第91話 地上へと帰還する
北園がクイーン・アントリアにトドメを刺す少し前。
地下鉄駅、改札口にて。
「ぐ……っ!」
ふらつく足に鞭打って、日向はなんとか倒れずに踏ん張る。
息も絶え絶えな日向に、シャオランが迫る。
「……ハッ!!」
「あぐっ!?」
シャオランの肘が日向の身体にめり込む。
そのまま後方へと吹っ飛ばされる日向。
戦闘開始から数えて、五回はシャオランに殺されただろうか。
”再生の炎”はどんな傷であれ回復するが、失ったスタミナまでは戻らない。戦闘時間もかさみ、すでに日向は息も絶え絶えだ。最初はある程度避けることができた攻撃も、今では回避が間に合わない。
「く、そ……!」
それでも日向は歯を食いしばって、立ち上がる。
自分が倒れれば、シャオランを逃がしてしまう。
北園を追いかけるために。
それだけは避けなければならない。
気合と根性で、日向は痛みに耐える。
だが、その時。
「う……!?」
突然、強烈な立ちくらみが、日向を襲った。
視界がグラリと揺れて、思わず倒れてしまいそうになる。
「な、なんだ? 意識が、薄れて……」
睡魔のような感覚が日向を襲う。
自身の身体を見てみれば、”再生の炎”の高速回復が機能していない。……いや、それどころか、傷の治りそのものが、明らかに悪くなってきている。
「ま、まさか、”再生の炎”の回復能力には、限界が存在するのか……!?」
それはつまり、一定回数死亡したら、再生能力が打ち止めになるのではないか、という懸念。たしかに日向としても、一度の戦闘でここまで死亡するのは初めての経験だ。
そして次に思い浮かぶのは、「この打ち止めは一時的なもので、しばらくすると再起動するのか、それとも、もう二度と使えなくなるのか」という疑問。
(いや、なんとなくだけど、身体の内に熱が戻ってきている感覚がある。再生の打ち止めは一時的なものだと思う。けど、ここで倒れればしばらく意識は回復しないだろう……。そうしたら、シャオランを逃がしてしまう……!)
つまり、ここからは”再生の炎”無しで、薄れゆく意識を抱えながら、シャオランを引き付けなければならない。
(きっついけど、やるしかない……!)
シャオランが掌底を放ってくる。
日向は、それを目で追うことはできたが、身体が言うことを聞かない。
気が付いた時には、掌底がみぞおちに突き刺さっていた。
「がふっ!」
吹っ飛ばされた日向は、そのまま後ろの壁へと叩きつけられた。
壁にもたれかかりながら必死に立ち上がる。
「ハァァァァ……」
シャオランが距離を詰める。
ズシン、と強烈な震脚を踏んだ。
(これは……鉄山靠か……)
冷静に、シャオランの動きを見る日向。
よく知っている技だからか、それとも一種の興奮状態にでも入ったか。シャオランの動きが妙にスローモーションに見える。
(ヤバいな……あんなの喰らったら、一撃で意識が消し飛ぶぞ……)
本能で危機を感じ取った日向は、真横に身を投げ出すようにして回避を試みる。そして……。
「……ハァッ!!!」
シャオランの背が、叩きつけられた。
先ほどまで日向が寄りかかっていた、コンクリートの壁に向かって。
ドゴン、と轟音が鳴り響き、コンクリートの壁に巨大なクレーターが出来た。
「う……お……!?」
日向はもはや、恐怖するより先に感心していた。
生身の人間がこれほどの破壊力を生み出せるのか、と。
あと少し回避が遅れていれば、自分があの衝撃を受けていた。
その事実に、日向は思わず息を飲む。
「…………。」
シャオランが日向を見据える。
「う………」
日向の思考が現実へと戻る。
鉄山靠は回避できたが、まだ危機は去っていない。
次なるシャオランの攻撃が飛んでくる。
急いでその場から離れようとする日向。しかし、鉄山靠を避けるために倒れた身体が、動かない。シャオランを見据えながら、仰向けの姿勢で後ずさる。そして………。
「……ヒューガ?」
シャオランが呟いた。
それはいつもの、友愛に満ちたシャオランの声だ。
「あ、あれ? シャオラン? 元に……戻った?」
祈るような気持ちで確認する日向。
「ここは、一体……? ボクは、確か……」
頭に手を当て、状況を整理するシャオラン。
一方、日向の通信機には狭山からの通信が入った。
『日向くん! 北園がクイーン・アントリアを倒した! シャオランくんはどうなった!?』
その通信を聞き、日向は一言。
「た……助かった……」
そう呟いて、ひんやりとした床に大の字になって倒れた。
◆ ◆ ◆
戦闘が終了し、日向は機動隊の隊員に背負われながら地上へと帰還した。
”再生の炎”は、日向の予想通り再起動し、日向の傷を焼き尽くした。
結果として無傷の日向だが、体力はとうに尽き果てて、一歩も動けないという様子だ。
そんな日向を、狭山が迎える。
「お疲れ様、日向くん。よく頑張ってくれたね」
「まあ、最初に『俺にできることを全力で全うする』って言っちゃいましたしね。……あんな安請け合いするんじゃなかったと、何度も思いましたが」
「いや、本当によくやってくれた。これは特別報酬モノだね。今度おいしいものでもご馳走するよ」
「ああ、それは良いですね。……ところでシャオランは? アイツは大丈夫ですか?」
「うん。もう怪我も異常も無いみたいだよ。念のため、他の救助者と一緒に精密検査を受けてもらっているけどね」
「そうですか。無事ならよかった」
そう言って日向は微笑む。
傷こそないが、服は血にまみれてひどく汚れている。
これだけやられても、彼はシャオランを気遣う余裕を見せていた。
「シャオランくんが最後まで元に戻らなかった原因なんだけどね」
もう一度、狭山が口を開く。
「他の操られていた人々に話を聞いてみたんだ。アントリアに操られる感覚について。彼らは皆、『何者かから声をかけられている感覚があった』と言っていた。彼らはその声に必死に抗おうとしていたみたいだけど逃れることができず、しかし日向くんたちが揺さぶったことでその声が振り払われ、正気に戻ることができたと言っていたんだ」
「それじゃあ、シャオランが戻らなかったのは……?」
「自分も正確には分からない。ただ、シャオランくん本人なら分かるかもね。『アントリアから操られている感覚』が知覚できていたのなら、そこに何か原因があるはずだ」
「さっそくシャオランに聞きに行くんですか?」
「いや、今は彼もショックが大きいだろう。操られていたとはいえ、君を攻撃してしまったんだから。後で、彼の気持ちが落ち着いたら聞いてみるよ」
会話を交わす二人の元へ、北園がやってきた。
「日向くん! 大丈夫!? ひどい血だよ!?」
「あ、ああ。大丈夫だよ。ただ汚れてるだけだから」
「おっと。邪魔者は退散するかな。じゃあ後はごゆっくり」
「邪魔者って別にそんな、あ、ちょ、待って」
日向の静止を聞かず、狭山は去っていった。
関係者が慌ただしく行き交う中、日向と北園が並んでポツンと座っている。
「……あー、えーと……」
沈黙に耐え兼ね、口を開く日向。
しかし、口は開いたものの、何を言おうか決めていなかった。
北園は日向の言葉をじっと待っている。
「……『星の牙』、倒したんだよね。一人で」
「うん」
「修行の成果、発揮できたね」
「……うん!」
「お疲れ、北園さん」
「うんっ! 日向くんも、お疲れ様!」
二人は微笑み、ハイタッチを交わした。
気持ちの良い音が、街の中にこだました。




