生命力を誇るが、原則、防御力が特別高いワケではない。銃弾はちゃんと通用している。
「ウガアアアアアッ!!」
「うおわぁ!?」
「ぎゃああ!!」
数撃ちゃ当たる、とビッグフットががむしゃらに棍棒を振るう。うち捨てられた木箱に身を隠して射撃していたテロリスト二人が、木箱ごと吹っ飛ばされてしまった。
「今だぁッ!!」
その隙を突いて、日影たちが背後から攻撃を仕掛ける。
日影がビッグフットの脚を数度斬りつけ、本堂が逆側の脚を高周波ナイフで引き裂いた。体勢を崩したところにシャオランが横から、ビッグフットの脇腹に強烈な跳び膝蹴りを入れた。
「ガアアアアアッ!!!」
ダメージを受け、日影たちに標的を切り替えるビッグフット。
すかさずビッグフットから距離を取る三人。
そしてそこに、今度は日向が突撃する。
「燃えろ、『太陽の牙』!!」
日向が叫ぶと、『太陽の牙』の刀身に火が灯る。
ビッグフットは日向の接近を感知するがもう遅い。
『太陽の牙』は、ビッグフットの腹に深々と突き立てられた。
「ウガアアアアアッ!?」
「よっしゃ、やったぞ!」
確かな手ごたえを感じた。日向は勝利の喜びを口にする。
……が、ビッグフットはまだ倒れなかった。
「ウガアアアアアッ!!!!」
「うわあああああ!?」
棍棒を持つ手とは逆の手で日向を捕まえるビッグフット。
逃げ遅れ、ビッグフットに握りしめられる日向。
『太陽の牙』は、依然ビッグフットの腹に突き刺さったままだ。
「あああああああ誰か助けて」
「ああ!? ヒューガが捕まっちゃった!?」
「放っとけ! どうせ殺しても死なねぇんだ!」
「おい誰だ今『放っとけ』って言ったヤツ!」
「本堂だぜ本堂!」
「待て、俺に罪を擦り付けるな」
やがてビッグフットは少し離れた場所にいる日影を捕捉すると、彼目掛けて日向を投げつけた。風を切りながら、日向が日影に向かって飛んでいく。
「ああああああ日影えええええ受け止めてくれええええええ」
「悪い。無理」
日影は身を屈め、飛んできた日向を避けた。
日影の頭上を日向が通過。
「お前えええええええええええええ!!!」
やがて日向は、日影の背後に設置されている機械にグシャリと激突し、動かなくなった。
「さて、もう一押しだと思うんだが……」
潰れた日向をスルーして、日影が呟く。
ビッグフットは、燃え盛る『太陽の牙』を腹に突き刺されたまま、最後の力を振り絞って暴れまわっている。あまりにも激しく暴れるので、日影たちはなかなか手を出せないでいる。
「……シャオラン。お前なら、あの大暴れしているビッグフットにも近づいて攻撃できるんじゃねぇか?」
「いや無茶言わないでよぉ!? 一瞬で吹っ飛ばされてお星さまになっちゃうよぉ!?」
「だよなぁ。さて、どうするか……」
「…………。」
と、そこへズィークフリドがやってきた。
日影の脇を通り過ぎ、ビッグフットへと向かって行く。
「お、アンタ、行く気か? だが奴さん、あの暴れようだぜ? 大人しくチャンスを待った方が良いと思うがね」
「…………――――」
日影の制止を聞かず、ズィークフリドはビッグフット目掛けて走る。
「あ、おい!? マジで危ねぇぞ!?」
「良いのよ、見てなさいな」
ズィークフリドを引き留めようとする日影を、ロシアのエージェント組の片割れであるオリガが制した。仕方ないので、日影は傍観に徹する。
ビッグフットに接近するズィークフリド。
ビッグフットもズィークフリドの接近を確認した。
「ガアアアアアッ!!」
ビッグフットが前のめり気味に棍棒をフルスイング。
だがこれは、ズィークフリドの上体を狙っている。
屈めばギリギリ当たらない。
ズィークフリドは、素早く上体を下げて棍棒を回避。
そのまま物凄い勢いでダッシュし、ビッグフットとの距離を詰める。
そして前に出した左足を踏みしめ、右の拳を握りしめ、突き出す。
「ッ!!!」
「グガァ……ッ!?」
突き出されたズィークフリドの右拳は、ビッグフットの眉間に直撃し、なんとビッグフットを工場の壁際までぶっ飛ばしてしまった。ビッグフットが後頭部から壁に激突し、しかしすぐに立ち上がってみせる。
「ウグ……グガアアアアアッ!!」
ビッグフットが大ジャンプ。
ズィークフリド目掛けて棍棒を振り下ろす。
しかしズィークフリドはこれを横に跳んで避けた。
すると、ズィークフリドはもう一度跳躍し、ビッグフットが握りしめる棍棒の上に、踏みつけるように跳び乗る。棍棒を踏みつけられた衝撃で、ビッグフットの体勢が崩れる。
「ウ!?」
前のめりにバランスを崩すビッグフット。
ズィークフリドは、ビッグフットの顔面に真っ直ぐ跳躍。
その勢いのままに右手の貫手を繰り出し、ビッグフットの左目に突き刺した。
「グガァ!? ウグァァアァァァアッ!?」
これでビッグフットの両目が潰れた。ビッグフットはたまらず左目を押さえ、それに巻き込まれないようにズィークフリドは飛び降りる。
「…………。」
ズィークフリドの攻撃は止まらない。
再び跳躍し、今度はビッグフットの首の体毛を鷲掴みにする。
そのまま自身の身体ごと回転させながらビッグフットの体毛を引っ張り……。
「…………ッ!」
「ウガアアアアッ!?」
ビッグフットの巨体が、前回りしながら床に叩きつけられた。
ズィークフリドが、ホイップする形でビッグフットを投げたのだ。
ズシン、と工場内に轟音が響く。
仰向けに倒れたビッグフット。
その身体の上で、大きく宙返りをするズィークフリド。
彼の着地地点には、腹に突き刺さった『太陽の牙』。
「ッ!!」
「ガアアアアアッ……ッ……」
ズィークフリドが『太陽の牙』を思いっきり踏みつける。
刃はさらにビッグフットにめり込んだ。
それがトドメとなり、ビッグフットは遂に息絶えた。
「アイツ……なんて野郎だ……」
ズィークフリドの戦いぶりを見た日影は、唖然とした表情でそう呟いた。
倍以上の体格差を誇る怪物を、素手でぶっ飛ばし、攻撃を受け止め、ぶん投げてみせたあのパワー。ズィークフリドの身体能力は、日影がこれまで見てきたどんな人間よりも、超人的だった。
「…………。」
ビッグフットの亡骸の側で、静かに佇むズィークフリド。
呼吸音は落ち着いており、汗水一つすら流していなかった。




