第128話 迅雷
「ここじゃ危ないから、外に出よう」
「シャオランよ。狭山さんが『表に出ろ』だそうだ」
「言い方ぁ!!」
狭山に促され、リビングから庭に出る五人。
以前も述べたが、マモノ対策室十字市支部の庭はかなり広く、身体を動かすには最適だ。
狭山が持ってきたナイフの大きさや刃渡りは、今まで本堂が使ってきた軍用ナイフと同程度といったところか。柄にはライン状の電飾がほどこされているようで、それらは今は機能せず暗いままである。
「それで狭山さん。そのナイフはいったい、何なんですか?」
「ふふふ。これは高周波ナイフさ」
「高周波ナイフ!?」
「そうだよ、日向くん。『ARMOURED』のレイカさんが使っていた刀と同じ、鉄をバターみたいに切り裂いてしまう究極のナイフさ。見ててね?」
そう言うと狭山は、ナイフの柄についているボタンをカチッと押し込む。すると先ほどまで暗かった、ナイフの柄のラインが水色に光り、それが正しく起動したことを知らせる。そしてそのまま狭山は、ナイフをおもむろに目の前に置いてあった岩に向かって投げつけた。
ナイフの刃は、いともたやすく岩に突き刺さってしまった。
さらに狭山は突き刺さったナイフに近づくと、今度はナイフを真下に振り抜き、岩を切り裂いてナイフを取り出してみせた。
「ひええ……なんつー切れ味……」
「すごいだろう? これならワイバーンの鱗はもちろん、ブラックマウントの甲殻だって易々と切り裂くことができるだろう。これで本堂くんの攻撃力もかなりのものになったはずだ」
「……けどそれなら、レイカさんみたいにカタナ型にした方が、刃渡りが長くて威力もあったんじゃ?」
「そこは以前、日向くんが本堂くんのことを『アサシン』と称したところを参照にしたんだ」
「へ? いつ言いましたっけそんなこと?」
「ああ、オレ覚えてるぞ。フォゴールと戦った時、森に入る直前だろ?」
「お、正解だよ、日影くん」
「お前、よく覚えてるな……。話を戻しますけど、参照にしたっていうのは……」
「まぁ、そのままの意味だよ。本堂くんが毎回好き好んでナイフを使うのと、君から見た意見も合わせて、本堂くんはブレードよりナイフの方が性に合ってるのだろう、と判断したんだ」
その狭山の言葉に、本堂本人も頷く。
「実際、俺も剣よりナイフの方が使いやすいと思います。だから俺はこれで良いですよ。それに何より、剣だと日向たちと被る」
「被るって。そこそんなに重要ですか」
「いやいや、そこは意外とバカに出来ないよ、日向くん。剣とナイフは同じ刃物ではあるけど、役割はけっこう違ってくるものだ。ナイフ投擲などはその代表例だね。すでに剣枠は二人いる以上、本堂くんがナイフ役を担当してくれると、戦略の幅が広がると思うけどね」
「まぁ、確かに。……けど、ナイフ投擲って言ったって、一本だけじゃ使い勝手が悪いでしょう? 一発限りの奥の手にするんですか?」
「ははは、まさか。一本しか用意しなかった、なんて言った覚えはないよ?」
そう言うと狭山は、コートの中からさらに多くの高周波ナイフを取り出してみせた。その数、最初のものと合わせて八本。
「うわぁ。たくさん用意しましたね……」
「これだけあれば、一本や二本投げても困らないだろう? 自分の持てる技術を駆使して作った、特別製だよ」
「これも狭山さん謹製ですか……なんか狭山さんって、作るもの全てが物騒ってイメージができつつある……」
「それは、誉め言葉として受け取っていいかな?」
「どうぞ好きにしてください……」
「それはどうも。……さて本堂くん。コレが君のさらなる力になることを祈るよ。ナイフを収納するための専用のベルトも用意した。ナイフの予備はそこそこあるから、戦闘中に回収できなくても気にしないでいいよ」
「ありがとうございます」
狭山から高周波ナイフ一式を受け取る本堂。
その本堂に、日向が声をかける。
「……そういえば本堂さん。さっき、マモノ討伐関係で見せたいものがある、って言ってましたよね? あれって何なんですか?」
「ああ、そうだったな。ここなら丁度いいか」
「丁度いい?」
「ああ。丁度いい」
そう言うと本堂は、ゆっくりと日向から離れ始める。
やがて二人の距離が20メートルほど離れると、本堂は日向に向き直り、口を開いた。
「今から見せるのは、俺の新しい力だ」
本堂がそう言った、その瞬間。
本堂の全身に、ビリッ、と稲妻が走った。
次の瞬間。
恐るべき速さで20メートル先の日向に駆け寄った。
わずか二秒もしないうちに、本堂が日向の目の前まで迫る。
「おわぁ!?」
本堂のあまりの勢いに、日向は思わず後ずさりし、尻もちをついてしまう。
「ほ、本堂さん!? 今のスピードは……!?」
「スピードだけじゃない。身体のパワーそのものが向上している」
そう言った本堂は、今度は背後のマモノ対策室の壁に飛びついた。
壁を一度蹴って、あっという間に二階のベランダへ。そこからさらに手すりを蹴り上がり、あっという間に屋根へとよじ登ってみせた。
ちなみに、地面から建物の屋根までの高さは10メートルくらいある。
今の本堂の身軽さたるや、完全に超人のそれである。
「おお、すげぇ……。スコット君みたいな動きしたぞ……」
「すごい! ネコみたい!」
「あれが……ジャパニーズニンジャ……!」
「木によじ登るサルみたいだったな」
「んー、この統一感の無さよ。そして日影は褒めてるのかそれ?」
軽業師のごとき凄まじい動きを見せた本堂を、下の四人は思い思いに称賛する。
そんな皆の元に向かって、本堂は屋根から飛び降りる。
芝生の上で着地と同時に前転して受け身を取る。
屋根から地面まで相当な高さがあったにも関わらず、本堂は全くの無傷であった。
「うおお、すごい! あんな高さから飛び降りても、傷一つついてない!」
「今のは、ただの受け身だ。何の能力も使ってない」
「がくっ。……いやでも、それはそれで普通にすごいですよ? それで、本堂さん。さっきの超スピードは一体……? 動く直前に、身体中から電気が走りましたけど、あれが新能力なんですか?」
「ああそうだ。舞から習った」
「舞さんから!?」
◆ ◆ ◆
「舞よ。何か新技を考えておくれ」
「えぇー……いきなり何? お兄ちゃん」
先日の夜の話。
本堂は自宅にて、妹の舞にこう声をかけた。
「俺の超帯電体質は、マモノとの戦いの中で日々鍛えられているらしい。最初と比べて、電気の威力も含蓄量もコントロール力も格段に向上しているのが感じられる」
「ふむふむ」
「今なら、以前は出来なかったような無茶な電気の使い方もできるかもしれない。そこで、漫画やアニメの知識を持つお前に声をかけた」
「えーと、つまり、私の知ってる漫画やアニメを参考にして、新しい技を考えてくれ、ってこと?」
「そうだ。俺はどうもそのあたりの知識に疎くてな。一から考える俺より、既存の知識を参照できるお前の方が、良い案を出してくれるかもしれない、と踏んだ」
「ははぁ……なるほど……」
舞の表情が、だんだんと高揚してきた。
新しいおもちゃを見つけたような、そんな顔だ。
「よーし、この舞ちゃんに任せなさい! じゃあまずは……地面を殴りつけることで強烈な電気の波を発生させる技!」
「無理だ。地面に電気は流れない。よしんば流れたとしたら相当な高圧電流なのだろうが、まだ俺はそこまでの威力の電撃を生み出すことはできない」
「むむむ、さすがにちょっと無理があったかぁ。じゃあ次は……相手を追尾する雷の球を発射する技!」
「それも無理だ。相手を追尾するということは、相手の生体電気に吸い寄せられるような電気を生め、ということなのだろうが、俺の電気は磁力を伴わない」
「じ、じゃあ、相手の攻撃を受け止める雷のバリアーを発生させるとか! こんな……ATフィールド的な!」
「電気に物理的なエネルギーは伴わない。相手の攻撃は基本的に透過する」
「わ、私の発想力が、お兄ちゃんの化学知識でダメにされていく……」
「そうだ。俺が新技を考えると、そんな風に最初から全てを諦めてしまう。だからお前に頼んだ。もっと色々な案を出してくれれば、その中から実現可能なものも出てくるかもしれない。負けるな」
「ぐぬぬ……言わんとしていることは分かるけど、発案を依頼した張本人が次々と案を否定していくっていうのは、なんだかなー」
その後も、舞は次々と新技案を出した。
しかしその悉くが、本堂の現実的な意見によって否決されていく。
「お……お兄ちゃん……せめて、何も試さずに否定していくっていうのは、ちょっと……」
「俺もそう思うのだがな。どうしても上手くいく気がしないんだ」
「うーん……後は……シンプルに電気で自分の肉体を強化するとか……」
「ふむ……それは……」
「いやー、やっぱりちょっと厳しいよね? 電気にはどうせ、自分の身体を強化する成分なんて無いんでしょ? 知ってる知ってる。さすがに無理だったよね」
「……いや、いけるかもしれん」
「……あれ?」
舞の案を受け、本堂は口元に手を当てて、思考を始める。
「人間は、脳から神経へ、神経から筋肉に『信号』を伝えることで運動を為す。この『信号』というのが生体電気なんだ」
「へぇー……じゃあ実際のところ、お兄ちゃんだけじゃなくて、私たち普通の人間にも電気って流れてるんだね」
「そもそも俺の電気の含蓄量が異常なだけで、電気自体は普通の人間だってある程度持っている。……それで、だ。この『信号』に使う電気をより大きく、強力なものにしたら、純粋に運動能力が向上するかもしれん」
「で、できるの? そんなこと?」
「まだ試してないから、あとは練習だな。先ほど言った通り、電気のコントロールは向上しているから、恐らくいけるだろう。お前に頼んで正解だった、舞」
「えへへ……えっへへ~……そうでしょそうでしょ! じゃあ、その技が完成した暁には、ちゃんとした名前を考えないとね! この舞ちゃんが”指電”に並ぶカッコイイ技名を考えてあげましょう!」
「”指電”をカッコいいと思っていたのか」
「お兄ちゃんは思ってなかったの!?」
◆ ◆ ◆
「こうして、舞の協力により、俺は二つの新技を手に入れた。それと、協議の結果、この新しい能力の名前は”迅雷”になった」
「”指電”と大して変わらないネーミングを採用した理由は……?」
「せっかく妹が考えてくれた技名を、無下にはできんだろう」
「な、なるほど」
「”電光石火”と、どちらにしようか迷ったのだがな」
「俺はどちらかというと迅雷派ですね」
「ちなみに俺も、迅雷状態で最大放電しながら敵に体当たりを仕掛ける”暴流帝火”という技を考えたが、迅雷を維持したまま最大出力の放電を繰り出すのが難しく、お蔵入りとなった」
「アンタは電気ネズミか何かか。そしてなんだそのネーミングセンスは」
「カッコいいだろう?」
「舞さんに任せて正解だよ」
「ふむ」
ともあれ、これでただでさえ速い本堂のスピードが、さらに強化された。
『迅雷』を使用した本堂の動きは、まさしく疾風迅雷と呼ぶに相応しいものだった。
超スピードと高周波ナイフを手に入れ、今後の本堂の活躍もさらに期待がかかったところで、今回はお開きとなった。
「…………ちょっと待ったぁ! さっき本堂さん、『舞さんの協力によって、二つの能力を手に入れた』って言ってましたよね!? あと一つは!?」
「む。」
日向の声を受けた本堂は、珍しく少々苦い顔をする。
「もちろんしっかり習得しているが、こちらは秘密の奥の手とさせていただきたい」
「えぇー、ケチー」
「なにせ、少々負担が大きいから、俺自身もまだ試したことさえない」
「そ、そんなのでちゃんと使えるんですか?」
「ああ。使えること自体には、確信がある。いずれお披露目する時も来るだろうさ」
そう言うと本堂は、わずかにだが、いたずらっぽく微笑んでみせた。




