第六十八章 照屋の文書
印章の確認に全員の注意が集まっている間に、直人は漆箱のもう一つの中身に手を伸ばした。巻子だ。
小さな巻子。長さ二十センチほど。軸は象牙製。紐は朱の絹糸。
直人は紐を解き、ゆっくりと巻子を開いた。楮紙。筆跡は——太政官文書や洞窟壁面とは異なる。もっと端正で、楷書に近い。漢文だが、用字法にわずかな癖がある。
真琴が直人の肩越しに文字を読んだ。
「これは——琉球の人間が書いた文書です。漢文の構造は本土の漢文と同じですが、一部の文字の使い方に琉球の教育を受けた人間の特徴がある」
「実朝が印を預けた相手——」
「ええ。その人物が書いた文書です」
真琴が、声を張って読み上げた。テーブルの周囲の全員に聞こえるように。
「『三条実朝殿ヨリ預カリシ印ヲ、此処ニ封ズ。印面ニ何モ彫ラレザルハ、実朝殿ノ意図ニヨルモノナリ。実朝殿曰ク、「此ノ印ハ、日本ト琉球ノ間ノ約束ナリ。約束ノ内容ハ、後ノ世ノ人間ガ定ムベシ。余ガ定ムルニアラズ」ト。』」
真琴は息を整えて続けた。
「『余——照屋筑登之親雲上——ハ、此ノ言ヲ受ケ、印ヲ首里ノ地ニ封ズ。日本ト琉球ガ真ニ一ツトナル日マデ、此ノ印ハ眠リ続クベシ。真ニ一ツトナルトハ、支配ニヨル統合ニアラズ。互イノ断絶ヲ認メ合ヒ、互イノ歴史ヲ尊重シ合ヒ、対等ノ者トシテ手ヲ結ブコトヲ言フ。』
『此ノ印ガ土ヨリ掘リ出サルル日——ソノ日ガ、約束ノ始マリナリ。』」
発掘現場に、沈黙が降りた。
風が吹いた。首里の丘の上を、十一月の風が渡っていく。復元工事の重機が止まっている。作業員たちも手を止め、テントの方を見ていた。
約束の始まり。
印が土から掘り出された今日——この瞬間が、約束の始まりだと、百五十年前の琉球の人間が書いている。
直人はテントの外に目をやった。
フェンスの外に、一人の男が立っていた。
真壁透。私服姿。トレッキングウェアではなく、白いシャツにチノパン。辞職手続き中の元内調分析官が、フェンスの金網に両手をかけて、発掘坑を見つめていた。
その目に——涙があった。




