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第四十章 伊勢配置  

十月十一日。

 直人は再び伊勢を訪れた。

 前回の訪問で確認した石碑の鉄片——剣を示唆する物証。だがGHQ文書の発見以降、伊勢の封印にはもう一つの層があるのではないかという疑念が生じていた。

 巡幸の座標データで、伊勢の座標精度だけが異常に高かった。その精度の高い座標が示す地点は、前回直人が訪れた石碑から約五十メートル東にずれていた。

 五十メートルの差。前回はGPSの誤差範囲だと考えて石碑に辿り着いた。だが、巡幸座標の精度が意図的に高められていたとすれば、この五十メートルは誤差ではなく——別の地点を指している。

 直人は朝熊山の麓を歩き、巡幸座標が示す正確な地点に立った。

 石碑はない。代わりにあったのは——伊勢神宮の式年遷宮で使われる御用材の貯木場だった。

 式年遷宮。二十年に一度、社殿を建て替える伊勢神宮の制度。千三百年以上続く、日本最古の「更新」のシステムだ。

 直人は貯木場の周囲を歩いた。檜の巨木が整然と積まれている。次の遷宮に備えて、何十年もかけて育てられた木材だ。

 貯木場の奥に、古い石垣があった。貯木場の敷地を区切る境界の石積み。観光客は入れない場所だが、直人は修復士の身分証を使い、管理者の許可を得て立ち入っていた。

 石垣を調べた。

 石の表面に——刻印があった。

 だが、これまでの刻印とは異なっていた。

 円の中の崩し字——基本的なパターンは同じだ。しかし、円の外側にもう一つの線が加えられている。二重の円。内側の円は従来の刻印。外側の円は——

 直人は写真を撮り、早川に送った。

『伊勢の巡幸座標地点。貯木場の石垣に二重円の刻印を発見。これまでの刻印は一重円だった。二重円は初めてだ。外側の円の意味を解析してくれ。』

 早川の返信。

『二重円、全座標の刻印画像と照合しました。一重円は更新派の暗号。では二重円は——維持派のマーキングっす。真壁さんから受け取った維持派の文書にあった印影と一致します。つまりこの場所には、更新派と維持派の両方の刻印が共存している。』

 共存。

 直人は石垣を見つめた。一つの石の上に、二つの印が刻まれている。更新派と維持派。対立する二つの思想が、物理的に同じ場所に印を残している。

 それは対立ではなく——対話だったのかもしれない。

 石垣の刻印をさらに調べると、二重円の近くにもう一つの記号が見つかった。

 これまでの刻印にはなかった、新しい記号。

 印章の形をしている。四角い枠の中に、文字。

 直人はルーペで確認した。

「勅……印」

 四角い枠の中に「勅印」の二文字。

 勅印。天皇の名において発せられる文書に押される印。

 だがこれは、実際の勅印ではない。石に刻まれた「勅印」という文字だ。勅印の存在を示唆する記号。

「勅印がどこかに存在することを示している——」

 直人はスマートフォンを握りしめた。

 DNAに刻まれたメッセージ。「勅印は未完のまま眠り続ける」。

 そして今、伊勢の石垣に「勅印」の文字。

 勅印は——暗号の最後のピースなのかもしれない。五つの封印を解いた先にある、もう一つの封印。三種の神器とは別の、第四の国家的象徴。

 直人は伊勢を発った。車を東に走らせながら、真琴に連絡を取った。

『伊勢で新発見。勅印の示唆がある。勅印について、書陵部で何か情報はないか。歴史上、失われたとされる勅印が存在するか。』

 真琴の返信は、いつもより遅かった。六時間後。

『勅印について調べました。正式には「御璽」と呼ばれる天皇の印章は現在も皇居に保管されています。しかし——明治以前に使用されていた別の勅印が存在したという記録があります。「天皇御璽」とは異なる、「国璽」でもない、第三の印。名前は——「未央印」。書陵部の記録には、慶應四年に所在不明になったとだけ記載されています。』

 慶應四年。明治改元の年。

 更新派と維持派が決裂した年。

 第三の印——未央印。「未央」とは「未だ尽きず」の意。終わらない印。

 直人は高速道路を走りながら、暗号の全体像が少しずつ形を変えていくのを感じていた。

 五つの封印。第三の憲法。富士の歌。

 その先に——失われた勅印が、眠っている。

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