第107話 マモノの事情
「そろそろこの子の話をしようよ」
そう言って、スピカは後ろに座っていたグラスホーンに視線を投げかける。どうやら、グラスホーンは日向たちに話があるらしい。スピカが通訳しながら、グラスホーンの話を伝える。
曰く、この森は現在”濃霧”の星の牙によって支配されているのだという。
始めは森を侵そうとした人間を追い払うだけだったその『星の牙』は、今ではその力に溺れ、動物、人間に関係なく力を振るう暴君と化している。
『星の牙』の配下になったマモノも多数おり、動物たちの犠牲は日々増え続けている。この『星の牙』を止めるため、グラスホーンは星の巫女から力を受け、マモノとなったのだ。
日影が不思議そうな表情で口を開く。
「どういうこった? マモノってのは『人間から自然と自分たちの居場所を守るために、星の巫女から星の力を授かって進化した存在』なんだろ? それが、守るべき自然を攻撃する『星の牙』がいて、同じ『星の牙』を止めるために『星の牙』になったマモノがいるっていうのか?」
「そうみたいだねー。この子曰く、ここ最近はマモノの情勢も結構変わってきているらしいよ。星の巫女に従って正々堂々と人間と戦うマモノ、ただ人間を喰らいたいだけのマモノ、ちょっと進化してみたかっただけで戦う気なんて無いマモノとか」
「……マモノも一枚岩じゃないってワケか……?」
まとめると、今のマモノたちは大きく三つの勢力に分かれている。
一つは、星の巫女に従うマモノたち、巫女派。
二つ、己の欲望を満たすためだけに力を振るうマモノたち、過激派。
三つ、どっちつかずなマモノたち、自由派。
巫女派のマモノは、星の巫女に従い、自然と自分たちの勢力図を広げるために人間たちと戦っている。しかし、力の無い人間は追い払うだけに留め、自身に危害を与える人間は全力で仕留めにかかる。
過激派のマモノは、星の巫女の意思を無視し、自分の目的、欲望を優先する。力の無い人間は獲物としか思っていない、一番危険な勢力だ。
自由派のマモノは、星の巫女から力を授かったものの、戦う意思を無くしたり、そもそも最初から戦う気なんてほとんど無かったマモノたち。マモノとなった今でも、元の動物と同じように自然界でゆったり暮らしている。……ただし、人間側から一方的に攻撃を仕掛けられたら、徹底的に抗戦してくるだろう。
マモノたちが地球に現れて、一年以上が経過している。その中で、マモノになりたいと思う動物たちの数自体も相当に増えた。
その結果、マモノを目指す動物たちも、様々な思想、目的を持って『星の力』を求めるようになったのだ。
ところで、星の巫女は人間の無益な殺生を好んではいない。そのため過激派のマモノは、最初は星の巫女に従うマモノ『巫女派』のフリをするのだ。
星の巫女は、基本的にどんなマモノであれ分け隔てなく『星の力』を貸し与える。そして彼女から力を授かり、元の自然に帰ると、巫女の目を盗んで悪さを働くのだ。
しかし、それを良く思わない巫女派のマモノも大勢いる。
巫女派のマモノは基本的に、力ある人間と正面から戦い、雌雄を決することを望んでいる。
星の巫女の側近の赤い鳥、ヘヴンは、巫女派の実質的なリーダーとされているが、人間を強く憎んでいる彼は、「人間を減らしてくれるなら」と過激派の悪事を多少は見逃す。しかし、あまりに目に余るようであるならば、彼自らが始末にかかるという。
星の巫女の側近たるマモノが一体、ヘヴンはマモノたちの間では『死神』と異名され、マモノたちからも恐れられている存在だ。
「つまり、マモノには『倒すべきマモノ』と『そうでないマモノ』がいるということなんだろうか……?」
日向が口を開いた。
彼の言う通り、理論上は『過激派』と『巫女派』のマモノは戦う必要があるが、『自由派』のマモノは見逃しても害は無い、ということになる。
今まで「マモノは見敵必殺」と思っていただけに、五人の衝撃は大きかった。だが、ここでさらに強烈な衝撃を受けることになる。
「で、話を戻すけど、この子はキミ達に協力してほしいみたいだよ。この森にいる”濃霧”の星の牙を倒すため、力を貸してくれ、だってさ」
「まさか、マモノから共闘のお誘いがかかるとは……」
「うん。この子は別に人間との戦いに興味は無いらしいよ。あくまで”濃霧”の星の牙を止めるため、マモノになっただけだってさ」
「つまり『自由派』のマモノ……うーん……どうする?」
日向は皆に声をかける。
皆の表情は、どれも明るいものだった。
「面白そう! マモノとの共闘! やってみようよ、日向くん!」
「良いんじゃないか? もう共に食卓を囲んだ仲だしな」
「仲間は一人でも多い方がいいよ! ボクの負担も減るし!」
「……ここでオレが反対意見出しても、ヤボなだけだよな。仕方ねぇ」
「そっか。みんな同意見か。……よし、じゃあそれで行こう! よろしく、グラスホ……あ、もしかして本当の名前があったりする?」
「いや、『好きに呼べ』だってさ。『もともと自分たち動物に名前は無い。人間の好きなように呼べばいい』って言ってるよー」
「分かった。じゃあ改めてよろしく、グラスホーン!」
「キィッ!」
グラスホーンは一声鳴いて頷いた。
するとそこで、スピカが再び口を開く。
「おっと、この子、もう一つ話があるみたいだよ、日影くん」
「日向です……」
「あれー? ごめんねー、同じ顔だと分からなくなっちゃって。で、話だけど、『マモノたちはキミ達が持つ『太陽の牙』の危険性を熟知している。あの手この手でキミ達の『太陽の牙』対策をしてくるだろうから気を付けろ』だってさ」
「そうか……俺たちがマモノたちにとって脅威だってこと、マモノたちも知ってるんだな……」
マモノたちは、日向や日影を脅威と認識している。
思い返せば、日向には確かに心当たりがあった。
例えば、元旦の日に戦ったロックワーム。
他の人たちには身体をぶつけて打撃を喰らわせるだけだったが、日向にだけは殺す気で噛みついてきた。今にして思えば、アレはきっと無駄な殺生を好まない『巫女派』のマモノだったのだろう。
例えば、中国で戦ったブラックマウント。
日向がアレの足に斬りかかった時、ブラックマウントはちょうどよく足を上げて、逆に日向を踏み潰した。
本来なら、ブラックマウントの頑強な甲殻に剣で斬りかかるなど正気の沙汰ではない。刃を弾き返されて終わりだろう。回避などせず、その甲殻で受け止めてしまえばいい。
だが、その剣が『太陽の牙』なら話は別だ。
ブラックマウントは『太陽の牙』が危険だとあらかじめ知っていた。
それをあえて引き付けて回避し、反撃したのだ。
「人間とは違う生き物だから、複雑なことは考えてないんだろうと思ってたけど、とんでもなかった。マモノって、めっちゃ色々考えてたんだなぁ」
「うんうん、また一つ成長したね、少年」
「うん。このことを知ることができたのは、スピカさんに会えたからだ。ありがとう、スピカさん」
「お、おおう、なんか照れるね」
唐突に、真正面から日向に礼を言われてたじろぐスピカ。
なんだ、人間らしいところもあるんだな、と日向は思った。
そんな彼女を見て「この人は今回の事件の関係者じゃない、本当にここをうろついていただけなんだろうな」とも思った。
スピカもその心を読んだのだろう。うんうんと頷いている。
と、ここで日向は北園に声をかける。
「……あ、そうだ。北園さん、グラスホーンに治癒能力かけてあげなよ」
「あ、そうだね。もう一緒に戦う仲間だもんね。さすが日向くん、優しいね」
「いや、これくらいなら誰でも普通に考えつくと思うよ。さ、早く」
「りょーかい!」
北園はグラスホーンに治癒能力をかけ始める。
シャオランに殴られ、本堂の電撃で受けた火傷がみるみるうちに治っていった。
「キィ」
グラスホーンは、北園の顔をペロペロと舐める。感謝しているのだろう。
「あはは、くすぐったい」
北園も笑顔でそれを受け止める。
やがて出発の準備が整った五人は、森の奥へ向かうべく、立ち上がった。
「じゃあ、ワタシもこの辺で」
「え、スピカさんは来てくれないんですか!?」
「うん。ワタシもワタシの目的があるからねー」
「ちょ、じゃあグラスホーンとのコミュニケーションは!? どうやって会話すればいいんです!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。キミ達はすでに分かり合えた友だ。であれば、身振り手振りでもなんとか会話できるものさ。その昔、人間には言葉なんて無かった。それでもこうやって繁栄できているのは、キミ達のご先祖様たちが言葉無しでも上手くやってこれたからさ。ご先祖様たちを見習って、キミ達も頑張れ!」
「い……良いこと言っているように見えてだいぶメチャクチャなこと言ってるぞこの人……」
「あはは、バレた? じゃあまぁそういうことで。さよなら少年少女たちー」
「仕方ない……。またどこかで会いましょう、スピカさん」
「いやー、もう会えないと思うよー。私の星の巡りの悪さはちょっと凄いからねー。これだけ長い間王子様を探しているのに全然会えないのがその証拠だよ。ま、縁があったら、また会おうねー」
そう言い残し、スピカは森に向かって歩いていく。
日向たちもスピカとは逆の道を行き、森へと入っていく。
(……あ、そういえば、スピカさんには森の外への道を教えておいた方が良いかな……?)
スピカは目的があってこの森をうろついていたようだが、それとは別に迷っているとも言っていた。
ならば、帰り道を教えてあげるべきではないだろうか。
そう不意に思い立って、日向は振り向いた。
「スピカさん! 帰り道は――――」
……しかし、日向が振り向くと、既にそこにスピカはいなかった。
「……え? あれ? どうなってるんだ?」
「日向くーん、どうしたのー?」
「え、あ、いや、何でもない。ゴメン、行こうか」
北園に呼びかけられ、日向は皆の元へと走る。
スピカさんはきっと、霧に紛れてサッサと行ってしまったんだろう。
日向は、そう自分を納得させた。
こうして、五人と一匹は打倒『星の牙』に向けて、霧の森の奥へと入っていった。




