表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/36

第六十六章 開封  

蓋の石板を開けるかどうか——その判断に三十分を要した。

 琉球大学の考古学教授は、開封前にX線撮影を行うことを主張した。正論だ。考古学の手順としては、内容物を非破壊検査で確認してから開封するのが標準だ。出土物の酸化・劣化リスクも考慮する必要がある。

 だが比嘉が言った。

「X線撮影の機材を持ってくるには、那覇市内の病院から搬入する必要があります。少なくとも半日かかる。——その間に東京から横槍が入る可能性がある。県議会の質問で公になったとはいえ、国がまだ正式に調査を追認していない段階です」

 考古学教授は渋面を作った。だが現場の空気を読んだ。ここで半日待てば、内閣官房が「緊急管理」の名目で介入してくる可能性がある。それは——学術的厳密性よりも重大な問題だ。

「最低限の記録を取った上で、開封しましょう。環境条件——温度、湿度、気圧を記録。開封時の写真は多方向から。出土物には素手で触れないこと」

 記録が整った。

 直人が発掘坑に降りた。蓋の石板に手をかける。修復士の手。十年間、過去の遺物を扱ってきた手。

 石板は重かった。琉球石灰岩の密度は高い。直人は石板の縁に指を差し込み、ゆっくりと持ち上げた。石灰岩同士の摩擦が、低い音を立てた。百五十年間密閉されていた空間に、外気が入っていく。

 蓋が外れた。

 箱の中に——漆塗りの木箱が収められていた。

 黒漆の表面に、朱で紋様が描かれている。堆朱ではなく、沈金の技法。琉球漆器の特徴的な装飾だ。螺鈿が散りばめられ、夜光貝の真珠層が光を反射して虹色に輝いている。長い年月を経てもなお、その美しさは損なわれていなかった。

「琉球漆器——」永田が発掘坑の縁から身を乗り出して呻いた。「素晴らしい保存状態だ。石灰岩の密閉空間が、温湿度を安定させたんだ。百五十年どころか——これなら五百年もつ」

 直人は漆箱を両手で持ち上げた。重さは——一キログラム弱。中に固形物がある手応え。

 漆箱の蓋に、螺鈿で一文字が入っていた。

 「未」。

 あの文字。書陵部の棚の奥で見つかった和紙に書かれていたのと同じ文字。未完の「未」。

 直人は漆箱を発掘坑の外に運び、テントの下のテーブルに置いた。全員がテーブルを囲んだ。

 直人は漆箱の蓋に手をかけた。漆の蓋は密閉性が高い。急に開ければ内部の気圧差で中身が損傷する可能性がある。直人は蓋の縁に薄い竹ヘラを差し込み、少しずつ空気を入れながら開けていった。修復士の手が、ミリ単位で蓋を動かす。

 三分かけて、蓋を完全に開いた。

 中に——二つのものが収められていた。

 一つは、絹の布に包まれた小さな物体。

 もう一つは、小さな巻子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ