第七十章 照屋の末裔
十一月十七日。糸満市。
直人と真琴は比嘉の案内で、照屋筑登之親雲上の直系の子孫を訪ねた。
照屋真栄。八十四歳。元小学校教諭。糸満市の住宅街にある赤瓦の平屋に住んでいる。庭にはブーゲンビリアが咲き誇り、門柱の上にシーサーが座っていた。ガジュマルの太い幹が、家の南側を覆っている。
「首里城の下から何か出てきたって、テレビで見たよ。——まあ、上がりなさい」
座敷に通された。仏壇の横に古い位牌が並んでいる。黒漆の位牌に、金文字で名前が記されている。
照屋真栄は、座布団の上にあぐらをかき、三人に茶を出した。さんぴん茶。ジャスミンの香りが部屋に広がった。
「筑登之のことを聞きたいんでしょう。——うちの先祖の話」
「はい。筑登之様は明治初期に、本土の人間から印章を預かったと聞いています」
「知ってるよ。うちには口伝がある。代々、長男に伝えてきた。わしが父から聞いたのは六十年前。わしが二十四の、教師になったばかりの年だ」
照屋真栄は茶をすすり、窓の外のガジュマルを見つめた。
「筑登之は首里王府の官吏だった。親雲上——士族の上の方の位だ。王府の中でも学問のある人間で、和漢の書物を読みこなした。本土にも知り合いが多かったらしい」
「三条実朝とは——」
「実朝は筑登之より十ほど年上だったと聞いている。二人が出会ったのは慶應四年。実朝が沖縄を訪れたときだ。当時の琉球はまだ王国の形を保っていた。薩摩の支配下ではあったが、王府は動いていた」
「実朝が印章を預けた理由は」
「口伝ではこう伝えられている。実朝は筑登之にこう言った——」
照屋真栄は茶碗を置き、正座に直った。口伝を語るときの姿勢。六十年前に父から聞いたときの姿勢を、無意識に再現しているのかもしれなかった。
「『日本は琉球を飲み込もうとしている。だが飲み込んではならない。日本と琉球は対等の存在として並び立つべきだ。この印は、その約束の証だ。約束が果たされる日まで、琉球の土に眠らせてほしい』」
直人は黙って聞いていた。
「筑登之は印を預かり、首里城の地下に埋めた。王府の官吏として、首里城の構造を知り尽くしていた筑登之だからこそ、あの場所に——正殿の真下に——埋めることができた」
「その後は」
「琉球処分で王府が解体されたとき、筑登之は何も言わなかった。士族から農民に落ちた。畑を耕して暮らした。印のことは息子にだけ伝えた」
照屋真栄の声が、わずかに低くなった。
「筑登之は明治四十年に亡くなった。七十七歳。死ぬ前に息子に言った。『首里の下に大切なものが眠っとる。いつか日本と沖縄が本当に手を結ぶ日が来たら、掘り出しなさい』」
「その日は——来たのですか」
「来なかった。来ないまま、戦争が来た」
照屋真栄は仏壇を見つめた。位牌の一つに、目を留めた。
「沖縄戦で——筑登之のひ孫にあたる照屋正吉が、摩文仁で亡くなった。わしの叔父だ。十九歳だった」
直人の心臓が打った。十九歳。摩文仁。洞窟の壁に書かれていた遺書——『母上様、先ニ参リマス。元気デ』。別の名前、別の人間。だが同じ年齢。同じ場所。同じ戦争。
「叔父が死んで、口伝は途絶えかけた。でも叔父の弟——わしの父が生き残った。父は戦後、口伝を引き継いだ。そしてわしに伝えた」
照屋真栄は直人をまっすぐに見た。
「あんたが掘り出したんだな。あの印を」
「はい」
「約束は果たされたかね」
直人は長い間、答えられなかった。
日本と沖縄が本当に手を結ぶ日が来たら、掘り出しなさい。——その日が来たから掘り出したのか。それとも、掘り出したことで、その日が始まるのか。
「分かりません」直人は正直に言った。「約束が果たされたかどうかは、俺には判断できない。でも——約束が存在していたことは、今、世の中に知らされました」
照屋真栄は微笑んだ。皺だらけの顔に、穏やかな光が灯った。
「筑登之が聞いたら——泣いたかもしれんな。百五十年待った甲斐があったと」
帰り際、照屋真栄は一つの申し出をした。
「口伝を書き残しておこうか。わしが死んだら、もう覚えとる人間がおらんからな」
真栄は仏壇の前で正座し、硯を擦り、筆を取った。和紙に、達筆な毛筆で口伝を書き下ろした。老いた手だが、文字には力があった。
口伝の最後に、真栄は自分の言葉を加えた。
「『筑登之ヨリ真栄マデ、六代。百五十年ノ口伝ヲ此処ニ記ス。約束ハ未ダ果タサレズ。サレド、約束ノ存在ガ知ラレタコトヲ以テ、始マリトス。照屋真栄、八十四歳。令和七年十一月十七日。』」




