第126話 全件終着
ましろはサンダーマウスのいなずまちゃんを抱きかかえ、マモノ対策室室長、狭山誠に真っ直ぐ向き直る。
これから始まるのは、交渉だ。
まだあどけなさの残る少女が、マモノ対策室のトップに、マモノと共に暮らしていけるよう直談判するのだ。もっとも、ましろは目の前の男がマモノ対策室の最高責任者だとは知らないのだが。
「あ、あの……この子を飼っちゃダメですか……?」
「うーん……マモノって危険だからねぇ……人を殺すこともあるんだよ?」
「いなずまちゃんは大人しいマモノです……! お願いです、信じてください!」
「本当かなぁ? そうやって人間を油断させているのかも」
「この子はもう、私の大切な友達なんです……! 離れ離れになるなんてイヤです……! お願いします……!」
「飼い主の君の口からは、何とでも言えるんだろうけどねぇ……。せめて他の証人がいればなぁ……」
わざとらしく困ったような表情を見せる狭山。
それに対して、本当に心の底から困っていることが分かる表情を浮かべるましろ。
そんなましろに、日影が助け舟を出す。
「狭山よぉ、ましろが言ってることはマジだぜ。いなずまちゃんは本当に大人しいマモノだ。昨日、オレは見た。アレだ、『自由派のマモノ』ってヤツだぜ。飼っても害は無いと思うぞ」
「あー、日影くんは黙っててね。君の性格だと、何の根拠も無しに彼女を庇っている可能性もある。親族、身内の証言は認められませーん」
「クソが」
一言吐き捨てて引き下がる日影。
しかし実際のところ、日影は昨日、何故かいなずまちゃんに襲われている。それを隠しての証言だったのだから、実際に狭山の『日影の証言を認めない』という判断は正しかったのだ。日影としては引き下がるしかない。
「さて、どうする? ましろちゃん」
「わ、私は……」
「もう何も言うことが無いのなら、いなずまちゃんとお別れの用意をしておくといい」
「そ、そんな……!?」
「ましろの言ってることはホントだよ!」
二人の会話に割って入ったのは、先ほどまでましろをいじめていたサキだった。
「アタシ、昨日見た! そのマモノ、ウチらがましろをいじめてたら彼女を守るように動いたんだ! そのマモノは良いマモノだよ! アタシが保証する!」
「ウチも! ウチも見た!」
「サキの言う通りだよ! 信じてよオッサン!」
「サキちゃん……みんな……」
サキだけではない。取り巻きの二人も一緒になって狭山に意見する。
ましろは、思わず涙目になるほど嬉しい気持ちに溢れていた。
「……自分の負けだね、これは」
「じゃあ……!」
「実際、いなずまちゃんはこれだけボロボロされても人間を攻撃してこない。君の言う通り、本当に良い子なんだね。大切にしてあげなさい」
「は、はい……!」
「よかったな、ましろ!」
「うん! ありがとう、サキちゃん……!」
これまでで一番の笑顔を見せて喜ぶましろ。
そのましろと抱き合って喜ぶサキ。
二人の仲睦まじい様子を見て、狭山は納得がいったかのように頷いた。
そして、そんな狭山に日向が寄ってきて声をかける。
「狭山さん……最初からこの流れに持ち込むつもりでしたね……?」
「おや? どういうことかな日向くん」
「最初から、サキさんがましろさんを庇うのを待ってたんでしょ? 『せめて他の証人がいればなぁ……』とか、分かりやす過ぎます。交渉なんかするまでも無く、ましろさんがいなずまちゃんを飼うのを許すつもりだったんでしょ? それに狭山さん、前に自分で言ってたじゃないですか。『自分はハッピーエンド至上主義だ』って」
「……んー、君は時々、驚くほど鋭い時があるよね?」
「そんなことありませんよ、俺じゃなくても誰だって気づいてたかと。なぁ日影? そうでしょ本堂さん?」
「え。……あ、あぁ。そうだな」
「まぁそんなことだろうとは思ったが」
(……あれ、日影は気づいてなかったのか? 俺は気づいてたのに、それでも俺か)
訝しげに首を傾げる日向。
一方の狭山は、日影と本堂からも自身のバレていたと思い、頭を掻いている。
「はは、なんだバレバレだったか。悪役の演技は向いていないのかな自分は。でもまぁ、おかげで二人が本当に友情を取り戻せたところを確認できた」
いたずらっぽい微笑みを浮かべる狭山。
そして、何やらメモ帳を取り出し、ボールペンでサラサラと何かを書き込むと、それをメモ帳からビッと千切ってましろに手渡した。
「はいこれ、自分の念書ね。今後、いなずまちゃんを飼うことにケチ付けてくる人がいたらそれを見せてあげなさい。マモノ対策室室長のお墨付きで、その子の飼育を認めよう」
「あ……ありがとうございます! ……って、『室長』!? 室長さんだったんですか!?」
「おっと、自分と会ったことは他言しないでくれると嬉しいな。自分たちの正体についてもね。それと、人間に懐いたマモノなんて極めて貴重な存在だ。できれば飼育レポートを書いて、この住所に時々郵送してくれると嬉しいんだけどなー?」
「あ……はい! 頑張って書きます……!」
「おお、素晴らしい。助かるよ。でも無理しなくていいからね。テスト勉強とか、そっちの事情があればそっちを優先してね」
「は、はい……!」
ましろの返事を聞いて、狭山は満足げに頷いた。
見た者を暖かな気持ちにさせる、柔らかい笑顔を浮かべながら。
「さて、これで本当に一件落着だ。あとはそこで伸びている少年たちに、もうこの件は忘れるようにと説得するだけだね」
「そう簡単に聞いてくれますかね? 日影じゃないですけど、コイツら、こんなねじ曲がった性根だとまた復讐に来るんじゃあ……」
「なあに、そうなったら『今度はマモノ対策室が君たちの相手をしよう』と伝えるだけさ」
「穏やかじゃないですね……平和的解決はどうしたんですか……」
「平和というのは厳しいものでね、時には武力で勝ち取らないといけないのさ」
「ああ言えばこう言う、悪い大人だ……!」
あっけらかんと答える狭山に、日向は呆れた表情を見せる。
と、そこへましろが日向に歩み寄ってきた。
「ええと、あなたは、日影さん……ではないのですよね……?」
「ああ、俺は日向だよ。日下部日向」
「日向さん……ごめんなさい!」
「え!? えっと、何が!?」
突然ましろに頭を下げられ、困惑する日向。
「私があなたの話も聞かず、ここに連れてきてしまって、酷い目に合わせてしまいました……! 本当にごめんなさい……!」
「あ、ああ、それか。いや、大丈夫だよ。もう済んだことだし。それに怪我ももう治っ……じゃなくて、大した怪我はしてないからさ。気にしないで」
「ありがとうございます……。日向さんは気が優しくて、度胸もあるんですね……」
「優しい……まさか。俺には一番無縁な言葉だよそれは」
どこか遠い目をして、日向はそう告げた。
しかしましろは、そんな日向の言葉を受け入れず、食い下がる。
「で、でも、男子五人を相手に、逃げずに立ち向かってくれたじゃないですか……。私なんて、震えてるばかりで……」
「いや俺も逃げる気満々だったんだけどね……。それを言うなら君だって、いなずまちゃんがボロボロにされているのを見て、真っ先に助けに入った。俺がボコられている時も、あのヒロシとかいうヤツに正面切って立ち向かった」
「それは、なんというか、私も必死だったので……」
「それにさ、こうやって俺にちゃんと謝ってくれている。人に謝るってすごい勇気がいるだろ? 君は、君が思っている以上に優しくて度胸がある子だと俺は思うよ」
「日向さん……ありがとうございます……」
再度、ましろが日向に頭を下げる。
日向、頬を指で掻きながら困惑。
その横から、日影が茶々を入れてきた。
「あぁ。ましろは日向なんかよりよっぽど度胸がある。オレが保証する」
「お前に言われると途端に腹が立つのはなんでだろうな?」
茶々を入れる日影に拳を震わせる日向。
そんな二人を、本堂と狭山は遠巻きに優しく見つめている。
そして突然、ましろに抱きかかえられていたいなずまちゃんが、ましろの腕から飛び降りて、日向の方を向いた。
「チィィィィ……!」
「ん? サンダーマウス?」
いなずまちゃんは、日向に向かって牙を剥く。
背中からバチバチと放電している。
日向は、明確な敵意を感じ取った。
「あ、あの!? なんか、俺、めっちゃ襲われそうなんですけど!?」
「え……!? 日影さんの時といい、なんで……!?」
「……もしかして、オレたちの顔に反応してるのか? 日向、お前、いなずまちゃんに何かしたのかよ?」
「いなずまちゃんに……というか、サンダーマウスと戦ったことはあるけど、あの時の個体は全滅させたはず! それ以外にサンダーマウスと戦ったことはないし、こんな恨みを買うような覚えは……」
言いながら、日向はあの時の戦い、ライジュウとサンダーマウスと戦った時のことを必死に思い出す。そして、ある一つの出来事を思い出した。
「……そういえばあの時、一匹だけ川に蹴り落とした個体がいたよな…………ねぇましろさん。そのいなずまちゃんを拾ったのって、どこ……?」
「え? ええと……確か川の近くで……というか、まさにこの辺りですよ……? ずぶ濡れになって川から這い出てきたところを、私が拾ったんです……」
「じ、じゃあやっぱり……!」
「チィィィィ!!!」(許さん、お前だけは……)
「おわぁぁぁぁぁ!?」
瞬間、いなずまちゃんが日向に飛びかかった。
仰向けに倒れた日向の上で暴れまわるいなずまちゃん。
「チィィィィ!」
「痛ててててて!? コラ、噛むな! マジで痛いから!」
「チィィィィ!!」
「痛ってぇ!? 背中の甲殻でグリグリするな! トゲトゲしてて本当に痛いっつーの!」
「チィィィィ……」(バチバチ)
「ちょ、おま!? 電撃はダメだって! レギュレーション違反だって! ホント待ってお願い!」
「チィィィィ!!!」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?」
日向の絶叫が、川べりにこだました。
ましろは顔を青くして大慌て。
日影と本堂と狭山の三人は慣れた様子で、それぞれ呆れ顔を浮かべていた。
「あわわわわわ……!? えっと、ほ、本当に! 本当に普段は大人しい子なんですよ! これは何かの間違いです!」
「う、うん。とりあえず日向くんを助けてあげようか」
「本堂、お前電撃効かないんだろ。引きはがしてやれ」
「致し方ない。しかし、記念すべき二回目の電撃吸収がこんな場面とはな」
「ちなみに一回目は?」
「初めて会った北園に電撃浴びせられたところだな」
「便利そうな能力なのに、まだ戦闘で使ったこと無いんだな……」
こうして、街の小さな事件を一つ解決した日向たちであった。
彼らの春休みは、もう少しだけ続く。




