第五十八章 内調レポート
十月二十九日。池袋のシェアオフィス。
直人と早川は、真壁が残したUSBメモリの内容を読み込んでいた。
ファイルは七つ。
ファイル1:暗号関連の内調監視記録(直人、真琴、早川の行動ログ三ヶ月分)。
ファイル2:早川研究室から抜き取ったデータのコピー。
ファイル3:首里城地下空洞のレーダーデータ。
ファイル4:GHQ文書AG-091.3関連の内調独自分析。
ファイル5:維持派に関する内調の歴史調査。
ファイル6:三条冬美の身辺調査報告。
ファイル7:真壁透作成「未完の神器:国家象徴暗号の全体構造分析」。
直人はまずファイル1を開いた。
自分たちの行動ログ。三ヶ月分。日時、場所、接触人物、通信記録。直人が修復室で巻子の裏層を発見した日から、沖縄の洞窟に入った日、富士の地下に降りた日——すべてが記録されていた。
東京駅でレンタカーに乗り換えた日。N-システムを避けて一般道を走った日。あの時点で内調はレンタカーのナンバーも把握していた。
「俺たちの行動は、最初から筒抜けだったわけか」
「でも止められなかった。泳がされてた。——先輩、ファイル7を先に見たほうがいいっす。真壁さん本人のレポート」
直人はファイル7を開いた。
百二十ページ。表題「未完の神器:国家象徴暗号の全体構造分析」。作成者:真壁透。作成日:令和七年十月二十七日。分類:極秘。
レポートの冒頭。
『本レポートは、明治初期に日本国内の複数の場所に埋め込まれた暗号体系の全体構造を分析するものである。暗号は、更新派と呼ばれる一派によって設計・実装され、維持派と呼ばれる一派によって監視・封印されてきた。筆者は維持派の末裔であるが、本レポートは個人の立場から、可能な限り客観的に記述する。なお、筆者はこの暗号を「未完の神器」と名付ける。完成しないことを前提に設計された国家的暗号体系は、人類史上に類例がない。』
直人はページをめくった。
レポートの第一章は、暗号の通史だった。真壁は暗号の歴史を六つの時期に分類していた。
第一期:慶應四年〜明治初期。設計と実装。三条実朝を中心とする更新派が、五つの封印と地下憲法を作成。維持派が対抗措置として監視体制を構築。この時期、更新派と維持派は公の場では完全に決裂していたが、水面下では——真壁の分析によれば——継続的な接触があった。「対立は演出された側面がある」と真壁は書いている。両派は互いを必要としていた。更新派は暗号を仕込むために維持派の監視の目を利用し、維持派は暗号の存在を把握することで国家の安定を図った。
第二期:明治中期〜大正。維持と潜伏。暗号は眠り続ける。だが完全に静止していたわけではない。真壁のレポートには、直人たちが知らなかった情報が含まれていた。国会議事堂の設計時(大正〜昭和初期)に、暗号の要素が建造物に追加されている。議事堂の床石に刻まれた三十六の刻印——直人が早川と確認したあれ——は、議事堂の設計に更新派の第三世代が関与していた証拠だと真壁は結論づけている。設計に参画した建築技師の一人が三条家の親族であったことを、内調は独自に確認していた。
第三期:昭和前期。戦争と危機。沖縄戦で暗号の物理的な拠点——摩文仁の洞窟——が軍壕に転用される。真壁のレポートには、ここでも直人の知らない情報があった。第三十二軍司令部が摩文仁に壕を掘った際、既存の洞窟の壁面に古い文字が刻まれていることを軍の技術将校が報告している。報告は「意味不明の落書き」として処理され、壁面はそのまま放置された。暗号は、日本軍に発見されたが、理解されなかった。
第四期:戦後〜占領期。GHQの介入と川村啓一郎の活動。真壁のレポートは、この時期について最も詳細だった。川村啓一郎は単独で動いたのではなく、宮内省内部に三名の協力者がいた。うち一名は——九条清隆。真琴の祖父。
直人は画面から顔を上げた。
「九条清隆が——川村の協力者だった?」
「ファイル5を見てください」早川がもう一つのファイルを開いた。「維持派の歴史調査。ここに九条清隆の名前が出てます」
ファイル5。維持派に関する内調の歴史調査。
九条清隆は、維持派の中枢にいた。だが同時に、GHQ文書の改変を行った川村啓一郎とも接触していた。川村は更新派の協力者と推定される。維持派の九条が、更新派の川村と接触していた。
「維持派と更新派は——水面下で繋がっていた」
「ですね。真壁さんのレポートにもそう書いてある。『両派の対立は、表層的な構造に過ぎない。深層では、両派は暗号の保存という共通の目的を共有していた』と」
直人はレポートの第二章に進んだ。暗号の構造分析。五つの封印、三種の神器との対応、洞窟の憲法、富士の歌——直人たちの調査結果と、内調の独自分析を統合した全体図。
真壁の分析は、直人たちの理解を超える部分があった。
『暗号の構造は、通常の暗号学の枠組みでは説明できない。通常の暗号は、情報の秘匿と伝達を目的とする。暗号文は平文に戻されることで意味を持つ。だがこの暗号は、解読されてもなお意味が確定しない。空白の第五条は、解読後もなお空白のままである。これは暗号学的には矛盾だが、思想的には一貫している。この暗号は情報を伝えるためのものではなく、問いを伝えるためのものである。答えではなく問い。完成ではなく開始。——筆者はこれを「問いの暗号」と呼ぶ。』
問いの暗号。
直人はその言葉を反芻した。答えではなく問い。真壁は分析官として、暗号の本質をこの四文字に凝縮していた。
レポートの最終章。未解決要素のリスト。
未解決要素1:空白の第五条の内容。
未解決要素2:未央印の物理的所在と状態。
未解決要素3:百八番目の要素の正体。
未解決要素4:暗号の「起動条件」——すべての封印が解かれたとき何が起きるか。
未解決要素5:設計者の指紋の主の特定。
そしてレポートの最後に、真壁は個人的な所感を付け加えていた。
『本レポートを作成する過程で、筆者は維持派の末裔としての立場と、分析官としての客観性の間で、常に葛藤を感じた。この暗号を封じるべきなのか、明らかにすべきなのか。結論は出ていない。だが一つだけ確かなことがある。この暗号は、封じても消えない。明治初期から百五十年間、封じようとする力と明らかにしようとする力が拮抗してきた。その拮抗そのものが——暗号の生命力なのかもしれない。筆者は、この暗号が好きだ。不謹慎な表現かもしれないが、率直にそう思う。百五十年間、誰にも理解されずに眠り続けた暗号が、ようやく目を覚ました。その覚醒の瞬間に立ち会えたことを、分析官としてではなく、一人の人間として——光栄に思う。』
直人はモニターから目を離した。
「真壁さんは——三ヶ月かけて、このレポートを書いた。内調の任務としてではなく、個人として」
「ですね。——で、先輩。ファイル3、見ます? 首里城の空洞データ」
直人は頷いた。
早川がファイル3を開いた。地中レーダーの断面画像が表示される。灰色のグラデーションの中に、黒い空間が浮かんでいる。
「深度三メートル。空洞のサイズは約一メートル四方。内部の金属反応は——」
早川が画像を拡大した。空洞の内部に、二つの反応がある。
「金属反応。範囲は五センチ×五センチ。小さい。印章のサイズとしては妥当です。で——金属の隣にもう一つ、別の反応がある。金属じゃない。有機物。紙か木か布。範囲は二十センチ×十センチほど。巻子のサイズに近い」
「金属と有機物。印章と文書」
「深度三メートルで有機物が残ってるなら、相当しっかりした保存処理がされてるはずっす。あるいは密閉された容器の中に——」
「漆器だ。琉球漆器なら、密閉性と保存性が極めて高い。百五十年どころか、数百年の保存に耐える」
直人は画像を見つめた。首里城の地下、三メートル。金属の印章と、有機物の文書が、漆器の中で眠っている。
「首里城に行く」
「先輩、内調が十一月中旬に回収に来るんすよ。あと二週間。どうやって——」
「師匠に頼む。永田先生なら、道を開いてくれるかもしれない」




