第五十七章 焼失の下
首里城。
二〇一九年十月三十一日未明、首里城正殿を含む七棟が焼失した。琉球王国の象徴であり、沖縄の魂とも呼ばれる建造物が、一夜にして灰になった。
現在は復元工事が進行中だ。
直人は真壁の情報を聞き、沈黙した。
「内調の報告は、こうです」真壁が続けた。「首里城の焼失後、復元工事の過程で、正殿の地下——つまり焼け跡の下の地盤から、異常な構造が検出されました。地中レーダー調査で、深度三メートルの位置に人工的な空洞が確認された。空洞の寸法は約一メートル四方。内部に金属と思われる反応がある」
「金属——」
「報告書は、空洞を『旧琉球王府時代の地下貯蔵施設の残存部分』と結論づけています。だが、私が見た限り——空洞の位置が不自然です。正殿の中心軸上の真下。建築構造上、その位置に貯蔵施設を作る理由がない」
「意図的に埋められたもの」
「はい。そして——空洞が検出された時期が重要です。二〇二〇年一月。焼失からわずか三ヶ月後。復元工事の初期段階で発見されたにもかかわらず、この情報は公開されていません。内調が報告を受け、非公開扱いにしました」
「なぜ非公開に」
「報告を読んだ上層部が、空洞の位置と形状を——暗号の座標データと照合したからです。首里城正殿の中心軸は、二重和紙の五番目の座標——沖縄の座標と、ほぼ一致しています」
直人は目を閉じた。
首里城。焼失。地下の空洞。金属反応。
未央印が——首里城の地下に埋められていた。
だが首里城は焼けた。地上の建造物は失われた。しかし地下は——火は地下に達しない。空洞の中のものは無事かもしれない。
「復元工事は現在も進行中です」真壁が言った。「工事の過程で空洞が掘り返される可能性がある。その前に——内調が回収する計画があります」
「いつ」
「十一月中旬。沖縄県との調整が進んでいます。名目は『復元工事に伴う文化財の安全確保』。実際には——空洞の中身を回収し、内閣官房の管理下に置く」
「十一月中旬——あと二週間」
「はい。二週間以内に動かなければ、空洞の中身は——巻子と同じ運命を辿ります」
直人はバーのカウンターに両手をついた。
「真壁さん。内調のデータベースにある空洞の情報——座標、深度、レーダー画像。それを俺に渡せますか」
「渡すために、ここに来ました」
真壁はスーツの内ポケットから、USBメモリを取り出した。テーブルの上に置いた。
「ここに、暗号関連の内調ファイルがすべて入っています。早川さんの研究室から抜き取ったデータのコピー。首里城地下空洞のレーダーデータ。私が作成した全報告書。——そして、内調が独自に分析した暗号の全体像レポート」
直人はUSBメモリを手に取った。
「これを渡したら、あなたは——」
「機密漏洩で逮捕される可能性があります。覚悟はしています」
「真壁さん」
「鷺宮さん。覚書に書かれていたでしょう。『否決されても仕込むことはできる』と。私は維持派として否決された側の人間だ。だが——仕込むことはできる」
真壁は最後のウイスキーを飲み干した。
「空白を守ることが維持派の任務だった。だが——空白を守るためには、空白にアクセスできる人間を守らなければならない。あなたたちがアクセスを失えば、空白は誰にも読まれないまま消える。それは——維持ですらない。ただの消滅だ」
真壁は立ち上がった。
「バーの代金は私が。——最後に一つ。USBメモリの中に、内調の分析官としての私のレポートがあります。題名は『未完の神器:国家象徴暗号の全体構造分析』。三ヶ月かけて書きました。あなたたちの調査データと、内調の独自情報を統合した、暗号の完全な分析レポートです。——役に立ててください」
真壁は店を出ていった。
直人はUSBメモリを握りしめたまま、カウンターに残った。
バーテンダーが、グラスを拭きながら言った。
「お知り合いですか」
「——ええ。大切な人です」




