第87話 前衛魅了の恐怖
「がふっ……!?」
シャオランの肘が日向の身体にめり込む。
日向はそのまま大きく吹っ飛ばされ、床に倒れ、動かなくなった。
”再生の炎”が日向の身体を焼き始める。
「えっ……えっ……!?」
『シャオランくん!? 何を……!?』
北園と、日向のカメラからこの光景を見ていた狭山が動揺する。
シャオランは再び北園に向き直り、歩み寄ってくる。
その表情に、いつものシャオランの気弱さは無い。
標的を見つけた殺し屋の目だ。
『まさか、さっきのガスか!? アレを受けた人間は、クイーン・アントリアに操られてしまうのか!』
先ほどクイーン・アントリアが放ったガスは、彼女のフェロモンだ。これを受けた生物は、彼女の忠実なしもべとなってしまう。それがたとえ人間だろうと関係ない。仲の良い友人すら裏切って、下僕は女王を守る兵士となる。
ゲームで言えば、理性をなくす「混乱」ではなく、相手を洗脳する「魅了」。対象の理性を失くすのではなく、理性を奪って自身の支配下に置く攻撃だ。
もっとも、狭山達がそれを知るのは、この戦いが終わってアントリアのガスを解析してからなのだが。
『星の牙』とは、この星の生物が『星の力』によって進化し、異能を獲得した存在だ。この力が異能である以上、まともな道理は通じない。自然では有り得ない事象も可能としてしまう。
配下のアリを生み出す能力。
他の生物を操る能力。
どちらも「生命」に関係している。
ならば、クイーン・アントリアは”生命”の『星の牙』なのだろう。
「……フッ!」
シャオランが北園に接近する。
その瞳には、無機質な殺意が宿っている。
「うわわわっ!?」
まさかシャオランを攻撃するワケにもいかない。
北園は慌ててバリアーを張る。
「……ハァッ!!」
「きゃああ!?」
シャオランが北園のバリアーに鉄山靠を叩き込んだ。
そのたった一撃で、北園のバリアーは破壊された。
(嘘でしょ!? この威力、さっきのクイーンの突進よりよっぽど……!)
バリアーが破壊された衝撃で、北園は尻もちをついて転倒する。
その隙をシャオランは逃さない。
一気に北園との距離を詰め……。
北園に一撃を繰り出す前に、日向がシャオランに飛びかかった。
そのまま体格差を利用して、なんとかシャオランを抑え込む。
「うおおおおおおおっ!!」
「ウッ!?」
「シャオランっ! しっかりしろ! 目を覚ませ!」
シャオランを取り押さえながら、日向はシャオランに呼びかける。
先ほど操られていた人々は、肩を揺さぶるだけで正気を取り戻した。
これだけの衝撃を与えれば、シャオランも元に戻るはずだ。
しかしシャオランは元には戻らなかった。
日向の腹を蹴っ飛ばし、彼を自身の上から無理やり退かす。
「……フッ!!」
「ぐっ!? くそ、どうすれば……」
日向と北園はシャオランを警戒しながら、次の手を考える。
クイーン・アントリアを追おうにも、このままでは背後からシャオランに攻撃される。しかし、シャオランの正気を取り戻す手立てが、今の二人には無い。
「だったら、シャオランを倒すしかない……?」
シャオランを倒す。
殺すまでする必要は無い。気絶程度でいい。
だが、シャオランは強い。彼は武功寺で長年武術を習ってきた。そのため、日向たちと比べて実戦経験が非常に豊富だ。そのシャオランを相手にして、二人が勝てる保証は全く無い。
『……いや、もう一つ手がある』
狭山の通信が聞こえる。
日向がそれに応答する。
「何か方法が?」
『うん。日向くんにシャオランくんを食い止めてもらい、その間に北園さんがクイーン・アントリアを仕留める』
「俺がシャオランを……一人で?」
「私がクイーン・アントリアと戦うの!? 日向くんじゃなくて!?」
『そうだ。さっきの攻防を見るに、北園さんではシャオランくんを止められない。バリアーを破壊され、即座に殴り殺されてしまうだろう。だが日向くんなら、シャオランくんに殺されても復活できる。日向くんがシャオランくんを止めている間にアントリアを倒せれば、シャオランくんの洗脳も解けるかもしれない。そしてアントリアは火に弱い。今の北園さんなら単独でもヤツに勝てるはずだ』
確かにその作戦ならば、シャオランを止めながらクイーン・アントリアを追うことができる。しかし、大きな問題が一つある。
『この作戦で一番キツい役は、北園さんではなく、日向くんだ』
「……でしょうね。さっきの肘で見事に一回殺されましたよ。あの、たった一撃で。北園さんがアントリアを仕留めるまでに、果たして俺は何回殺されるか……」
「日向くん……」
北園が不安そうに日向を見つめる。
無理はしなくても良い、という訴えが伝わってくる。
しかし、日向の心は決まっていた。
「それでいきましょう。俺がシャオランを止めます」
『……分かった。キミがそう言うなら、それで行こう。さぁ、北園さん! 先に進むんだ!」
「わ、分かりました! 待っててね、日向くん! すぐに終わらせてくるから!」
「分かった! 北園さんも気を付けて!」
北園がクイーン・アントリアを追って階段を下る。
その北園を追いかけようとするシャオラン。
「おっと! ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ!」
そのシャオランの前に、日向が立ちはだかる。
シャオランは日向に標的を変更し、拳を振るう。
「フッ!!」
「うわ、っと、っと……!?」
繰り出されたシャオランの拳をいなし、日向はシャオランを引き付ける。
シャオランの流派、八極拳の動きは、日向も格闘ゲームの中でよく見てきた。そのため、シャオランの動きをある程度先読みすることができる。
手に持つ『太陽の牙』で牽制しながら、シャオランの攻撃を避け続ける。
「ハッ!!」
「うわっと!?」
……しかし、ゲームと実戦ではワケが違う。シャオランの動きを目では追えても、日向の身体がついていけない。
一瞬の隙を突かれ、『太陽の牙』を弾き飛ばされた。
あっという間に距離を詰められ、シャオランが震脚を踏み、左の掌底を振り下ろしてくる。
「くっ……!」
もはや回避は間に合わない。
日向は咄嗟に腕を出して掌底をガードする。
「……痛ったぁ!?」
左の掌底を受けた腕に、痛烈な衝撃が走った。
音叉のごとく、衝撃が腕の中でこだまする。
やがて腕がビリビリと痺れ、ガクリと垂れ下がった。
シャオランとしては、ただの牽制で放った振り下ろしだったはずだ。
しかしその牽制の一発で、日向のガードは崩された。
「……ハァッ!」
そして、この一撃が「ただの牽制」ならば、本命はその次の攻撃。
シャオランは震脚と共に、日向の身体に右の拳を突き刺した。
「がはっ……!!」
日向の身体がくの字に曲がる。
血を吐き、悶絶しながら床に倒れた。
少し話をずらすが、八極拳の拳の握り方は少し特殊である。小指から人差し指を階段のような形にし、完全には握らない。
この形は、八極拳が槍を持って戦っていた時の名残りと言われている。この拳が相手に命中すると、段差状になっていた拳がグーの形に潰れる。この潰れた際の衝撃が、相手の体の内側に浸透していくのだ。
この原理は現代の炸裂弾に通ずる。よって八極拳の拳打は、外的な破壊力はもちろん、身体の内側にこそ最大の威力を届ける。
それがシャオランの怪力から放たれるのだ。
喰らった日向にしてみれば、身体の中で直接、爆弾が爆発したようなものだ。
「う……ぐ……げほっ……」
今まで体感したことの無いような一撃だった。
内臓が破裂したような感覚。
咳と吐血が止まらない。
それでも震える足に鞭打って立ち上がる。
そんな隙だらけの日向を、今のシャオランは見逃さない。
「……ハァッ!!」
「がっ……!?」
シャオランが日向の懐に潜り込み、肘を叩き込んだ。裡門頂肘だ。日向は真っ直ぐ吹っ飛び、その先の太い柱に激突し、事切れた。
「…………。」
シャオランは冷たい眼で日向を見やる。
日向はすぐに復活するだろうが、再生までには時間がかかるはず。
その隙に北園を追いかける。
「…………待て!!」
「……!」
しかし、日向はすぐに起き上がった。今だに身体はボロボロで、”再生の炎”がその身を焼いている途中だが、それでも起き上がったのだ。シャオランを、北園の元へ行かせないために。
日向は、”再生の炎”の回復速度をあらかじめ全開にしてシャオランの攻撃を喰らった。そのため、日向が絶命するより前に、”再生の炎”が日向を死の淵から引き戻したのだ。
だから、日向はすぐに起き上がることができた。
代わりに、意識が飛びそうなほどの高熱に身を焼かれる羽目になったが。
「ハア……ハア……『おいそれとは使えない』って言ったばかりなのに、さっそく使うことになるなんてな……」
「……オォォォッ!!」
日向の無事を知ったシャオランは、すぐさま日向に攻撃を再開した。




