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第六十一章 設計者の確定  

十一月五日。東京と沖縄の間で、二つの作業が並行して進んでいた。

 一つは首里城の空洞へのアクセスの準備。比嘉が沖縄県文化財課に、学術調査の提案を準備している。

 もう一つは、設計者の最終的な特定。

 三条冬美から送られてきた写真を、早川が解析していた。三条家の蔵に保管されていた、実朝の遺品の一つ——硯。漆塗りの硯箱に収められた、端渓石の硯。底面に、使用者の手脂による指紋が残っている可能性があった。

 早川は硯の高精細画像を取得し、指紋の抽出を試みた。漆の表面は指紋の保存条件として理想的だ。漆は耐水性が高く、紫外線にも強い。人間の手脂に含まれる脂肪酸が漆の表面に吸着し、長期間にわたって指紋のパターンを保持する。

 三時間の画像処理の後、早川は硯の底面から一つの指紋を抽出した。右手親指。

「先輩。硯の指紋、取れました。状態は——まあまあ。中心部の渦巻きパターンは明瞭。周辺部は劣化で不鮮明ですが、照合には使えるレベルっす」

「洞窟の拓本の指紋と照合してくれ」

 早川がAIベースの指紋照合ソフトウェアを起動し、二つの指紋を入力した。

 洞窟壁面の指紋は、靴墨の拓本から抽出したデジタル画像。石灰岩に刻まれた指紋を紙に転写したもので、元の指紋からは二段階の劣化がある。精度は完璧ではない。

 だが——

「照合完了。一致率、九十二・三パーセント」

 早川の声が震えた。

「九十二・三——」

「通常の法執行基準では、九十五パーセント以上が同一人物の判定基準です。九十二・三は基準未満。でも——百五十年の経年変化、石灰岩への彫刻による歪み、拓本への転写による劣化、これらのノイズを考慮すると——」

「事実上の同一人物」

「はい。統計的な誤差範囲を考慮しても、洞窟の壁面に指紋を刻んだ人物と、この硯を使用した人物が別人である確率は——〇・一パーセント未満です」

 直人は椅子の背に体を預けた。

 三条実朝。

 更新派の創設者。百五十年前に暗号を設計し、五つの封印を埋め込み、洞窟の壁面に第三の憲法を刻み、富士の地下に歌を残した人間。

 その人間の指紋が——石の中で、百五十年間、待っていた。

「先輩。これで設計者の同定は完了っすね。三条実朝が、暗号の設計者であることが科学的に——まあ、準科学的に——確認された」

「ああ。だがこれは——始まりだ。設計者が誰かを知ったことで、次の問いが生まれる」

「次の問い?」

「実朝は何者だったのか。歴史上の実朝は、三条家の一員で、更新派の提案を行った政治家としか知られていない。だが——洞窟に指紋を刻み、富士の地下に歌を残し、未央印を琉球に預けた人間は、政治家以上の存在だ。この人間の全体像を理解しなければ、暗号の全体像は見えない」

「でも——百五十年前の人間の全体像なんて、どうやって」

「声を聞く。残された物証の中に、実朝の声がある。拓本の文字の筆圧。指紋の渦巻き。歌の言葉選び。——物証は声なんだ。修復士は、物から声を聞く仕事だ」

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