第111話 霧の森からの帰還
”濃霧”の星の牙であるフォゴールが倒れ、森を覆っていた霧はすっかり晴れたようだ。
生き残ったマンハンターたちは、旗色が悪くなったのを察して逃げていった。あとは自衛隊が何とかしてくれるだろう。
「グラスホーンの具合はどう?」
日向が北園に声をかける。
北園は治癒能力を使って、グラスホーンの怪我を治しているところだ。
「傷は塞がったけど、まだ調子が悪そうで……本当に回復してるのかどうかも……」
北園の言う通り、グラスホーンの怪我は回復したにもかかわらず、ぐったりと横たわり苦しそうにしている。そんなグラスホーンを見て、日向は思案する。
「何かのゲームか漫画であったなぁ、こんな状況。傷を治したのに具合が良くならない……フォゴールに引っ掻かれて…………ああ、分かった。確かフォゴールの爪には毒があったはずだ。北園さんの治癒能力では毒を治せないから、グラスホーンはまだ毒で苦しんでいるんだ」
「そ、そうだったんだ……! でも、じゃあどうすればいいの? 毒を治すって……」
「そこは俺に任せろ」
そう北園に声をかけたのは、本堂だ。
まずはフォゴールの死骸の前まで行くと、蹴爪に体温計のような機械を当てる。
「何してるんですか?」
「コイツの毒の成分を調べている。この装置は狭山さんが作ってくれた。『だれでも毒判別装置』だそうだ」
「便利だなーあの人」
「……ふむ、よし分かった。この毒なら対応する薬があるぞ」
そう言うと本堂は、横たわるグラスホーンに近寄り、両手の平サイズのケースを開けて、一本の注射器を取り出した。
「それは?」
「もちろん、解毒剤だ。狭山さんがあらかじめ作ってくれた」
「ホント便利だなーあの人」
北園は治癒能力で他者の怪我を治せるが、毒までは治せない。そこで狭山は、医学薬学の知識を持つ本堂に毒の治療係を頼んだ。
本堂が持っている薬ケースには、マモノが使用するほとんどの毒に対する治療薬が揃っている。さらに薬ケースは本堂専用の絶縁ケースで電気にも強い。
北園と本堂が揃っていれば、怪我と毒の治療はほぼ問題ナシだ。
なかなかバランスの良い五人かもしれない、と日向は思った。
「……良し。これでもう大丈夫なはずだ」
本堂は、グラスホーンに解毒剤を打ち終わったところだ。
戦闘中の使用を想定されているため、この薬はとにかく効き目が早い。
あっという間にグラスホーンは回復し、元気よく立ち上がった。
「キィ!」
「グラちゃん! 良かったー!」
北園がグラスホーンの首に抱きつき、その背中を撫でる。
グラスホーンも北園にされるがまま、静かにその場に立っている。
「……さて、一件落着といったところで、そろそろ俺たちも帰らなければな」
「……そうですね。外で皆が待ってる。霧が晴れたから、向こうも戦いが終わったことを知っているでしょうね。だから、北園さん……」
本堂と日向が口を開く。
それは暗に、北園にグラスホーンとの別れを促しているのだ。
「……うん、そうだよね。さすがに人間の町まで連れていくわけにはいかないもんね」
「うん……ごめん……」
「大丈夫だよ、日向くん。こう見えて、さよならには慣れてるんだよ、私」
「それは――――」
聞きかけて、日向は口をつぐんだ。
自身の直感が、聞くべきではない、と訴えかけてきた。
北園は、グラスホーンと向き合いながら、語りかける。
「ありがとう。あなたのおかげで、マモノにも分かり合える子がいるってことが分かったよ」
「キィ」
「……いつか、人とマモノが一緒になれる日が来たら、また会おうね」
「キィ」
一声鳴いて、グラスホーンは北園の頬をペロペロと舐めた。
「あはは、くすぐったい。……それじゃあ、またね!」
「キィ!」
こうして五人はグラスホーンと別れ、森の外を目指して歩き出した。
◆ ◆ ◆
霧の森での犠牲者数は、日向たちが発見した者を含めて五人確認された。いずれも登山客であり、マンハンターとフォゴールにやられたようだ。
だが、既にフォゴールは倒され、マンハンターも駆逐された。犠牲になった人たちも浮かばれるだろう。
そして後日。十字市にて。
日向たちは無事に森から帰還し、今日は学校に行っている。
その一方で、ここ、マモノ対策室十字市支部には、狭山と、本堂と、日影が集まっていた。
五人のコンタクトカメラの映像記録がモニターに映し出されている。
その映像を、狭山はジッと見つめている。
その様子を、日影と本堂は後ろで見守っている。
やがて、狭山が口を開いた。
「……謎の女性、スピカさん。マモノたちの三つの派閥。そして、マモノとの共闘。……いや素晴らしい! どうしてこう君たちは、マモノ災害の謎を次々と解き明かしてくれるんだい!? いやぁ、仕事が捗ってしょうがないね、これは!」
「心の底から嬉しそうだなアンタ」
「きっと俺たちが戦いに参加する前の一年間、上層部からこってり詰められていたんじゃないか? 『ぜんぜんマモノ災害が解決しないぞ』って」
「おっと他人の古傷を抉るのはそこまでにしてもらおうかな本堂くん」
「図星かよ」
「図星だったらしい」
日影と本堂が呆れたような声で呟く。
一方で狭山は、五人とフォゴールの戦闘記録を見ているようだ。
「うんうん。ここの日向くん、良い機転だったね。自分じゃ『太陽の牙』を満足に投げつけることができないと悟り、信号弾を利用したのか。それも、マンハンターを牽制しながらフォゴールに狙いをつけている。いや素晴らしい射撃能力だ」
「そういえば、日向はかなり銃の腕前が良かったな。大晦日の射的屋を思い出す。どうです狭山さん。アイツに銃でも装備させてみては?」
「うーん……日本の銃刀法の面から、日向くんに銃を持たせるのは、自分は反対かなぁ」
「何言ってんだ今さらだろ。両手剣振り回してるんだぞアイツ」
「そういえば、倉間さんのデザートイーグルをぶっ放したこともあったな」
「けど、戦いの最中に流れ弾が周囲に飛んでいったら危ないだろう? 訓練を受けていない人間が振り回すべきじゃないと思うね、自分は。……まぁその話は置いといて。今回君たちが持ち帰ってくれた『マモノの派閥について』の情報は、UNAMaCで協議にかけさせてもらうよ。三派閥の比率は世界でどれくらいのものか調べるんだ。『自由派』のマモノが多ければ、戦いの頻度はグンと減らせるかもしれないね」
「そう上手くいくかねぇ? いろいろな考え方のマモノが現れたのはつい最近だってグラスホーンは言ってたし、期待しない方がいいと思うなぁオレは」
「ま、それでも調べてみるだけの価値はあるさ。……あー、あと最後に、あのスピカさんという女性についてだけど……」
「ふむ……やはり、一度連れてきた方が良かったでしょうか?」
本堂が、少し気まずそうに狭山に尋ねる。
あの時は、彼女が何かしらの悪事に関わっているとは思えなかった。しかしそれでも、あのマモノが跋扈する森の中をうろつき、さらには『読心能力』という超能力まで持っていたのは紛れもない事実。政府の特務機関としては、重要参考人として拘束するのが正解だったのだろう。
五人の中で一番年上である本堂は、そこまで考えが至らなかったことを恥じていた。しかし狭山は、本堂を一切責めることなく、話を続ける。
「いやいや、君たちはもともと民間の協力者だ。そんな君たちに、特務機関としての完璧な対応を求めるというのは酷な話だろう。それに、映像越しだけど何となくわかる。彼女は自身の目的を優先させて、自分たちへの協力などの話は断るはずだ。そんな感じの性格をしている」
「確かに……あのマイペースぶりならきっとそうするでしょう」
「というワケで、彼女への協力の取り付けはあまり積極的に行わなくてもいい。いずれまたどこかで出会ったら、少し話を持ちかける程度で構わない。それで断られたらそれまででいいさ」
「いいのですか? マモノの心が読めるなんて、そうそう存在しない能力ですが」
「うん。彼女に自身の目的があるなら、それを優先させるさ。協力の強制はしない」
「そういやぁ、動物と会話できる超能力者とか、テレビに出ていることがあったよな? ああいう連中に協力を仰ぐのも良いんじゃねぇか? アイツらならマモノの心は読めないにしても、コミュニケーションは取れるだろ?」
「いや、もちろん一年前にも試したさ。しかし、彼らはマモノと会話することはできなかった」
「はぁ? なんでだ?」
「曰く、『声のカタチが複雑なんだ』と。動物と会話するのと、マモノと会話するのとでは、勝手が違うらしい。マモノとの会話は、まるで何かの暗号を聞かされているような気分だ、とも言っていたね」
「……ま、それが上手くいってりゃ、マモノに関する情報は今ごろもっと充実してるはずだよな」
「面目ない。……さて、ひと段落したところで、そろそろ君たちの勉強も見ようか。先に下で準備しておいてくれ」
「ああ、分かった」
「分かりました」
狭山に言われ、日影と本堂は部屋を出る。
一方で、狭山は再生を続けるスクリーンを見ていた。
スクリーンには、スピカの姿が映し出されている。
「…………。」
モニター上のスピカを見つめる狭山。
その表情は、どこか懐かしそうで、そして悲しそうであった。




