第123話 少女と魔物と日向
日影とましろは、再びベンチの公園に座って話す。
ましろは膝にいなずまちゃんを乗せながら。
「私とあの子……サキちゃんは、もともとは友達だったんです……」
ましろ曰く。
二人は同級生で、小学生の頃は、二人は普通に友達だったという。その頃からましろは気弱で、サキは勝気な女子であった。正反対な性格の二人だが、まるで互いの足りない部分を互いが埋め合うかのような仲の良さがあったという。
しかし中学生になって、その性格の違いからか、二人は徐々に疎遠になっていった。サキは他の不良女子とつるむようになり、ましろは一人で過ごすことが多くなった。
そして、気が付けばましろは、サキたち三人組からいじめられるようになっていた。
「……気が付けばって、何かいじめられるようになった理由は無いのか?」
「はい……。私には、特に心当たりは……。もともと私ってこういう性格ですから、いじめてるとスカッとするんじゃないでしょうか……」
「……はぁ。いつの世も、どうして人ってのはこう、どうしようもねぇんだろうな……」
頭を掻きながら、呆れたように呟く日影。
そして日影はベンチから立ち上がり、この場を去ろうとする。
その去り際に、ましろにもう一度声をかけた。
「またいじめられそうになったら言いな。すっ飛んで助けてやるから」
「あ、はい……。ありがとうございます……」
「おう。んじゃ、元気でな」
そう言うと日影は走り去っていった。
後には、ましろといなずまちゃんがポツンと残される。
「……『言え』って言ってたけど、そういえば私、あの人の連絡先とか全然聞いてなかったなぁ……」
日影の姿が見えなくなってから、ましろはポツリと呟いた。
◆ ◆ ◆
そして次の日。4月1日。
空は相変わらずの曇り空である。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
昨日に引き続き、日影はランニングを行っている。
道の右側に桜が咲き、左側の土手の下には川が流れている。
そんな道を走っていると、前方から見慣れた顔がやって来た。
「……お、本堂じゃねぇか。こんなところで会うとはな」
「む、日影か。ランニング中か。ご苦労なことだな」
「まぁな。アンタは何だ? その手提げ袋を見るに、買い物帰りとかか?」
「いや、ネットカフェに入り浸っていた」
「…………冗談だよな、浪人生?」
「冗談だ。今日はエイプリルフールだ」
「クソ、最近お前のキャラについていけねぇ……」
「しっかりついて来い。振り落とされるなよ」
「止まる気は無ぇんだな……」
「残念ながらな。途中まで一緒に歩くか? それともランニングを邪魔したら悪いか?」
「……いや、たまには歩くのも悪くねぇ。一緒に行こうぜ」
「分かった」
こうして日影と本堂は、桜が咲き誇る川沿いの道を、並んで歩いて行った。
一方その頃。
「ああー、だるい」
自転車に大きな買い物袋を積みながらペダルを漕ぐ人物が一人。
その容姿は日影と瓜二つ。いや正確には、日影が彼と全く同じ容姿をしているのだが。
彼は日影の本体、日向である。
母親からおつかいを頼まれ、その帰路についているところだ。
日向の家は中心街から離れた、山沿いの静かな住宅街にある。立地的な理由から、家の大きさに反して家賃がかなり安いが、その分スーパーなどがかなり遠い。そのため、買い物に一回出かけるだけでも重労働である。
おまけに行きは下り坂だが、帰りは坂道が待っている。
日向が気だるそうに呟くのも無理はない。
「くそ、俺が家を持った暁には、絶対にスーパーの近くに住んでやる……。まぁ俺の場合、マイホームが買えるようなまともな仕事に就けるかどうかの話だけど」
溜め息を吐きつつ、自転車を漕いでいく日向。
と、ここで前方に一人の少女を見つけた。
少女は、こちらに向かって手を振っているようだ。
「……誰だあの子?」
日向は、その少女に見覚えは無い。
一度後ろを振り返ってみるが、自分以外に人はいない。
間違いなく、その少女は日向に向かって手を振っている。
その証拠に、少女は日向を見つけると走り寄ってきた。
そして少女は、日向の前まで来るとその口を開いた。
「ハァ……ハァ……良かった、見つかった! 連絡先が分からなかったから、いそうな場所をずっと探してて……。助けてください、日影さん!」
「へ? 日影? あの、俺は人違いで……」
「とにかく来てください! いなずまちゃんが大変なんです!」
「えーと……」
その少女は昨日、日影が出会ったましろであった。
だが当然、日向は彼女のことを知らない。
彼女は日影と全く同じ容姿を持つ日向を、日影本人だと勘違いしているようだ。
誤解を解こうとする日向だが、ましろは必死になり過ぎて聞く耳をもたない。何やら「いなずまちゃん」なる存在が大変なことになっているらしいことは日向にも伝わった。
「これはもう仕方ない。モタモタしてるとその『いなずまちゃん』が手遅れになるかもしれないな、この様子だと。分かったよ、とにかくどうすれば良いのか言ってくれ」
「はい! 実はサキちゃんが、こっそり飼ってたいなずまちゃんを連れ去っちゃって……。『返してほしかったら昨日の男を連れてこい』って言ってるんです。それで私、日影さんを必死に探してたんです……!」
(うーん、サキちゃんって誰……?)
「お願いします! いなずまちゃんを助けてあげてください!」
「と、とりあえずサキちゃんとやらに会ってみよう。話せば分かってくれるかも……」
(……? なんか、今日の日影さん、随分と気弱な感じです……)
昨日の日影と今日の日影を比べて、違和感を感じたましろ。
しかし今はいなずまちゃんが危ない。
そう思い、とりあえず目の前の日影をサキの元へ連れていくことにした。
◆ ◆ ◆
日向が連れて来られたのは、川岸の橋、その真下の土手だ。
「へいパース!」
「チィ!?」
「どこ蹴ってんだよヘタクソー!」
「チィィ!?」
北十字中学校の制服を着た、いかにもな不良男子が五人いる。そして彼らは、小さなマモノを容赦なく蹴飛ばし合っている。そのマモノは、ましろが飼っているいなずまちゃんだ。
彼らの側では金髪の少女、サキとその取り巻きたちがニヤニヤと笑いながらその光景を見つめていた。
(あれはもしかして、サンダーマウスか? ……いやそれより、いくらマモノ相手だからって、ひどいことしやがる……)
困惑しながらその光景を見つめる日向。
「やめてください!」
そんな男たちの間に、ましろが割って入って、いなずまちゃんを助け出した。
「おお? ましろちゃんじゃないの。どうしたの? ウチのサキをいじめてくれた例の男、連れてきてくれたの?」
いなずまちゃんを蹴飛ばしていた男子、そのリーダー格と思われる男がましろに問いかける。
「つ、連れてきました! だからお願いです! もういなずまちゃんをいじめるのはやめてください!」
「んー、どうしようかなー? ほら、マモノって危険じゃん? この間は市内の地下鉄が襲われたって言ってたし、ここで始末しておくのが世のため人のためかなって」
「そ、そんな……!?」
リーダー格の言葉を受け、ましろの表情が絶望に染まる。
「帰りてぇ…………」
日向の表情も絶望に染まる。
自分がここに連れてこられた理由を、薄々と察してしまった。
(うわぁ凶悪な顔してるなぁ……。俺ってマモノと命のやり取りしてるはずなのに、なんで人間の不良ってあんなに怖いんだろう。マモノより魔物だよホント)
自身の方へと歩み寄ってくる不良たちを見ながら、日向はそんなことを考えていた。湧き上がってきて止まらない恐怖心を、ただひたすら誤魔化すために。
◆ ◆ ◆
そしてこちらはマモノ対策室十字市支部。
リビングの椅子に座って、狭山が目を瞑っている。
机の上には何やら大量の資料が広がっており、どうやら何らかの刃物の設計図のようだが……。
「………………ん、寝てしまっていたか」
静かに目を開け、狭山は呟く。
そして唐突に立ち上がり、背もたれにかけていたいつもの白黒コートを羽織り、近くにいた的井に声をかけた。
「的井さん。自分はちょっと出かけてくるよ」
「え? あ、はい。随分と急ですね。何かご用事が?」
「んー、まあね。ちょっと出かけなければならない気がしたというか」
「はぁ……?」
「なに、息抜きの散歩みたいなものさ。すぐに戻るかどうかは、ちょっと分からないけどね」
そう言って狭山は、のんびりと家を出ていった。
スタスタと道路を歩くその足は、日向たちのいる川へと向かっていた。




