第88話 北園 アリの巣を往く
『はあああああっ!!』
北園が発火能力を使う。
眼前のアリの群れが燃え上がり、全滅した。
その光景を、狭山は通信車のモニター越しに見つめている。
通信車内は様々な電子機器が敷き詰められており、その一つ一つに気を配りながら、狭山は北園と日向の視界映像を注視していた。
「よし、北園さん。その先の穴の中がアリたちの巣だ。暗いから気を付けて」
『りょーかいです!』
返事と共に北園がアリの巣へと侵入する。
アリの巣の中は暗いが、それなりに広い。横幅、天井は駅の廊下と同じくらいで、人が動き回るのに何一つ不自由しない。
しかし道はジグザグになっており見通しが悪い。その道の陰に潜めば、アリたちにとっては絶好の不意打ちポイントとなる。
北園はまだ戦闘経験が浅い。そのため、マモノの不意打ちなどにはめっぽう弱く、警戒心も鈍い。
だから、狭山がその隙をカバーする。北園のコンタクトレンズ型カメラで視界を共有し、狭山が彼女の目となるのだ。
「北園さん、そこの物陰に注意して。多分何かいるよ」
『りょーか……うわ出た! 緑のヤツだ!』
北園が戦闘を開始する。
今の彼女なら、アシッドアント数匹程度に後れは取らないだろう。
その間に、狭山は日向のモニターを見る。
『うぐっ!?』
日向の悲鳴と共に、モニターの映像が大きくぶれる。
恐らく、シャオランの攻撃を受けて吹っ飛ばされたのだろう。
「日向くん! 大丈夫かい!?」
『な、何とか……。これでもう五回は死にましたが……』
「五回も……。むむ……」
いくら日向が死なないといっても、痛みは普通に感じるのだ。
さらに回復の際も”再生の炎”が日向の身を焼く。
並の人間が耐えきれる苦痛ではないだろう。先に精神がまいってしまう。
何か手を打つべきだ、と狭山は考えた。
「日向くん! 地上にいる機動隊をそちらに送ろうと思う!」
『機動隊を……? でも、危険では? シャオランの拳、普通に人を殺しますよ?』
「機動隊の人たちだって日夜鍛えているんだ。それに今の彼らは完全武装している。彼らが束になってかかれば、シャオランくんを取り押さえられるかもしれない!」
だがその時、機動隊を指揮する的井から連絡が入った。
『狭山さん、大変です。現場近くの道路が一部崩落し、穴から大量のアリたちが湧き出てきています』
「なんだって!?」
『野次馬たちも我先にと逃げ出し、現場は大パニックです』
的井の報告を受けながら、冷静に、狭山は現状を分析する。
(アリたちの戦闘力は大して高くはない。顎の攻撃、酸の攻撃は強力だが、動きは単調だ。あれならば武装した機動隊員たちで十分に制圧できる。……だが、大量のアリたちと、逃げ纏う人々。これらをまとめて静めるには多くの人手がいる……)
日向に送ろうとしていた機動隊をアリ退治にまわせば、地上のアリを鎮圧することができるだろう。だがその場合、引き続き日向には一人で頑張ってもらうことになる。
(……けど、全部まるっと収めるには、それしかないか……!)
そう判断した狭山は、的井に通信で指示を出す。
「的井さん。機動隊にアリたちを退治させ、パニックになった人々を落ち着かせるんだ。機動隊の装備と人員は把握済みだ。これなら彼らでも問題なく勝てるはずだ」
『分かりました。私も前線で機動隊の援護に当たります』
「了解した。くれぐれも無理はしないように」
『分かりました』
的井との通信を切ると、今度は日向に通信を入れる。
「日向くん。先ほどの機動隊の件だが、残念ながら無理になってしまった」
『あ……上げて落とされた……!』
「本当にすまない! できることなら自分がそちらに出向いてあげたいが、北園さんのナビゲートもあるからね……!」
『だったら、しょうがないですよね……。狭山さん、北園さんのこと、しっかり頼みますよ』
「ああ、任されたよ!」
そして日向との通信も切り、北園の通信にチャンネルを合わせる。
彼女がクイーン・アントリアを早く倒せば、この戦いもすぐに終わる。そのためにも、ここからは彼女のナビゲートにできるだけ専念しようと決めた。
◆ ◆ ◆
「うわー……これどうしよう」
北園は目の前の光景を見て、頭を悩ませていた。
ブラックアントの群れと、操られている人々が、通路上でごった返しながら北園に迫ってくる。
これでは発火能力を使った場合、人々を巻き込んでしまう。さてどうしたものかと考えていると。
『凍結能力を使ったらどうかな? 皆の動きを止めてしまえばアリだけを狙うのも楽になる』
「あ、狭山さんは凍結能力をそうルビるんですね。それはともかく、りょーかいです!」
狭山の提案を受け、北園は地面に氷を張っていく。
氷はアリと人々の足を捉え、地面にくっつけてしまった。
その場から動けなくなった人々の間を通って、同じく動けなくなったアリたちに火球を喰らわせる。
やがてアリたちが全滅したら、北園は操られている人々の肩を揺さぶり、彼らを正気に戻した。
「う、う~ん、どこだここ……? ……う、うわっ!? 化け物っ!?」
「お、落ち着いてくださーい! こいつらはもう死んでますよー!」
「え、あ、き、君は……?」
「マモノ討伐チームです! この先に行けば地下鉄のホームに出ることができます! そこから線路を伝って隣の駅に避難してください! 間違っても改札口には上がらないように! ちょっとすごいのが暴れてますので!」
「あ、ああ。分かったよ……」
北園の誘導を受け、操られていた人々はアリの巣の出口へと向かっていった。
それをモニター越しに見ていた狭山は、ふと思う。
(やはり彼らは、肩を揺さぶる程度の衝撃で正気を取り戻した。ならばなぜ、シャオランくんは元に戻らないんだ? 何か理由があるはずだ。しかし一体なぜ……?)
分からないことはそれだけではない。
シャオランが操られながらも、『地の練気法』を使っている点が疑問だ。
クイーンに操られた人間は意識が虚ろになるようだ。つまりそれは、動きが大雑把になり細かい動作ができなくなるということ。
だが、シャオランは特殊な呼吸法という技術が必要な『地の練気法』を、操られながらも使いこなしている。他の人間たちとシャオランの、この差は一体何なのだろうか。
しばし思考するも、納得のいく答えが見つからない。
謎が解けぬまま、北園の視界モニターの上端に映った影に意識を引っ張り戻された。
『北園さん! 天井に一匹いるよ!』
「は、はい!」
北園が見上げると、天井に張り付いたアシッドアントが酸を吐き出してきた。それをバリアーで受け止め、火球でアシッドアントを撃ち落とす。
『その先の通路の陰に二匹だ!』
「りょーかいです!」
大きめの火球を作り出し、それを前方に撃ち出す。
このままでは物陰にいるアリたちに当たらないので、放った火球に念動力をかけ、軌道を曲げる。
火球はカーブを描きながら通路の先へと入り、爆発。
隠れていた二匹のアリが火だるまになって絶命した。
通路の先は相変わらず暗く、見通しが悪い。
いつ、どこからアリたちが湧いて来てもおかしくない。
それでも北園は進むスピードを緩めない。
(私がクイーン・アントリアを早く倒せば、それだけ早く戦いが終わる。それに今は、狭山さんが私の目となり耳となって、自分をサポートしてくれている。何が待ち受けているか分からない洞窟の中を進むのは怖いけど、狭山さんを信じて、この歩みだけは絶対に止めない……!)
決意を胸に、歩みを進める北園。
と、その時。
『……うん?』
狭山が怪訝な声を上げた。
『北園さん、止まって』
「え? なんで? 何かあったんですか?」
『恐らく、背後からアリたちが来る。構えて』
「わ、分かりました!」
北園が、自身が辿ってきた道に注意を向けると、確かにアリたちの気配がした。
ここまでは一本道だったはず。一体アリたちはどこから湧いてきたのか。
狭山の指示が無ければ、背後から奇襲されていただろう。
「でも残念! バレちゃったら意味無いから!」
そう言って北園は火炎放射を繰り出した。
やって来たブラックアントたちが炎に包まれ、絶命した。
「よーし、やっつけた! ……けど狭山さん、よく分かりましたね、アリたちが後ろから来るなんて」
『さっき途中で変な音が聞こえたんだ。カリカリって感じでね。恐らくその音は、アリたちが壁の土を抜いている音だったのだろう。隠し通路に身を隠し、背後から君に襲い掛かるつもりだったんだと思う』
「ほえー、意外と頭が良いんですね、あのアリたち」
『そうだね。これもクイーンの指示か、それとも……おっと北園さん、その先は……』
「……はい。こっちも見えてますよ」
北園は、アリの巣の最奥部へと辿り着いた。
広々とした空洞が広がっていて、天井は吹き抜けになっている。
周りには道路の一部のような瓦礫が散乱している。
先ほどの道路の崩落は、恐らくこの空洞が原因だ。
見上げればわずかに地上のビルの頭が見え、陽の光が差し込んでいる。
その光に照らされるように、空洞の中心に女王は鎮座していた。
「キイイイイイイイイイ……」
クイーン・アントリアは北園を警戒している。
クイーンの周りには、多数のアリの死骸が散らばっている。
「な、仲間を食べたの……?」
『恐らく配下のアリを食べることで、体力を回復したのだろう。ここからが正念場だ。構えて、北園さん!!』
「りょーかいです!!」
「キエアアアアアアアアアアアアッ!!」
女王の号令を受け、周囲から多数のアリたちが姿を現した。
次々と女王の元にアリたちが集まり、一個師団を形成する。
そんなアリの軍隊に物怖じすることなく、北園は一人、挑みかかった。




