第六十六章 開封
蓋の石板を開けるかどうか——その判断に三十分を要した。
琉球大学の考古学教授は、開封前にX線撮影を行うことを主張した。正論だ。考古学の手順としては、内容物を非破壊検査で確認してから開封するのが標準だ。出土物の酸化・劣化リスクも考慮する必要がある。
だが比嘉が言った。
「X線撮影の機材を持ってくるには、那覇市内の病院から搬入する必要があります。少なくとも半日かかる。——その間に東京から横槍が入る可能性がある。県議会の質問で公になったとはいえ、国がまだ正式に調査を追認していない段階です」
考古学教授は渋面を作った。だが現場の空気を読んだ。ここで半日待てば、内閣官房が「緊急管理」の名目で介入してくる可能性がある。それは——学術的厳密性よりも重大な問題だ。
「最低限の記録を取った上で、開封しましょう。環境条件——温度、湿度、気圧を記録。開封時の写真は多方向から。出土物には素手で触れないこと」
記録が整った。
直人が発掘坑に降りた。蓋の石板に手をかける。修復士の手。十年間、過去の遺物を扱ってきた手。
石板は重かった。琉球石灰岩の密度は高い。直人は石板の縁に指を差し込み、ゆっくりと持ち上げた。石灰岩同士の摩擦が、低い音を立てた。百五十年間密閉されていた空間に、外気が入っていく。
蓋が外れた。
箱の中に——漆塗りの木箱が収められていた。
黒漆の表面に、朱で紋様が描かれている。堆朱ではなく、沈金の技法。琉球漆器の特徴的な装飾だ。螺鈿が散りばめられ、夜光貝の真珠層が光を反射して虹色に輝いている。長い年月を経てもなお、その美しさは損なわれていなかった。
「琉球漆器——」永田が発掘坑の縁から身を乗り出して呻いた。「素晴らしい保存状態だ。石灰岩の密閉空間が、温湿度を安定させたんだ。百五十年どころか——これなら五百年もつ」
直人は漆箱を両手で持ち上げた。重さは——一キログラム弱。中に固形物がある手応え。
漆箱の蓋に、螺鈿で一文字が入っていた。
「未」。
あの文字。書陵部の棚の奥で見つかった和紙に書かれていたのと同じ文字。未完の「未」。
直人は漆箱を発掘坑の外に運び、テントの下のテーブルに置いた。全員がテーブルを囲んだ。
直人は漆箱の蓋に手をかけた。漆の蓋は密閉性が高い。急に開ければ内部の気圧差で中身が損傷する可能性がある。直人は蓋の縁に薄い竹ヘラを差し込み、少しずつ空気を入れながら開けていった。修復士の手が、ミリ単位で蓋を動かす。
三分かけて、蓋を完全に開いた。
中に——二つのものが収められていた。
一つは、絹の布に包まれた小さな物体。
もう一つは、小さな巻子。




