第102話 日影と松葉班
2月28日。
これは、日向たちがテスト勉強を頑張っている頃の話。
日向たちと違い、学校に行っていない日影は、日本のマモノ討伐チーム、松葉班と共にマモノ狩りに来ていた。場所は、十字市から離れた山の中。
「日影! そっちに行ったぞ! 二体だ!」
「よっしゃ任せろ!」
松葉たちが追い込んだ巨大なイタチが二匹、日影に襲い掛かる。
「シャーッ!!」
「オラァッ!!」
飛びかかってきた二匹の巨大イタチは、日影の『太陽の牙』によって斬り伏せられた。
このマモノの名は『マンハンター』。
もふもふでつぶらな瞳と、可愛らしい外見とは裏腹に、肉食で非常に凶暴、集団で人間に襲い掛かる危険なマモノだ。このマンハンターが、この山で大量発生しているという。
『星の牙』の出現報告は聞かないので、恐らくはここに住み着いたマンハンターたちが独自に繁殖した結果と思われるが、実際本当に異常な数だ。今の二匹で、討伐した数は三十に達した。
もはや地元警察の手には負えない規模となってしまったマンハンターたち。
そこでちょうど手すきだった松葉班が駆り出され、そこに日影も付いてきたというワケだ。
「うむ、我々の連携もなかなか様になってきたな」
「ああ。アンタらと一緒に戦うのも、これで四回目くらいだったか」
松葉と日影がやり取りを交わす。
日向たちが学校に行っている裏で、日影も毎日のようにマモノ討伐に赴いている。
日影と松葉班は、あのグラキエスとの戦闘以外にも、この省略された戦いの中で何度か共闘していた。おかげで彼らはすっかり顔なじみだ。
「こちら松葉。狭山室長、あと何体狩ればいい?」
松葉が通信機で狭山に問いかける。
『まだ結構いるねー。ちょうどここから500メートル先にマンハンターの巣と思われる穴倉を発見した。ここを叩こう』
今回は、狭山が彼らのオペレーションを担当していた。
松葉班のコンディションや日影の実力をチェックするためだ。
「了解した。これより目的地へと向かう」
そう返事すると、松葉は隊員と日影を連れて歩き出す。
「いやー、完璧な布陣ですよね! 負ける気がしませんよ!」
「俺、今は完全にピクニック気分だわ」
「だな! 今の俺らは日本最強、いや世界最強のマモノ討伐チームだぜ!」
隊員たちがはしゃいでいる。
日本屈指と称される実力の自分たちに、対『星の牙』の最終兵器である日影、そして最高峰のオペレーション能力を持つ狭山が付いているため、彼らは既に作戦成功の気分だった。
「気を緩めるな。マモノと違って人間はあまりに脆い。少しの油断が命取りと思え」
「わーってますって。異常無しですよ隊長」
注意を飛ばす松葉に、岡崎隊員が軽い口調で答える。
とはいえ彼らは戦闘のプロだ。軽口を叩き合っているその裏で、周囲の警戒は全く怠っていない。事実、いま彼らの周囲にマモノは間違いなく存在しなかった。そも、仮にいたとして、衛星カメラで周囲を警戒している狭山がまず見逃さないのだが。
マモノ対策室のオペレーターが使用する観測衛星、通称”ホルスシステム”。
マモノの存在を公表する前までは、気象衛星や通信衛星と称して打ち上げてきた。しかしその実態は、対マモノ用に作られた軍用衛星だ。製作には、狭山と各先進国の研究チームが関わっている。
半径1キロメートルまでの範囲なら、マモノの位置、周囲の地形や高低差を網羅した、極めて詳細なマッピングを可能とする。カメラの視界が遮られる屋内や森の中でも、透過処理を可能とするため、問題なく機能する。
唯一、地下深い場所にはカメラも透過処理も効かないため、マッピングすることができない。
だがその欠点を差し引いてもなお、この”ホルスシステム”は強力だった。これを導入してからというものの、討伐チームの負傷率が目に見えて減少した。
まさに天空の神「ホルス」の名を関するに相応しい、人間側の切り札の一つだ。
「こちら松葉。そろそろ目的地に到着します」
『了解した。ちょうど前方50メートル先に連中の巣穴が見えるね。さて、作戦はどうする?』
「火炎放射器を使いましょう。巣穴から炙り出したところを狙い撃ちします」
『うん。異議無しだ。では頼むよ』
「分かりました。これより作戦に移ります」
狭山との通信を終えると、松葉は隊員たちに指示を飛ばす。
重火器担当の岡崎隊員が火炎放射器を構え、前に出る。
他の隊員たちは巣穴を囲み、マンハンターたちを待ち構える。
「……なぁ。これ、オレがやること無くないか?」
日影が松葉に抗議の声を上げる。
「ふむ、そうだな。そこでくつろいでもらっても構わんが……」
「油断するなって言ったのアンタだろーが。何か仕事くれ」
「はは、そうだったな。……だったら、お前も使ってみるか? 銃を」
そう言って松葉は自身のアサルトライフルを差し出した。
「ああ、いいかもな。今後、どこかで使うかもしれねぇし、ここで使い方に慣れておくのも悪くない」
『えー、自分は反対だなぁ。一応日本の若者である日影くんに銃を持たせるなんて……』
そんな狭山の反対意見も聞かず、日影は他の隊員たちと共にアサルトライフルを構える。
日影に銃を貸し出した松葉は、代わりにデザートイーグルを取り出し、構える。
「発射3秒前。3、2、1、ゼロ!」
言い終わると同時に、岡崎隊員の火炎放射器が火を吹いた。
マンハンターの巣穴に向かって、超高熱の炎が吹きつけられる。
「20秒くらい炙りますんで、その後に出てきた奴らをお願いしますよ!」
言いながら、岡崎隊員は火炎放射器を撃ち続ける。
やがて宣言通り20秒ほど経つと、岡崎隊員は火を止めた。
そして……。
「………キシャアアアアアアッ!!」
巣穴の中からマンハンターたちが飛び出してきた。
火炎放射器から逃れた生き残りたちだ。
「来たぞ! 撃てぇぇぇぇ!!」
松葉の号令と共に、マンハンターたちがハチの巣にされていく。
「おらあああああッ!!」
日影も松葉たちと共に射撃する。
しかし………。
(っと!? 思った以上にムズイな!?)
日影の弾丸はなかなか当たらなかった。
弾が狙った場所に飛ばず、射撃の反動で標準がどんどんずれる。
結局弾倉が空になるまで撃ち尽くし、まともに当たったのは三発くらいだった。
しかし周りの隊員たちは見事なもので、マンハンターたちを殲滅してもなお弾が余っている。日影と違い、無駄弾をほとんど使っていないのだ。
「……これで終わったか?」
日影が呟く。
『……いや、まだだ! 反応アリだよ! 前方からゆっくり近づいて来る!』
通信機越しに、狭山が声を上げる。
しかし「前方から近づいて来る」という割には、肝心の前方にマンハンターたちの姿は見えない。
「……つまり、下か!」
松葉が叫ぶ。
隊員たちもハッと反応し、地面に向かって銃を構える。
瞬間。
「シャーッ!!!」
地面からマンハンターたちが飛び出してきた。
巣穴の中でトンネルを掘って火炎放射器をやり過ごし、そのまま地中から松葉たちに接近してきたのだ。
しかし松葉たちは、この飛び出してきたマンハンターたちを冷静に処理していく。
飛び出してきたところにアサルトライフルの弾丸をお見舞いする。
『まだいるぞ! 地中からそのまま背後にまわってくる!』
狭山が注意を促した瞬間、隊列の後ろにいた雨宮隊員の後ろから、一匹のマンハンターが地面の中から飛びかかってきた。
「シャーッ!!」
「うわっ!? しまった!?」
突然マンハンターに組み付かれ、慌てて振り払おうとする雨宮隊員。
「野郎っ! くたばれ!!」
「ギャッ!!」
そこに日影が飛びかかり、『太陽の牙』で組み付いていたマンハンターを斬り倒した。
「す、すまない! 助かった!」
「いいってことよ! ほれ、まだ来るぞ!」
「ああ、分かった!」
マンハンターたちが押し寄せてくる。
銃を使った遠距離戦を得意とする松葉たちは、逆に接近戦は不得意とする。
マモノたちは強い生命力で銃弾を掻い潜り、相打ち覚悟でこちらに致命傷を与えてくるのだ。
しかし今は日影がいる。接近戦ならば彼の土俵だ。
日影が松葉たちの前に躍り出て、マンハンターたちを引き付ける。
「おるぁッ!!」
「ギャッ」
日影が剣を振るい、一気に三匹のマンハンターが薙ぎ払われた。
日影は、マモノと戦わない日でもトレーニングを欠かさない。それも、食事にまで気を使い、トレーニング後はプロテインの摂取を忘れない、高度なトレーニングだ。
おかげで、最初と比べて日影は相当な強さになっていた。以前は両手で振るっていた『太陽の牙』も、その気になれば片手でぶん回せる。
「シャーッ!」
日影の背後から一匹のマンハンターが飛びかかる。
そのマンハンターの牙が日影に届く前に、マンハンターは撃ち落とされた。
マンハンターを撃ち落としたのは、松葉たちの援護射撃だ。
前線で暴れまわる日影を、松葉たちが銃で援護している。
初めて松葉たちと共闘した時、日影は彼らから、仲間と連携を取る重要性を教わった。だから今回は、日影が彼らに合わせる。
一見闇雲に暴れているように見えて、松葉班の射線を遮らないように動いている。前衛と後衛がキレイに分かれた、完璧なフォーメーションだった。
やがて彼らの連携の前にマンハンターたちは全滅し、戦いは終わった。
『……良し。この付近にはもうマンハンターはいないようだ。 作戦成功だ! 皆さん、お疲れ様!』
「室長も、お疲れ様でした。日影くんも、お疲れ様」
そう言って松葉が右手を出す。
握手ではない。手の平を上に向けて差し出している。
「……ああ、お疲れさん!」
その意図を汲み取った日影は、松葉の手の平に力強いタッチを振り下ろした。
爽やかな乾いた音が、山の中にこだました。




