第四十一章 未央印
十月十三日。東京。
池袋のシェアオフィスに三人が集まった。テーブルの上には、これまでの調査資料に加え、新たな情報が積み上がっている。
真琴が報告した。
「未央印について、分かったことをまとめます」
真琴はノートを開いた。几帳面な文字が並んでいる。だが、ところどころ文字が乱れている。焦りか、動揺か。
「未央印は、平安時代に作られたとされる天皇の私印です。御璽が公式の国事行為に使用されるのに対し、未央印は天皇個人の意思を示す際に用いられた——とされています。ただし、使用例の記録はほとんどありません。存在自体が秘匿されていたようです」
「平安時代から」早川が呟いた。「千年以上前の印が、明治まで受け継がれていたのか」
「はい。宮内庁の非公開記録によれば、未央印は歴代天皇の即位の際に引き継がれていました。ただし、御璽のように儀式で使用されることはなく、天皇が個人的に保管していたとされます。そして慶應四年——明治改元の際に、所在不明になりました」
「所在不明の経緯は」直人が尋ねた。
「明確な記録がありません。ただ——」
真琴は一瞬、言葉を切った。
「祖父のノートに、もう一つの記述がありました。以前は読み飛ばしていた部分です」
真琴はノートとは別の——祖父の革表紙のノートを取り出した。黄ばんだページを開く。
「『未央印ハ失ワレタルニアラズ。預ケラレタルナリ。預ケ先ハ、国家ノ外ナリ』」
失われたのではない。預けられたのだ。預け先は、国家の外。
「国家の外——」直人が繰り返した。「三条家か」
「可能性はあります。三条家は更新派の直系であり、明治改元の混乱の中で——」
「三条さんに確認を取ろう」
直人は三条冬美に暗号化メッセージを送った。
返信は一時間後。
『未央印について。はい、存在は承知しております。ただし、三条家が保管しているわけではありません。実朝が明治改元の際に未央印を「預けた」のは事実ですが、預け先は三条家ではなく——沖縄です。』
沖縄。
『正確には、当時の琉球王府の信頼できる人物に託しました。本土の混乱が琉球に及ばないうちに、最も安全な場所に隠すためです。未央印は沖縄のどこかに眠っています。ただし、正確な場所は私にも分かりません。実朝が残した口伝には「第五の封印が完全に解かれたとき、未央印の場所が明らかになる」とあります。』
第五の封印。沖縄の封印。空白の第五条。
「堂々巡りだ」早川が頭を抱えた。「沖縄の封印を完全に解くには未央印が必要で、未央印を見つけるには沖縄の封印を解く必要がある」
「いや——」直人は腕を組んだ。「堂々巡りではない。順序が違うんだ。第一部で俺たちは封印の構造を判明させた。だが、封印を解いてはいない。構造を知ることと、解くことは違う。第二部では——封印を実際に解きにいく。そのために未央印が必要だ」
「でも未央印の場所が分からない」
「分からないのは——まだ解読していない情報があるからだ。GHQ文書の原本。改変前の選択肢Bの推奨理由。そこに手がかりがあるかもしれない」
「原本はアメリカっすよ」
「デジタル化されていなくても、閲覧申請はできる。時間がかかるが——」
「十月二十三日まで十日しかないっす」
三人の間に、焦燥が漂った。
そのとき、真琴のスマートフォンが鳴った。
表示を見た真琴の顔色が変わった。
「書陵部からです。——緊急召集。全職員対象」
「何があった」
「分かりません。でも——全職員緊急召集は、私の在職中では初めてです」
真琴は通話に出た。短いやりとりの後、電話を切った。
顔が蒼白だった。
「宮内庁長官が、書陵部の全所蔵品について緊急監査を命じました。名目は所蔵品管理体制の再点検。実態は——」
「暗号関連の文書の洗い出しだ」
「はい。そして——私の有給休暇の使途について、人事部から正式な照会が来ています。出張記録との不整合を指摘されました」
直人と真琴の目が合った。
包囲網が狭まっている。




